ЯeinCarnation   作:酉鳥

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2:17 Genus ─眷属─

 

 血の臭いに釣られてキャンプ地へ集う食屍鬼。私たちのキャンプ地は食屍鬼の首が宙を舞い、肉片が飛び交う修羅場と化していた。

 

「アッハハハハッ!!」

「邪魔だ」

「ア"ッ――」

 

 紫外線を放つルクスαの刀身。食屍鬼の肉体を十字に斬り刻むと、杭を心臓に刺さなくとも灰へと変えられた。

 

「……急に数が増えたな」

 

 私は最前線で飛びかかってくる食屍鬼を次々と叩き斬り、ディスラプター零式で前進してくる食屍鬼の足を撃ち抜いて足止めをする。  

 

「このままだとヤバくないか……?!」

「同感だね~。このキャンプ地に森林地帯の食屍鬼が全部集まってきてくるかも~」

「じょ、冗談でもそんなこと言わないでください!」 

 

 何匹、何十匹と始末しようが湧いて出てくる食屍鬼。私はキリサメたちに前線を任せ、後方で指示を出し損ねているアビゲイルの元まで後退した。

 

「早く指示を出せ」 

「今、あたしなりにどうするかを考えてる! けど、その指示が正しいかどうかが分かんなくて……」

「どんな選択だろうが行動に移さなければ結果なんてものは見えん。迷うな、さっさと決めろ」

 

 思考が右往左往とし、考えが纏まらないアビゲイルを私が一喝すると、

 

「……全員、キャンプ地から西の方角へ退避するよ!」

 

 その場で声を張り上げてキリサメたちに指示を出した。

 

「おい、先生たちの元へ行かないのか……?!」

「上流まで川を辿っても食屍鬼にまた囲まれるだけ! これからの行動を考えるために一旦退くんだよ!」

「賛成~! 今はここから離れた方が良さそうだもん~!」

 

 食屍鬼の身体を真っ二つ両断したロイが指示に同意する。私はその場から駆け出し最前線へ立つと、食屍鬼に銃の照準を定め、弾倉に補充した銀の弾丸を撃ち切った。

 

「行け。私は前線を維持する」

「でもアレクシアさん一人では危険です!」

「私は時間を稼ぐだけだ」

「……絶対に追いつけよアレクシア!」

 

 アリスたちが西の方角へ逃げていくのを視認してから、私は食屍鬼の群れに単身で突っ込む。そして回転しながらルクスαを振るい、食屍鬼を葬っていく。

 

「ウガァ"ア"ァ"ア"――」

「……これが革命的な武装か」

 

 杭を刺す手間が省けるだけで、食屍鬼はそこらの獣と変わらぬ格となった。私は利便性と戦いやすさに感心しながらも、背後から迫る食屍鬼の心臓に剣を突き刺す。

 

「ギャハ……ッ!?」

「そろそろ後退するべきだな」

 

 キリサメたちがキャンプ地から離れるまでの時間は十分稼いだ。私は弾倉に銀の弾丸を込めながら西の方角へ走り出す。後方から食屍鬼の残党が追いかけてくるが、

 

「キャハッ、キャハッ……?」

「ウォオォォオン……ッ!」

 

 転生者と吸血鬼の身体能力。この二つが掛け合わさった足の速さに、食屍鬼が追い付けるはずもない。私は暗闇の中でキリサメたちの足跡を辿り、早足で歩き続けた。

 

「……ここにいたか」

 

 足跡は草むらの陰まで続いている。私は試しに草むらの陰を覗き込んでみれば、キリサメたちが地面に座り込み、息を潜めていた。

 

「アレクシア!」

「サディちゃん~! 無事で良かったよ~!」

 

 私の姿を見たキリサメとロイは安堵した表情で控えめの歓声を上げる。

 

「怪我は?」

「食屍鬼に遅れは取らん」

「あんたが自信に見合った実力で良かったよ」

 

 私はアビゲイルに返答しその場に座り込んだ。アリスは怯えているのか、震える膝を抱えて、口を固く閉ざしている。

 

「でさ、これからどうすんだよ? もう俺たちのキャンプ地までは戻れないだろ?」

「そうだね。こんな事態が起きたなら、先生たちがいるキャンプ地まで向かった方がいい。今は安全な場所に避難するべきだよ」

「……安全な場所か」

「どうしたのさ? 何か気になることでもあるのかい?」

「いや、まだ(・・)気にはならない」 

 

 私たちは方位磁石を頼りに北東の方角へ歩き始めた。食屍鬼共が血の臭いに釣られ、小川付近に集まっている為、道中は安全に歩を進めることができる。 

 

「あの、血の臭いが強くなってませんか?」

「川に近づいているからじゃないの~?」

「……教師のキャンプ地も近い。安全な場所とやらに近づけば近づくほど、血の臭いが強くなるのは妙な話だ」

 

 焚火の明かりが木々の向こうから見えてきた。先頭を歩いていたアビゲイルは、駆け足で草むらからキャンプ地へ飛び出す。

 

「──嘘、でしょ?」

 

 しかし呆然とした様子で立ち尽くしてしまった。私たちも教師が野宿するであろうキャンプ地へ顔を出せば、

 

「な、何だよ、これ……?」

「うッ、うおぇえぇッ!」

 

 キリサメは徐々に絶望した表情へと変わり果て、アリスは口元を押さえながら嗚咽を漏らした。

 

「酷い有様だ」

「そうだね」

 

 私とロイは静かに惨状を眺める。キャンプ地には生きた人間など誰一人としていなかった。その代わりに地面は血に塗れ、腕や足などの肉塊がそこら中に転がっている。

 

「……銅の十字架?」

 

