ЯeinCarnation   作:酉鳥

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3:7『vs サラ・トレヴァー』

 空が雲一つないほど真っ青に染まり、日暈(にちうん)がより輝く晴天の日。面倒事を抱えた当日ほど空模様は良くなる。やはり"天気は空気が読めない"ようだ。

 

「今日はお互い良い勝負にしましょう」

「良い勝負か悪い勝負かなんてどうでもいい」

「……あっそ。だったら、あなたを全力で潰させてもらうわ」

「勝手にしろ」

 

 東西での別れ道で声をかけてきたサラ・トレヴァーにそう返答し、私は東側の入り口まで歩いて向かう。

 

「これが対人戦の武装だよ。"ルール"については再確認しなくても大丈夫かい?」

「あぁ、"どちらのルール"も理解しているからな」

「あはは……それなら良かった……」

 

 対人戦の舞台への入り口まで辿り着けば、アーサーに"模擬刀"とプラスチック球形弾が詰められた"銃"を渡される。

 

「……?」

「どうしたんだい?」

 

 模擬刀をアーサーから受け取り、腰に携えたとき、私は妙な重さに違和感を抱く。模擬刀にしては少し重すぎる。

 

(……気のせいか)

 

 私はアーサーに「気にするな」と言葉を返し、舞台への入り口の前に立つ。

 

「あんまり勝ち負けにこだわらないでね。アレクシアさんが無理をしない程度に頑張ってくれたらそれでいいから」

「私自身、勝ち負けなどにこだわるつもりはない」

「……そうだね。君はそういう生徒だったよ」

 

 遠くから「選手入場」という司会の声が聞こえ、私は対人戦の舞台までゆっくりと歩き出した。室内から屋外へと一歩踏み出せば、陽の光が急に差し込み、僅かに視界が白く染まる。

 

(思っていたよりも……貴族共の数は少ないな) 

 

 湧き上がる歓声は無く、こちらに向けられるのはただ淡々と傍観するような視線のみ。質の良い衣服を着ている者たちを貴族として数えるならば、人数は二十人ほど。

 

「両者、剣を抜き前へ出ろ」

 

 私とサラは命令通り鞘から模擬刀を抜き、お互いにある程度の距離まで近づいた。

 

(石の床に石の壁。手を抜かないと殺しかねん)

 

 実習訓練の対人戦のように範囲外を示すような仕切りはなかった。つまり相手から直接一本を取らなければ、終わりは訪れないだろう。

 

「これよりアレクシア・バートリとサラ・トレヴァーによる対人戦を行う」

(だがこの状況では……)

「両者、構え──」

 

 構えの合図を出された瞬間、私の向かいに立つサラ・トレヴァーは鞘に模擬刀を一度納めると、腰を低くし、上半身を前にのめり出し、

 

「──始めッ!!」

(手を抜くのは至難の業だろうな)

 

 私の数センチ先まで一瞬にして距離を詰めてきた。一気に決着を付けようとするサラの抜刀を、私は大きく後方へと飛び退きながらリボルバー銃を構え、プラスチックの球形弾を発砲する。

 

(流石にプラスチックの球形弾は当たらないか)

 

 サラは体勢を低くしたまま、機敏な動きで球形弾をすべて回避していく。やはり実弾を撃てない銃は、どこまでも"遊び道具"に過ぎない。

 

「それ、時間稼ぎのつもり!?」  

 

 私は模擬刀で斬りかかってくるサラから一定の距離を保ち、球形弾の補充から発砲の手順をひたすら踏み続ける。

 

「違う」

「ならどうして刀を使わないのよ!?」

「使えばすぐに決着がついてしまうだろう」

「……ッ!! 調子に乗るなッ!!」

 

 サラは私の返答を聞くと、目の色を変えてこちらへと距離を詰めてきた。先ほどよりも体外に纏う気迫が明らかに増しているようだ。

 

(この女も加減していたのか) 

 

 距離を詰めてくる途中、左脚から右脚を主軸に変えるのを視認した私は、右から横払いが来ると予測し、回避行動に移ろうとしたが、

 

(あぁそうだった。トレヴァー家は機動力の高さが取り柄だったか)

 

 右脚のみでその場に軽く跳躍すると、前方に回転をしながら、模擬刀を私へ振り下ろそうとする。トレヴァー家は運動能力と機動力の高さが取り柄。その血を継ぐ人間には、一般的な運動能力の常識は通じない。

 

「もう"十分"は経つ頃か」

「──!!」

 

 だが常識など()うの昔に捨ててきた。私は右手に握りしめていた模擬刀でサラの模擬刀を軽く受け止めると、

 

「一試合目はこれで終わりだ」

「きゃあッ?!!」

 

