ЯeinCarnation   作:酉鳥

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2:23 ЯeinↃarnation ◎ ─リンカーネーション─

 

 背後から腰に纏わりつくステラ。 私の腹部は両腕の馬鹿力に締め付けられ、骨がギシギシと悲鳴を上げる。

 

「貴様、心臓に杭を刺されたはず……」

「お姉様にいいことを教えてあげる。私たち原罪は、心臓に杭を刺しても死なないよ?」

 

 不敵な笑みを浮かべたステラは、私の履いている左脚のソックスをずり下げて、太ももに浮かび上がる『ЯeinCarnation』の紋章を舐めた。

 

「懐かしい、懐かしいこの紋章! 私の身体にもこんな紋章があったなぁ!」

「……気色悪い」

「邪魔しないでよお姉様」

 

 私は左手に握っていたディスラプターを脳天に突きつけようとする。しかしステラは突きつけられた銃口を捻じ曲げ、そのまま破壊してしまった。

 

「ん~……これは焦げと汗の味かな?」

「私から離れろ」

 

 右脚に巻いたホルスターから木の杭を取り出し、両目に突き刺そうと試みる。だが耐久性に欠けた木の杭では、ステラの頑丈な両目に先端すら刺さらない。

 

「アハハッ! これで武器は無くなっちゃったね?」

「どうだろうな」

 

 炎を纏わせた左腕による全力の肘打ちを、生意気な顔面へ叩き込む。人間ならば首の骨が折れてもおかしくない威力。

 

「やっぱりやっぱり、ケルちゃんの炎は熱いんだね!」

「……化け物か」

「やったぁ! もしかして私は化け物の子だったり? んん、化け物って怪物のこと? それとも怪物が、化け物の上位互換?」

 

 しかし顔面に肘打ちを受けたというのに、ステラは前後に顔を揺らすだけで、何食わぬ顔をして私の腰にしがみついていた。

 

「あ、お姉様! お姉様も私と一緒に吸血鬼になろうよ!」

「……何だと?」

「お姉様なら公爵(デューク)も歓迎してくれるよ! 人間と吸血鬼のハーフなんて初めて見たんだもん! 絶対に受け入れ許可してくれる! うん! 絶対にしてくれる! あれ? 絶対って、百パーセントなのかな? 初めてって、美少女、んんん?」

 

 振り子のように頭を揺らしつつ、私の紋章を犬のように舐め続けるステラ。この小娘が元十戒であったとしても、吸血鬼に触られることに嫌悪感を覚える。

 

「この肉体に吸血鬼の血が流れていようが、貴様らにこの魂を売る気はない。それに私が今まで転生してきたのは、貴様ら愚か者共を殺すためだ」

「うん! じゃ、死のっか!」

 

 頷いたステラが更に私の身体を締め上げると、例の悪寒が肉体に浸透する。私は振り解くために、ステラの両手首を掴んだ。

 

「お姉様とはこの時代で仲良くできると思ったのに! あれ? 仲良くできる相手はトモダチなの? でも知らない人ともお喋りしたら仲良くできるよね? あれれ? トモダチってなに?」

(……まずいか)

 

 両手を同時に引き剥がすのは無謀だと考え、私はステラの右手首を掴み、手首を逆方向に折り曲げ、関節を破壊する。

 

「アハハッ! 考えてみたけど、私にトモダチなんて関係なかったった!」

 

 そしてステラの拘束を解くと私はむやみに追撃はせず、悪寒から免れるために大きく距離を取った。

 

「だって、だって、だって――」

「……これは」

 

 武装はすべて消失、頼れるものは手に入れたばかりの奇妙な力。どうしたものかと打開策を考えていれば、ステラがこちらを振り返り、視線を交わしてきた。

 

「――トモダチはみんな壊れちゃうから」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 その瞬間、辺りの木々や葉が茶色に腐り果て一斉に破裂する。私は見えない何かが迫りくるのを察知し、背を向けて森林を駆け抜けた。

 

「あの小娘、何をした?」

 

 後を追いかけるようにして木々や葉が破裂を繰り返す。辺りを見渡せば、弧を描くように他の木々も破裂しているようだ。 

 

「……獣や食屍鬼にも影響を及ぼすのか」

 

 野生の獣や徘徊している食屍鬼も、肉体が腐り果てると同時に、血飛沫を上げて破裂してしまう。私は走りながらも落ちている小石を拾い上げ、後方へ投擲してみる。

 

「石は破裂しないか」

 

 小石は何事もなく地面に落下した。迫りくる木々の破裂も収まってきたため、私は徐々に走る速度を落とす。

 

「……今のが災禍か?」

 

 破裂範囲はおおよそ十五メートルから二十メートル。私は警戒しながらステラが立っていた方角を見据えたが、

 

「アハハッ、私はここだよお姉様」

「――ッ」

 

 回り込んでいたステラの頭突きを背中に受け、脊髄が嫌な音を立てる。私は受け身を取れず、数メートル地面に転がり続けた。

 

「そういえばケルちゃんやオルちゃんが死んじゃったから、私の眷属いなくなっちゃったんだよね」

「……」

「ねぇお姉様、私の眷属にならない? なってくれるなら、お姉様は一生私のお姉様でいられる! なってくれないのなら――」

 

 立ち上がろうとする私の首をステラが右手で掴み上げ、一度だけ地面に叩きつける。

 

「――ここでイタイイタイしちゃうよ?」

「……なるはずないだろう」

「アッハハ! じゃあじゃあ、じゃあッ! ここでイタイイタイしちゃうからね!」

 

