ЯeinCarnation   作:酉鳥

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2:7 Lecture ─講演─

 空腹を満たそうと生徒たちが彷徨う学園内の食堂。私たちは午前中に座学を受けた後、長机を囲んで昼食を摂っていた。

 

「先生が優しい方で良かったですねー」

「うんうん~。座学も結構分かりやすかったし~」

「それに食堂のご飯も美味しいので最高です……!」

 

 小麦パンを頬張るロイと、肉や野菜が煮込まれたスープを(すす)るアリス。呑気な二人を私とキリサメは傍観する。

 

「俺からすれば吸血鬼のことを勉強するって、おかしな話なんだよな……。なんか、複雑な気分だよ」

「そうか」

 

 午前中にあの部屋で受けたのは座学。内容は食屍鬼や吸血鬼共の性質や、私がこの時代で初めて知ることになった原罪の情報。私は座学の時間を思い返す。

 

「みんなは、吸血鬼に爵位があるのは知っているよね。下から男爵(バロン)子爵(ヴァイカウント)伯爵(アール)公爵(デューク)の順番だよ」

 

 アーサーは木製の黒板へ吸血鬼の爵位を書き記し、男爵の下に一つ、公爵と伯爵の間に一つと矢印を加えた。

 

「それじゃあ問題。この矢印には何が入るでしょうか? じゃあロイくん、答えてみようか」

「分かるよ~。一番下は食屍鬼だよね~」

「正解! もう一つの矢印に何が入るのか分かるかい?」

「ん~、分からないかな~」

 

 ロイは敢えて知らないフリをすると私の背中を見つめる。アーサーはそのまま視線を下にずらし、私に注目してきた。

 

「えーっと、アレクシアさん。君はこの間には何が入るのかを知っているかい?」

「……原罪(げんざい)

「その通り、よく知っているね!」

 

 教育方針は褒めて伸ばす類だ、と言わんばかりに拍手をするアーサー。黒板に『食屍鬼』と『原罪』という名称を書き加え、まずは『食屍鬼』を大きな丸で囲んだ。

 

「食屍鬼のことはみんなよく知っていると思うけど……。分からない人の為に、軽く説明しておこっか」

 

 アーサーは『食屍鬼』という文字の横に、箇条書きで食屍鬼の特徴をこう書き記す。

 

――――――――――――――――

~食屍鬼~

・吸血鬼の中でも失敗作と呼ばれる存在。

・人間よりも力はあるが、肉体は人よりも脆い。

・人並みの知能を持たず、単純な思考のみを持つ。

・鳴き声は喜怒哀楽の感情のどれかに影響する。

・吸血鬼よりも紫外線に弱い肉体を持つ。

――――――――――――――――

 

「……というのが食屍鬼。ちなみに『紫外線に弱い』という特徴はつい最近A機関のおかげで判明したんだ。これは僕たちにとっても大きな前進だよ。次は原罪について──」

 

 アーサーは『原罪』という単語を大きな丸で囲む。求めていた情報が語られると私は顔を上げた。

 

「──っとその前に、名家について話をしようか」

 

 囲んだ丸から一本の曲線を引き伸ばし、その到達点に名家のラストネームを、上下左右にそれぞれ書き並べ、最後に大きな十字架を書いた。

 

「名家は全部で十家系あるんだ。最初に南の神愛を象徴するAbel(アベル)家とArkwright(アークライト)家。アベル家は天性の信仰心の高さから加護を使うことに長けている」

(……加護はアベル家の人間にとって生命線だ)

「そしてアークライト家は、天性の器用さを持つことから医療技術に長けている。先生もアークライト家の方々には、何度も助けられているよ」

(……アークライト家の人間が戦地に参加するか否かで、犠牲者の数も大きく変わる)

 

 下に並べられているアベル家とアークライト家の名称にチェックマークを入れ、次に十字架の左側に記された名家にチョークの先を向ける。

 

「次に西の理性を象徴するIrvine(アーヴィン)家、Perkins(パーキンス)家、Trevor(トレヴァー)家だ。アーヴィン家は天性の記憶力と容量の良さから、判断力や知識量に長けている」

