(一匹ずつ、的確に殺す)
私は注意が尻餅をついた若者へ向けられている隙に、最も距離の近い
「邪魔だ」
「ギャアァッ!?!」
背後から心臓の位置へ石の杭の先端を突き刺すと、トドメとして掌底打ちを放ち、動かぬ心臓を杭で貫く。心臓を貫かれた
「キャハハハッ!」
「キャッハ!」
仲間がやられたことで私の存在に気が付いた一匹が、鋭い爪を大きく振りかぶって飛びかかってくるが、
「ギャギャッ?!」
後方へ飛び退いてから
「グギャァアァッ?!」
そして
「残りは貴様らか」
「「キャハハハァアァッ!!」」
縦横無尽に突っ込んでくる二匹。私は剣を逆手持ちにし、石の杭を二本だけ宙に放り投げ、腰を下げると低姿勢の構えを取る。
「「キャハッ、キャハハハハアァッ――」」
二匹が飛びかかってきたタイミングで、私はその場で一回転し
「「グギャアァアァアァッ!!」」
先ほど放り投げた石の杭を両手で一本ずつ掴み、うつ伏せになった二匹の心臓へ、落下の勢いと共に突き刺した。
「後は貴様だけか」
「ギィ、ギィギィ……ッ」
残された一匹は、鋭い牙を剥き出しにしながら私を威嚇している。まるで「よくも仲間を」と言わんばかりに、喉をひたすら唸らせていた。
「……好きな方を選べ」
「ギッ、ギィギィッ、ギィイィ……ッ」
「臆病者になるか、灰になるかをな」
「ハギィイ"ィイ"ィイ"ィーー!!!」
私が挑発交じりに石の杭を取り出せば、挑発されたことを理解したのか、すぐさまこちらに突進してくる。
「灰になる方を選んだか」
「ギィアッ?!!」
私は数メートル先からの飛びかかりを半身で回避し、左手に持っていた石の杭を心臓に突き刺した。
「――
最期にそう囁くと、
「
知能を持たないため、動きが単純な
(……未熟な身体であれだけ動けるのは、吸血鬼共の血が流れているからか)
この肉体を想像以上に動かせた。転生による身体強化もあるとは思うが、人間のみの力でここまではいかない。吸血鬼共の血液と、転生者の力が上手く適合しているのだろう。
「お、おい……!」
「何だ。生きていたのか」
「お前、一体何なんだよ!? どうして
「静かにしろ。声で食屍鬼共が寄ってくる」
孤児院に住む孤児の数は五十を優に超える。五十以上も食屍鬼にされたとなれば、すべてを相手にはできない。石の杭は残り三本。トドメを刺せるのは三体のみ。
「石の杭をすべて渡せ」
「は、はぁ?! だったら俺はどう戦えば――」
「口だけの臆病者にその杭は必要ない。それともお前が残りを始末してくれるのか?」
「く、くそぉっ……! こんなの持ってけよ!」
臆病な若者は、私に石の杭が入ったホルスターを投げ渡す。これで八本加わり、合計で十一本となった。
「その代わり、俺はお前についていくからな! ちゃんと守ってくれんだろ!?」
「私は吸血鬼共を殺すだけだ。お前は守らん」
「ち、ちっくしょう! 絶対ついていってやるからな……!」
「勝手にしろ。私は"
人間を吸血鬼へと変えられるのは『
「
「たかが男爵だぞ。何を怯えている?」
「俺たちじゃ無理だろ! せめて"銅の十字架"を持つ者がいないと……」
「"銅の十字架"だと?」
「俺たちの中でも上位に当たる連中だよ! こんな見習いを卒業したばかりの俺たちが、あんな化け物を倒せるわけない!」
どうやら知らぬ間に転生者内で階級が作られたらしい。"銅の十字架"が上位なら、この石の杭はかなり下の階級だろう。どうりで素人にしか見えないわけだ。
