ЯeinCarnation   作:酉鳥

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2:14 PvP ─対人戦─

 

 時刻は午後十五時。クラス内での自主練習の時間は終わり、トーナメント形式の対人戦が始まろうとしていた。見学者である私はアーサーの隣で対人戦を拝むことにする。

 

「よぉーし! 今から恒例の対人戦を始めるぞぉ!」

 

 生徒たちへ大声で呼びかけるのはAクラスの担任Luke(ルーク) Brian(ブライアン)。スキンヘッドに、黒色の髭を生やした褐色肌の男。筋肉質な肉体を持っている。

 

「対人戦の説明は……エンジェル、よろしく頼む!」

「分かりましたー」

 

 ルークが説明を託した相手はBクラスの担任Paula(ポーラ) Angell(エンジェル)。ウェーブが掛かった茶色のセミロングに、ふわふわとした性格の女。

 

「皆さんには『半径二十メートルの円内』で戦ってもらいまーす。円の外に出たら失格でーす。勝敗が決まったら私たちがストップをかけるので、それまで頑張って奮闘してくださいねー」

「どうだアーサー、上手くやれてるか?」

「あ、どうもジェイソンさん」

 

 アーサーに声を掛けてきたのはCクラスの担任Jason(ジェイソン) Hamond(ハモンド)。黒の前髪を横に分け、アーサーよりも大人びておらず、やや童顔が目立つ男。

 

「そういえば、君のクラスには確か総合成績でトップを取った生徒がいたよな。その子はもちろん今回の対人戦に出るんだろう?」

「えーっと、僕の隣にいるこの子がその生徒なんだけど……」

「この子が……?」

 

 ジェイソンは私を上から下までじっくりと観察する。にわかに信じ難いと言いたげな顔をしていた。

 

「この子は訓練中に怪我をしてね。エイダにストップをかけられているから、今回の対人戦には出場しないんだ」 

「そうなのか、そりゃあ残念だね。アーサーご自慢の生徒を拝めるのかと思ったのに」

「あはは……確かに誇らしいけど総合成績でトップになれたのはこの子自身の能力だからね。僕が自慢するのは、ちょっと違う気がするよ」

「ふっ、君が銀の階級まで上がって来れた理由が今何となく理解できた」

 

 ジェイソンはアーサーを賞賛するかの如く背中を軽く叩きながら微笑むと、自分のクラスの領地まで帰っていく。

 

「……案外関係は良好なのか」

「うん、でも先輩後輩の関係に近いよ。僕はまだ先生としても銀の階級としても、新入りだから……ルーク先生たちに色々と教えてもらったりとかしてるし」

「他の教師は強いのか?」

「先生よりも強いよ。Aクラスのルーク先生は三年前から銀の階級で、Bクラスのポーラ先生は男性に負けないほどの技量があって、Cクラスのジェイソン先生は銀の階級に任命されてからの一年間、功績ばかり出してるんだ」

 

 他の教師を褒め称えるアーサー。私はこの男の首元にぶら下げられた銀の十字架を見つめながら、

 

「……お前は?」

「えっ?」

「銀の十字架は優秀な人材に与えられる。お前にも際立つ長所があるはずだ」

 

 アーサー自身のことを尋ねた。しかしこの男は首を傾げつつ「うーん」と唸るだけで何も答えようとしない。

 

「あんまり自分の長所を見つけるのは得意じゃなくて……。考えても中々思いつかないよ」

「そうか」

 

 気が付けば、土地の中央付近に円形の闘技場が何個か作られ、対人戦は既に始まっていた。私は闘技場へ視線を移し、アーサーと共にDクラスの生徒を傍観する。

 

「うおわぁッ?!」

「はい、お前はクソ弱いです! 私が楽しめられないほどに弱くてたまりません! 次に会うことはもうないでしょう! ではでは、これで失礼します!」

 

 ナタリア・レインズはすぐさま相手に接近し、一太刀で円の外へと吹き飛ばしていた。やはりあの女の身体能力は、生徒の中では頭一つ抜けている。

 

「サディちゃん~! 俺のことを見ててね~?」

「あっ、あそこにロイくんがいるね」

 

