ЯeinCarnation   作:酉鳥

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2:25 End Practice ─実習終了─

 

 ヘレンに背負われ、到着したのは避難所という名の廃村アストラ。そこでは怯えた生徒たちや負傷した生徒たちが、配備されたテントで入り乱れる。

 

「遅かったですね、ヘレン」

「ティアか」

 

 私を背負っているヘレンに声を掛けてきた人物は、奇妙なドレスにキツネの面を顔に付けた女。入学式の時に上から私たちを見下ろしていたキツネの女だ。

 

「……誰だこの女は?」

「彼女はティア・トレヴァー。十戒で四ノ戒を務めている」

 

 煙水晶(けむりすいしょう)。別名スモーキークォーツと呼ばれる茶色の宝石で作られた十字架を胸元に飾り、右脚に巻かれたホルスターには茶色の杭が八本入れられていた。

 

「貴方、初対面で私をこの女呼ばわりするなんて……。随分と礼儀知らずの生徒ですね」

「この子は少し変わってるんだ。まぁ許してやってくれ」

 

 この女は私のことをキツネの面越しに睨みつけるが、ヘレンは私を庇うようにしてティアを静止する。

 

「そちらの状況はどうだ? 何か変わったことでもあったか?」

「いいえ、良くも悪くも変わりませんね。この辺りの食屍鬼はすべて葬りましたが、未だに行方不明の生徒も多数います」

 

 食屍鬼をすべて葬った。平然とそう述べるティアの衣服は綺麗なまま。私は疑念を抱きつつも、二人の会話に耳を傾ける。

 

「そうか、後は私が生存者を捜索する。ティアはこの子をアーサーの元へ連れていってくれ」

「私がこの生意気な生徒をおんぶ(・・・)するのですか?」

「安心しろ。君ほど生意気じゃない」

 

 ティアが嫌々私を背負えばヘレンは「後は頼んだ」と言い残し、再び疾風の如く森林たちへとその姿を消してしまった。

 

「……入学式の日、私と目が合ったな」

「ええ、合いましたね。あの状況で私の視線に気付くとは思いませんでした」

「誰を見ていた?」

「トレヴァー家の人間を少々……」

 

 ティアに背負われたまま、アストラの避難所を歩く。私は奇妙なドレスを手で触り、材質を確かめた。

 

「見たこともないドレスだな。素材はシルクか?」

「シルクですが、ドレスという名称ではありません。根本が間違っています」

「……なら名称は何だ?」

 

 小馬鹿にされたことで私は不機嫌な顔をしながらそう尋ねる。視界の隅では同じDクラスの生徒の遺体が運ばれていた。

 

「それでも総合成績トップの生徒ですか。少しはその頭で考えてみては?」

Tunique(チュニック)か」

「下着ではありません」

 

 他愛も無い会話をしていれば、アーサーが待機するであろうテントへ辿り着く。ティアは入り口を屈んで潜り、中へ足を踏み入れる。

 

「アーサー、無事でしたか」

「ティ、ティアさん!? どうしてここへ……?」

「ヘレンに貴方の生徒を託されました。彼女の容態を見てあげてください」

「アレクシアさん! 良かった、無事だったんだね!」

 

 私がティアの背中からベッドへ降ろされると、アーサーが不安げな顔で駆け寄ってきた。おろおろと私の安否を確認し、そっと胸を撫で下ろす。

  

「あの女の容態は?」

「アビゲイルさんは目を覚ましてないよ……。でもなんとか一命は取り留めた」

「そうか」

 

 アーサーが視線を向けた先のベッドでは、アビゲイルが治療を受けていた。その周囲にはキリサメ、ロイ、アリスが暗い顔をしている。

 

「アーサー、貴方以外の教師たちは何処(いずこ)へ?」

「えっと……銅の階級はほぼ壊滅しています。ルークさんたちの居場所は、僕にも分かりません」

「それは何故ですか?」

「僕たち教師のキャンプ地に、報告にもなかった三つ首の獣が襲い掛かってきて……。それで必死に、必死になって逃げて……」

「アーサー、貴方は銀の階級です。何が起きたのかを落ち着いて報告してください」

 

 ティアは呂律が回らないアーサーに手厳しく接する。私はベッドで横になりながら、アーサーとティアの会話を盗み聞きすることにした。

 

「す、すみません……。まず、僕たちのキャンプ地に三つ首の獣が音もなく現れたんです。音もなく現れて、教師たちを食い荒らしました。生存した銀の階級四人で抵抗しましたが、見たことも無い力を持っていたせいで……到底敵わず、僕たちは逃亡を図ったんです」

「二つ首の獣は北側でAクラスの生徒が始末したと聞きましたが、三つ首の情報は初耳ですね」

 

