ЯeinCarnation   作:酉鳥

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2:10 Outburst ─暴発─

 

「見ろよアレクシア! 俺でも三発は当たるようになったぜ!」

 

 アカデミーへ入学し、二ヶ月が経過した。午前に知識を蓄えるために座学を受け、午後には体力と技術を身に付けるため射撃や剣術の訓練を受ける。今は射撃訓練の最中だ。

 

「……中途半端だ。全弾当ててから物を言え」

「半分は当たってんだから、全部命中させる日も近いだろ!」

 

 キリサメはこの二ヶ月で六発中三発はカカシに命中させられるようになった。たったそれだけのことで、この男は勝ち誇ったような顔をしている。

 

「お前は銃を構えてから狙いを定めるまでが遅すぎる。次の撃ち出しも遅い。些細なことで照準がぶれたら、修正するのに数秒も時間がかかるのか」

「うっ……言葉が出ないっす……」

 

 しかし動作の一つ一つがあまりにも丁寧すぎるが故、照準を合わせてから撃ち出すまでの時間が遅い。キリサメは言及されると自覚があるようで、私からスッと視線を逸らした。

 

「サディちゃ~ん! 俺も厳しく指導してほしいな~」

「お前に指導は必要ない」

「あっ、俺のことちゃっかり見ててくれた系~? じゃあ次は、サディちゃんのハートを撃ち抜いちゃおっかな~」

「勝手にしろ」

 

 ロイ・プレンダーは私やアーサーを除けば、射撃における技術の習得が誰よりも早かった。たった一ヶ月で六発の弾丸を安定して命中させられるようになったのだ。

 

「それよりも俺とサディちゃんでさ~。アリスちゃんに教えてあげようよ~!」

「……お前が教えればいい」

「いいじゃ~ん! 俺たちはアリスちゃんと友達なんだからさ~!」

 

 問題となる生徒はアリス・イザード。この二ヶ月でほんの僅かな成長すら垣間見えない。未だにカカシへ一発も命中させられず、Dクラスの中では最底辺の技術力。

 

「はぁ、どうして当たらないんでしょうか?」

「ん~、構えとかは問題ないと思うけど~。サディちゃん、どこが悪いと思う~?」

「……自分を信じないことだ」

「わ、私も自分のことを信じたいんですけど……。全然努力が実らなくて、段々自信を失ってきてまして……」

 

 アリスは自身の情けなさに嘆息(たんそく)を漏らす。ロイが「これからだよ~」と励ましていれば、キリサメが私の隣で耳打ちをしてきた。

 

「なぁ、本当にアリスさんに問題点とかないのか……?」

「私は自分を信じないことが問題だと言った」

「いやいや、そういうのじゃなくてさ。やっぱり基本的な構えとか、銃の握り方とかが悪いんじゃ……」

「どうだろうな」

 

 私がキリサメに曖昧な答えを返すと、順番に生徒の様子を窺っていたアーサーが私たちの元へやってくる。

 

「二人とも、調子はどうだい?」

「俺とアレクシアは大丈夫なんすけど……どうもアリスさんの調子が悪いみたいで」

「うーん、アリスさんはまだ要領を掴めていないんだね。……アリスさん、上手くいかないのかい?」

 

 アーサーはキリサメから事情を聞くとアリスに優しく声を掛けた。

 

「は、はい。やっぱり私はダメダメな生徒かもしれません……」

「そんなことないよ、自分を責めないで。実習訓練までまだ時間はあるからね」

 

 私たちに控えているのは実習訓練。アカデミーへ入学し、半年後に行われる模擬遠征だ。食屍鬼が蔓延る現地へ生徒たちが赴き、磨いた技術を振るうための行事らしい。

 

「で、でも剣術だって私は全然ダメで。未だにカカシの腕部分すら斬り落とせないですし……」

「けど、アリスさんはまだ諦めていない。こうやって諦めずに頑張っているだけでも十分立派だよ。……っと、シャーロット博士に呼ばれたから行ってくるね」

 

 教師としてアリスのやる気を鼓吹(こすい)したアーサーは、訓練場に姿を現したシャーロットの元へ駆けていく。

 

「ほらね~? 先生もああ言ってるんだし、気にすることないんだって~!」

「そ、そうですよね……! まだ時間はあります!」

「そうそう! 俺でもできるんだからさ。アリスさんにできないはずがないだろ!」

 

 ロイとキリサメが声援を送っていると、シャーロットに異論を述べていた茶髪の女子生徒がこれ見よがしに近づいてくる。

 

「あんたたち、あたしがその子の技術面の問題を解決してあげようか?」

「あの、どなたですか?」

「あたしはAbigail(アビゲイル) Newton(ニュートン)だよ」

Newton(ニュートン)……)

 

 東の命題を象徴する名家の一つ、ニュートン家。私の脳裏に過ぎるのは、ニュートン家の始祖——William(ウィリアム) Newton(ニュートン)という名の男。

 

『"不才"、そろそろ新たな武装を開発するべきだ』

『急かすな"不純物"。焦りを感じながら考えても、いいものは開発できないだろう』

『良いか悪いかを判断する前に、完成しなければ何の価値もないことを覚えた方がいい』

 

