「全員、入り口の前へ整列しろッ!」
孤児院の前で神父に命令され、私たち孤児は横並びに整列する。これは神の遣いとやらを迎えるための作法らしい。しかし向こうの立場となれば、非常に鬱陶しいと感じるだろう。
「いいか? お前たちはこの孤児院で幸せに暮らしている。お前たちは優秀な子供だ。そう自分に暗示を掛けろ」
(……この男は何を言っている?)
「後、私がお辞儀をしたらお前たちも同じように頭を下げるんだぞ……!」
しばらく経つと、前方に一台の馬車が向かってくる。馬は一般的な
(……なるほど。木材で馬車内部を構成し、外側を銀で加工してあるだけか)
どうやら外側を銀で加工しているだけらしい。私の前世では無加工の馬車のみを目にしてきた。この千年後の時代で技術の進歩を初めて感じさせるものが、馬車になったことに私は溜息をつく。
「皆様方、ようこそ私共の孤児院へ!」
神父がお辞儀をすると私たちも事前に命令されていた通り、頭を下げてお辞儀をした。
(……まともな転生者が乗っていることを祈るか)
地面を見つめていると馬車が停止し、足音が徐々に近寄ってくる。神の遣いの人数は恐らく二人。
「顔を上げろ」
第一声は青年の声。私たちは声と共に顔を上げる。視線の先に立っていた者たちはやはり"二人"。第一声も印象通り、成人していないであろう若々しい人間だった。
(……何だこの男の恰好は?)
若者たちはコートを羽織り、十字架が装飾された衣服を着ている。その配色はどれもが黒色を基調。"神の遣い"がそのような恰好をする決まりなどなかったはずだ。
(どこからどう見ても素人。まさか貴族の息子か?)
転生者に見合っていない立ち振る舞い。
「立ち話も何ですし、中へどうぞお入りください!」
「心遣い。感謝する」
(……どうも胡散臭いな)
わざとそのように振る舞っているのかとも考えたが、"ただの人間"にしか見えない。神の遣いを装った盗賊なのか、それとも本当にこの二人が神の遣いなのか。不信感を抱きながらも、私たち孤児は神父たちについていく。
「この孤児院はいつから?」
「三十年以上前から身寄りのない子供たちを引き取っています。立派に成長するまで、私共が何一つ不自由のないよう世話をしておりまして――」
神父は若者二人に対して、見え透いた媚びを売っていた。話を聞きたいのは若者二人からだ。面倒なことに神父がひたすら喋り続けるせいで、有益な情報を得られない。
「なぁなぁ、神の遣いカッコよくね?」
「分かる! とっても強そうだよね!」
(……勇ましくも手練れとも思えん)
イアンとクレアの発言に内心呆れつつも、若者二人を後方からよく観察してみる。
(……武装は充実しているな)
どうやら武装の面はしっかりとしているようだった。
左腰に据えた剣。何らかの特殊な材質で作られた衣服。そして右脚のホルスターに入れられた数本の杭。吸血鬼と戦うための武装だろう。
「私は神の遣い様とお話をする。いつも通り、元気よく、子供らしく……過ごしていなさい」
神父は私たちにわざとらしく三つの言葉を強調すると、二人と共に神父室へと消えていった。いつも通りと言われたところで、やることは何も変わらない。私は適当な場所で本を読むことにした。
(……見られているな)
数分後、どこからか視線を感じる。私を見ているのは神の遣いとやらの一人。身体全体を舐め回すような視線。そのような視線を送るのは、素質を見抜くためではない。
(あの神父、私たちの身体を売り飛ばすつもりだな)
もう一人の神の遣いが観察しているのはクレア。疑う余地もなく、神の遣いは私たちの品定めをしている。
(これも吸血鬼の血が原因か)
吸血鬼は老若男女をその美貌で魅了する力を持つ。私の身体にも吸血鬼の血が流れているせいで、私は"性的な目"で見られるのだろう。
(……不便な肉体だ)
転生を繰り返しても、容姿はほとんど変わらない。髪色や瞳の色などはすべて引き継がれ、前世の姿とほぼ変わらぬ姿へと成長を遂げる。だからこそ私はこの時代でも青髪に、青の瞳を引き継いでいた。
(今回は男体を引くべきだったな)
しかし性別だけは稀に変わる。ただし自身で選択はできず、運頼みだ。もし選べるのならどの時代も、抜群の快適さを持つ"男体"を選んでいる。
「アレクシアにクレア。こちらへ来なさい」
「はーい?」
神の遣いの品定めが終わったのだろう。私とクレアは善人面をする神父に名前を呼ばれる。
「今夜の零時。神の遣い様方のお部屋を尋ねなさい」
「えっ!? どうして私とアレクシアが……」
「君たち二人は選ばれたんだ。神の遣い様に」
(選ばれたか。あながち間違ってはいないな)
この孤児院で何度目の災難か。神父がその場を去った後、私は視線を逸らしながら軽く舌打ちをする。
「ねぇ、私たち選ばれたんだって!」
「……そうだな」
「神の遣い様に選ばれたんだよ? もっと喜ぼうよ!」
