ЯeinCarnation   作:小桜 丸

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3:4 Charging

 私とキリサメは数分ほど廊下を歩き続け、研究室の扉の前まで辿り着く。扉の向こうからは、ブクブクとフラスコが沸騰する音が聞こえてくる。

 

「なぁアレクシア。どうやってシャーロット博士にスマホについて聞くんだ?」

「私に考えがある」

「おっ、やっぱりこういう時も頼りになるな!」 

 

 キリサメは私の返答を聞けば、扉を三度だけノックした。

 

「ふむ、一体誰かね?」

「私だ」

「誰かねと聞いているのだよ?」

「ア、アカデミーの生徒の、キリサメとアレクシアです!」

「アカデミーの生徒……。私の元へ尋ねてくるなんて珍しいものだ」

 

 シャーロットは「まぁ入りたまえ」と私たちを研究室へ招き入れ、低品質な木の椅子を二つ用意して座らせる。

 

「服装が変わったな。衣替えの時期ではないだろう」

「ヘレン君に怒られたのだよ。『今すぐ専用の研究服を用意しろ。この研究室で事故が起こりかねない』とね」

「ははは、そりゃあそっすよねぇ……」

 

 以前会った時のシャーロットはフリルの付いたドレスを着ていたが、今はフードの付いたぶかぶかの黒と白のジャケットと、黒の長ズボンを履いていた。

 

「繊維はこの制服と同じものか?」

「中々に鋭いじゃないか。この服は燃えにくい・傷みにくいだけでなく……"臭いにくい"という特徴もあるのだよ」

「あの、臭いにくいというのはどういうことっすか……?」

「私はお風呂が大の嫌いでね。今まで一週間以上も入浴しないことなんて当たり前だったのだよ」

「い、一週間以上も……?!!」

「それが故に、臭いがキツイと言われてね。解消せねばならない問題だと頭の片隅に置いてはいたのだ。それがこの新開発した衣装で解消したのだよ」

 

 シャーロットは私たちの前まで歩み寄り、着ている衣服を鼻元へ近づけてくる。

 

「ほら、嗅ぎたまえ。かれこれ二週間以上も入浴していないが、臭い一つしないだろう?」

「え、遠慮しときます……!!」

「臭いに問題はないのだよ。遠慮しなくともこんなに無臭で──」

「お前は汚いことに変わりはない。離れろ」

「ふむ、本当に無臭なのだがね……」

 

 私はシャーロットに距離を取れと要求すると、残念そうに二歩三歩と後退りをした。キリサメはこちらへ「ナイスだアレクシア!」というような賞賛の視線を送る。

 

「それで、私に何か用でもあるのかね?」

「あぁ、お前に聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

「スマートフォンの充電とやらをさせろ」

「ちょっ……!?!」

 

 キリサメが目を見開き、思わず声を上げた。シャーロットはゆっくりと首を傾げながら、何度かこう復唱をする。

 

「スバートゴン?」

「スマートフォンだ」

「アラートオン?」

「スマートフォンだ」

「スゲーナフォン?」

「スマートフォンだ」

「ブレーカドン?」

「スマートフォンだ──」

「何回繰り返すんだよ!?」 

 

 何度も間違えるシャーロットに正式名称を伝えていれば、キリサメが横から割って入り、大声を上げる。

 

「ふむ、スマートフォン……」

「お前は知っているはずだ」

「すまないが、私はスマートフォンとやらを知らないのだよ」

「嘘をつくな。お前の研究室に同じものがあるだろう」

「研究室に同じもの? ……あぁ、君たちが見たのはアレのことかもしれない」

 

 シャーロットは心当たりがあるようで、研究室の隅にある棚の引き出しから何かを取り出し、私たちに見せてきた。

 

「……何だこれは?」

 

 長方形をしているようだが、スマートフォンに比べてやけに縦に長く分厚い。箱のように開けるのか、割れ目も見える。色は銀色だ。

 

「知らないのかね? この箱の名前は──」

「"ガラケー"」

 

