千年後に無事に転生した私の容姿。
「わぁ! 待て待てぇー!」
「うわっ、逃げろ逃げろぉー!」
私は普段と同じく転生をし、普段と同じく人の赤子として生まれ、前世の記憶を甦らせながら、肉体が成長するまでの暇つぶしの日々を過ごす――はずだった。
「……災難だ」
簡潔に述べるのであれば、私の肉体に吸血鬼の血が流れている。それも
(まさか、私を宿した"母体"が吸血鬼だったとはな)
私を身籠った母体と
(吸血鬼共の血が流れている肉体か。……吐き気がする)
母体は息を引き取り死亡。男体も行方知らず。引き取り先もいないそんな私は、この孤児院に送られた。与えられた名前は"
「幸先に不安しかないが、果たしてどうなるか」
この名を考えたのは今は亡き母体と男体。"アレクシア"は母体と男体で考え、"バートリ"は母親から継がれたものだろう。
「おいアレクシア! また他の子供を泣かせたな!?」
「私はあの幼児から『代わりに掃除当番をやれ』と命令された。それを『嫌だ』と断っただけだ」
「ならどうして怪我をしている!? お前が原因のはずだ!」
「私からは手を出していない。あの幼児の拳を避けただけだ。……その後、棚に衝突していたが」
孤児院の環境は最悪。私たち孤児は、まともな食事も与えられず、まともな教養もされない。寄付された資金はすべて神父の娯楽行き。
「お前はまた食糧庫で盗み食いをしたなぁ!? この薄汚い鼠めがぁッ!」
「ちがうっ、ちがうよっ……!!」
(……言葉より先に手を出すか。やはり人間も吸血鬼と変わらないな)
劣悪な孤児院生活。今まで歩んできた前世に比べれば苦でもない。しかし唯一不便だと感じた点が、私にとって致命的なものだった。
(ここでは得られる情報が少なすぎる……)
この時代に関する情報を孤児院では多く得られない。本棚に並べられている本をすべて読み漁ったが、絵本という名のおとぎ話ばかり。
「確証が得られるのはこの時代が千年後という情報と、この肉体がアレクシア・バートリと呼ばれ、吸血鬼の血が流れている情報のみか」
千年後の時代、名前、肉体については自身の戸籍を確認済みのため事実である。しかしそれ以外は何一つ情報がない。私は謎と不信感が深まるばかりの日々を送り続け、"少女"と呼ばれる十二歳まで成長した。
「おーっす、アレクシア! ……って、また本なんて読んでんのかよ?」
「こらぁ"イアン"! またアレクシアちゃんの邪魔をして……!」
「ちげぇーよ"クレア"! 俺は邪魔なんてしてない!」
あの暴君神父でさえ手に余る私は、当然のように同じ境遇の"孤児"たちに避けられていた――たったこの二人を除いて。
「……静かにしろ」
「ほら邪魔してるじゃない!」
「お前がぎゃーぎゃー騒ぐからだろー! それに『またアレクシアちゃんから話を聞きたい~』って言ってたのお前じゃねーか!」
陽気な性格に前髪を上げた茶髪。この少年は"
「ちょ、ちょっと!? 私はそんなこと言って――」
清楚な言動に、後ろ髪を一つ結びにした小麦色の髪。この少女は"
「……何の話が聞きたいんだ?」
この二人は『吸血鬼共に両親を殺された』ことで、孤児院へと送られてきた。他の孤児たちも吸血鬼共の被害に遭ったことで、この孤児院へ送り込まれた類が多い。
「前に話してもらった『百匹以上の吸血鬼を独りで倒した人』の話!」
「やっぱりお前、アレクシアから話が聞きたいだけじゃねぇか……」
時間を持て余していた私は渋々この二人へ話をする。正確には私が歩んできた前世の記憶から引っ張ってきたもの。つまりは私の思い出話をしているだけ。
「――そこで現れたのは吸血鬼の親玉である"公爵"だ。その強さも他の吸血鬼共とはワケが違う。ただの人間なら、すぐに首を
「……怖い」
「しかし人間である彼女は、ある方法で公爵を始末した」
「ある方法って、何だ?」
「公爵を"銀の棺"に封じる方法だ」
銀の棺。十字架の銀を溶かして作り上げた代物。通常の吸血鬼ではなく、公爵専用の処刑道具として私たち転生者の間で作られた。
「銀の棺ならば、公爵の肉体を封印することができる」