 死体はアーサーたちのものではなく、実習訓練に同伴していた銅の階級の人間たち。私は焚火近くに落ちていた銅の杭のホルスターを拾い上げ、小川の方へ視線を移す。

 

「なるほど。血が流れていたのはここからか」

 

 小川には一人分の死体が強引に沈められていた。私はキャンプ地で不自然な個所を何点か見つけると、アビゲイルたちの元まで歩み寄る。

 

「面倒なことになった」

「ん~? 面倒なことって~?」

「食屍鬼以外に知能を持ったナニカ(・・・)がいる」

「あの、もしかして吸血鬼ですか……?」

 

 私はアリスの問いに否定も肯定もせず、上半身と下半身が千切られた死体を見つめた。

 

「断定はできん。だが死体の状態はあまりにも不自然だ。吸血鬼共が怪力だけで人間を千切り捨てたのなら……噛まれた痕(・・・・・)なんて残ると思うか?」

 

 一部の死体には肩から腰までに掛けて、巨大な獣に噛まれた痕のようなものが残されている。吸血鬼共が人並みの口を持つのを踏まえれば、この死体の状態はあり得ない。

 

「じゃあさ、オオカミの群れとかワニに襲われたってことか?」

「ただの獣や爬虫類とは思えん。このキャンプ地を奇襲したナニカは川に死体の血を流し、私たち生徒を混乱させようとした。つまり知能を持っているということだ」

「知能を持った動物? そんな動物なんて、この世に存在するんですか?」

「……知らん」

 

 転生者の私ですら、惨状を招いたナニカに心当たりがない。燃えている焚火を眺め、私は改めて思考を巡らせる。 

 

「もう一つ、気になった点がある」

「……何が気になったんだい?」

 

 それは小川が血で染められている時に脳裏を過った懐疑な点。私はキリサメたちの方を向き、リボルバー銃を取り出した。

 

「私たちは食屍鬼と交戦した時、銃を何度も発砲しただろう?」

「そうだね~。俺はもう全弾使い切っちゃったし~」

「おかしいと思わないのか?」

「おかしい……というのは何がですか?」

 

 足元に落ちている遺品の銃を拾い上げ、弾倉をアリスたちに見せる。

 

「弾倉に弾丸は込められていない。つまりナニカから奇襲を受けた際に、この者たちは銃で抵抗したはずだ」

「そりゃあ抵抗するだろ。それの何がおかし――」

「ならどうして――私たちのキャンプ地までその銃声が聞こえなかった(・・・・・・・・・・)?」

「……!」

 

 私の問いに絶句するキリサメ。あのキャンプ地で食屍鬼と交戦する前、銃声など全く聞こえてこなかった。それはこのキャンプ地まで歩いている時もだ。

 

「Dクラスのキャンプ地はこの川沿いにある。他の班も同様に食屍鬼共に襲われているだろう。だがここへ辿り着くまで、銃声が一つも聞こえなかった」

「アレクシアさんの言う通り、私たちや食屍鬼以外に物音は聞こえませんでした……!」

「あんたの『まだ気にはならない』って答え……そういう意味だったんだね」

「抵抗する間もなく殺された可能性もあるが、この場で発砲した痕跡を見つけたからな。憶測が確信へ変わった」

 

 持っていた遺品のリボルバー銃を投げ捨てると私は四方八方を見渡す。

 

「こんな状況だと、安全な場所なんて無さそうだな」

「そうだね。今は朝になるのを大人しく待つしかないよ。あたしらにはどうにもできないし」

「ここは居心地が悪いからさ~。さっきの草むらまで引き返さない~?」

「そ、そうですね……。長居はしたくありません」

 

 アビゲイルたちが方針について話し合う最中、風に揺れる木々を見上げ、私は眉をひそめる。

 

(妙だな。私たちがここへ辿り着いたとき――)

 

 私たちの側に生えた木々が揺れている。彼方から突風が吹いている。しかしこのキャンプ地は、

 

(――こんなにも静かだったか?)

 

 そう疑念を抱いた瞬間、無音の世界で私の身体に衝撃が加えられ、大木に背を打ち付けていた。

 

「……ッ」

 

 背筋に伝わるのは鈍痛。私は反射的に受け身を取ったことで重傷は免れたものの、キリサメたちはこちらの事態に気が付いていない。未だに言葉を交わしている。

  

「周囲を警戒しろ……ッ」 

「なっ、アレクシア……!?」 

 

 声を上げたことでやっと気が付き、キリサメたちは目を丸くした。私は痛みに狼狽えず、リボルバー銃をキリサメたちの方角へ連射する。

 

「あ、危な……ッ!? あ、あんた! あたしらを殺すつも――」

「な、なんですかアレは……?」

 

 その場を振り返ったアリスは顔を青ざめる。私は弾倉に銀の弾丸を込めながら、ソイツを睨みつけた。

 

「受け身を取ったか、人間」

「無傷だったか、人間」

「我に抗うか、人間」

 

 悠々と構えていたのは三つの頭を持つ獣。テントを前脚一本で踏み潰せるほどの巨体。口元から涎を垂らし、茶色の毛並みを持っている。その威圧感にアリスたちは思わず後退りをした。

 

「我らは一ノ眷属——Cerberus(ケルベロス)

「は? ケ、ケルベロス?」

 

 私は妙な反応を示したキリサメの隣に立つとルクスαを鞘から引き抜き、巨大な獣を見上げれば、

 

「我らの大切な子供たちを殺したのは――」

「……人類がこの時代まで敗北し続けたのは──」

 

 その三つの頭で土埃を巻き上げながら大きく深呼吸をし、

 

「──オマエたちかぁぁあ"あ"ぁぁあ"あ"ーーッ!!!」

「──吸血鬼共が()を飼い始めたからか」

 

 私たちに向けて怒りの咆哮を上げた。

 


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