ЯeinCarnation   作:酉鳥

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0:3 God Messenger ─神の遣い─

 

「全員、入り口の前へ整列しろッ!」

 

 孤児院の前で神父に命令され、私たち孤児は横並びに整列する。これは神の遣いとやらを迎えるための作法らしい。しかし向こうの立場となれば、非常に鬱陶しいと感じるだろう。

 

「いいか? お前たちはこの孤児院で幸せに暮らしている。お前たちは優秀な子供だ。そう自分に暗示を掛けろ」

(……この男は何を言っている?)

「後、私がお辞儀をしたらお前たちも同じように頭を下げるんだぞ……!」 

 

 しばらく経つと、前方に一台の馬車が向かってくる。馬は一般的な馬車馬(ばしゃうま)。しかし馬車本体は薄汚れた銀色に染められていた。すべて希少な銀で飾られているのかと目を凝らしたが、

 

(……なるほど。木材で馬車内部を構成し、外側を銀で加工してあるだけか)

 

 どうやら外側を銀で加工しているだけらしい。私の前世では無加工の馬車のみを目にしてきた。この千年後の時代で技術の進歩を初めて感じさせるものが、馬車になったことに私は溜息をつく。

 

「皆様方、ようこそ私共の孤児院へ!」

 

 神父がお辞儀をすると私たちも事前に命令されていた通り、頭を下げてお辞儀をした。

 

(……まともな転生者が乗っていることを祈るか)

 

 地面を見つめていると馬車が停止し、足音が徐々に近寄ってくる。神の遣いの人数は恐らく二人。

 

「顔を上げろ」

 

 第一声は青年の声。私たちは声と共に顔を上げる。視線の先に立っていた者たちはやはり"二人"。第一声も印象通り、成人していないであろう若々しい人間だった。

 

(……何だこの男の恰好は?)

 

 若者たちはコートを羽織り、十字架が装飾された衣服を着ている。その配色はどれもが黒色を基調。"神の遣い"がそのような恰好をする決まりなどなかったはずだ。  

 

(どこからどう見ても素人。まさか貴族の息子か?)

 

 転生者に見合っていない立ち振る舞い。幾度(いくど)の転生を繰り返してきた転生者は手練れが多かった。偶然にも"外れ"の方がこの場にいるのだろうか。

 

「立ち話も何ですし、中へどうぞお入りください!」

「心遣い。感謝する」

(……どうも胡散臭いな)

 

 わざとそのように振る舞っているのかとも考えたが、"ただの人間"にしか見えない。神の遣いを装った盗賊なのか、それとも本当にこの二人が神の遣いなのか。不信感を抱きながらも、私たち孤児は神父たちについていく。

 

「この孤児院はいつから?」

「三十年以上前から身寄りのない子供たちを引き取っています。立派に成長するまで、私共が何一つ不自由のないよう世話をしておりまして――」

 

 神父は若者二人に対して、見え透いた媚びを売っていた。話を聞きたいのは若者二人からだ。面倒なことに神父がひたすら喋り続けるせいで、有益な情報を得られない。

 

「なぁなぁ、神の遣いカッコよくね?」

「分かる! とっても強そうだよね!」

(……勇ましくも手練れとも思えん)

 

 イアンとクレアの発言に内心呆れつつも、若者二人を後方からよく観察してみる。

 

(……武装は充実しているな)

 

 どうやら武装の面はしっかりとしているようだった。

 左腰に据えた剣。何らかの特殊な材質で作られた衣服。そして右脚のホルスターに入れられた数本の杭。吸血鬼と戦うための武装だろう。

 

「私は神の遣い様とお話をする。いつも通り、元気よく、子供らしく……過ごしていなさい」 

 

 神父は私たちにわざとらしく三つの言葉を強調すると、二人と共に神父室へと消えていった。いつも通りと言われたところで、やることは何も変わらない。私は適当な場所で本を読むことにした。

 

(……見られているな)

 

 数分後、どこからか視線を感じる。私を見ているのは神の遣いとやらの一人。身体全体を舐め回すような視線。そのような視線を送るのは、素質を見抜くためではない。

 

(あの神父、私たちの身体を売り飛ばすつもりだな)

 

 もう一人の神の遣いが観察しているのはクレア。疑う余地もなく、神の遣いは私たちの品定めをしている。

 

(これも吸血鬼の血が原因か)

 

 吸血鬼は老若男女をその美貌で魅了する力を持つ。私の身体にも吸血鬼の血が流れているせいで、私は"性的な目"で見られるのだろう。

 

(……不便な肉体だ)

 

 転生を繰り返しても、容姿はほとんど変わらない。髪色や瞳の色などはすべて引き継がれ、前世の姿とほぼ変わらぬ姿へと成長を遂げる。だからこそ私はこの時代でも青髪に、青の瞳を引き継いでいた。

 

(今回は男体を引くべきだったな)

 

 しかし性別だけは稀に変わる。ただし自身で選択はできず、運頼みだ。もし選べるのならどの時代も、抜群の快適さを持つ"男体"を選んでいる。

 

「アレクシアにクレア。こちらへ来なさい」

「はーい?」

 

 神の遣いの品定めが終わったのだろう。私とクレアは善人面をする神父に名前を呼ばれる。

 

「今夜の零時。神の遣い様方のお部屋を尋ねなさい」

「えっ!? どうして私とアレクシアが……」

「君たち二人は選ばれたんだ。神の遣い様に」

(選ばれたか。あながち間違ってはいないな) 

 

 この孤児院で何度目の災難か。神父がその場を去った後、私は視線を逸らしながら軽く舌打ちをする。

 

