ЯeinCarnation   作:酉鳥

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0:5 Ghoul ─食屍鬼─

 

(一匹ずつ、的確に殺す)

 

 私は注意が尻餅をついた若者へ向けられている隙に、最も距離の近い食屍鬼(グール)へと接近し、

 

「邪魔だ」

「ギャアァッ!?!」

 

 背後から心臓の位置へ石の杭の先端を突き刺すと、トドメとして掌底打ちを放ち、動かぬ心臓を杭で貫く。心臓を貫かれた食屍鬼(グール)は瞬く間に灰へと変わった。

 

「キャハハハッ!」

「キャッハ!」

 

 仲間がやられたことで私の存在に気が付いた一匹が、鋭い爪を大きく振りかぶって飛びかかってくるが、

 

「ギャギャッ?!」

 

 後方へ飛び退いてから食屍鬼(グール)の振り下ろした両腕を斬り落とし、石の杭をホルスターから取り出す。

 

「グギャァアァッ?!」

 

 そして食屍鬼(グール)の懐に飛び込み、その心臓を石の杭で貫いた。真っ白な灰は私の両腕を伝わりながら床へと落ちていく。

 

「残りは貴様らか」

「「キャハハハァアァッ!!」」

 

 縦横無尽に突っ込んでくる二匹。私は剣を逆手持ちにし、石の杭を二本だけ宙に放り投げ、腰を下げると低姿勢の構えを取る。

 

「「キャハッ、キャハハハハアァッ――」」 

 

 二匹が飛びかかってきたタイミングで、私はその場で一回転し食屍鬼(グール)の両脚を斬り捨てた後、剣を床に刺してから飛び上がり、

 

「「グギャアァアァアァッ!!」」

 

 先ほど放り投げた石の杭を両手で一本ずつ掴み、うつ伏せになった二匹の心臓へ、落下の勢いと共に突き刺した。

 

「後は貴様だけか」  

「ギィ、ギィギィ……ッ」

 

 残された一匹は、鋭い牙を剥き出しにしながら私を威嚇している。まるで「よくも仲間を」と言わんばかりに、喉をひたすら唸らせていた。

 

「……好きな方を選べ」

「ギッ、ギィギィッ、ギィイィ……ッ」

「臆病者になるか、灰になるかをな」

「ハギィイ"ィイ"ィイ"ィーー!!!」

 

 私が挑発交じりに石の杭を取り出せば、挑発されたことを理解したのか、すぐさまこちらに突進してくる。

 

「灰になる方を選んだか」

「ギィアッ?!!」

 

 私は数メートル先からの飛びかかりを半身で回避し、左手に持っていた石の杭を心臓に突き刺した。

 

「――永久(とわ)に眠れ」

 

 最期にそう囁くと、食屍鬼(グール)の死体は灰となって消えていく。私は衣服に付いた灰を払いながら、後方に散らばる食屍鬼(グール)の残骸を見据えた。

 

食屍鬼(グール)は所詮この程度か」 

 

 知能を持たないため、動きが単純な食屍鬼(グール)。警戒すべきは無知が故の無鉄砲さのみ。私は黒の剣を鞘に納めると、自身の両手を見つめた。

 

(……未熟な身体であれだけ動けるのは、吸血鬼共の血が流れているからか)

 

 この肉体を想像以上に動かせた。転生による身体強化もあるとは思うが、人間のみの力でここまではいかない。吸血鬼共の血液と、転生者の力が上手く適合しているのだろう。

 

「お、おい……!」

「何だ。生きていたのか」 

「お前、一体何なんだよ!? どうして食屍鬼(グール)をそんな簡単に――」

「静かにしろ。声で食屍鬼共が寄ってくる」

 

 孤児院に住む孤児の数は五十を優に超える。五十以上も食屍鬼にされたとなれば、すべてを相手にはできない。石の杭は残り三本。トドメを刺せるのは三体のみ。

 

「石の杭をすべて渡せ」

「は、はぁ?! だったら俺はどう戦えば――」

「口だけの臆病者にその杭は必要ない。それともお前が残りを始末してくれるのか?」

「く、くそぉっ……! こんなの持ってけよ!」

 

 臆病な若者は、私に石の杭が入ったホルスターを投げ渡す。これで八本加わり、合計で十一本となった。

 

「その代わり、俺はお前についていくからな! ちゃんと守ってくれんだろ!?」

「私は吸血鬼共を殺すだけだ。お前は守らん」 

「ち、ちっくしょう! 絶対ついていってやるからな……!」

「勝手にしろ。私は"男爵(バロン)"を殺す」 

 