 シャーロットが名称を述べようとした瞬間、キリサメが被せるようにして名称を呟く。

 

「ほう、よく知ってるじゃないか。この長方形の箱は"ガラパゴスケータイ"と呼ばれるらしい。それを略して"ガラケー"なのだよ」

「……アレクシア」

 

 キリサメが何かを言いたげな様子で私の名前を呼ぶ。恐らくはこの男が住んでいた世界にある代物なのだろう。

 

「後にしろ。今はスマートフォンとやらが充電できるかできないかの話だ」

 

 私はキリサメの懐に手を入れ、スマートフォンを奪い取ると、シャーロットの前に突き出す。

 

「ふむ、これがスマートフォンと呼ばれるものかね?」

「この男が言うにはそうらしい。面倒なことに電力不足で動かなくなってな。お前の技術力でどうにかできないか?」

「よく見せてくれたまえ」

 

 シャーロットにスマホを手渡せば、何度も表と裏をひっくり返し、コンコンと軽く叩いたりを繰り返す。

 

「うむ、結論から述べよう」

「あぁ」

「どうにかなる」

「マジですか!?」

「このガラケーと呼ばれるものと色々と酷似している点があるのだよ。これを上手く利用すれば、電力を貯蓄するための部品を作るのは容易いことだろう」

「そうか。ならお前にそれを預け──」

「ただし!」

 

 そんな私の言葉を遮り、シャーロットはこちらにビシッと左手で二本の指を立てる。

 

「頼み事には、対価というものが必要なのは分かるかね?」

「対価って……俺たちに何を求めるんすか?」

「至って簡単な要求を二つ呑むことが条件なのだよ」

「二つか。幼い癖に強欲な娘だ」

「君たちは二人で、私は一人だろう。妥当な要求だと思うがね」

「まぁいい。お前の要求は何だ?」

 

 私がそう問いかければ、まずはキリサメを右手で指を差す。

 

「キリサメ君はこのスマートフォンと呼ばれる機械の使い方を、研究の一環として私に教えたまえ」

「え? 使い方っすか?」

「実に興味深いのだよ。この機械はこれからの私に刺激を与えてくれる代物に近いかもしれない」

「まぁ、それならいいですけど……」

 

 キリサメが要求を呑めば、立てていた指を一本減らし、次に私を右手で指差してくる。

 

「次にアレクシア君に求めるものだが……」

「何だ?」

「実は丁度いいタイミングでね」

「どういうことだ?」

「君には一週間後に控えた対人戦をしてもらいたかったのだよ」

「対人戦だと?」

「グローリアの貴族たちがこのアカデミーへ集結する。その余興として、代表に選ばれた生徒同士の対人戦を披露するのが一環でね」

 

 対人戦。悲劇が起こる前の実習訓練で行われていた。私は片目を失っていたため、エイダからの要請で欠場していたが……。

 

「なぜ私を選ぶ?」

「総合成績トップの者は、いわば五百八十一期生を象徴する希望。リンカーネーションは貴族たち出資あっての組織で、信頼関係を保つためには、こうして対人戦を披露し、安心させる必要があるのだよ」

「"見世物"ということか」

「うむ、見世物に近い」

 

 皮肉を肯定するシャーロットを前にして、私はしばらく考える素振りを見せる。

 

「丁度いいというのは、私を動かすための材料がそこにあったからか」

「君は得することがなければ動かないだろう。だからヘレン君もどうしたものかと悩んでいたのだよ。そんな時にアレクシア君の方からきっかけを運んできてくれてね」

「……運のいいヤツめ」

「どうするかね? 君が要求を呑めば、交渉は成立だ」

 

 どうやっても逃れようがない。私は溜息をつき、シャーロットが立てていた一本の指を曲げさせた。

 

「ふむ、交渉は成立ということだね」

「アレクシア、ほんとにいいのか?」

「対価は必要だと、何となく覚悟はしていたからな」

「そうそう、苦難があってこそ芽生える友情なのだよ」

「生意気なガキだ」

 

