ЯeinCarnation   作:酉鳥

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0:2『アレクシア・バートリ』

 千年後に無事に転生した私の容姿。(つや)やかな長い青髪、猫目に近い青色の瞳。歳相応の平均的な少女の肉体。

 

「わぁ! 待て待てぇー!」

「うわっ、逃げろ逃げろぉー!」

 

 私は普段と同じく転生をし、普段と同じく人の赤子として生まれ、前世の記憶を甦らせながら、肉体が成長するまでの暇つぶしの日々を過ごす――はずだった。

 

「……災難だ」

 

 簡潔に述べるのであれば、私の肉体に吸血鬼の血が流れている。それも母体(ぼたい)身籠(みごも)った瞬間から。何故このような事態が起きたのか。それは出産と同時に理解をした。

 

(まさか、私を宿した"母体"が吸血鬼だったとはな)

 

 私を身籠った母体と男体(なんたい)は、吸血鬼共から奇襲を受けたらしい。男体の遺体は行方不明、吸血鬼となった母体はそのまま搬送。その後、赤子である私を助けるため、苦肉の策である帝王切開を行ったと。

 

(吸血鬼共の血が流れている肉体か。……吐き気がする)

 

 母体は息を引き取り死亡。男体も行方知らず。引き取り先もいないそんな私は、この孤児院に送られた。与えられた名前は"Alexia(アレクシア) Bathory(バートリ)"。

 

「幸先に不安しかないが、果たしてどうなるか」

 

 この名を考えたのは今は亡き母体と男体。"アレクシア"は母体と男体で考え、"バートリ"は母親から継がれたものだろう。

 

「おいアレクシア! また他の子供を泣かせたな!?」

「私はあの幼児から『代わりに掃除当番をやれ』と命令された。それを『嫌だ』と断っただけだ」

「ならどうして怪我をしている!? お前が原因のはずだ!」

「私からは手を出していない。あの幼児の拳を避けただけだ。……その後、棚に衝突していたが」

 

 孤児院の環境は最悪。私たち孤児は、まともな食事も与えられず、まともな教養もされない。寄付された資金はすべて神父の娯楽行き。

 

「お前はまた食糧庫で盗み食いをしたなぁ!? この薄汚い鼠めがぁッ!」

「ちがうっ、ちがうよっ……!!」 

(……言葉より先に手を出すか。やはり人間も吸血鬼と変わらないな)

 

 劣悪な孤児院生活。今まで歩んできた前世に比べれば苦でもない。しかし唯一不便だと感じた点が、私にとって致命的なものだった。

 

(ここでは得られる情報が少なすぎる……)

 

 この時代に関する情報を孤児院では多く得られない。本棚に並べられている本をすべて読み漁ったが、絵本という名のおとぎ話ばかり。

 

「確証が得られるのはこの時代が千年後という情報と、この肉体がアレクシア・バートリと呼ばれ、吸血鬼の血が流れている情報のみか」

 

 千年後の時代、名前、肉体については自身の戸籍を確認済みのため事実である。しかしそれ以外は何一つ情報がない。私は謎と不信感が深まるばかりの日々を送り続け、"少女"と呼ばれる十二歳まで成長した。

 

「おーっす、アレクシア! ……って、また本なんて読んでんのかよ?」

「こらぁ"イアン"! またアレクシアちゃんの邪魔をして……!」

「ちげぇーよ"クレア"! 俺は邪魔なんてしてない!」

 

 あの暴君神父でさえ手に余る私は、当然のように同じ境遇の"孤児"たちに避けられていた――たったこの二人を除いて。

 

「……静かにしろ」

「ほら邪魔してるじゃない!」

「お前がぎゃーぎゃー騒ぐからだろー! それに『またアレクシアちゃんから話を聞きたい~』って言ってたのお前じゃねーか!」

 

 陽気な性格に前髪を上げた茶髪。この少年は"Ian(イアン) Alford(アルフォード)"。私が孤児院へ連れて来られた時、真っ先に声を掛けてきた。気に入られてるのか、私を見つける度に近寄ってくる。

 

「ちょ、ちょっと!? 私はそんなこと言って――」

 

 清楚な言動に、後ろ髪を一つ結びにした小麦色の髪。この少女は"Claire(クレア) Raiviens(レイヴィンズ)"。求めた覚えもないが、わざわざ私に孤児院の案内をした。イアンという少年の側でよく見かける。

 

「……何の話が聞きたいんだ?」

 

 この二人は『吸血鬼共に両親を殺された』ことで、孤児院へと送られてきた。他の孤児たちも吸血鬼共の被害に遭ったことで、この孤児院へ送り込まれた類が多い。

 

「前に話してもらった『百匹以上の吸血鬼を独りで倒した人』の話!」

「やっぱりお前、アレクシアから話が聞きたいだけじゃねぇか……」

 

 時間を持て余していた私は渋々この二人へ話をする。正確には私が歩んできた前世の記憶から引っ張ってきたもの。つまりは私の思い出話をしているだけ。

 

「――そこで現れたのは吸血鬼の親玉である"公爵"だ。その強さも他の吸血鬼共とはワケが違う。ただの人間なら、すぐに首を()ねられてしまう。彼女も公爵と出会ったのは初めてだった」