 人間を吸血鬼へと変えられるのは『男爵(バロン)小爵(ヴァイカウント)伯爵(アール)』。そして最も爵位が高いとされる公爵(デューク)だけだ。食屍鬼の完成度を踏まえるに、この孤児院へ忍び込んだのは――爵位が最も低い男爵(バロン)

 

男爵(バロン)を殺す!? 無理に決まってる! あんなの倒せるはずがない!」

「たかが男爵だぞ。何を怯えている?」

「俺たちじゃ無理だろ! せめて"銅の十字架"を持つ者がいないと……」

「"銅の十字架"だと?」

「俺たちの中でも上位に当たる連中だよ! こんな見習いを卒業したばかりの俺たちが、あんな化け物を倒せるわけない!」

 

 どうやら知らぬ間に転生者内で階級が作られたらしい。"銅の十字架"が上位なら、この石の杭はかなり下の階級だろう。どうりで素人にしか見えないわけだ。

 

「本部まで救援を求めようぜ! 十戒様や銅以上の階級がいれば男爵だって――」

「その必要はない。男爵程度、私一人で十分だ」

「あー、もぉー、ちくしょう……!」

 

 私は最初に見つけた血痕の場所へ向かい、痕跡を辿りながら先へと進む。その最中、隣を歩く若者が、ブツブツと独り言を呟いていた。

 

「……不可解だな」

「何がだよ?」

「お前たちがこの孤児院へ訪れた次の晩に……吸血鬼共が奇襲してきたことだ」

「んなもん偶然だろ」

 

 この若者は私に即答するが、どうも脳内で引っ掛かり話をこう続ける。

 

「偶然か。なら偶然だとして、ここまで手際よく孤児を食屍鬼に変えられると思うか? どこに孤児がいるかも分からん状態で」

「あれだろ。手当たり次第に部屋を入ったとかじゃね?」

「そうか」

 

 蝋燭の灯が消された廊下を歩く。吸血鬼の血が流れているせいか、夜目がよく利く。この暗闇の中で何一つ不自由がない。

 

「けどそれが偶然じゃなかったとして、お前は何が言いたいんだよ?」

「……誰かが裏で男爵と取引をしていた、と考えられるだろう」

「誰かって、誰だよ?」

「考えられる人物はたった一人だけだ」

 

 廊下の先から聞こえてくる革靴の音。その姿を目にするために息を潜め、その場で待機する。

 

「"あいつ"だ」 

 

 数メートル先に見えた人物。片手で頭を押さえながら、壁を伝ってこちらに向かってくるのは孤児院の神父だった。

 

「神父? あいつが男爵と手を組んで……?」

「あぁ恐らくな」

 

 よろよろと壁伝いに歩き、私たちのすぐ目の前まで辿り着くと、やっとこちらに気が付いたようで、

 

「ア、アレクシアと、神の遣い様……!」

 

 弱々しくその場へ座り込んでしまった。私とは一切視線を交わさず、隣にいる若者だけを見上げる。 

 

「吸血鬼、吸血鬼がこの孤児院に……」

「裏でその吸血鬼と取引をしていたのはお前だろう」

「な、なんのことだ?」

「そうか。まだ芝居を続けるつもりなんだな」

「うぐぉお……ッ」

 

 私は惚ける神父の身体を蹴り上げる。その衝撃で、衣服の懐から金貨や宝石が詰まった絹袋が廊下に転がった。

 

「こ、これは私のものだ! 私が貯めていた財産で――」

「いや違うな。これは吸血鬼から与えられた"餌"だ。お前はこの餌だけを持って、孤児院から逃げようとしていた。そうだろう?」

「ち、ちがっ――」  

「てめぇ、何が目的であんな連中と取引を……ッ!」

 

 臆病な若者は否定しようとする神父の胸倉を掴み上げ、蓄積されていた怒りを言葉にしてぶつける。

   

「カ、カネだよカネ!」

「カネだって?」

「カネが欲しかったんだ! カネが欲しくて、男爵と取引をしたんだ! お前たち"神の遣い"と"孤児たち"の命と引き換えにして……ッ!」

「……は?」

「分からないか!? この世は富だ、富がすべてだ! 富さえあれば、こんなクソみたいな豚小屋にいなくてもいい! 私はただ本能に、本能に従ったまでだ!」

 

 醜さを露呈させた神父の訴え。臆病な若者はあまりの失望に、掴んでいた神父の胸倉から手を離してしまった。

 