 おそらく二つ首の獣はステラが『オルちゃん』と呼称していた犬のことだ。この女は『Aクラスの生徒が始末した』と述べていたが、一体誰が始末したのだろうか。

 

「ではその()はどのような行動を?」

「逃げた後、ルークさんが提案したんです。『各々生徒たちのキャンプ地へ訪れ、このアストラまで避難させよう』と」

「貴方たちはその場で別れたのですね?」

「はい。僕はDクラスのキャンプ地を回りましたが、どこも食屍鬼と生徒の死体だらけで……。どうしようかと明け暮れていたとき、遠くから銃声が聞こえたんです」

 

 聞こえた銃声はおそらく爆発を起こした後に、私がケルベロスと対話する際に撃った時のものだ。アーサーはその銃声で、私たちの居場所を突き止めたらしい。

 

「僕は生き残りの生徒がいると望みを掛け、銃声が聞こえた場所まで向かいました。そしたら生徒たちや原罪がいたんです」

「……原罪、その話に嘘はありませんね?」

「はい。でも、でも僕はすぐに動けませんでした。生徒が原罪に殺されかけているのに、僕は怖くて、怖くて動けなかったんです」

「その後は?」

 

 ティアは同情の言葉も掛けず、ただ報告だけを求める。淡々と問いかける声色も、非常に冷め切っていた。

 

「勇気を振り絞って、身を挺し、彼女を守ろうとしました。ですが――」

「私がこの男に他の班員を連れて逃げろと命令した」

 

 背を向けた状態で横になりながら、私はアーサーとティアの会話に口を挟む。

 

「貴方がアーサーに命令を?」

「最悪の事態は全滅だ。私一人が命を捨てればこの男を含めて、五人は生存する。お前たちが求めている原罪の情報も多少は手に入るだろう」

「アレクシアさん……?」

 

 アーサーは困惑した表情で私の背中を見つめていた。一方でティアは疑心暗鬼になりながら私の話へ耳を傾ける。

 

「だから私は逃げろと命令した。この男も最悪の事態を免れるため、私を見捨てて逃走を図った。どうも苦渋の決断だったようだが」

「アーサー、彼女の話に虚偽は?」

「……ありません。僕は彼女を見捨て、他の生徒たちと共にここまで逃げてきました。原罪から生き延びたのは、多分ヘレンさんに助けてもらったからです」

 

 すべての意図を察したようで、アーサーは私と共にティアを口車に乗せた。しかしティアは余程注意深いのか、未だに信用し切れていない様子だ。

 

「その生徒たちの名前を教えてください」

「ロイ・プレンダーくん、アリス・イザードさん、カイト・キリサメくん。今は意識を失ってますが……アビゲイル・ニュートンさん。僕が連れて逃げたのはこの四人の生徒です」

 

 キツネの面越しでアーサーをじっと見つめる。小さな穴の奥から向けられる鋭利な視線に、アーサーは思わず息を呑んだ。

 

「……事情は掌握しました。ですが疑問点がいくつかあります。次に貴方から話を聞かせてもらおうかと――」

「アレクシア、無事だったんだな!」

 

 それでも信憑性に欠けると、私から話を聞き出そうとするティア。しかし言葉を遮るように、キリサメたちが私の存在に気が付くと、すぐさま駆け寄ってきた。

 

「だ、大丈夫ですかアレクシアさん……!? あの、怪我とかは……!?」

「特に支障はない」

「ほんとに~? サディちゃんの気持ちも分かるけど、変に強がっちゃダメだよ~?」

「私が下らん見栄を張ると思うか」

 

 ロイとアリスは身を乗り出して、私の顔を覗き込んでくる。ただキリサメだけは、側に立っているティアを不思議そうに眺めていた。

 

「私の顔に何か用ですか?」

「いや、あの、お面が付いて」

「このお面に問題があるとでも言いたげですね──霧雨(キリサメ)海斗(カイト)

「……! な、ないですけど?」

 

 ティアはキリサメに問い詰めた後、「そうですか」と背を向けてテントを足早に出ていく。アーサーは虚偽の発言を突き通せたと一息つき、アリスとロイの肩に手を置いた。

 

「これから医療班にアレクシアさんの容態を見てもらう。仲間として付き添いたい気持ちは分かるけど、ロイくんたちも少しは休んだ方がいいよ。君たちが倒れたら元も子もないからね」

「……じゃあ、そうさせてもらおうかな~? 実は俺も限界が近かったんだよね~!」

「わ、私はぜんぜん大丈夫――」

「アリスちゃんも疲れてるでしょ~! 一緒に向こうで休もうよ~!」

 

 顔がやつれているアリスに気が付いたロイは、背中を押しながら椅子が並べられた休憩所まで歩いていく。

 

「先生は医療班を呼んでくるね。カイトくんも無理はしないように」

「は、はい、了解っす……」

 