 あの男は利己的な私とは違い、他者の利益を第一優先で考えていた。私を不純物と呼んでいたのは転生者にとって不純物という意味だろう。

 

「もし当てられないのならこの銃を使ってみな。あのカカシに絶対当たるから」 

 

 くせ毛が特徴的な茶髪に、濃い隈が浮かび上がる目元。自信に満ちたアビゲイルは一丁の銃をアリスに手渡した。

 

「なぁこれ、本当に当たんのか?」

「信じられないなら撃ってみればいいさ。あたしが改造したDestroyer(デストロイヤー)零式は、ディスラプター零式よりも遥かに高性能だからね」

「デストロイヤー零式って……」

 

 由来は恐らく破壊者。単調な名前にキリサメが失笑していれば、アリスは渡されたデストロイヤー零式をカカシに向けて構える。

 

「折角のご厚意なので、少し使ってみます」

「ほんとに大丈夫~?」

「大丈夫さ! あたしは天才だからね!」

 

 リボルバー銃の部品が所々改造され、元のディスラプター零式よりもやや大型。私は銃を構えたアリスを傍観する。

 

「あんたたち、瞬きせずによく見てなよ」

 

 アリスが意を決して引き金を引けば、本来よりも大きな発砲音を立て、銀の弾丸がカカシに飛んでいく。

 

「あ、当たりました!」

「ま、まじかよ……!?」 

 

 カカシの胸部に空いたのは人間の拳ほどの風穴。外装を大型にし内部の部品を改良したことで、威力を大幅に向上させたらしい。

 

「ほら見ただろ? ディスラプター零式なんかよりも、あたしが改造したデストロイヤー零式の方が何十倍にも性能がいいんだよ」

「凄いです! これなら私でも簡単にカカシに当てられます!」

 

 射撃訓練で初めてカカシに弾丸を命中させ、気分が高揚しているアリス。彼女は改造されたリボルバー銃を撃とうと再び構えるが、

 

「あれ、弾が出ませんよ?」

(……不発?)

 

 引き金を引いたのにも関わらず、弾丸は発射されなかった。アリスは小首を傾げつつも、再び引き金に指を掛ける。

 

「まさか」

 

 引き金は確かに引かれていた。しかし弾丸が撃ち出されないことなどあり得ない。もし改造されたリボルバー銃でその事態が起きた場合―

 

「えっ?」

 

 ――銃身に不発した弾丸が詰まっている。次に撃ち出された弾丸と、不発した弾丸が衝突すれば、

 

「……ッ」

 

 銃身の内側で暴発を起こし、リボルバー銃自体が崩壊する。私はアリスをロイの方向へ突き飛ばし、代わりに暴発へ巻き込まれた。

 

「アレクシアッ!」

「サディちゃん……!」

 

 パーツの破片が左目に突き刺さり、訓練場の地面を血で濡らす。私はその場に片膝を付き、突き刺さった破片に指先を触れた。

 

(……左目は、使い物にならんな)

 

 金属の破片が左目の水晶体から奥の神経まで貫いている。どう足掻いても、手術でどうにかなる怪我ではない。

 

「どうしたんだい、一体何が──アレクシアさんッ!」

「これは、何事かね?」

「ロイくん、救護班を呼んできてくれ!」

 

 アーサーは私の側に駆け寄るとこちらの容態を確認し、ロイへ救護班の要請をするよう指示をした。シャーロットは、落ちているパーツの破片を拾い上げ、険しい表情を浮かべる。

 

「……すべて仕組んでいたのか」 

「えっ? あ、そ、その……」

「あの女が射撃訓練で実力を発揮できなかったのは、お前が銃身を削っていたからだ」

 

 アリスは訓練の時間だけでなく居残りで練習をし、何度も何度もその引き金を引いていた。だからこそ一発も当たらないことはまずありえない。私が問い詰めるとアビゲイルはそわそわと焦り始めた。

 

「お前が改造した銃は銃身が削られていない。使えば命中するのは当然だ」

「改造? 君はディスラプター零式を改造したのかね……!?」

「……」

「なんて愚かなことを……! ディスラプターはこれで完成形なのだよ! 部品を変えたり、威力を上げたりすれば、外装が耐えられなくなる!」

 

 シャーロットが激昂(げっこう)して怒声をぶつけると、アビゲイルは何も言い返せずに俯く。

 

「ぐすッ、うぇえぇんっ……私のせいでっ……アレクシアさん、ごめんなさいっ!」

「アリスさんは悪くねぇよ! 悪いのは全部アイツだろ……!」

 

 キリサメは泣き出すアリスを慰めながら、怒りの矛先をアビゲイルに向ける。そんなやり取りすら聞き取れないほどに、私は意識が朦朧としていた。

 

『——は――為にこの力を――って――』

(……誰の声だ?)

『私たち――で――から――』

 

 途切れ途切れで脳内に響く女性の声。私は誰の声なのかを判別しようと記憶を巡らせるが、

 

『血の涙を――』

 

 脳が痛みに耐えられず、私の意識を強引に遮断させた。


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