「喜べるのは今だけだ」
クレアは何をされるのか分かっていない。何故ならそこまでの知識を得ていないから。無知な少女は自慢をするため、一目散にイアンの元へと駆け寄る。
「な、何だって……!? 神の遣いに呼ばれただとっ……!!?」
「へへーん、羨ましいでしょ?」
「いいなぁいいなぁ……! 俺も一緒に連れて――」
「ダメだよ! 呼ばれたのは私とアレクシアだけなんだから!」
無知は幸福。その言葉を体現するかのようなクレアを他所に、私は日が暮れるまで本を読み進めることにした。
―――――――――――――――――――――
「うー、眠いなぁ……」
約束の零時。私とクレアは
「えっと、ノックすればいいのかな?」
「恐らくな」
「でも寝ていたら失礼かも……す、少し緊張してきた……」
「……何をしている?」
いつまで経ってもノックしないクレア。私は「時間の無駄だ」と言って、木製の扉を三度叩いた。
「ま、待ってよ……! まだ緊張してて――」
「あー、君たちか。来てくれたんだね」
すると扉が開き、向こうから二人の若者が姿を見せる。顔に張り付いた笑顔はとても安いもの。欲望を満たすことしか考えていないのだろう。
「まぁ取り敢えず、ここへ座ってくれ」
「は、はい!」
(孤児院に支給された資金を、どこにつぎ込んでいるのかと思えば……)
私たちを迎えたのは豪勢な部屋。金の額縁に飾られた絵画。高品質な生地で作られたダブルベッド。孤児院に必要のない絵画なども置かれている。
「君たちって、"こういう"のは初めて?」
「え、えっとぉ……。"こういう"のって?」
「ラッキーだな。この子はまだ未経験だぜ」
やや陽気な若者が選んだのはクレア。顔の肌が薄汚れている若者が選んだのは私。身体を舐め回されるようなこの感覚は、相も変わらず反吐が出る。
「準備をするからそこで待っててね」
「君は先に服を脱いでおくんだ」
(……どうしたものか)
私は命令をされ、仕方なく絹のワンピースを脱ぎ捨てた。下着姿で立つ私の隣で、クレアは首を傾げている。
「どうして服を脱ぐの? 病気とか、そういうのを調べるのかな?」
「私たちは"強姦"されるんだよ」
「えっ?」
「いや、売春の方が正しいか。私たちはこれからあの男二人に"奉仕"をする」
「奉仕って……私は何をすればいいの?」
「祈るだけだ。今日が危険日じゃないことをな」
しかしただでは身体を売らない。貰える情報はすべて貰っておく。私は下着姿で、一枚ずつ服を脱いでいる若者二人に「おい」と声を掛ける。
「んん、どうしたんだ?」
(……本物の証だな)
よく見ると半裸になった陽気な若者と薄汚れた若者の背中には『ReinCarnation』と記された紋章が刻まれていた。どうやら偽物ではないらしい。
「私はこの孤児院へ送られる前、ほぼ毎日奉仕をしてきた。その技術でお前たちを存分に楽しませてやれる。それをここで約束しよう」
「ヒュー! いい子を選んだなお前!」
「だがその前にだ。聞きたいことがある」
「聞きたいことだって?」
今は純潔よりこの時代の情報が必要不可欠だ。情報が得られるのであれば、私はいかなる手段も問わない。
「吸血鬼共の情勢はどうなっている?」
「吸血鬼の、情勢だって……?」
「何を惚けている。お前たちはリンカーネーションの人間だろう?」
「そりゃあそうだけど……。状況なんて聞かれてもな。俺たちの方が"かなり劣勢"としか言えねぇよ」
「劣勢、だと?」
私が転生したのは千年後。いつの時代も私たちが劣勢となったことは一度もない。私がいない五百年の間はあの"十戒"もいるはず。
「千年の間に何が起きた? 私たちが劣勢なら、お前たちはこんな場所で油を売っている場合じゃないだろう」
「んなこと言われても。そもそも子供のお前がどうしてそんなことを聞くんだよ?」
「分からないのか? 私はあの"ヒュブリス"だ」
私の正体に気が付かない二人に、あの異名を伝える。どの時代も浸透していた最悪の異名。これでおおむね理解ができるはずだった。
「誰だそれ?」
「知らないのか?」
「聞いたこともねぇよ」
「……ならお前たちは"十戒"を知っているか?」
が、若者二人は顔を見合わせて首を傾げるだけ。私は何か嫌な予感がし、質問を変えることにした。
「あぁ十戒様ね。あの方たちを知らない人はいないな」
「十戒の一人、"キース・プレンダー"という男は?」
「キース・プレンダー……。プレンダー家のやつか?」
「そうだ。今の十戒を務めているだろう」
「いいや、今の十戒にはキース・プレンダーなんていないぞ」
十戒は人員が入れ替わることがない。理由は至極単純、転生をすることで死ぬことがないからだ。
(……何が起きている)
もし仮に十戒の人員が入れ替わる場合、それは――
(十戒が、吸血鬼共にやられたというのか?)
――吸血鬼共によって敗北した時だけだ。