ЯeinCarnation   作:酉鳥

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2:6 ClassRoom ─教室─

 入学式を終えた翌朝。私は食堂で朝食を摂り終えると制服に着替え、先日区分されたDクラスの教室へと向かう。

 

「おはようございます!」

「……私のことを待っていただろう」

「バ、バレちゃいました……?」

 

 昨晩、この女は私の部屋の洗面所を借りると感謝の言葉を述べて、寝間着姿ですぐに部屋を出ていったのだが、

 

「えへへ、どうしてもアレクシアさんと登校したくて……」

「そうか。迷惑だ」

 

 アリスは入浴最中、こちらに名前を尋ねてきた。私は特に問題がないと軽々しく名乗ってしまったが後の祭りだ。

 

「そんなこと言わずに! これから一緒に頑張りましょう!」

「……」

 

 アリスは部屋に帰るや否や、クラス表を両手に握りしめながら私の部屋に戻ってきた。不幸なことに同じDクラス。その結果、この女に目を付けられた。

 

「Dクラスはここですね」

「……そうだな」

 

 私は注目を浴びないように左隅の席へと座る。すると当然のようにアリスも私の右隣へ腰を下ろした。

 

「おぉ、なんか大学の講義室みたいだな。……ってアレクシア、おはよう……?」

 

 独り言をぼそぼそと呟きながら姿を見せたキリサメ。私の隣で胸を膨らませているアリスに気が付くと、その場で硬直する。

 

「あっ、おはようございます!」

「あ、うん、おはよう」

 

 満面の笑みでアリスに挨拶をされ、キリサメは若干狼狽えつつも私の左隣の席へと座った。

 

「……その子、もしかして友達?」

「顔見知りだ」

「えっ? けどさ、妙に距離が近いっていうか……まるで『この人の親友です』みたいなノリで隣に――」

「あの、どうかしましたか?」

 

 小声で私に耳打ちをするキリサメ。アリスは不思議そうにこちらへ視線を向けてきた。

 

「あ、自己紹介が遅れました。私はアリス・イザードです」

「これは律儀にどうも……。俺はカイト・キリサメと申します」

「もしかして、アレクシアさんの友達ですか?」

 

 畏まった自己紹介をお互いにし終えると、アリスはキリサメへ友達なのかと質問を投げかける。

 

「いや、まぁ、それはー……」

「……答えてやれ」

「ちょ、ちょっとだけ仲がいいぐらいかなぁ」

 

 私が言葉と横目で威圧を掛ければ、キリサメは苦笑交じりに何とも言えない回答をした。気楽なアリスは「そうなんですね!」と切り上げをし、私とこの男を友人関係だと見なす。

 

「あのぉ、カイトさんが良ければ私とも仲良くしてくれませんか?」

「えっ? あぁうん、それはいいけど……」

「あ、ありがとうございます!」

 

 律儀にお辞儀をすればキリサメと握手を交わす。徐々に集合しつつあるDクラスの生徒から変な注目を浴び、キリサメはアリスの対応に苦笑した。

 

「ねぇねぇ、俺も混ぜてよ~」

「えっと、誰ですか?」

 

 声を掛けてきたのは昨日異様に絡んできた(ハエ)のような男、ロイ・プレンダー。私はすぐさま顔を他所の方向へ向けた。

 

「ん~? そこに座っている"サディちゃん"の友達だよ~!」

「友達……アレクシアさんって顔が広いんですねー!」

「な、なぁアレクシア――」

「後ろの席、失礼するね~」

 

 ロイが後ろの席に座れば、アリスは快く歓迎しキリサメは怪訝な表情を浮かべ、私は他人のフリをする。

 

「それで、今って何の話をしてる系~?」

「みんなで仲良くしましょう……って話をしていました!」

「いいね~! アリスちゃんにカイトくん、俺とも仲良くしてよ~!」

 

 既に心の距離が縮まっているアリスとロイ。そんな二人を他所にキリサメが私へこう耳打ちをしてきた。

 

