ЯeinCarnation   作:酉鳥

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2:9 Foundling ◎ ─捨て子─

 窓の外を眺めれば夜空に浮かび上がるのは澹月(たんげつ)。初日の座学と訓練を乗り越えた私は、寝間着姿で男子寮の廊下を独りで歩く。

 

(……スマートフォンか。利便性の高い道具だ)

 

 食堂で腹ごしらえを済ませてから、この時間までキリサメの部屋でスマホと呼ばれる板を弄っていた。使い方は教われば案外単純なもので、昨日よりも扱いには大分手慣れてきている。

 

「……?」

 

 男子寮のエントランスへ顔を出せば、その隅でアーサーが手帳を眺め、考え事をしながら立っていた。

 

(……あの男には色々と聞くことがあった)

 

 私がアーサーの元まで歩み寄るとこちらに気が付き、開いていた手帳を慌てた様子でパタンッと閉じる。

 

「あ……確かアレクシアさん、だったよね。どうして男子寮にいるんだい?」

「野暮用があった。それよりも聞きたいことがある」

「えーっと……聞きたいことって何かな?」

 

 制服姿のアーサーが履いている男性用のブーツ。私は一瞬だけ視線を下ろし、アーサーの顔を見上げる。

 

「支給されたこのブーツが気に入らん。男性用のブーツと交換したい。どこに行けば交換できる?」

「ブーツの交換かぁ。多分だけど、アカデミー内のオフィスに行けば対応はしてくれると思うよ」

「オフィス……」

「あ、良ければ先生が案内しようか? オフィスにはまだ人がいると思うし、アレクシアさんにも話したいことがあってね」

 

 時間を無駄にはしたくない。私はその誘いを了承し、アーサーと共に男子寮から本校舎へ向かう。 

 

「……私に何の用が?」

「実はアレクシアさんに射撃訓練の手伝いをしてほしくてね」

「手伝いだと?」

「うん。Dクラスのみんなへ、銃の構え方や撃ち方を教えて欲しいんだ」

 

 私は迷惑極まりない頼みをされると足を止めた。アーサーは小首を傾げながらもその場で振り返る。

 

「あ、あぁもちろん君一人に任せるわけじゃないよ? 僕も先生としてみんなに教えるつもりだから」

「なぜ私が?」

「カカシにすべての弾を命中させていたのは、君とシャーロット博士だけだった。もしかしたら君は、先生よりも射撃能力に長けている可能性もあるからね。それなら目の行き届かない生徒を君に任せてもいいかなぁって」

 

 窓から流れ込んだそよ風に髪をなぞられ、私は真っ直ぐ前を向きながら歩き出した。

 

「私は吸血鬼共を殺すためにアカデミーへ入学した。人助けをするためでも、他の生徒と仲良くするためでもない」

「あはは、そっかぁ……。もし気が変わったら、僕にまた声を掛けてよ」

「……私の考えは変わらんぞ」

 

 学園内の廊下を歩いていればオフィスに到着する。私は受付の人間にブーツの交換を申し込めば、すんなりとこちらの要望を受け入れ、男性用のブーツを渡してくれた。 

 

「そういえば、どうして女性用のブーツが気に入らなかったんだい?」

「踵のゴムが邪魔で動きづらいからだ。そもそも死ぬか生きるかの局面で、変に女を飾る必要もない」

「……僕の同期もそんなこと言ってたような気が──」

 

 男性用のブーツを片手に持った私は、アーサーを置いてアカデミーの出口へ向かう。その薄暗い廊下は、数年前の孤児院を彷彿とさせた。

 

「ア、アレクシアさんは変わってるよ。先生は君みたいに、大人びた言葉回しをする子を今まで見たことがないから」

「それは"スコット・フェルトン"という男にも言われた」

「えっ!?」

 

 後を追いかけてきたアーサーにあの臆病者の名を出せば、驚きの声を上げる。

 

「スコット! 君は彼と知り合いなのかい!?」 

「いや、顔見知りだ」

「えっと……じゃあ彼は今も元気で?」

「銅の階級まで上がったと聞いた。プロポーズが成功したという話もな」

 

 知る限りの情報を与えるとアーサーは胸を撫で下ろし、大きく深呼吸しながら天井を見上げた。

 

「プロポーズ、成功したんだね。それは良かった」

「……お前はあの男と知り合いなのか?」

「先生が銅の階級だった頃の友人だよ。あの頃はよく一緒に話をしたり、お酒を飲んで上の愚痴を言い合ったり……ってごめんね、少し喋りすぎた」

 

 ご機嫌な様子で思い出を語り続けるアーサー。こちらに幸せそうな笑みを向けていることから、あの臆病者とは腹を割って話せるほど仲が良かったらしい。

 

「……お前の本当の名は?」

「えっ?」

「ラストネームの話だ。私たちに名乗っていたのはアーサーというファーストネームだけだろう。一般家系の生まれか?」

「あー……」

 

 初めて出会った時から抱いていた疑念を尋ねてみれば、アーサーはしばらく口をもごもごと動かし、 

 