 声が聞こえた方角へ顔を向ければ、こちらにアピールをするため、手を振っているロイが視界に入った。私は呆れた表情であの男の対人戦を眺めることにする。 

 

「ほらほら~? こっちだよこっち~!」

「くそっ! 全然当たんねぇ……!?」

(……あの男、遊んでいるな)

 

 ロイは器用に相手の背後へと回り込みながら、剣やプラスチック弾を回避していた。すぐに勝負を決めないのは、私にそれを見せつけることが目的だろう。茶番に飽きた私は視線を逸らした。

 

「泳がせてごめんね~」

「うわっ!?」

 

 丁度のタイミングで、ロイは相手を円の外へと片手で押し出す。その光景を最後まで見届けることなく、次にアリスの対人戦を見てみる。

 

「行きますよー! って、ぶふッ!?」

「え? あの、大丈夫ですか……?」

 

 果敢に剣を振り上げたかと思えば、派手に前のめりで転んでいた。対人戦だというのに、相手に手を差し伸べられている。

 

「ははは、流石はアリスさんだね」

 

 次に視界へ映ったものはキリサメが相手と交戦する光景。私はその光景を目の当たりにし、眉間にしわを寄せた。

 

「うおっ……うぉっ……あぶねぇ……!?」

「お前さん、早くリタイアしてくれないか」

 

 キリサメが剣を構えているのに対し、相手は一方的にプラスチック弾を連射していたのだ。それも狙う個所が人間の急所ばかり。

 

(……あの男は何者だ?)

 

 狙撃能力が長けているだけでなく、隙も見せずにプラスチック弾を補填している。銃の扱いに手練れた男子生徒だ。

 

「仕方ない。少し乱暴に終わらせる」

「――!?」

 

 男子生徒はリボルバー銃のグリップ部分でキリサメの剣を弾き飛ばし、円の外まで蹴り上げる。アーサーはその瞬間を目にし「おぉ!」と思わず声を漏らした。

 

「あの男はOliver(オリヴァー)家の人間か」 

「うん、先生も同じことを考えたよ。この場にいる生徒で銃を使って接近戦をこなせるのは、オリヴァー家ぐらいしか思い当たらないから」

 

 次々と円形の舞台で勝敗が決まれば、アリスとキリサメが重い足取りで私たちの元へ帰ってくる。

 

「初戦で負けちまった……」

「私も相手の方と握手をしただけでした……」

「二人ともよく頑張ったよ。先生はしっかりと君たちの姿を見届けていたから大丈夫」

 

 鼻先にバンドエイドを張ったアリスと、土に汚れた制服を着たキリサメ。アーサーはこの二人に励まし言葉を投げかける。

 

「あれ、あそこで戦ってるのってジェイニーさんとロイじゃね?」

 

 キリサメが視線を向ける方角には向かい合うロイとジェイニー。私は名家同士の対人戦を拝ませてもらうことにする。

 

「ねぇねぇ可愛い子ちゃん~? 名前は何て言うの~?」

「へっ? わ、私の名前はジェイニー・アベルですわ……!」

「ジェイニーちゃんね~! この後さ、俺と少し話さない~?」

 

 調子を崩されたジェイニーは剣を構えながら戸惑っていた。ロイは相も変わらず、ニコニコと笑みを浮かべている。私が呆れていれば、向かい側で試合を眺める男子生徒の会話が私の耳に入った。

 

「やっぱ勝ち残るのは名家ばかりだな」

「そりゃあ生まれつきの才能も能力も、俺たち一般市民とは桁違いだろ」

「でもよ、イザード家が見当たらないぜ?」

「馬鹿だなお前。イザード家は落ちこぼれの名家だぞ? 才能も際立った能力も何もない。俺たち一般市民と何一つ変わらねぇよ」

 

 二人の笑い声と会話内容は私たちの耳元まで届くのに十分な大きさ。当然のように話を聞いていたアリスは、暗い面持ちで静かに俯く。

 

「あいつら、アリスのことを何も知らないでベラベラと――」

「やーめた」

 

 キリサメは言い返すために声を上げようとしたが、それを遮るようにロイがリボルバー銃を男子生徒に向けて構え、

 

「いてぇっ!?」

「うぉわっ!?!」

 