 鍔迫り合いをする模擬刀を弾き飛ばし、その場に尻餅をついたサラの目の前へ銃を突きつけた。

 

「止め! 勝者、アレクシア・バートリ!」

 

 私は鞘に模擬刀を納めながら、サラに突きつけていた銃を下ろす。

 

「何をしている? 私に勝つんじゃなかったのか?」

「くっ……」

「手加減しなくていい。早くこの茶番を終わらせてくれ」

 

 私はサラにそう吐き捨てると二試合目の準備をするために、所定の位置へと戻ることにした。

 

 

────────────

 

 

 アレクシアが一試合目を制する光景。それを会場の二階席で眺めている人物、四ノ戒のティア・トレヴァー。彼女は狐の面越しで静かに対人戦の成り行きを見守っていた。

 

「おい」

「カミル・ブレイン。私に何か用ですか?」

「どういうことだ? お前は"ロストベア"の"あいつら"のとこまで顔を出しに行ってるはずだろうが」

「その件はヘレンが先延ばしにしました」

「まさかだとは思うがお前……」

「いいえ、私が望んだわけではありません。ヘレンが『妹の対人戦を見に行ってやれ』と」 

 

 カミルが「勝手なことを」と額を押さえながら不機嫌な様子を見せる。ティアは彼を他所に、その場に立ち上がるサラ・トレヴァ―をじっと見つめていた。

 

「で、お前の妹は一本目を取られているわけか」

「……」

「ここから巻き返せるのか?」

「なぜ私にそれを?」

「お前の妹だろうが。勝算があるのかどうか、一番よく分かってんじゃねぇのか?」

 

 カミルがティアの隣に立ち、所定の位置へ移動するアレクシアとサラを眺める。

 

「サラに勝算はありません」

「……信じてやらねぇんだな」

「カミル、あなたにも分かるはずです。今のあの子とあいつでは、天地の差だということぐらい」

「さぁな、俺には計り切れねぇよ」

「ではなぜこの会場へ? このような八百長を見物するような性格でしたか?」

「お前は見物しに来ただろうが……俺はアイツを偵察しに来たんだよ」

  

 カミルの視線の先に映るのはアレクシア。ティアは「そうでしたか」と納得すると、二試合目が丁度のタイミングで開始する。

 

「俺からすりゃあ、アイツは今すぐにでも拘束されるべきだ。会ったときからどうも気に入らねぇ」

「"態度"がですか?」

「それも気に入らねぇが……」

 

 サラが何十回と斬りかかり、アレクシアが完膚なきまで回避する。その攻防を目にしたカミルは続けてこう話す。

 

「何か面倒なことが起きる度にアイツが現場にいる。孤児院の件も本試験の件も実習訓練の件もすべてだ。まるで疫病神みてぇだろ」

「……あなたはアレクシア・バートリという生徒が、これらすべてのきっかけを作っている主張したいのですか?」

「違う。俺が言いてぇのは──」

「止め! 勝者、アレクシア・バートリ!」

 

 カミルがそう言いかけた瞬間、二試合目の決着を告げる声が聞こえ、二人は舞台へと視線を戻す。ティアとカミルの視線の先では、サラの背後から銃を突きつけるアレクシアの姿が映った。

 

「おい貴様! こっちへ来い!」

「は、はい?」

「次は銃を禁止にさせるよう伝えて来い……!」

「え、えっと……なぜそのような伝達を……」

「見ていてつまらんだろうが! もっと激しいぶつかり合いが見たいんだ私たちは!」

 

 一方的な試合に飽きてきたのか、貴族の一人が側に立っていた使用人にそう命令すると、他の貴族も非難の声を上げる。

 

「貴族様もご不満みてぇだな」

「ですが良い提案です。これでアレクシア・バートリが模擬刀を使わざるを得ない。あなたは彼女の剣技が目的なんでしょう?」

「……俺は皇女に『確認してほしい』と命令されただけだ」

 

 二人の武装から銃が取り上げられる。サラは特に気にする様子はなかったが、アレクシアは露骨に嫌な顔を浮かべ、貴族たちの方を見上げていた。

 

「両者、構え──」

「後一本でも取られたら、お前の妹は負けちまうぞ」

「そうですね」

「応援しねぇのか?」

「応援しても勝てませんよ」

「──始めッ!!」

 

 三試合目が開始すれば、サラは変わらずアレクシアに斬りかかる。しかしアレクシアは模擬刀を手に持つだけで、一切振るわないままだ。

 

「アイツも相当気に食わねぇようだな」

「態度で反抗するつもりなのかもしれませんね」

 

 アレクシアは石の壁際に追い込まれると、斬りかかるサラの一太刀をしゃがんで回避し、反対側の石の壁まで走り抜ける。カミルとティアが怪訝そうにその様子を眺めていれば、アレクシアは何度もその行動を繰り返していく。

