ЯeinCarnation   作:酉鳥

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2:16『班活動』

 

 実習訓練二日目の朝方。私たちは天籟(てんらい)がざわめく森林地帯で、アビゲイルを先頭に隊列を組みながら班行動をしていた。

 

「アビーちゃん~! 俺たちのキャンプ地ってどこにあるの~?」

「あたしらは六班だから南西の方角だよ。地図を見る限り、三十分ぐらいで辿り着くはずさ」

 

 一日目は交流会という名の対人戦。二日目はアストラを旅立ち、班別で森林地帯のキャンプ。食屍鬼が徘徊する森林で、班員との協調性を磨くことが目的らしい。

 

「よ、良かったです。三時間とか、四時間とかじゃなくて……」

「ほんとにそれな」

 

 目的地までの到着時間を聞いたアリスとキリサメは安堵する。私は最後列で歩きながら、どこまでも広がる木々を見渡した。

 

(……キャンプ地までの道は邪魔な木が排除され、日光が通りやすくなっている。これは食屍鬼避けの為か)

 

 キャンプ地までの道を歩いているが、日光は必ず私たちを照らしている。日中の時間帯は、この道を歩けば安全な移動が可能だ。

 

(渡された武装はルクスαとディスラプター零式。後は木の杭か)

 

 食屍鬼を杭無しで始末ができるルクスα。銀の弾丸が詰め込まれたリボルバー銃、ディスラプター零式。そして吸血鬼にトドメを刺すための木の杭。

 

(……爵位が最底辺の男爵(バロン)すら殺せないな) 

 

 木の杭はルクスαが不具合を起こした場合の補填に過ぎない。これらは食屍鬼を相手にする前提の武装だ。

 

「ここに『Dクラス:六班』って看板があるってことは……ここがあたしらのキャンプ地みたいだね」  

「おー、近くに川も流れてるな」

「サディちゃん~! 水浴びでもしようよ~?」

「沈めるぞ」

 

 キャンプ地には『Dクラス:六班』という木の看板が立てられていた。私たちはテント内で荷物を整理して、キャンプ地付近を歩き回る。

 

「あのー、この後は何をするんですか?」

「先生が様子を見に来るまでここに待機だね」

「そんじゃあトランプでもして時間を潰そうぜ」

「うんうん、賛成~!」

 

 小さな椅子に座り、トランプを始めるキリサメたち。私は空を見上げるアビゲイルの横を通り過ぎ、小川を覗き込んだ。水底には小さな石がいくつも転がっている。

 

「……この付近は中流辺りか」

 

 私は川の水を右手で掬い上げると口元まで運び、汚水ではないことを確認した。水分補給はこの小川で済ますことが出来そうだ。

 

「みんな、待たせてごめんね!」

 

 しばらく経つとアーサーが六班のキャンプ地まで赴く。キリサメたちはトランプの手札を石の上に置き、その場に立ち上がった。

 

「せんせー遅かったね~。何かあったの~?」

「実は一班から順番に到着を確認していたんだけど……。五班がまだ到着していなかったから、森中を探し回ってね」

「えっ? それで五班の生徒は見つかったんですか?」

「うん、途中で道を間違えてたみたい。先生がちゃんとキャンプ地まで案内したから大丈夫だよ」 

 

 アーサーは私たちの人数を確認すると軽く頷き、小川の上流の方角へと身体の向きを変える。

 

「明日の朝八時、アストラに集合だからね。後この小川を辿って上流を目指せば、先生たちのキャンプ地に辿り着くよ。もし何か困ったことがあったら、先生たちのキャンプ地まで来てね」

「はい、分かりました!」

 

 アリスが元気よく返事をするとアーサーは上流の方角へ歩き出した。しかし伝え忘れていた内容でもあったのか、戻ってくると小声で話を始める。

 

「ここだけの話、先生たちDクラスのキャンプ地は他のクラスのキャンプ地よりも、徘徊している食屍鬼の数が比較的に少ないみたい」

「マ、マジっすか……?!」

 

 このキャンプ地まで辿り着く間、食屍鬼の足跡は愚か、不快な鳴き声すら聞こえてこなかった。食屍鬼が徘徊しているという情報はただの脅しかと疑っていたが、これなら納得がいく。

 

「うん。先生も整地されていない森の中を走り回ったけど、一度も食屍鬼と会わなかったからね。みんなは運が良いよ」

「なら楽勝だね~。遊んでいても朝を迎えられそ~」

「でも気は抜かないように。夜は交代で見張りをして、いつでも動ける状態で仮眠を取ること。常に万全の状態で過ごすんだよ」

 

 気を抜いているロイたちにアーサーは注意を促すと、そのままキャンプ地から去っていった。キリサメたちは後ろ姿を見送った後、石の上に置いていたトランプを手に取る。

 

「んじゃあ、夜まで時間潰すか?」

「遊んで時間を潰すのは構わないけど、このキャンプ地から出ていくのは禁止だからね」

「そうしよっか~。変に出歩いて食屍鬼と鉢合わせするのも面倒だし~」

「もし出ていく場合は、あたしか他の奴に伝えるようにしな」

 

