私は作戦を決行する位置まで森林地帯を駆け抜ける。すぐそこまで迫っているケルベロスに、牽制としてリボルバー銃を連射するが、怒り狂っているようで狼狽える様子がない。
「……もうすぐか」
ルクスαで斬り込みを入れた大木の痕を確認し、アビゲイルたちが待機する場所まで、時機に辿り着くことを把握する。
「情けないぞ、人間ッ!」
「逃がさぬぞ、人間ッ!」
「許さぬぞ、人間ッ!」
大木すらも前脚の一振りで軽々と薙ぎ倒すケルベロス。私は追い付かれないよう、走る速度を更に上げ、斬り込みが入った大木を直角で駆け上がり、
「静かにしろ」
大木を蹴った反動で後方へ一回転した。私はそのままケルベロスの中央頭部に、降下しながらルクスαを深々と突き刺せば、
「離れろ、人間ッ!」
「消えろ、人間ッ!」
案の定、涎を撒き散らしながら左右の頭部が喰らいつこうとする。私は避ける動作も見せず、その場でじっとしていると、
「ワンちゃんやっほ~!」
「うおらぁあぁッ!」
「「ガルァアァアッ!?!」」
ロイとキリサメが東側と西側の大木からそれぞれ降下し、左右の頭部にルクスαを突き刺した。想定外の奇襲にケルベロスは大口を開ける。
「サディちゃん、後はよろしく~!」
「失敗すんなよ……!」
ロイとキリサメは私に円柱の物体を二つ投げ渡し、ルクスαを刺したまま、ケルベロスから距離を取った。
「抜かせ」
私は円柱の物体を大口を開けている左右の頭部へ同時に投げ入れ、ルクスαを引き抜いて大きく後退する。
「やれ」
視線で合図を送れば、アビゲイルは筒状の装置を強く握りしめ、
「――
そんな台詞を吐き捨て、ボタンを押した。円柱の物体に繋がれていた導火線に火が付くその瞬間、ケルベロスが無音の世界で大爆発に巻き込まれる。私は伝わる衝撃波に目を細め、その様子を見届けながら、作戦の内容を思い返した。
『……爆発物で吹き飛ばすだって!?』
『あぁ、正確にはあの犬の頭部をな』
『そ、そんなんで本当に殺せるのか!? ケルベロスは小説の中で一度も敗北してないんだぞ!?』
『あの犬共は私たちの前に現れ、大切な子供たちを殺したのはオマエたちか……と怒号を上げていた。つまりあの犬共と同じ類の犬が既に始末されたということだ。ならあの犬共も必ず
作戦の内容はケルベロスの二つの頭部を爆発物で吹き飛ばすというもの。頭部を一つだけ残す意味は、吸血鬼共の情報を粗方聞き出すためだ。
『ちょっと待ちな! そもそも吹き飛ばすって、あたしらの武装に爆発物なんて一切ないけど?』
『お前が手配しろ』
『は、はぁ!? あたしが一から作んの?!』
声を荒げるアビゲイル。私は
『ディスラプターを改造できたのなら、それぐらい造作ないはずだ』
『ま、まぁ確かにこのディスラプター零式を三丁ぐらい解体すれば、爆発物と雷管ぐらいは作れるけど』
『いやいや、作れんのかよ? お前、案外すげぇんだな』
キリサメが賞賛の言葉をつい漏らし、アビゲイルは満更でもない顔をする。
『けどね、流石にあたしにも時間が必要だよ。爆発物と雷管を合わせるのなら、最低でも一時間は……』
『十五分だ』
『じゅ、十五分……!? そんなの無理に決まって――』
私は否定しようとするアビゲイルの言葉を遮るために、すぐ目の前まで詰め寄った。
『そこまで時間は稼げない。十五分で手配しろ』
『やっては、みるけど……あんま期待しないで……』
アビゲイルは自信を失った顔で視線を逸らしてしまう。そんな姿を見兼ねたロイとアリスは、自身のディスラプターを一丁ずつ手渡した。
『こういう時こそ、あんま緊張しないようにね~! もっと気楽にやればいいよ~! リラックスリラックス~!』
『あんた……』
『アビゲイルさんは私なんかと違って、あんなに凄い銃が作れるんです! 自分にもっと自信を持ってください!』
『あんたまでそんなこと……』
意外な言葉を掛けられ、目を丸くしてしまうアビゲイル。そんなやり取りを見たキリサメも、後ろめたそうにディスラプターを渡す。
『俺は暴発の件を許してない。けど今はお前にしか頼れないんだ。もしお前があのケルベロスを派手にぶっ飛ばしてくれたら――俺はあの件を許すことにする』
『あんた……』
『だから頼むぞ、天才発明家!』
そして背中を軽く叩くと、励ましの言葉を送った。意志が固まったアビゲイルは、三丁のディスラプターを小さな鞄に仕舞う。
『……あたしら六班はあの猛犬をここで吹き飛ばす。全員、死んでも後悔すんじゃないよ』
そして作戦はすべてが上手くいった。まずこの場所までケルベロスを誘き出し、私が中央の頭部にルクスαを突き刺す。すると必ず左右の頭部が引き剥がそうと襲い掛かるだろう。
「よっしゃあ……! 何とか上手くいったな!!」
「みんな、ナイスだったよ~!」