 シャーロットは満足そうに何度も頷くと、手に持っていたスマートフォンを机の上に置く。

 

「それはそうと、君たち二人はアカデミーを卒業したらどこに所属するつもりかね?」

「しょ、所属ってなんすか……?」

「知らないのかね? 君たちは卒業後、七つの機関のどれかへ所属する機会が設けられるのだよ」

「七つの機関?」

「まったく、引きこもりの私よりも世間知らずなのはどうかと思うがね……」

 

 私とキリサメが何も知らないことに苦言を呈しながらも、シャーロットは棚に納められた書類を手にして、机の上へ並べていく。そこに書かれていた内容は、

 

 

────────────

A機関:グローリアでの活動&武装開発

主導者:シャーロット

    ニコラス・アーヴィン

    フローラ・アベル

    エリザ・アークライト

 

B機関:A機関の支援&他機関への人員派遣

主導者:カミル・ブレイン

 

N機関:素材の採掘、または改良

主導者:レクス・ニュートン

 

O機関:吸血鬼との戦闘(後方支援)

主導者:エレナ・オリヴァー

 

P機関:吸血鬼の領土への偵察

主導者:パーシー・プレンダー

    ジーノ・パーキンス

 

R機関:吸血鬼との戦闘(前線)

主導者:ソニア・レインズ

    ルーナ・レインズ

 

T機関:難民の救助&他国との交渉

主導者:ティア・トレヴァー

 

────────────

 

 

 というような機関の説明だった。この中で知っている名前もいくつかある。

 

「これが七つの機関なのだよ。リンカーネーションは機関ごとに分割され、更にその中で銅や銀やらの階級を振り分けられるのだよ」

「アーサー先生とかってどこの機関に所属してるんすか?」

「アーサー君は私たちのA機関なのだよ。教師としてグローリアで活動しているということだね」

「この主導者たちは全員十戒なのか?」

「うむ、私とカミル君を除けば十戒で構成されているね」

 

 名家の名前が揃っているとは思ったが、やはり主導者を占めているのは十戒だった。私は一人ずつじっくりと名前を暗記していく。

 

「あの皇女はどこに所属している?」

「ヘレン君はどこにも所属をしてないのだよ。そうだね……リンカーネーションの主導者とでも答えておこうか」

(……何か事情があるな)

 

 ペラペラと喋りつづけるシャーロットの口が返答に詰まった。どうやら皇女がどの機関にも所属しない裏の理由があるらしい。

 

「これってどういう流れで所属が決まるんすか?」

「まずは第一から第三志望まで決めてもらう。その後は『卒業時点での成績』と『面接』をして、所属できるかどうかが決まるのだよ」

「マ、マジか、面接もあんのかよ……」

「安心してくれたまえ。面接は意思の確認に過ぎない。何を持ってリンカーネーションに入ったのか、なぜこの機関に所属したいのか……というような方向性を聞くのだよ」

 

 いずれかの機関に所属する必要があること。ここで生じる問題は私の考えに最も近い機関が存在するかどうか。

 

「もしもなんですけど……」

「何だね?」

「もし、どの機関にも所属できなかったら……どうなるんすか?」

「ふむ、それは"無所属"となるだけだね」

「無所属?」

「リンカーネーションの一員ではあるが、機関には所属していない状態となるのだよ。推奨はできないものだね」

 

 シャーロットは推奨できない理由を続けてこう話す。

 

「よっぽどの問題児で成績不良な生徒でなければ、ほぼ確実に機関へ所属できる。もし仮に所属できないことがあれば、そのよっぽどの問題児か成績不良に当てはまるだろう」

「それの何が問題なんだ?」

「ここだけの話だが……リンカーネーションでの無所属は差別を受けているのだよ。その差別に耐えられない者たちが、アルケミスやグローリアを出ていくことも多い」

「さ、差別って……。出ていくぐらい、厳しいんですか?」

「うむ、一番の問題は"報酬"なのだよ。無所属の者には定額の報酬はもちろん、食べ物すらも与えられない。だから耐えかねて、グローリアを出て行ったり、故郷に帰ったりするのだね」