(……私の知る限りでは司令塔を任命される者が多かったな)

「パーキンス家は天性の洞察力を持つことから、心理戦という名の読み合いに長けている。先生の同期はパーキンス家出身の方に心を見透かされたせいで、金貨の横領がバレて捕まってたなぁ」

(……だからこそ名家の中でそれなりに嫌われていた)

 

 アーサーは掠れた笑い声を上げると軽く咳ばらいをし、残されているTrevor(トレヴァー)という名称へ視線を送った。

 

Trevor(トレヴァー)家は天性の運動能力の高さと機動力に長けている家系だよ。特に、今の十戒を務めているトレヴァー家の方は頭一つ抜けているね」

「そんなに凄いんですか~?」

「うん、あの人は凄いよ。本来アーヴィン家やパーキンス家が担当するはずだった……"グローリアの体制"も整えているからね」

 

 ロイの質問に対してしみじみと語るアーサー。私は頬杖を突いたまま、黒板に書かれた文字を眺める。

 

「おっと、ごめんごめん話が飛んだ。次に行こうか」

 

 アーサーは我に返ると左側の名家にそれぞれチェックマークを入れ、十字架の右側へチョークの先を向けた。

 

「次に東の命題を象徴するPlender(プレンダー)家、Newton(ニュートン)家、Izzard(イザード)家だね。プレンダー家は天性の存在感の薄さから隠密行動に長けた家系だよ。吸血鬼たちから情報を盗んでくれる大事な役目を背負っているんだ」

「ねぇねぇアリスちゃん~! 俺って存在感薄いかな~?」 

「えっと、むしろ存在感ありすぎな気がします……」

「あははっ、だよね~!」

 

 アリスの返答を聞くとロイは声の調子を上げる。理由は定かではないが、この男は目立つことに対して快感を覚えているように見えた。

 

「ニュートン家は天性の発想力から、人類の進化に必要な工学に長けている。みんなが着ているその制服も、A機関とニュートン家が協力して開発したものだ」

「女の子の制服いいよね~! 特にコートを脱いだら肩が露出するところとか――」

「うるさいぞ、ロイー!」

 

 キリサメが苦言を呈するとロイは両手の人差し指でバツマークを作り、自身の口元まで持っていく。

 

「イザード家は天性に恵まれたものはないけど……名家の中では優しい方が一番多いよ。先生も色々とお世話になったからね」

「……」

「あれ、そういえばアリスさんってイザード家——」

「お前も余計な一言が多いな」

 

 今度は私がキリサメに苦言を呈すれば、ロイと同じように人差し指でバツマークを作り、自分の口元に押し付けた。

 

「このDクラスにはちょうどこの三家系の子が固まっているね。これから不評を貰わないように頑張るよ」

「先生はいい人だから不評なんてしないよ~」

「あはは、それなら上から怒られなくて済みそうだね」

  

 アーサーは右側の名家にすべてチェックマークを入れると、最後に残った上側の名家へチョークの先を向ける。

 

「最後に北の理念を象徴するRaines(レインズ)家とOliver(オリヴァー)家。レインズ家は天性の身体能力の高さで、剣術や剣技に長けている家系として有名だよ。アーネット家の次に神に愛された家系とも言われているね」

(神に愛された、か……)

「オリヴァー家は天性の動体視力と静止視力の良さから、狙撃能力に長けている家系だよ。遠距離で交戦するときには必要不可欠な家系かな」

 

 名家の説明をし終えると、最後に十字架の中央へArnet(アーネット)家とBlain(ブレイン)家を書き記す。

 

「これら名家の天性をすべて兼ね備えるのがArnet(アーネット)家。神に最も愛されている家系で、リンカーネーションを設立したとされる家系だよ」

「へー、チートすぎるな」

「お前の世界の言葉を口に出すな」

「す、すんません……」

 

 アーサーはアーネット家にチェックを入れると、次にブレイン家へチョークの先を向けた。

 