 実習訓練とは思えない怠惰な時間。私は娯楽で時間を潰しているキリサメたちを他所に、小川の近くに転がっている大きな石の上へ神輿(みこし)を据える。

 

(……ルクスαとやらが杭無しで食屍鬼を殺せるのかを試してみたかったが……この調子だと剣を抜くことすら無さそうだ)

 

 どうも水が合わない。私は小川の水面を見下ろし吐息を漏らした。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 懐中時計の長針と短針が示す時間は一時。とっくに日は暮れ、頼りになるものは焚火の明かりのみ。私はリボルバー銃を弄りながら、テントの外でアリスと共に見張りをしていた。

 

「とっても静かですねー」

「あぁ」

「ですが、本当に森の中に食屍鬼がいるんでしょうか……?」

「知らん」

 

 アリスに適当な相槌を打ち、銀の弾丸を一弾だけ弾倉から取り出して観察する。 

 

(……やはり薬莢も銀で作られているのか。どうやらあの小娘にはこだわりがあるようだな)

 

 重要なのは食屍鬼へ撃ち込む弾丸が銀で作られていること。薬莢の役割はあくまでも弾丸の保護。それをわざわざ銀で統一するのは、シャーロットがこだわりを持って手掛けているということだろう。

 

「あの、アレクシアさん……」

「何だ?」

「どうして私を、銃の暴発から庇ってくれたんですか?」

 

 こちらの横顔を見つめるアリス。私は銀の弾丸を弾倉に戻すとアリスと視線を交わした。

 

「……庇ったつもりはないと言ったはずだ」

「それなら何の為に?」

「知らん」

「知らないって……」

 

 その返答に釈然としないアリスが私の右肩を勢いよく掴む。

 

「理由もないのに、どうして私なんかを助けたんですか……!?」

「……大声を上げるな。食屍鬼が寄ってくる」

 

 何故か焦燥感に駆られているアリスが声を荒げ、私の身体を無理やり自分の方へと向かせた。

 

「私よりもアレクシアさんの方が何十倍も優秀なんです! 出来損ないの私を庇う必要なんてなかったんですよ!」

「……情緒不安定なのか?」

「だって、私なんかがドジを踏んだせいで、アレクシアさんの左目を……」

「周囲の人間に何を言われた?」

 

 私の言葉を聞いたアリスは今にも泣き出してしまいそうな顔になる。その変化から自身の言及が正鵠(せいこく)を得たものだったと確信した。

 

「何故お前が不評を集めている? 暴発事件を引き起こした元凶は銃を改造した女だ」

「私にも分かりません。いつの間にか、私がアレクシアさんに怪我を負わせたという変な噂が広まって……」

 

 悪意のある誤情報の拡散。その人物の見当はついているが、この場でわざわざ明かす必要はないだろう。私はそう判断し、アリスの顔から視線を外した。

 

「お前は理解していない」

「えっ……?」

「私は銃が細工されていることに最初から気が付いていた。当然、あの女が銃に細工をした犯人という事実もだ」

「き、気が付いてたんですか!? どうして私に教えてくれなかっ――」

「私はあの時、お前にこう言っただろう。弾が当たらないのは『自分を信じないことだ』と」 

  

 あの言葉の真意は『技術ではなく銃に原因がある』というもの。結局アリスは銃を疑わず、自分自身を疑ったままだった。

 

「お前やあの女だけじゃない。私も暴発を防げる立場だった。あれは私自身が招いた事故に過ぎない。お前が失態を犯そうが、あの女のせいで左目を失おうが……私にとってはどうでもいいことだ」

「アレクシアさんは、やっぱり不思議な人ですね。ロイさんの気持ちが、何となく分かる気がします」

「なぜあの男の名が出てくる?」

「……アレクシアさんが寝てるときに、自分のことをあまり話さないロイさんが、私やカイトさんに色々と教えてくれたんです」

 

 チェスやトランプで楽しんでいた昨晩。私が眠りについていた時のことをアリスはぽつりぽつりと語り始めた。

 

『……実はね、俺ってプレンダー家に生まれたくなかったんだよ~』

『えっ? ど、どうしてですか?』

『プレンダー家って敵の情報を盗んだりとか、敵に気が付かれないように殺したりとか。とにかく存在感を出しちゃダメな家系でさ~。子供の頃から目立たないようにって教育されてたんだよね~』

 

 トランプをしながら突拍子もなく、家系について話をし出すロイ。アリスやキリサメは胸中では驚きながらも、耳を傾けていた。

 

『でもさ、ロイってむしろ存在感出してるような……』

『そうだね~。俺はわざと目立とうとしてるもん~』

『あの、どうして目立とうとするんですか……?』

 

 ロイはトランプの手札を見つめながらダイヤの九を場に出す。

 