 二人の額にプラスチック弾を一発ずつ命中させた。ロイは満足したように円の外へと一歩だけ踏み出す。

 

「てめっ、何しやがる……!?」

「おまえ、今のワザとだろ!? 名家の人間だからって調子に乗る——」

「俺、嫌いなんだよね~」

 

 怒声をぶつけられたロイは普段通りの笑顔を二人に向け、

   

「――君たちみたいに声がデカいだけの男」

 

 ハッキリとそう伝えるとそのまま円の外へ歩いていく。

 

「お、お待ちになって! まだ私との対人戦は始まってもいません!」

「ん~……君の可愛さに負けたってことにしといて~」

「やるな、ロイのやつ」

 

 手を振りながら去っていくロイをジェイニーは呆然と眺めていた。キリサメは感服していたようだが、私は名家同士の対人戦を拝めなかったことに溜息をつく。

 

「やっほ~! 戻ってきたよ~!」

「あの、ごめんなさいロイさん! 私のせいで、ロイさんの対人戦を台無しにしちゃって……!」

「俺はアリスちゃんの為に動いただけだよ~。それに対人戦の勝敗なんて興味ないからさ~。気にしない気にしない~」

 

 時が経てば対人戦は決勝という名の佳境に入る。決勝まで上り詰めた生徒はAクラスのナタリア・レインズ、そしてBクラスのクレア・レイヴィンズだ。

 

「おやおやぁ? お前は総合成績二位のクレア・レイヴィンズさんですか?」

「うん、そうだよ」 

「なるほどなるほどぉ! ではではお前を倒せば私が総合成績二位ということですかぁ!」

「ナタリア・レインズ……私は簡単に倒されるつもりないから!」

 

 対人戦を締めくくる決勝戦が幕を開ける。ナタリアの怒涛の詰め方と荒れ狂う剣術。受け止めきれないだろうと思い込んでいたが、クレアはすべてを捌き切る。 

 

「いいですねぇ! 久々に手応えのある野郎と戦えて、私はクソ嬉しいです! 嬉しすぎて手加減できません!」

「こっちだって、手加減する気はないからね……ッ!」

 

 客観的に見ればややナタリアが優勢。しかしあの猛獣を相手に、クレアは互角まで持ち込もうとしている。それが可能な時点で並大抵の実力ではない。

 

「はいはい、お前の剣は私よりも軟弱なんですよぉ!」

「なっ、うそ……ッ!?」

 

 クレアの木製の剣による一振りを、ナタリアは自身の右拳を衝突させる。それだけでなく、木製の剣は刀身から真っ二つに折ってしまった。

 

「ではでは、歯を食いしばってくださいねぇ!」

「ぐっ――」

 

 ナタリアは斬り上げによる追撃を放つ。クレアは両腕を十字に交差させ、受け止めようとし、 

 

「ここで、負けたくない……ッ!!」

「おやおやぁ?」

 

 一瞬だけクレアの瞳が紅色に染まった。ナタリアの木製の剣はクレアの両腕に触れた瞬間、跡形もなく粉砕してしまう。

 

(……瞳が赤くなった?)

 

 これにはナタリアも驚いていたようだが、すぐに握りしめていた持ち手を投げ捨て、

 

「いいですねぇ! 私もクソみたいに負けたくないんですよぉ!」

「きゃあっ……?!」

 

 飛び蹴りでクレアを軽々と吹き飛ばした。クレアは態勢を整えられないまま、円の外で尻餅をついてしまう。

 

「いったた……ッ」

「止め! 五百八十一期生による対人戦、優勝者は──Aクラスのナタリア・レインズ!」

 

 一進一退の決勝戦に生徒たちが大歓声を上げる。ナタリアは歓声に興味を示さず、尻餅をついたクレアの前に屈んだ。

 

「私の勝ちですがお前は良い瞳をしていますねぇ! クソみたいに気に入りました!」 

「今回は負けちゃったけど、次は絶対に負けないから」

「次は負けない……。はい、覚えました!」

 

 闘志を剥き出しにするクレアと頭を叩きながら首を傾げるナタリア。二人を賞賛する拍手喝采により、対人戦はこうして幕を閉じた。 

 

 


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