私たちは食堂で昼食を摂り終え、教室まで戻ってきた。アーサーは既に生徒たちを待ちわびている。残り五分ほどで約束の十四時となる時刻だ。
「さて、十四時になったね。みんな、僕に付いてきてくれ」
アーサーは懐中時計を確認すると私たちを連れてアカデミー内を歩く。向かう先は本校舎の北東側にある訓練場。
「やっと来たかねアーサー君。私は実に待ちくたびれたのだよ」
訓練場へ繋がる通路の先で欠伸をするのはシャーロット。私たちへ退屈そうな顔を見せ、青い空を見上げた。
「す、すいませんシャーロット博士……」
「まぁいい。待ちくたびれた時こそ、最善の思索に浸りやすいものだ」
頭を下げるアーサーを許し、シャーロットは木製の机に並べられているものをガサゴソと並べ始める。
「君のクラスはDクラスだったかね?」
「はい、そうです」
「君のクラスに暴れ回るような生徒はいないだろうね?」
「暴れ回る……? 僕のクラスにはいないと思います。どうしてそのようなことを?」
アーサーにそう問われたシャーロットは溜息を吐くと、折れ曲がった部品を私たちに見せつけた。
「Aクラスに理性を持たぬ生徒が在籍していてね。訓練終わりに私が大切にしていた"コレ"を破壊したのだよ」
「Aクラスは……
「うむ、実に恐ろしい生徒だった。私の説教を『はい覚えました』の一言だけで済ませたのだから」
(……あの女か)
地下牢獄で出会ったナタリア・レインズ。あの女の口癖は「はい覚えました」だった。理性を持たぬ生徒という表現も正しい。
「君たちは許可なく触ることがないようにしてくれたまえ。特にアーサー君、生徒をしっかりと見張るのだよ。万が一にも私の試作品を破壊するようなことがあれば――覚悟することだね」
「あはは……本当に頼むよみんな?」
シャーロットに釘を刺されたアーサーは
「では早速、野外での訓練に移ろうではないか。まずはアーサー君、これを持ちたまえ」
「はい、分かりました」
机の上に置かれていたリボルバー式の銃。シャーロットは一丁だけ手に取ると、アーサーへ持たせる。
「この時間は訓練ではなく、君たちに武装の試験運用を頼みたいのだよ」
「えっ、今日の訓練は開発した武装を見せるだけじゃ――」
「アーサー君、時には物事を変える決断も必要だろう。……ヘレン君には黙っておいてくれたまえよ?」
眉間にしわを寄せたアーサーの左腕を何度か叩くと、シャーロットは机の上に並べられたリボルバー銃を生徒の私たちにも手渡した。
「ですが、どうして生徒たちに試験運用を?」
「ふむ、理由はたった一つ。これらの武装を扱える者が限られないためなのだよ。ヘレンくんや十戒のみが扱える武装では意味がないだろう」
そして全員に行き届いたことを確認し、訓練場の奥に整列するカカシを一望する。
「この銃は銀の弾丸で食屍鬼の肌を容易く"引き裂き"、肉体を"崩壊"させる──
リボルバーの種類はソリッドフレーム式。シリンダーを覗いてみれば、六つの回転式弾倉に銀色の弾丸が詰め込まれている。私は弾倉の中身を確認すると、シリンダーを元に戻した。
「おや、君は随分と手慣れているのだね」
「……心得があるだけだ」
「ならばここにいる者のお手本としてあのカカシを撃ってくれたまえ」
どうやら手慣れた様子が目立っていたようで、シャーロットはこちらに声を掛けてきた。そのまま試し撃ちをするよう促され、私は標的となるカカシを見据える。
「片手で大丈夫かね?」
「不足はない」
そしてリボルバーの引き金に指を掛け、カカシに向けて弾丸を撃ち出した。
(……"シングルアクション"か)
撃鉄を戻し引き金を引く。その動作を六回繰り返せば、標的のカカシには小さな穴が六つほど空いた。
「ヒュ~! 流石サディちゃん、カッコ可愛いね~!」