「……怖い」

「しかし人間である彼女は、ある方法で公爵を始末した」

「ある方法って、何だ?」

「公爵を"銀の棺"に封じる方法だ」

 

 銀の棺。十字架の銀を溶かして作り上げた代物。通常の吸血鬼ではなく、公爵専用の処刑道具として私たち転生者の間で作られた。

 

「銀の棺ならば、公爵の肉体を封印することができる」

「封印した後はどうするの?」

「銀の棺を外に放り出し、紅茶を(すす)りながら朝まで待てばいい。後は陽の光が公爵を灰にする」

「すげぇー! 公爵ってそうやって倒せるんだな!」

  

 この二人は主に"吸血鬼"に関する話を好む。特に人間と吸血鬼の戦いは大好物なようで、瞳を爛々(らんらん)とさせて、熱心に耳を傾けていた。

 

「俺も大きくなったらこうして、こうやって……! 吸血鬼たちをバッタンバッタンと倒すんだ!」

「……殺せるといいな」

 

 イアンは適当に拳を振り回したりと、脳内で吸血鬼を倒す自分を想像する。そんな動きで勝てるはずがない、と私は独白しつつ鼻で笑った。

 

「あっ、そういえばさっき盗み聞きしたんだけど……。明日、ここにお客さんが来るらしいよ」

「お客さん……? 誰だよそいつ?」

「なんか吸血鬼を殺す"神の遣い"らしいよ! 私たちのことを見物しに来るんだって!」

「"神の遣い"だと?」

「うん。神父が修道女と話してたよ。『明日は神の遣いが顔を出すから、子供たちに幸せな顔をするよう言っておけ』って」

 

 神の遣い、おそらくは私と同じ転生者。十二年間も怠惰な時間を過ごしたが、やっとまともな情報を得ることができそうだ。 

 

「……そろそろ床に就け」

「えーっ!? もっといっぱい話を聞きた――」

「睡眠は子供に必要なものだ」

「いやいや、お前も子供だろ……」

 

 グチグチと文句を述べる二人を、私は寝室へ帰るように促す。その最中、クレアが私の左脚の太腿に巻かれた絹の布を見た。

 

「その脚の怪我、まだ治らないの?」

「完治はしている。傷痕を隠しているだけだ」

「治ったんなら取ればよくね?」

「取るも取らないも私の勝手だろう」

 

 怪我をしたわけでもなく、傷跡が残っているわけでもない。目立たないよう、転生者としての紋章を隠しているだけだ。

 

(……ЯeinCarnation。最初の文字が反転しているのは、私が半分吸血鬼だからか?)

 

 本来は『ReinCarnation』と刻まれている。紋章の文字が反転したのは、肉体に吸血鬼の血が流れていることが原因。このような事態は初めて経験する。

 

「さっさと寝ろ」

 

 私は深く考えるのを止め、イアンとクレアを厄介払いすることにした。

 

「うん。おやすみアレクシアちゃん!」

「おやすー、アレクシア!」

 

 二人が寝室に向かうのを確認すると私は読み進めていた本を閉じ、一人で食糧庫へと歩き出す。

 

「……葡萄酒(ぶどうしゅ)ばかりだな」

 

 鉄の扉を封じる南京錠を針金で外し、食糧庫の棚に置かれている質素なパンと薄っぺらいチーズを手に取る。

 

(食べ物を口にできるだけマシか)

 

 食糧庫で盗み食いをしていた薄汚い鼠は私だ。夜な夜な食糧庫へと忍び込み、大して美味しくもない食糧を貪っていた。

 

(……次はこの孤児の髪の毛を利用させてもらおう)

 

 そして腹が満たされたら、適当な孤児の髪の毛を数本床に落として、食糧庫から去る。朝になれば、愚かな神父は髪の毛を証拠に、その孤児を犯人だと決めつける。

 

「この環境で孤児院とはよく言ったものだ」

 

 私が狭い寝室に戻れば、小汚いベッドの上にクレアとイアンが二人で眠っていた。前提としてこの二人に情など与えるつもりはなかったが、

 

「……お前たちは運が良かったな」

 

 孤立してしまえば悪目立ちする。その面では二人に助けられているだろう。だからこそ、食糧庫の罪を擦り付けることはしない。

 

「神の遣いか」

 

 私は小さな窓から夜空を見上げ、煌めく星々を眺めつつそう呟くと、明日に備えて眠りにつくことにした。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 時刻は深夜。場所はとある一室。神父は両手をさすりながら、窓際に立つ黒のスーツを纏った男にこう尋ねる。

 

「明日はいよいよ"神の遣い"が訪れる日です。例の計画、もちろん決行されますよね?」

 

 嫌な汗を垂らしながら、神父は引き攣った笑みを浮かべていた。対して男は窓の外に浮かぶ月を見上げる。

 

「えぇ明日です。明日、この孤児院で決行します」

「で、では約束通り! 例の"報酬"も頂けるということで……!」

「えぇ約束ですから」

「私の命だけは助けて頂ける約束も……」

「えぇ私は守りますよ」

 

 ニヤリと神父へ笑みを返した男は口元から――真っ白な牙を覗かせていた。

 

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