「えっと、実はね……先生は捨て子なんだ」

「捨て子?」

 

 自身の生まれを捨て子だと明かし、静かにこう語り始めた。

 

「このアーサーっていう名前は、ヘレンさんの両親から与えられた名でね。今もどの家系から生まれたのかが分からないままで……」

「……まさか、あのシャーロットという小娘もか?」

「その通りだよ。アレクシアさんは鋭いね」

 

 私の追及にアーサーは一笑すると、続けてシャーロットの生まれについて説明を始めた。

 

「シャーロット博士も捨て子だけど……。幼児とは思えない知能があって、五歳で不自由なく喋れるほどの言語を習得していたんだ」

「……五歳でか」

 

 歳に似つかない口調と膨大な知識量。本物の転生者と似た特徴がある。あのシャーロットという小娘も転生者なのか。私はアーサーの話に耳を傾けながら、顎に手を添える。

 

「あの歳でA機関の主導者になれるのは凄いよね。生まれつきの才能とか、前世の記憶を継いでいたり……とかするのかな」

「……実際に前世の記憶があるのか?」

「どうなんだろう。シャーロット博士にもよく分からないんだって。気が付いたら、沢山の知識が頭の中に入っていたみたい」

 

 前世の記憶の中で知識だけが引き継がれる事態。何千と転生し続けてきたが、そのような事態は一度も起きたことがない。

 

「ラストネーム、少しだけ羨ましいなぁ」

「なぜ妬む?」

「みんなに覚えてもらいやすいからね。それに家系図として歴史に名も刻まれるし、何よりも孤独を忘れられる気もする」

「……どうだろうな」

 

 隣でラストネームを羨望するアーサー。遠回しに共感を求められたような気もしたが、私はその言葉を決して肯定はしない

 

「名なんて必要ない」

「えっ? それはどうしてだい?」

「残された生者は死にゆく者の名を忘れられない。死者の名という重荷(・・)を抱えて生きていく。名というのは──人に与えられた呪いだ」

「確かにね。それは一理あるかもしれないよ」

 

 アーサーは私の意見にやや賛同すると「でも」と言葉を付け加える。

 

【挿絵表示】

 

 

「名前があるからこそ大切な人を覚えられる。名前があるからこそ誰かと共に道を歩める。だから名前は──人と人とを結ぶ固い糸だと思うよ」

「……そうか。お前とは分かり合えんな(・・・・・・・)

「ははは、そうかもしれないね」

 

 私が淡白な返答をすればアーサーは優しく微笑む。そんな他愛もない会話をしていると、いつの間にか学園の外まで辿り着いた。

 

「夜道は危ないからね。女子寮の前まで先生が送るよ」

「必要ない」

「アレクシアさんは大事な生徒だ。これだけは譲れない」

「勝手にしろ」

 

 呆れてしまうほどの教師面。アーサーは新任の教師としてそれなりに張り切っていたが、先ほどの会話から更に調子が上がっているように見えた。

 

「……お前は今まで吸血鬼共を何体始末した?」

 

 女子寮へ向かう道中、呑気に歩いていたアーサーへ、銀の階級に上がるまでに何体の吸血鬼を始末したかを尋ねてみる。

 

「数は、覚えてない」

「なら始末した吸血鬼共の中で、最も高かった爵位は?」

「一度だけ伯爵を殺したことがあるかな。でもその時は僕一人じゃなくて、他にも何人か仲間がいた状態だよ」

「そうか」

 

 銅の階級では男爵や子爵でも苦戦を強いられていると聞いていたが、銀の階級は伯爵までは交戦が可能らしい。銅と銀の間で大きな差があるのだろう。

 

「それじゃあアレクシアさん、また明日」

「あぁ」

「おやすみ」

 

 アーサーは女子寮の前で軽く手を振った。私は即座に背を向け、女子寮へと足を踏み入れる。

 

(……アーサーか)

 

 女子寮の廊下を歩きながら、キリサメから聞いた話がふと脳裏を過った。

 

『アーサー王伝説だと?』

『そうそう。俺たちの世界でアーサーっていう伝説上の人物が存在してさ。国を統一したり、侵略者を追い払ったりして……その一生が描かれているのがアーサー王伝説』

『……それが?』

『いや、あの先生の名前が一緒だったから思い出して……』

 

 私は下らない話を思い出し溜息をついていると、視線の先で数人の女子生徒が目に入る。

 

「ち、違います! 私は自分の力で試験を乗り越えたんです!」

「嘘つかないで貰える? どーせ名家の財力に物言わせて、入学したんでしょ?」

「そ、そんなはずっ──」

「そうそう~! 出来損ないで、私たちより無能(・・)なあんたがアカデミーに入れるわけないもんね~!」

 

 三人の女子生徒に囲まれていたのはアリス・イザード。話の内容からするに、どうやら他の生徒からいびられているようだ。

 

「……何をしている?」

「あ? なにあんた?」

 