「そうですね! アレクシアさん、カッコ可愛いです!」
「カッコ可愛いって何だよ……?」
後方で
「十メートルも離れた的に全弾命中させるなんて……君は撃ち慣れているようだね」
「確か
「ほう、中々いい趣味をしているのだね。歳相応の嗜みとは思えないのだよ」
「……無実の鳥を撃ち落とす戯れがいい趣味だと思うか?」
私はそう吐き捨ててからシャーロットとすれ違うと、他の生徒が順番にカカシの前へ立ち、指導の下で銃を構え始めた。構え方で素人か手練れかすぐに分かる。
「俺さ、銃を撃つの初めてなんだけど……気を付けた方がいい事とかあるか?」
「銃口を自分に向けないことだ」
「そんなこと分かってるつーの! 俺は構え方とかそういうのを聞いてんだよ!」
「両手で構える、標的を狙う、引き金を引く。それだけだ」
キリサメは「教える気ないだろ」とぶつぶつ文句を言いながらも、不慣れな立ち姿でリボルバーを構え、
「当たれッ――」
「外れだ」
「判別すんの早くねぇか!?」
指先に力を込めて引き金を引いた。銀の弾丸はカカシには当たらず、他所の方向へと飛んでいく。
「素人が初弾を当てられるはずがない。当たられたとしてもただのまぐれだ」
「今に見てろよ! 絶対に当ててやるからな!」
「そうか」
他の生徒たちの様子を観察してみる。ロイは六発のうち三発は命中させているようだったが、アリスはキリサメと同様に苦戦を強いられているのか、間抜けな顔をして銃を眺めている。
「くっそぉ、どうして当たらないんだ……?」
結局キリサメは六発の弾丸すべてを外す。私は悔しがるキリサメを見つめた後、シャーロットと会話するアーサーへ視線を移した。
(……腐っても銀の階級か)
アーサーは六発のうち五発をカカシへ命中させる。その様子をシャーロットが傍観し、カカシを指差しながら何かを説明していた。
「うむ、全員が全弾外すという事態は免れたようだね。しかし構えなどの基礎的な部分を教える必要はありそうだ。ヘレン君に射撃訓練を組み込むように伝えておこうではないか」
訓練の時間も終わりが近づけば、シャーロットとアーサーが生徒たちの銃をすべて回収する。アリスとキリサメはぐったりと疲弊しているようだった。
「君たちは実に運がいいのだよ。ディスラプター零式の射撃訓練を、君たちの代で受けられるのだから」
「あのー? その銃、威力が全然足りないと思いまーす! もっとこう、爆発力と破壊力に溢れた銃は作らないんですかー?」
「……また君かね大馬鹿者」
シャーロットは呆れたように溜息をつく。挙手をして意見を述べるのは、クセ毛が目立つ茶髪の女子生徒。あの女は入学式にルクスαを見せられた時も、手を挙げて同様の意見を述べていた。
「私たちが武装に求めるものは、威力でも爆発力でも破壊力でもないのだよ。求めるものはただ一つ──吸血鬼に対抗するために必要な"人類の進化"だとも」
「ふーん、人類の進化?」
「あくまでも私の持論だがね、人類は大きな一歩を踏み出す必要はないと考えている。時を駆け、小さな進化の積み重ねを続け、それを大きな一歩とすれば良いのだよ」
シャーロットは自らの手で開発したディスラプター零式を右手に握りしめると、澄ました顔でカカシに銃口を向ける。
(……全弾命中か)
そして当然のようにカカシの胸部へ六発の弾丸を命中させた。シャーロットは地面に転がる
「うむ、確かにディスラプター零式の威力は不十分だろう。しかし今はこのままで問題はないと考えている。その理由が君に分かるかね?」
「意味が分からないでーす。銃は威力を上げれば上げるほど、素晴らしいものが出来上がるでしょ?」
「一つは最初に説明した通り、力のある者だけが使える武装など意味を持たないから。君たちでも扱える武装にこそ、真の価値がある」