「何があったんだよ? お前はそんなに交流したがる奴だったか……?」 

「……私の顔を見ろ」

「あー……運が悪かったんだな、お前」

 

 キリサメはやや機嫌を損ねた私の顔に気が付き、他人事のように(あわ)れむ。私は頬杖を突きながら、教室の右奥に視線を移した。

 

「サディちゃんとカイトくんってどういう関係性なの~?」

「あ、あぁ……俺とアレクシアはちょっぴり仲が良いだけだ」

「そうなんだ~。ちょっぴり仲が良いだけなのに、昨日は日が暮れるまで一緒の部屋にいたんだね~」

「なっ、どうしてそれを知って……!?」

 

 その一言に動揺するキリサメ。私は溜息をつくとロイの方へと振り返り、ニコニコした気に食わない面を見上げる。

 

「皇女の前で解散した後、お前は私たちをつけていたな?」

「ん~? どうだろうね~?」

「なら質問を変えようか。なぜお前はこの二人の名を知っていた?」

「なになに~? 俺は何のことか分からないな――」

 

 わざとらしく首を傾げていたため、私はその場に立ち上がり、ロイの懐へ右手を滑り込ませ、

 

「知っていたのはこのクラス表が理由か?」

「……!」

 

 隠し持っていた異例なクラス表を奪い取る。呆気なく奪われたことにロイは表情を一瞬だけ強張らせた。

 

「ありっ!? 私たちのクラス表と全然違います……!」

「……答えろ、何が目的だ?」

 

 配られたクラス表に記載されたのは名前とクラスのみ。しかしロイが所持していたクラス表には顔や出身地なども載せられていた。私はクラス表を突きつけ、ロイを睨みつける。

 

「ん~……目的は女の子と仲良くすることかな~?」

「正気か?」

「正気だよ~」

「アレクシア、こいつ胡散臭くね?」

 

 キリサメが不信感を抱く真横で、私はロイとしばらく見つめ合った。注意深く観察するが、この男の目は嘘をついていない。  

 

「……変わった男だ」

 

 異性と関係を持つための行為。私は呆れて物も言えず、奪い取ったクラス表をロイへ突き返す。

 

「あれ? サディちゃん、俺のこと怒らないの~?」

「なぜ私がお前に叱責しなければならない?」

「お察しの通り、このクラス表は盗んできたものだし~。盗みを働いたんだから、告げ口とか説教とかされると思ったんだけど~」

 

 予想外の反応に首を傾げるロイから視線を外し、私はゆっくりと席に座った。

 

「私がお前を咎める権利はない。むしろそんな目的の為に、盗みを働いたお前の行動力は賞賛ものだ」

「……」

「お前がどれだけ盗みを働こうが構わん。だが私を面倒事に巻き込むな。これだけ遵守するのならお前の悪事などどうでもいい」

 

 私の返答を聞いたロイは沈黙する。アリスはなぜか瞳を輝かせ、キリサメは納得がいかない様子で俯いていた。

 

「ん~、サディちゃんのことがますます好きになっちゃった~! これからもっと仲良くしたいな~?」

「……言い忘れていた。お前は私に声を掛けるな」

「そんなこと言わないでさ~? ほら、カイトくんやアリスちゃんも仲良くしたいってさ~!」

 

 ロイはキリサメの右肩とアリスの左肩に両手を乗せ、私の顔を覗き込んでくる。この男は出会った当初よりも、何故かぐいぐいと必要以上に距離を詰めてきた。

 

「アレクシアさんは器も広いんですね! 私、感動しました!」

「いや、器が広いというか……単に面倒事を避けたいだけだろ」

 

 私は頬杖をついて窓の外を眺める。誰からも助けを受けず、孤立無援で吸血鬼共と戦い続けてきた私がこの有様。どうも調子を狂わされる。

 

「みんな、静かにしてくれるかなー……?」

「……?」

 

 ふと耳に届いたのは少しだけ自信のない声。私は前の教壇へ視線を移せば、面識のない若い男が立っていた。ナチュラルな髪型に、目立つ黄金色の髪。

 