「本部まで救援を求めようぜ! 十戒様や銅以上の階級がいれば男爵だって――」
「その必要はない。男爵程度、私一人で十分だ」
「あー、もぉー、ちくしょう……!」
私は最初に見つけた血痕の場所へ向かい、痕跡を辿りながら先へと進む。その最中、隣を歩く若者が、ブツブツと独り言を呟いていた。
「……不可解だな」
「何がだよ?」
「お前たちがこの孤児院へ訪れた次の晩に……吸血鬼共が奇襲してきたことだ」
「んなもん偶然だろ」
この若者は私に即答するが、どうも脳内で引っ掛かり話をこう続ける。
「偶然か。なら偶然だとして、ここまで手際よく孤児を食屍鬼に変えられると思うか? どこに孤児がいるかも分からん状態で」
「あれだろ。手当たり次第に部屋を入ったとかじゃね?」
「そうか」
蝋燭の灯が消された廊下を歩く。吸血鬼の血が流れているせいか、夜目がよく利く。この暗闇の中で何一つ不自由がない。
「けどそれが偶然じゃなかったとして、お前は何が言いたいんだよ?」
「……誰かが裏で男爵と取引をしていた、と考えられるだろう」
「誰かって、誰だよ?」
「考えられる人物はたった一人だけだ」
廊下の先から聞こえてくる革靴の音。その姿を目にするために息を潜め、その場で待機する。
「"あいつ"だ」
数メートル先に見えた人物。片手で頭を押さえながら、壁を伝ってこちらに向かってくるのは孤児院の神父だった。
「神父? あいつが男爵と手を組んで……?」
「あぁ恐らくな」
よろよろと壁伝いに歩き、私たちのすぐ目の前まで辿り着くと、やっとこちらに気が付いたようで、
「ア、アレクシアと、神の遣い様……!」
弱々しくその場へ座り込んでしまった。私とは一切視線を交わさず、隣にいる若者だけを見上げる。
「吸血鬼、吸血鬼がこの孤児院に……」
「裏でその吸血鬼と取引をしていたのはお前だろう」
「な、なんのことだ?」
「そうか。まだ芝居を続けるつもりなんだな」
「うぐぉお……ッ」
私は惚ける神父の身体を蹴り上げる。その衝撃で、衣服の懐から金貨や宝石が詰まった絹袋が廊下に転がった。
「こ、これは私のものだ! 私が貯めていた財産で――」
「いや違うな。これは吸血鬼から与えられた"餌"だ。お前はこの餌だけを持って、孤児院から逃げようとしていた。そうだろう?」
「ち、ちがっ――」
「てめぇ、何が目的であんな連中と取引を……ッ!」
臆病な若者は否定しようとする神父の胸倉を掴み上げ、蓄積されていた怒りを言葉にしてぶつける。
「カ、カネだよカネ!」
「カネだって?」
「カネが欲しかったんだ! カネが欲しくて、男爵と取引をしたんだ! お前たち"神の遣い"と"孤児たち"の命と引き換えにして……ッ!」
「……は?」
「分からないか!? この世は富だ、富がすべてだ! 富さえあれば、こんなクソみたいな豚小屋にいなくてもいい! 私はただ本能に、本能に従ったまでだ!」
醜さを露呈させた神父の訴え。臆病な若者はあまりの失望に、掴んでいた神父の胸倉から手を離してしまった。
「はははっ、私を待っているのは永遠の富だ! お前たちは弱者らしく、食屍鬼の餌食になればいいのだ……ッ!!」
「てめっ、待ちやがれ……!」
神父は金と宝石が詰まった絹袋を拾い上げると、孤児院の出口に向かって駆け出す。臆病な若者はすぐさま追いかけようとしたが、
「「「キャハハァアァーーッ!」」」
「――!」