「ねぇ、私たち選ばれたんだって!」

「……そうだな」

「神の遣い様に選ばれたんだよ? もっと喜ぼうよ!」 

「喜べるのは今だけだ」

 

 クレアは何をされるのか分かっていない。何故ならそこまでの知識を得ていないから。無知な少女は自慢をするため、一目散にイアンの元へと駆け寄る。

 

「な、何だって……!? 神の遣いに呼ばれただとっ……!!?」

「へへーん、羨ましいでしょ?」

「いいなぁいいなぁ……! 俺も一緒に連れて――」

「ダメだよ! 呼ばれたのは私とアレクシアだけなんだから!」

 

 無知は幸福。その言葉を体現するかのようなクレアを他所に、私は日が暮れるまで本を読み進めることにした。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「うー、眠いなぁ……」

 

 約束の零時。私とクレアは蝋燭(ろうそく)の灯が照らす廊下を歩き、神の遣いとやらの部屋の前に立っていた。

 

「えっと、ノックすればいいのかな?」

「恐らくな」

「でも寝ていたら失礼かも……す、少し緊張してきた……」

「……何をしている?」

 

 いつまで経ってもノックしないクレア。私は「時間の無駄だ」と言って、木製の扉を三度叩いた。

 

「ま、待ってよ……! まだ緊張してて――」

「あー、君たちか。来てくれたんだね」

 

 すると扉が開き、向こうから二人の若者が姿を見せる。顔に張り付いた笑顔はとても安いもの。欲望を満たすことしか考えていないのだろう。

 

「まぁ取り敢えず、ここへ座ってくれ」

「は、はい!」

(孤児院に支給された資金を、どこにつぎ込んでいるのかと思えば……)

 

 私たちを迎えたのは豪勢な部屋。金の額縁に飾られた絵画。高品質な生地で作られたダブルベッド。孤児院に必要のない絵画なども置かれている。

 

「君たちって、"こういう"のは初めて?」

「え、えっとぉ……。"こういう"のって?」

「ラッキーだな。この子はまだ未経験だぜ」

 

 やや陽気な若者が選んだのはクレア。顔の肌が薄汚れている若者が選んだのは私。身体を舐め回されるようなこの感覚は、相も変わらず反吐が出る。

 

「準備をするからそこで待っててね」

「君は先に服を脱いでおくんだ」

(……どうしたものか)

 

 私は命令をされ、仕方なく絹のワンピースを脱ぎ捨てた。下着姿で立つ私の隣で、クレアは首を傾げている。

 

「どうして服を脱ぐの? 病気とか、そういうのを調べるのかな?」

「私たちは"強姦"されるんだよ」

「えっ?」

「いや、売春の方が正しいか。私たちはこれからあの男二人に"奉仕"をする」

「奉仕って……私は何をすればいいの?」

「祈るだけだ。今日が危険日じゃないことをな」

 

 しかしただでは身体を売らない。貰える情報はすべて貰っておく。私は下着姿で、一枚ずつ服を脱いでいる若者二人に「おい」と声を掛ける。 

 

「んん、どうしたんだ?」

(……本物の証だな)

 

 よく見ると半裸になった陽気な若者と薄汚れた若者の背中には『ReinCarnation』と記された紋章が刻まれていた。どうやら偽物ではないらしい。

 

「私はこの孤児院へ送られる前、ほぼ毎日奉仕をしてきた。その技術でお前たちを存分に楽しませてやれる。それをここで約束しよう」

「ヒュー! いい子を選んだなお前!」

「だがその前にだ。聞きたいことがある」

「聞きたいことだって?」

 

 今は純潔よりこの時代の情報が必要不可欠だ。情報が得られるのであれば、私はいかなる手段も問わない。

 

「吸血鬼共の情勢はどうなっている?」

「吸血鬼の、情勢だって……?」

「何を惚けている。お前たちはリンカーネーションの人間だろう?」

「そりゃあそうだけど……。状況なんて聞かれてもな。俺たちの方が"かなり劣勢"としか言えねぇよ」

「劣勢、だと?」

 

 私が転生したのは千年後。いつの時代も私たちが劣勢となったことは一度もない。私がいない五百年の間はあの"十戒"もいるはず。

 

「千年の間に何が起きた? 私たちが劣勢なら、お前たちはこんな場所で油を売っている場合じゃないだろう」

「んなこと言われても。そもそも子供のお前がどうしてそんなことを聞くんだよ?」

「分からないのか? 私はあの"ヒュブリス"だ」

 

 私の正体に気が付かない二人に、あの異名を伝える。どの時代も浸透していた最悪の異名。これでおおむね理解ができるはずだった。

 

「誰だそれ?」

「知らないのか?」

「聞いたこともねぇよ」

「……ならお前たちは"十戒"を知っているか?」

 

 が、若者二人は顔を見合わせて首を傾げるだけ。私は何か嫌な予感がし、質問を変えることにした。

 

「あぁ十戒様ね。あの方たちを知らない人はいないな」

「十戒の一人、"キース・プレンダー"という男は?」

「キース・プレンダー……。プレンダー家のやつか?」

「そうだ。今の十戒を務めているだろう」

「いいや、今の十戒にはキース・プレンダーなんていないぞ」

 

 十戒は人員が入れ替わることがない。理由は至極単純、転生をすることで死ぬことがないからだ。

 

(……何が起きている)

 

 もし仮に十戒の人員が入れ替わる場合、それは――

 

(十戒が、吸血鬼共にやられたというのか?)

 

 ――吸血鬼共によって敗北した時だけだ。

 


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