「えっと、あの人は誰でしょうか?」 

「ん~? 俺たちDクラスのせんせーだよ~!」

 

 Dクラスを担当する教師だ、とアリスに説明するロイ。制服を着ているが絶妙に似合っていない上、どうも頼りなさそうだ。

 

「ロイ、どうしてそれを知ってんだ?」

「これに書いてあったからね~」

 

 ロイは懐から少しだけクラス表を見せてきた。思い返せばDクラスの箇所に、あの若い男の顔が載せられていたかもしれない。

 

「多分初めまして、かな? 僕の名前はArthur(アーサー)。今日からこのDクラスの先生として、みんなと一緒に勉強していくんだけど──」

「ん~……ちょっと内気なせんせーだね~」

「だがあの男は銀の階級だ」

「えっ、銀の階級なんですか!?」

 

 アリスが驚きのあまり声を上げる。自身をアーサーと名乗った男の胸元には、銀の十字架が飾られていた。銀の階級は十戒や皇女などを除けば、最上位に食い込む実力者。

 

Aaron(アーロン) Hurd(ハード)って人も銀の階級だったよな?」

「あぁ、銀の階級を見かけるのはこれで二人目だ」

 

 アーロンという男は老体ながら銀の階級の器を感じさせた。しかしアーサーはどう見ても銀の階級とは思えない。

 

「えーっと、実はクラス名簿を失くしちゃってね。みんなの名前とか、顔とか……その辺が全然分からなくて」

「「「……」」」

「そんなに見つめないでよ~」 

 

 私たちはロイへ視線を送る。この男が懐に隠し持っていた用紙が紛失したクラス名簿とやらだろう。

 

「はいは~い、せんせ~! 名簿ってこれだったりしますか~?」

「あっ、それだよそれ! どうして君が持っているんだい?」

「男子寮の階段付近に折り畳まれた状態で落ちてました~」 

「あはは、落としちゃったのかな……。覚えるのに必死で中々気が付かなかったよ」 

 

 ロイはアーサーへクラス名簿を渡すと、呑気にピースをしながら戻ってくる。アリスとキリサメは罪悪感の無いロイに呆れていた。

 

「それじゃあ、まずは出席を取ろうか」

 

 やっと始まった出席確認。私たちは姓名を呼ばれてから単調な返事をし、アーサーは「これからよろしくね」の一言述べるだけ。そんなつまらない出席確認は呆気なく終わる。

 

「よし、みんなちゃんといるね。えーっと……座学が始まるまでまだ時間があるみたいだ。先生はみんなと親睦も深めたいし、何か聞きたいことがあったら答えるよ」

「は~い! 俺はせんせーの話が聞きたいで~す!」

 

 ロイは張り切りながら手を挙げ、アーサーの身の上を聞きたいと要望した。アーサーは小恥ずかしそうに、胸に飾られた銀の十字架を右手で掴む。

 

「気づいてる子もいると思うけど実は先生、こう見えても銀の階級なんだ。だからみんなからすれば、それなりに凄い人だったりするのかな?」

(……座学と訓練。主軸となるのはこの二種類か)

「あぁでもね、銀の階級に上がったのはつい最近のことで……。こうやってアカデミーの先生を務めるのも今回が初めてなんだ」

 

 身の上の話など興味がない。私はアーサーの話をすべて聞き流し、座学や訓練について考えつつ足を組み直した。

 

「まだまだ至らない点も多いけど、先生はみんなとこのクラスで仲良くやっていけたらといいなぁ……なんて思ってるよ」

(……仲良く)

「後は四人いる先生の中で一番みんなと歳が近いから……。悩み事とか、相談とか、何かあったら声を掛けてほしい。先生として力になれるよう努力するよ」

 

 初対面の印象は人柄が良い男。多くの生徒がアーサーという教師に好印象を抱いているようだが、

 

(あの男は外れか)

 

 私とは到底釣り合わない――先生としては外れの男だった。

 


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