 アーサーは医療班を呼びに行くために駆け足でテントを出ていった。残されたキリサメを他所に、私は静かに両目を瞑る。

 

「なぁ、アレクシア……」

「何だ?」

「さっきの人って、誰なのかな?」

「十戒らしい。確か四ノ戒のティア・トレヴァーと名乗っていたな。あの女が気になるのか?」

 

 先ほどからティアのことを妙に気にするキリサメ。私はベッドの上で背を向けたまま、何が気がかりなのかを尋ねる。

 

「あの人さ、俺と同じ異世界転生者(いせかいてんせいしゃ)かもしれない」

「……根拠は?」

「アレクシアたちと違って、あの人は俺の名前を呼び慣れていたんだ。霧雨海斗って」

「偶然だろう」

 

 仮試験の受付で珍しい名前で済まされた。姓名を呼び慣れている人間が、一人や二人存在したところでおかしくはない。

 

「いや、他にも理由があるんだ。あの人の着ている服がさ、着物(キモノ)だった」

「キモノ? 何だそれは?」

「俺たちの国にあった和服(ワフク)でさ。歴史の本とかで女性の人がよく着ていたんだ。ああいう模様の服を」

 

 キモノと呼ばれる衣服の丈は膝丈より上。色は黒色で、花らしき模様が付いている。両脚には太腿まで覆える黒色のソックスを履き――あの女が異端な存在だというのは明白。

 

「ならあの女は何年も前に異世界転生とやらをしてきたと?」

「あぁうん。なんかそんな気がするんだ。会話したときの空気がどこか懐かしいっていうか、同じ世界に住んでいたからこその雰囲気があるっていうか……」

 

 キリサメは上手く言葉に表現できず、俯きながら頭を悩ませる。私はその唸り声をただ聞くのみ。

 

「待たせてごめんね。……それじゃあエイダ、アレクシアさんのことを宜しく頼むよ」

「えぇ、後は任せなさい」

「それじゃあカイトくん。僕たちは向こうへ」

「あ、はい……了解っす……」

 

 治療班として姿を見せたのは養護教諭のエイダ。アーサーは考え込むキリサメを休憩所まで連れていってしまう。

 

「……お前もこの村に来ていたのか」

「真夜中に呼び出しを食らってこの村まで派遣されたのよ。まったく、同情して欲しいわ」

「そうか」

「というより、また派手にやられたわね……って、あなたのその左目!」

 

 何事もなかったように存在する左目。エイダはあり得ないと声を上げて驚愕する。 

 

「お前が推察していた通り、私の母体は吸血鬼共だ。その真実を伝えられた後、奇妙な力が発現しこの左目が再生した」

「奇妙な力って何よ?」

「簡潔に述べれば、火種のない場所で炎を出せる」

 

 理解が及ばないとエイダは小首を傾げていた。このような下らん戯言を聞けば、誰もが同じ反応をするだろう。

 

「……それは加護? それとも災禍?」

「知らん。だが私の母体は『血涙(けつるい)の力』と言っていた」

血涙(けつるい)……。そんな言葉、聞いたことすらないわね」

 

 容態を診察するエイダは、異様だと言わんばかりの顔をしている。私は飾られた鏡に視線を移し、自身の左目を確認する。

 

(……蒼色か)

 

 赤色に染まっていた左目の色は右目と同じ蒼色。私は自身の境遇に嫌気が差し、エイダの前で静かに溜息をつく。

 

「あなた、これから大変そうね」

「言われなくても理解している」

「後期は目立たないようにしたらどう?」

 

 エイダは上の制服を脱がし、私をうつ伏せに寝かせた。そして亀裂が入った脊髄の状態を触って確認する。

 

「なら後期は自室に引きこもる」

「引きこもりたいなら医務室をオススメするわ」

お喋りな本(・・・・・)がいなければ一考した」

「あなたは皮肉が上手ね」

 

 被験者として私を側に置いておきたい。そんな欲望と企みを見抜いた私が皮肉を口走ると、エイダは思わず苦笑する。

 

「キツネ女が言うには私は生意気らしい」

「けどあなたぐらい生意気な子が丁度いいわ。真面目な生徒ばかりだとつまらないもの」

「……生意気というのは否定しないのか」

「ええ、だってあなたは生意気だから」

 

 他愛もない会話を交わしていると、テントの隙間から朝日の光が差し込み、日光が鏡に反射し机上を照らす。その先に転がる階級を示す木製の十字架。そこに付着した私の血液が、少しずつ乾き始めた。

 

 

  2:First Academy_END

 




─────── 

前列
アリス・イザード
アレクシア・バートリ
アビゲイル・ニュートン

後列
カイト・キリサメ
ロイ・プレンダー



【挿絵表示】

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