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フラッシュバックと共に、意識がハッキリとする。彼女の目の前には、先ほどと同じ位置に、杖を持った男が立っていた。
「そうか。私は原罪や眷属と出会って、血涙の力を……」
「その力はお前にとって必要不可欠だ。"派遣任務"でも大いに役立つことになる」
「派遣任務?」
そう尋ねれば、杖を持つ男性の背後に古びた洋館が見えてくる。よく目を凝らしてみると、洋館の窓際に一人の少女が立っていた。
「人間が住む館で起こる"失踪事件"。銅階級の人間と共に、お前たちは館へ派遣されるだろう」
「失踪事件……」
「吸血鬼の仕業か。それとも"神隠し"か。お前たちは館で行方不明者の手がかりを探そうとする」
「神隠し……」
窓際に立っていた少女が忽然と姿を消す。瞬間、彼女の身体に丈夫な蔓が絡みついた。解こうと試みるが、蔓を千切ることができない。
「そしてお前の異名を知る人間が現れる」
「異名だと……?」
「ヒュブリス。これがお前の異名だろう」
蔓が身体の隅々まで這いずり回り、彼女の肌は植物に覆いつくされていく。その最中、先ほど窓際に立っていた少女の顔が、植物の葉に描かれた。
「一つ問わせてもらおう」
「……またか」
身体を拘束する蔓の先端が、彼女の肌を貫き、内部で何かを求め始める。痛みはないが、体内で蠢く蔓に彼女は顔をしかめた。
「お前は孤立無援を好むはずだが……人を庇い、命を助けた。何故このような行動を?」
「……知らん」
「私はこう推察しているよ。お前がバートリ卿の血を継いだからだと。肉体にあの吸血鬼の"お人好し"が刻まれているのだろう」
「どうでもいい」
身体を這いずり回る蔓の至る個所から、小さな白色の花が咲き誇る。彼女の肉体はあっという間に白色の花に囲まれた。
「お前は今まで多くのものを背負い続けてきたが……今回の人生では、仇である吸血鬼の想いまで背負うことになったな」
「……何が言いたい?」
「お前を待ち受けるのは苦しみ、不幸、災厄のみだ。楽には死ねないだろうな」
杖を持つ男性の言葉に反応するように、白色の花は赤く赤く染まっていく。彼女の左目からは、自然と血の涙が一粒だけ頬を伝わった。
「しかし派遣任務の前に、お前が苦しむ"余興"もあったはずだ」
「余興……?」
「正しくは"お前だけが苦しむ余興"と言った方がいいな」
「私だけが……?」
「そう固くなるな。大したことではない」
杖を何度か地面に打ち鳴らせば、その振動で頬を伝わる血の涙が落ち、
「よく思い出せ。お前が歩んできた――アカデミーでの生活を」
「っ……!」
赤色の花びらが辺りに散らばると、彼女の視界は真っ赤に染まり果てた。