その方角には十匹以上の食屍鬼共。無邪気に笑いながら私たちの元へ走ってくる。神父は勝利を確信したようで、わざわざ足を止めて、こちらへと振り返った。
「神の遣い、お前はいい取引材料だった! 愛想よくしてやったのも全部カネの為だ! 私の為にわざわざこの豚小屋に足を運んでくれて感謝するぞぉ!」
「テメッ……ふざけんなぁ!」
「そしてアレクシア! お前はこの私に対して歯向かう生意気なガキだったな! 達観しているような気色悪い振る舞いも、ここで見納めだ!」
富という力で欲望を満たされた神父は、私たちを好き放題に罵倒する。若者は歯軋りしながら、殴りかかろうとする衝動を押さえ込んでいた。
「折角だ! お前たちが無様に殺される姿を、ここで見届けてやろう!」
高笑いをする神父。臆病な若者はこちらへ接近する食屍鬼共を見て「おい逃げるぞ」と私に声を掛ける。
「神父、貴様を待っているのは"永遠の富"だと言ったな?」
「あぁそうだとも! 私には富による輝かしい日々が待っている!」
「そうか。だが貴様を待っているのは輝かしい日々じゃない。貴様を待っているのは――」
食屍鬼共が時機に神父の真横を通り過ぎ、私たちへ襲い掛かる数秒前。臆病な若者は「もうだめだ」と頭を抱えて、座り込んでしまうが、
「――豚小屋の冷たい廊下だ」
十匹以上の食屍鬼共は、私たちではなく一斉に神父へと飛びかかった。
「なぜ、なぜだぁあ"ぁあ"ーーッ!?!」
食屍鬼共は私たちに見向きすらもしない。神父の肉体をひたすらに切り裂き、噛み千切り、腹の底から断末魔を上げさせていた。
「ど、どうして、俺たちを狙わないんだ?」
「知能を持たない食屍鬼は『人間を喰らう』ことしか考えていない。だからああやって向かってきた。だがもしその場に一人ではなく、三人の人間がいた場合……食屍鬼は順番に襲い掛かるかどうか」
「襲い掛かる、のか?」
「あぁ、一人ずつ襲い掛かる」
食屍鬼は一度狙った人間をしつこく追いかけ回す。数人を同時に狙うという思考回路が備わっていないためだ。
「それは何を基準に……」
「"憎しみ"だ。人間が、人間に対して抱く憎しみ」
人間としての理性は、食屍鬼となれば消えてしまう。だが唯一残される感情がある。それは"憎しみ。人が人を憎む心。
「吸血鬼は悪魔の意志を継いでいる。貴様との取引内容を破ることはない」
「うがぁあ"ぁッ、ならばッ、なぜ、なぜわだじがァ……ッ!?!」
「取引したのは"男爵"だけだろう。食屍鬼と取引はしたのか?」
「ぐっぞぉお"ぉッ!! あいづッ、うらぎりッ、やがッでぇえ"ぇえ"ぇ!!」
「貴様がどのような取引をしたかは知らん。だがもし貴様が孤児に愛される人間だったのなら……食屍鬼共は私たちを襲ってきただろう」
知能を持たない食屍鬼共は、些細な憎しみでは優先順位を付けない。仮に優先順位を付けられたのであれば、その人間が相当憎まれていた証拠だ。
「はぎぃあッ、だ、だずげでッ……!! だずげでぐれぇえ"ぇえ"ぇッ!!」
「……拳ばかりを振りかざしてきた人間の手は掴めんな」
「ま、まっで、まっでぐれぇえ"ぇえ"ぇ!!」
私は断末魔を上げている神父にそう吐き捨て、静かに背を向ける。
「助けないのか……?」
「あの数を相手にはできん。それに助ける義理もない」
「だ、だずげッ……!!」
助けを求める神父。私は衣服の懐から孤児の髪の毛が包まれた布を雑に放り投げ、
「神父として最期ぐらいは──子供たちと遊んでやれ」
背中で神父の断末魔を耳にしながら、再び血痕を辿ることにした。