襲い掛かる左右の頭部の対処は、前もって木に登っていたロイとキリサメが剣を突き刺して怯ませる。そこで導火線に繋がっている爆発物を投げ渡してもらい、私が犬共の口の中へ放り込む。
「けほっけほっ……どうだい、あたし特製の爆薬は?」
「最高だったぜ! 流石は天才発明家だ!」
後はアビゲイルが任意のタイミングで起爆する──それが私たちの作戦。
「でもでも~! 準備中にサディちゃんが勝手に離脱したのは焦ったよね~!」
「えっ? アレクシアさんは準備が終わったから、私のところまで助けに来てくれたって……」
「全然終わってないよ~! 急に『準備は任せる。作戦決行の合図はあの犬共の咆哮だ』とか言い出して、どこかに行っちゃってさ~!」
「そ、そうだったんですか……!?」
一驚するアリスの反応。ロイは「なるほど~」と気に食わない笑みを浮かべながら、私の両肩に手を乗せてくる。
「サディちゃんはアリスちゃんを助けたかったんだね~!」
「……あの犬共を吹き飛ばすために最善の行動を選んだだけだ」
「そんなこと言っちゃって~! 本当はアリスちゃんのことを見捨てられなかったんでしょ~? もしかしてサディちゃんは、ドSじゃなくてツンデレタイプ~?」
「お前も吹き飛びたいのか?」
煩わしい絡み方をしてくるロイを睨みつければ、「冗談冗談~」と私からすぐさま距離を置いた。
「あの限られた時間でよく作れたな」
「ほんとね、完成するのギリギリだったんだから。それに起爆しなかったらどうしようかと不安で不安で……」
「だが結果として成功した。十五分で犬を吹き飛ばせることを誇れ」
「……そりゃあ最高の誇りだね」
ケルベロスが立っていた位置は爆発によって土埃が立ち込めている。私たちは静かにその景色を眺めた。
「そういえば、風の音が聞こえるようになったよね~」
「っていうことは、ケルベロスが死んだからあの変な力もなくなったのか?」
無音の世界からありふれた普通の世界へ戻っている。木々の擦れる音や風の音が私たちの耳に届き、ロイたちは胸を撫で下ろす。
(……音が聞こえるようになった。あの犬共は跡形もなく吹き飛んだのか)
土埃が風に吹かれ、辺りの視界が良好な状態へと変わり始めた。私たちはケルベロスの亡骸を確認しようとしたが、
「ありっ? あの化け物はどこに……」
そこにケルベロスの亡骸はない。爆発によって抉られた地面のみが広がり、アリスは首を傾げた。
『——終盤の機械は、チェックを意識する最終盤における読みの深さと、ミスを犯さない冷静沈着な精神』
昨晩の夢で見たアイツの言葉が脳裏を過り、私は鞘に納めていたルクスαを引き抜き、辺りを見渡す。
「――ッ」
私の不意を突くようにして目前まで迫るケルベロスの中央頭部。大口を開き、鋭利な牙をこちらに突き立てようとしたが、
「どきな……ッ!」
隣に立っていたアビゲイルが私を押し退けたことで、
「うぐぁ……ッ!?」
「アビーちゃん!」
代わりに胴体を噛みつかれ、軽々と持ち上げられた。ケルベロスは頭部を小刻みに動かし、鋭い牙をアビゲイルの肉体に突き立てる。
「丈夫な犬共が」
私はケルベロスの懐へと潜り込み、下顎の骨ごと斬り落とす。しかし下顎を斬り落とされる寸前、ケルベロスはアビゲイルを勢いよく放り投げた。
「アビゲイル!」
「アビゲイルさん……ッ!」
三人が倒れたアビゲイルの元まで駆け寄る。私は下顎を斬り落とした後、ケルベロスの背に飛び乗り、ディスラプターで両目玉を撃ち抜いた。
「人間、よくも、よくも我の兄弟をォオォッ!」
ケルベロスの三つの頭部の内、左右の頭部は首元から跡形もなく爆散していた。唯一残された中央の頭は、怒り狂うようにその場で暴れている。
「アレクシア、一人で大丈夫か!?」
「……私がこの犬共に引導を渡す」
私はキリサメにそう伝えるとケルベロスの背中から飛び降り、距離を取って向かい合った。
「人間は、人間はまたしても我の兄弟を奪うのかッ!?」
「何の話だ?」
「我らに怒りをぶつけ、我らをモノのように扱い、我らの幸せを邪魔する人間共めッ!! 今ここで、地獄を見せてやろうッ!!」
冷静さを失い、喰らいつこうと突進してくるケルベロス。私はルクスαの持ち方を逆手持ちへ切り替える。
「私は吸血鬼共を殺すために転生してきた。貴様のような犬を殺すために、転生してきたわけではない」
土埃を立てながら向かってくるケルベロスを見据え、右脚を一歩だけ前に出す。
「だが貴様が吸血鬼共の肩を持つなら話は別だ」
一心不乱に殺そうと向かってくるケルベロス。私は慈悲も与えず同情もせず、ただ冷たい眼差しを送りながら、
「未来永劫、この世に生まれることなく――」
「地獄へ落ちろ人間共ォオォオォーーッ!!」
ケルベロスの殺意と憤怒が込められた飛びかかりを、左足を重心に半身で避け、
「――
「ガルァアァアァアァ……ッ!?」
ルクスαでケルベロスの首元を斬り上げ、胴体と頭部を切断した。