 部屋の前で騒がしくされては眠れない。私は仕方なく煩わしい女子生徒へ声を掛ける。

 

「ア、アレクシアさん……わ、私……」

「……お前と関わるとロクなことがない」

 

 アリスは今にも泣き出しそうな声で私の名を呼んだ。この女の性格も何もかも気に食わないが、イザード家が関与する面倒事に巻き込まれるのは同情する。

 

「へぇあんた、その無能なアリスちゃんを庇うの?」

「待って、こいつ知ってる! 食堂でロイ君と仲良くしてるやつだよ!」

「……! そうじゃん、こいつよくロイ君と一緒に……!」

 

 リーダー格と思われる女子生徒が詰め寄ってきた。高圧的な態度を見せつける辺り、過去に何度も弱者を虐げてきたのだろう。

 

「ねぇ、何であんたがロイ君と仲良くしてんの?」

「知らん。あの男が絡んでくるだけ──」

「はぁ? ちょっと容姿がいいからって気取んなよ!」

 

 リーダー格に胸倉を掴み上げられ、持っていた男性用のブーツを床に落とす。私は話が通じないこの女から視線を逸らした。

 

「ロイ君はね、私たち女子にとって憧れなの。だからあんたみたいなヤツが近づいていい人じゃない。どこの家系か知らないあんたが仲良くすんの止めてくれる?」

「……もう一度言うが、私はあの男と仲良くした覚えはない」

「なめてんのかッ、そうやって気取るのがムカつくんだよ! それでお高く留まってるつもり!? どうしてロイ君は私じゃなくて、こんな女を気に入って……!」

 

 あの(ハエ)のような男は、女にとって憧憬(しょうけい)の的となっているようだ。アリスだけでなく、ロイすらも懸念事項に当てはまるとなれば、いよいよ関係を絶たなければならない。

 

「……どうでもいい、その手を離せ」

「は? あんた、どんな立場なのか分かってる? 私は貴族の娘なの。親に一言でもあんたのことを告げ口すれば、このアカデミーから退学させることも──」

「そうか」

 

 聞いてもいないことを流暢に喋り続ける貴族の女。私は胸倉を掴む手を左手で押さえると、

 

「なら失せろ」

「──うごぉッ!?!」

 

 軽く握りしめた右拳をその綺麗な顔面へめり込ませた。私が胸倉の手を押さえていたことで吹き飛ばず、そのまま顔を押さえながら、崩れ落ちるように両膝を突く。

 

「な、何してんのお前!? 殴るなんて、そんなこと……!」

「私は離せと忠告しただろう。それに貴族の女(・・・・)だから──そんな下らん肩書で私が怯むとでも思ったのか?」

「……っ! お前、調子に乗りすぎ──」

「あれ~? 何してんの~?」

 

 いつの間にか女子生徒の背後に立っていたロイ。顔を押さえた貴族生まれの女と、平然としている私を交互に見る。

 

「ロ、ロイ君……ど、どうして女子寮に……?」

「ん~? ちょっと散歩してただけだよ~?」

 

 ニコニコと笑みを浮かべたロイは、私の背後に回り込むと両肩に手を置く。

 

「サディちゃん助かったよ~。そこの子、ずっと前から俺の側にいる女の子をイジメててさ~。どうしよっかな~って思ったら代わりに解決してくれたみたいで~」

「……まさか、この能天気な女を助けに来たのか?」 

「う~ん、どうだろうね~?」

 

 知らないフリをしているが、この男は間違いなくアリスの為に女子寮へ顔を出したのだろう。呆れる私を他所に、ロイは貴族の女の両脇に立つ二人の女子生徒を見る。

 

「ねぇねぇ~?」

「は、はい……!?」

「もし、もしまたアリスちゃんやサディちゃんに嫌がらせしたら──」

 

 そしてニコニコとさせていた顔を真顔に変え、

 

「──今度は俺が手を出すよ」

「ひ、ひぃ……ッ?!」

 

 不機嫌な様子を露にしながら脅しをかけた。脅された女子生徒たちは貴族の女を連れて、廊下を走り去る。

 

「ごめんね二人とも~。俺のせいで変なことに巻き込んじゃって~」

「わ、私は大丈夫です! それよりも一番大変だったのは──」

「間違いなく私だろうな」

 

 不満を募らせながら男性用のブーツを拾い上げ、自身の部屋へ帰ろうとした。だがロイが私の左手を掴む。

 

「……何だ?」

「ありがとねサディちゃん。俺の代わりにあの子を殴ってくれて、ほんとに助かったよ」

「お前を助けた覚えはない」

「あ、ま、待ってくださいアレクシアさん! わ、私もお礼を──」

 

 ロイの手を振り払い、アリスの呼びかけを無視し、自分の部屋に帰る。そして持っていた男性用のブーツをクローゼットに置くと、すぐさま冷水で顔を洗った。

 

「……私は何をしている?」

 

 鏡に映り込むのはぼやけた自身の姿。私はしばらく鏡を見つめた後、真っ白なベッドへ横になり、明日に備えて眠ることにした。

 


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