 ステラは首を掴んだまま、私を何度も何度も地面に叩きつけた。先ほど受けた頭突きによって、脊髄に亀裂が入っているらしく、叩きつけられる度に亀裂が広がっていく。

 

(……このままだと、詰むな)

 

 打開策を編み出そうと脳を回転させるが、武装が無ければステラと交戦することは無謀に等しい。かと言って、炎上させてもぬるま湯に浸かった顔をするだけだ。

 

「あ、そうだそうだ! 思い出した、思い出した!」

 

 ステラは突然何かを思い出し、私の首からパッと手を離す。

 

「お姉様の太ももにあった紋章だけど、私にも付いてるよ!」

「……何だと?」

「今の、今の私はこの紋章が付いてるんだ!」

 

 ステラは黒のワンピースをはだけ、発育途上の胸元を私に見せつけてきた。

 

「その紋章は……」

 

 仰向けに寝そべりながら、私は思わず目を見開く。ステラの右胸に浮かび上がる紋章。そこに記されていた文字は、

 

「転生者と似た紋章、なのか?」

 

 大文字がすべて反転している『ЯeinↃarnation』というものだった。

 

「カッコいいでしょ? 羨ましいでしょ? あれ? 羨ましいっていうのは妬みのこと? 嫉妬から羨ましさは生まれるの? あれ?」

(……紋章は吸血鬼共を粛正するために与えられるはず。なぜ敵である吸血鬼共が同じような紋章を持っている?)

「あれれ? お姉様、私の話を聞いてるる?」

 

 更に増えたこの時代に対する謎。私は眉をひそめながら、ステラの右胸に浮かび上がる紋章を睨みつける。

 

「アハハッ! この紋章はね、とても気持ちがいいんだよ! 人間を殺せば殺すほど、身体に快感が走って――」

「十戒が聞いて呆れたな」

「もうお姉様ったら! イタイイタイしちゃうよ?」

 

 再びステラが私の首を掴み上げたが、今度は私もステラの首を掴んだ。

 

「どうしてお姉様が私の首を掴むの?」

「……気になったことがある」

 

 私が自身の肉体を少しずつ発火させるとステラは小首を傾げて、こちらの顔を覗き込んでくる。

 

「んん、気になったこと? それってなぞなぞってこと?」

「私が推察するに、貴様が燃えても平気でいられたのは――」

 

 私はステラの首へ五本の指を無理やり食い込ませ、

 

「――面の皮が固いからだ」

 

 体内に指先から獄炎を送り込んだ。ステラの眼球は血液と共に飛び出し、口からは炎を噴き出す。

 

「プシュー……」

 

 流石のステラも私の首から手を離し、その場に煙を吐きながら立ち尽くした。

 

(日が昇るまで一時間もない。ここは一旦退くべきだ)

 

 私は傷ついた肉体に鞭打つ。これ以上は交戦できない、と朝を迎えるまでステラからの逃亡を図ることにした。

 

「……ッ」

 

 だが前触れもなく木の陰から飛び出してきた男の吸血鬼が、私の鳩尾に右拳を入れる。膝をつかないよう腹部を押さえながら、すぐにその男から飛び退いたが、

 

(一匹じゃないのか……)

 

 一匹、また一匹と数が増え続け、私を弄ぶように数匹で殴り掛かる。何とか回避しようと試みるが、疲労や怪我のせいで、思うように身体を動かせない。

 

「――ッ」

 

 身体の至る個所に痣が作られ、ボロボロの状態で私はついに片膝をついてしまった。数匹の吸血鬼は嘲笑うように私を取り囲む。

 

「……貴様らは伯爵(アール)か」

「ご名答。俺たちは伯爵だ」

 

 殴打の威力、機動力の高さ。そして何よりもほぼ完成形に近い吸血鬼の肉体。私は伯爵(アール)共に顔を上げる。

 

「私一人にこの数か。揃いも揃って小心者ばかり――」

「黙れ人間」

 

 一匹の伯爵が私の背中に蹴りを放った。その衝撃に耐えられず、前のめりで地面にひれ伏す。

 

「……図星だったか、小心者共」

「調子に乗るなよ。俺たちは朝日が昇る前にステラ様を迎えに来ただけだ」

「何だ、小娘の介護か。伯爵の癖に雑用係を押し付けられ――」

 

 軽蔑するような視線を送りながら挑発をすれば、四匹の伯爵が私の腹部を蹴り上げ、顔を踏みつける。残りの一匹は立ち尽くすステラを脇に抱え、どこかへ去っていった。

 

「この人間のメス、俺たちで飼い殺そうか」

「賛成だ。殺してくれと命乞いするまで、永遠に痛みと屈辱を与えてやる」

 

 私の髪を雑に掴み上げ、こちらの顔をジロジロと眺める伯爵たち。その視線はどれもゴミ屑を見るようなものだ。

 

「お前たち吸血鬼は与える立場じゃない」

 

 視界を過ぎ去ったのは白色の閃光。私の髪を掴み上げていた伯爵の腕が、瞬く間に斬り落とされる。

 

「な、なにが起きたんだ……?!」

 

 伯爵が辺りを警戒する最中、何者かが私の身体を抱えると近くの大木へ寝かせた。

 

「与える立場は常に人間であり、お前たち吸血鬼は奪うばかりだ。もしまだ奪うつもりなら――」

 

 白色の制服、白色のルクスα、白色のディスラプター零式、白色の長髪。そして白で統一された姿に似つかない赤色の瞳。私はその人物をハッキリと視認する。

 

「――私の命を奪ってみせろ」

 

 彼女は金剛石の十字架を首に飾る――皇女Heren(ヘレン) Arnet(アーネット)だった。


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