『……だって、ちょっと悲しくない~?』

『悲しい、というのは?』

『プレンダー家ってだけで誰にも知られないまま、ひっそりと消えちゃうこと』

 

 次に出したカードはハートのキング。アリスとキリサメは静かに俯いていた。

 

『親父がさ、実際にそうだったの。裏ではすっごい貢献してたのに、表に立つ名家にしか注目がいかなかった。死んじゃった時も親父の話題すら上がらなくてさ。だからちょっと、嫌になったんだよね~』

『ロイ……』

『目立つ度に怒られちゃったよ~。プレンダー家としてあるべき姿じゃないとか、すべき行為じゃないとか言われてさ~。うるさい大人も可愛い女の子もみーんな、俺のことをプレンダー家として見てくる~』

 

 続けて出したのはスペードの十。ロイは眠りについているアレクシアへ視線を向けた。

 

『でも、サディちゃんは違ったんだよね~』 

『アレクシアが?』

『ん~、何て言えばいいんだろう~? なんか俺をプレンダー家の人間じゃなくて、一人の人間として見てくれた感じがしたんだ~』

 

 ロイに残された手札はハートのクイーン。最後の一枚を場に出すと寝袋の上へ仰向けになる。

 

『だからかな~。俺がサディちゃんを気に入ったのは』

『そうだったんですね……』

『アリスちゃんを気に掛けたのは名家の血筋で苦しんでたからかな~。放っておけなかったっていうか~。境遇が似てたっていうか~』

 

 自分自身のことを打ち明けたロイは清々しい顔で身体を起こし、キリサメとアリスを交互に視線を送った。

 

『ほんと良かったよ~。このクラスに入ってみんなに会えてさ~』 

『あぁ、俺も同じだ! 不安ばっかりだったけど、Dクラスでロイたちと一緒になれて良かった!』 

『わ、わたじもですっ……わたじも、皆さんに会えて、本当に良かっだっ……』

『いやいや、いくら何でも涙腺緩すぎだろ!』

 

 テントでの出来事。アリスは私に会話の内容をすべて語り終えると、涙を堪えながら立ち上がり、小川まで走っていく。

 

「す、すみませんっ……情けない顔は見せられないのでっ……」

(……どうりであの男がしつこいわけだ)

 

 袖を濡らす顔を見せたくない、と小川で顔を洗うアリス。私は焚火をぼんやりと眺めながら、水の音を聞いていた。

 

「ありっ?」

「どうした?」

「顔を洗ったんですけど、川の水が少し臭ってて……」

「何を言っている?」

 

 奇異を感じたアリスは顔を洗うのを止め、私の元まで戻ってこようとする。小川の方は暗闇に閉ざされ、視界は非常に悪い。

 

「あの、何でしょう。鉄臭いというか、生臭いというか……」

「……お前の嗅覚が狂っただけだろう」

「でも本当に臭うんです! 顔を洗えば洗うほど臭って……」

 

 私は振り返り、仕方なくアリスの顔を視認する。左目を失っているせいで、暗闇では目が利かず、人影しか見えない。

 

「なら誰かが上流で花を摘んだのか――」

 

 焚火に照らされるアリスの姿。私はそれを目にした途端、言葉を止めた。

 

「アレクシアさん、どうかしたんですか?」

「……自分の姿をよく見ろ」

「えっ?」

 

 アリスは視線を下ろすと自身の制服などを確認し、

 

「――血?」 

 

 呆然とした様子でぼそりと呟く。そう、アリスの顔や制服は真っ赤な血に塗れていた。頬を伝わる雫も紅に染まっている。

 

「い、いやぁあぁあぁーーッ!?」

 

 辺りに響き渡るアリスの悲鳴。テント内で寝ていたキリサメたちが飛び起き、すぐに外へと顔を出した。 

 

「ど、どうしたんだ!? 何かあったのか……ってアリス、どうして血塗れに!?」

「か、川が、川が血に……」

 

 私を先頭に松明(たいまつ)を持ち、全員で小川を確認しに向かう。

 

「これは、何があったのかな~?」

「……血の川じゃないか」

 

 その有様にロイとアビゲイルが顔をしかめる。足元にある小川は血によって染められていた。流れてくる方角は上流。教師が集うキャンプ地からだろう。

 

「まさか、先生たちに何かあったんじゃ……」

「ど、どうしましょう? 私たちで様子を見に行くべきでしょうか……!?」

「少し落ち着きな。あたしらの場合、ここから動く方が危険だよ。素直に待機して連絡が回ってくるのを待った方が――」

「どうだろうな」

 

 指示を出すアビゲイルの言葉を遮り、私は左腰に携えたルクスαを右手に、ディスラプター零式を左手に構えれば、

 

「血の臭いがより濃くなった。私たちがこのままここに長居をすれば――」

「ガァァアアァアッ!!!」

「アッハハハハ!!!」

「――食屍鬼共に囲まれる」

 

 血の臭いに釣られた無数の食屍鬼が、草むらからキャンプ地へと姿を現した。

 

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