「はははっ、私を待っているのは永遠の富だ! お前たちは弱者らしく、食屍鬼の餌食になればいいのだ……ッ!!」 

「てめっ、待ちやがれ……!」

 

 神父は金と宝石が詰まった絹袋を拾い上げると、孤児院の出口に向かって駆け出す。臆病な若者はすぐさま追いかけようとしたが、

 

「「「キャハハァアァーーッ!」」」

「――!」

 

 その方角には十匹以上の食屍鬼共。無邪気に笑いながら私たちの元へ走ってくる。神父は勝利を確信したようで、わざわざ足を止めて、こちらへと振り返った。

 

「神の遣い、お前はいい取引材料だった! 愛想よくしてやったのも全部カネの為だ! 私の為にわざわざこの豚小屋に足を運んでくれて感謝するぞぉ!」

「テメッ……ふざけんなぁ!」

「そしてアレクシア! お前はこの私に対して歯向かう生意気なガキだったな! 達観しているような気色悪い振る舞いも、ここで見納めだ!」

 

 富という力で欲望を満たされた神父は、私たちを好き放題に罵倒する。若者は歯軋りしながら、殴りかかろうとする衝動を押さえ込んでいた。

 

「折角だ! お前たちが無様に殺される姿を、ここで見届けてやろう!」

 

 高笑いをする神父。臆病な若者はこちらへ接近する食屍鬼共を見て「おい逃げるぞ」と私に声を掛ける。

 

「神父、貴様を待っているのは"永遠の富"だと言ったな?」

「あぁそうだとも! 私には富による輝かしい日々が待っている!」

「そうか。だが貴様を待っているのは輝かしい日々じゃない。貴様を待っているのは――」

 

 食屍鬼共が時機に神父の真横を通り過ぎ、私たちへ襲い掛かる数秒前。臆病な若者は「もうだめだ」と頭を抱えて、座り込んでしまうが、

 

「――豚小屋の冷たい廊下だ」

 

 十匹以上の食屍鬼共は、私たちではなく一斉に神父へと飛びかかった。

 

「なぜ、なぜだぁあ"ぁあ"ーーッ!?!」

 

 食屍鬼共は私たちに見向きすらもしない。神父の肉体をひたすらに切り裂き、噛み千切り、腹の底から断末魔を上げさせていた。 

 

「ど、どうして、俺たちを狙わないんだ?」

「知能を持たない食屍鬼は『人間を喰らう』ことしか考えていない。だからああやって向かってきた。だがもしその場に一人ではなく、三人の人間がいた場合……食屍鬼は順番に襲い掛かるかどうか」

「襲い掛かる、のか?」

「あぁ、一人ずつ襲い掛かる」

 

 食屍鬼は一度狙った人間をしつこく追いかけ回す。数人を同時に狙うという思考回路が備わっていないためだ。

 

「それは何を基準に……」

「"憎しみ"だ。人間が、人間に対して抱く憎しみ」

 

 人間としての理性は、食屍鬼となれば消えてしまう。だが唯一残される感情がある。それは"憎しみ。人が人を憎む心。

 

「吸血鬼は悪魔の意志を継いでいる。貴様との取引内容を破ることはない」

「うがぁあ"ぁッ、ならばッ、なぜ、なぜわだじがァ……ッ!?!」

「取引したのは"男爵"だけだろう。食屍鬼と取引はしたのか?」

「ぐっぞぉお"ぉッ!! あいづッ、うらぎりッ、やがッでぇえ"ぇえ"ぇ!!」

「貴様がどのような取引をしたかは知らん。だがもし貴様が孤児に愛される人間だったのなら……食屍鬼共は私たちを襲ってきただろう」

 

 知能を持たない食屍鬼共は、些細な憎しみでは優先順位を付けない。仮に優先順位を付けられたのであれば、その人間が相当憎まれていた証拠だ。

 

「はぎぃあッ、だ、だずげでッ……!! だずげでぐれぇえ"ぇえ"ぇッ!!」

「……拳ばかりを振りかざしてきた人間の手は掴めんな」

「ま、まっで、まっでぐれぇえ"ぇえ"ぇ!!」

 

 私は断末魔を上げている神父にそう吐き捨て、静かに背を向ける。

 

「助けないのか……?」

「あの数を相手にはできん。それに助ける義理もない」

「だ、だずげッ……!!」

 

 助けを求める神父。私は衣服の懐から孤児の髪の毛が包まれた布を雑に放り投げ、

 

「神父として最期ぐらいは──子供たちと遊んでやれ」

 

 背中で神父の断末魔を耳にしながら、再び血痕を辿ることにした。

 


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