「封印した後はどうするの?」
「銀の棺を外に放り出し、紅茶を
「すげぇー! 公爵ってそうやって倒せるんだな!」
この二人は主に"吸血鬼"に関する話を好む。特に人間と吸血鬼の戦いは大好物なようで、瞳を
「俺も大きくなったらこうして、こうやって……! 吸血鬼たちをバッタンバッタンと倒すんだ!」
「……殺せるといいな」
イアンは適当に拳を振り回したりと、脳内で吸血鬼を倒す自分を想像する。そんな動きで勝てるはずがない、と私は独白しつつ鼻で笑った。
「あっ、そういえばさっき盗み聞きしたんだけど……。明日、ここにお客さんが来るらしいよ」
「お客さん……? 誰だよそいつ?」
「なんか吸血鬼を殺す"神の遣い"らしいよ! 私たちのことを見物しに来るんだって!」
「"神の遣い"だと?」
「うん。神父が修道女と話してたよ。『明日は神の遣いが顔を出すから、子供たちに幸せな顔をするよう言っておけ』って」
神の遣い、おそらくは私と同じ転生者。十二年間も怠惰な時間を過ごしたが、やっとまともな情報を得ることができそうだ。
「……そろそろ床に就け」
「えーっ!? もっといっぱい話を聞きた――」
「睡眠は子供に必要なものだ」
「いやいや、お前も子供だろ……」
グチグチと文句を述べる二人を、私は寝室へ帰るように促す。その最中、クレアが私の左脚の太腿に巻かれた絹の布を見た。
「その脚の怪我、まだ治らないの?」
「完治はしている。傷痕を隠しているだけだ」
「治ったんなら取ればよくね?」
「取るも取らないも私の勝手だろう」
怪我をしたわけでもなく、傷跡が残っているわけでもない。目立たないよう、転生者としての紋章を隠しているだけだ。
(……ЯeinCarnation。最初の文字が反転しているのは、私が半分吸血鬼だからか?)
本来は『ReinCarnation』と刻まれている。紋章の文字が反転したのは、肉体に吸血鬼の血が流れていることが原因。このような事態は初めて経験する。
「さっさと寝ろ」
私は深く考えるのを止め、イアンとクレアを厄介払いすることにした。
「うん。おやすみアレクシアちゃん!」
「おやすー、アレクシア!」
二人が寝室に向かうのを確認すると私は読み進めていた本を閉じ、一人で食糧庫へと歩き出す。
「……
鉄の扉を封じる南京錠を針金で外し、食糧庫の棚に置かれている質素なパンと薄っぺらいチーズを手に取る。
(食べ物を口にできるだけマシか)
食糧庫で盗み食いをしていた薄汚い鼠は私だ。夜な夜な食糧庫へと忍び込み、大して美味しくもない食糧を貪っていた。
(……次はこの孤児の髪の毛を利用させてもらおう)
そして腹が満たされたら、適当な孤児の髪の毛を数本床に落として、食糧庫から去る。朝になれば、愚かな神父は髪の毛を証拠に、その孤児を犯人だと決めつける。
「この環境で孤児院とはよく言ったものだ」
私が狭い寝室に戻れば、小汚いベッドの上にクレアとイアンが二人で眠っていた。前提としてこの二人に情など与えるつもりはなかったが、
「……お前たちは運が良かったな」
孤立してしまえば悪目立ちする。その面では二人に助けられているだろう。だからこそ、食糧庫の罪を擦り付けることはしない。
「神の遣いか」
私は小さな窓から夜空を見上げ、煌めく星々を眺めつつそう呟くと、明日に備えて眠りにつくことにした。
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時刻は深夜。場所はとある一室。神父は両手をさすりながら、窓際に立つ黒のスーツを纏った男にこう尋ねる。
「明日はいよいよ"神の遣い"が訪れる日です。例の計画、もちろん決行されますよね?」
嫌な汗を垂らしながら、神父は引き攣った笑みを浮かべていた。対して男は窓の外に浮かぶ月を見上げる。
「えぇ明日です。明日、この孤児院で決行します」
「で、では約束通り! 例の"報酬"も頂けるということで……!」
「えぇ約束ですから」
「私の命だけは助けて頂ける約束も……」
「えぇ私は守りますよ」
ニヤリと神父へ笑みを返した男は口元から――真っ白な牙を覗かせていた。