Blain(ブレイン)家はアーネット家に仕える家系だよ。カミルさんはとてもお強い方だけど……実はブレイン家の人間が全員そうではなくて、個人個人で違ってくるんだ。ブレイン家で特徴的なのは逆手持ちの剣術と剣技かな」

 

 ブレイン家にチェックマークを入れ、名家の説明を一通り終えたアーサーは私たちを一望する。 

 

「名家はすべてアーネット家から派生した家系なんだ。僕たちの知らない遠い遠い過去に、吸血鬼を絶滅させるために分裂させただとか」

「……なぁアレクシア」

「何だ?」

「前から気になってたんだけどさ。お前って本当の名前は何なんだ?」

 

 名家の内容をまとめているアーサーを他所に、隣に座っているキリサメが私へ小声でそう尋ねてきた。

 

「何が言いたい?」

「ほら、数えきれないほど転生してもさ。一番初めの人生に与えられた名前が、本当の名前になるんだよなぁって」

「……それを聞いて何の意味がある?」

「単純に気になってさ。最初の人生はどんな感じだったんだ?」

 

 真っ赤な紅茶と斜めうねりの形をしたクグロフと呼ばれる焼き菓子。私はそれらが脳裏を過り、ゆっくりと口を開いた。

 

「最初の人生は……紅茶とクグロフさえあれば満足する人生だった」

「ん、クグロフって?」

「パンに似た食感の焼き菓子だ。砂糖をかけて食べる。この時代では見かけないが、私が知っている時代では流通していた」

「へぇ、そんなお菓子があるんだな」

 

 私は追憶にふけることを止めキリサメと視線を交わす。

 

「逆に言えば、紅茶とクグロフがなければ不満ばかりの人生。手に入れる為なら、私はどんな決断も躊躇わなかった」

「どんな決断もって……そんなにクグロフってお菓子が好きだったのかぁ」

「……もう過去の話だ。座学に集中しろ」

 

 他愛もない会話をしていれば、いつの間にかアーサーが十字架の北側にチェックマークを入れ、『原罪』と書かれた位置へとチョークの先が移動していた。

 

「それでね、原罪とは一体何者なのか。その正体は――名家の始祖たちだ」

「……始祖」

「原罪は未知の存在。だからこそ十戒とアーネット家は度々戦死していた。どうして対策ができなかったのか。それは生還者が誰一人としていなかったからなんだ」 

 

 アーサーは白色のチョークを赤色へと変え、『原罪』という単語に大きな二重丸を付ける。

 

「けれど四年前の戦いで生還者がたった一人だけいた。リンカーネーションはその一人から原罪についての情報を得ることに成功してね」

(……カミル・ブレインか)

「情報によれば原罪は災禍(さいか)と呼ばれる力を使うらしい。先生は見たことがないから分からないけど……。多分、十戒や皇女様が使うような加護みたいなものだと思う」

 

 原罪だけでなく災禍(さいか)と呼ばれる力も、私の知る時代には存在しなかった。そもそも神に愛されぬ吸血鬼共が、加護のような力を扱えるはずがない。

 

「もし予期せぬタイミングで原罪と出会ってしまったらすぐに逃げて欲しい。情報量が少ない敵と戦うのはとても無謀すぎるからね」

「先生でも逃げるんですか~?」

「……そうだね、先生がその場に一人だったら勿論逃げるよ。十戒でも苦戦を強いられる相手だから」

 

 アーサーは『原罪』という単語の近くに赤色で大きく『危険』と書き、手に持っていたチョークを黒板の隅に置いた。

 

「よし、これで座学の時間は終わりかな。午後は野外でシャーロット博士が指導する訓練の時間だよ。先生がシャーロット博士の元まで連れて行くから、十四時までにこの教室へ集まってね」

 

 A機関の主導者とされるシャーロット。訓練ということは実技に近いことを行うのだろうが、あの小娘が身体を動かせるとは思えない。

 

「あっそれと……身体を動かすことになるからご飯を食べ過ぎないように! 吐いたらシャーロット博士が気絶しちゃうからね!」

 

 笑いを誘う締めの言葉。こうしてアーサーは午前の座学に掉尾(ちょうび)を飾った。


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