 

 思っていた以上にリンカーネーションという組織は複雑かつ闇が深いらしい。アカデミーなどはただの茶番に過ぎないようだ。

 

「あのお人好しの皇女が、よくこの差別を黙認しているな」

「以前は無所属にも報酬が与えられ、食事も与えらたりしたらしいがね。ティア君がその制度を変えたようだよ」

「十戒のティア・トレヴァーがか?」

「うむ、風の噂に過ぎんがね」

 

 無所属のデメリットは大きい。どこかの機関へ所属するべきか。私がそんなことを考えていると、シャーロットが私の背中を軽く叩いた。

 

「なに、アレクシア君は心配することないだろう。君なら今にでもA機関へ所属できるのだよ」

「機関ごとに難易度でもあるのか?」

「結局は意思の相違がないかが課題だがね……志望者が多いのは毎年度A機関とB機関がトップ。難易度は高いだろうね」

「どうして難易度が高いんすか?」

「ふむ、ずばり吸血鬼と交戦する機会が少ないからだろう。安心安全のグローリアで活動するのだからね」

 

 優先するのは可愛い我が身。ならば何故リンカーネーションの一員になろうとしたのか。これでは本末転倒ではないか。

 

「おっと、もうそろそろ寮へ帰るのだよ。門限まで後少しだ」

「や、やべぇッ!! アレクシア、早く帰ろうぜ!」

「お前は先に行け。私は少しだけ話がしたい」

「お、おう? わ、分かった! お前も怒られる前に部屋に戻れよ!」

 

 時刻が門限に近づくのに気が付いたキリサメは焦りながらも、シャーロットに一礼し、

 

「そのスマホ、よろしくお願いします!」

「うむ、任せたまえ」

 

 研究室を飛び出すように、全力疾走で駆けて行った。

 

「まだ話があるのかね?」

「あぁ、アビゲイル・ニュートンという生徒を覚えているか?」

「うむ、覚えているとも。このディスラプターを改造した子だね」

 

 シャーロットは机の上に置かれたディスラプターの試作品を手に取り、私へ覚えている証拠として見せつける。

 

「あの生徒はお前が開発したディスラプターを解体し、少ない道具で爆発物と雷管を作り上げた」

「ほう、ディスラプターでそれらを……」

「しかも十五分でだ」

「ふむ、たった十五分で……」

「だが、私を庇ったせいで下半身不随となった。しばらくはまともに動けん。いや、もしかしたら永遠に動けないかもしれない。だが足が動けなくとも、手は動かせる」

 

 やや驚いているシャーロットを他所に、私も研究室の扉へと近づく。

 

「後は……アリス・イザード」

「アリス君がどうしたのかね?」

「あの女は無能だ。訓練の成績も最下位で、座学も最下位。どうしようもないほどまでに役に立たん」

「……」

「だがあの女は囮になったときの自己犠牲の精神と、死に対する果敢さは賞賛できる。後はそうだな……根性とやる気ぐらいか」

 

 背を向けながら説明をしていれば、シャーロットは「ごほんっ」とわざとらしく咳き込んだ。

 

「つまり……アレクシア君は何が言いたいのだね?」

「……私が総合成績トップだからどうした? 実習訓練の一件で生き残ったのは成績優秀者だけか? それは違うはずだ」

「……」

「成績なんてものは、実戦で何の役にも立たん。注目を向けるべきは成績じゃないだろう。注目するべきは予想せぬ事態が起きた時に、そいつが行動を起こせるかどうかだ」

 

 シャーロットは険しい表情を浮かべながら黙り込む。私はそのまま振り向かず、扉の前まで辿り着いた。

 

「だがそれでも……もし成績を参考にするつもりなら、総合成績トップの私は──」 

 

 そして私は扉に手をかけ、廊下へと一歩だけ踏み出し、

 

「──A機関へアビゲイル・ニュートンとアリス・イザードの二名を推薦する」

 

 そのままシャーロットのいる研究室を後にした。

 

 

 


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