シャーロットは摘まみ上げた薬莢を私たちに見せつけた。生徒たちの視線は自然とその薬莢へ惹き付けられる。
「では君に質問させてもらおう」
「質問?」
「もしこの一つの弾丸に公爵や伯爵、新手の原罪までをも一撃で仕留められるほどの威力があるとしたら……。君はこの弾丸を使うかね?」
「使うでしょ。っていうか、あたし以外も使うに決まってる」
茶髪の女子生徒の回答を聞いたシャーロットは、摘まんでいた薬莢をわざと足元に落とした。
「もしこの弾丸が吸血鬼に対して効果を失う時代が来たら……どうするかね?」
「それは……もっと威力を上げるか、別の弾丸を開発して――」
「その思考は非常に愚策なのだよ」
露にしたシャーロットの
「吸血鬼は日光、杭、銀が弱点。対して人類は利便性、変化、努力に弱いのだよ。一度手に入れた力を、一度決められた体制を、中々変えようとはしない」
(……核心をついているな)
「持て余すほどの力を手に入れてしまうと、自分から物事を変えようとせず、自分を変えようもしない。それが人類にとって最大の弱点だと私は考えていてね」
シャーロットは単純かつ甘い考えを述べる茶髪の女子生徒をビシッと指差した。
「そして何百年も前から——人類が勝利を収め続けてきた歴史に終止符を打たれているだろう。その時代から人類は吸血鬼に一度も勝利を収められていない」
(……? 私が最後に公爵を殺した、あの時代から?)
「人類が地表を這いずる歴史に終止符を打つには、吸血鬼が愉悦に浸っている今が絶好の機会なのだよ」
私たちへ真剣な眼差しを向けるシャーロット。茶髪の女子生徒は口出しできず、思わず視線を逸らしてしまう。
「人類の勝利に必要なものは戦術と体制の変革――そして私たち人類の進化なのだよ。これらを達成するためには、武装と共に君たちを成長させる方法が最も効率が良い」
そう結論付けたシャーロットへ向けられるのは生徒からの尊敬の念。アーサーは微笑ましい光景だ、と学園内の通路の方角へ何気なく視線を移し、両肩をビクッと震わせた。
「あの、シャーロット博士……」
「何だね、アーサー君?」
声を掛けられたシャーロットはやり切った感を顔に出す。
「この試験運用って、誰にバレたらマズいんでしたっけ?」
「ヘレン君だね」
「ではあそこにいる方は……」
頬を引き攣るアーサーが視線を向けた先。シャーロットはその場で振り返る。
「ヘレン君だね」
通路の壁に背を付けていたのは腕を組むヘレン。シャーロットは何事もなかったように、私たちの方へ顔を向けたが、
「これ、絶対にバレていますよ……!」
「ど、ど、どうすれば誤魔化せるかね……!?」
「状況証拠がこれだけ残っているのに、誤魔化せるはずないでしょう……!」
先ほどまで涼しい顔をしていたとは思えないほど、冷や汗をかいていた。
「シャーロット、これはどういうことだ?」
「へ、ヘレン君! これはだね、その……試験運用の試験運用みたいなもので」
ヘレンが背後までゆっくりと歩み寄り、シャーロットの左肩にポンッと手を置いた。この局面をどう乗り越えようかとシャーロットは必死に弁解を始める。
「アーサーが初担任だと聞いて、調子はどうかと様子を見に来れば……。私の知らないところで、武装の試験運用だって? 試験運用は必ず私に許可を貰ってから行うように……と何度も伝えていたはずだが?」
「そ、それはだね? 試験運用の試験運用が終わってから、ヘレン君の許可を貰おうとし――」
弁解に言い訳が混ざった途端、ヘレンは右腕を振り上げ、
「言い訳がましい!」
「ふぎゃん……ッ!?」
怒声と共に拳骨が叩き込み、訓練の時間を終える鐘の音が学園内に鳴り響いた。