 

「アイツ、何をやってんだ? 俺たちへのアピールか?」

「いえ違います。こちらに何かを伝えようとしているのではないでしょうか?」

 

 壁際まで辿り着く度に、カミルとティアへ視線をチラッと送るアレクシア。その行動に意図があると気が付き、二人は様々な個所を観察する。

 

「カミル、まさかだとは思いますが……」

「あぁ、俺にも分かった」

 

 二人がその意図を汲み取ると、アレクシアは石の壁まで駆け抜けている最中に、剣を逆手持ちへと変える。

 

「カミル!」

「チッ、ふざけやがって……!!」

 

 ティアが声を上げれば、カミルは二階の観客席から飛び降りると、サラの元まで近づき、

 

「おい、その剣を貸せ……!!」

「え? ちょ、ちょっと!?」 

 

 模擬刀を右手で奪い取ると、逆手持ちへと切り替えた。その瞬間、アレクシアが振り向きざまに逆手持ちにした模擬刀で斬り上げ、

 

「「……」」

 

 カミルとアレクシアの模擬刀が火花を散らしながら衝突する。

 

「……何のつもりだてめぇ?」

「こうでもしないとお前たちは止めに来ない」

「てめぇは"待て"もできねぇのか」

 

 サラの目前で受け止められた模擬刀。その一太刀に込められていたのは、サラに対しての明らかな殺意。カミルはそれを察したことで、わざわざ止めに入ったのだ。

 

「お、おい! 貴様、邪魔をするんじゃない!!」

「そうだそうだ! 興冷めしちまうじゃないか!!」

「いいえ、興が冷めたのは私たちの方です」

 

 怒声を上げる貴族たちにティアはゆっくりと歩み寄ると、落ち着いた低い声でそう声を掛けた。

 

「な、何のつもりだ貴様!? 私に歯向かうつもりか!?」

「何のつもりだ……? それは私があなたたちに尋ねたいものです」

 

 ティアはカミルの方へ視線で合図を送ると、アレクシアの模擬刀を押し返し、石の壁に向かって全力で投擲する。 

 

「これは模擬刀じゃねぇ──"本物"の剣だ」

 

 模擬刀は石の壁へ刀身から綺麗に突き刺さり、カミルは貴族たちを見上げながら、静かに睨みつけた。

 

「ほ、本物……?」

「お前らは対人戦のつもりだったろうが……危うく本気で殺し合うところだったってことだ」

 

 今度はカミルが視線で合図を送れば、ティアは貴族たちへ詰め寄り、首を傾げた。 

 

「"なぜ"……真剣が混ざっているのですか?」

「し、知らん! 私たちは何もして──」

「言葉で誤魔化せると? 素直に白状しなければ、パーキンス家に尋問をさせるまでです」

「も、模擬刀の対人戦ごときで何が分かる?! お前たちは血汗を流して、吸血鬼と戦うことが役目だ!! この対人戦でもそれをしっかりと見せてもらう必要があるだろう!!?」

「しかし生徒は怪我をします。それは契約違反でもあり、許されざる行為です。関係者にはきっちりと処分を受けてもらいます」

「き、貴様! わ、私たちは貴族だぞ!? お前たちに出資してやってる立場だ!! 分かるか?! そんなことをしたら、貴様の首が飛んで──」

 

 そう反抗した途端、ティアの狐の面から鋭い視線が貴族たちへ向けられ、言葉を中断させてしまう。

 

「貴族? 出資? 以前までは通用した言葉ですが、残念なことに私へは通用しません。この一件はいずれ折り合いをつけて、責任を取ってもらいます」

「だ、だが──」

「"分かって……いますよね"?」

「ひ、ひぃいぃ!!?」

 

 主犯の貴族が椅子から転げ落ちると、ティアはカミルへ視線を送った。

 

「どうして模擬刀じゃないことが分かって……?」

「コイツが俺らに教えたんだよ」

「アレクシアが?」

「石の壁を見てみろ」

 

 カミルが顎で示した石の壁には、斬り傷がいくつかつけられていた。サラはそれらを目にすると何かに気が付き、反対側の石の壁へも視線を移す。

 

「まさか私を利用して……」

「あぁそういうことだ。アイツはお前の太刀を避けることで、この石の壁に跡を残し続けた。俺たちへ本物だと気が付かせるためにな。……てめぇはそれを狙っていたんだろ?」

「……」

 

 その問いにアレクシアは何も答えないまま。カミルはその場で舌打ちすると、アレクシアの目の前まで歩み寄る。

 

「てめぇ、本気でアイツを殺そうとしただろ?」

「どうだろうな」

「俺が止めに入らなかったらどうするつもりだった?」

「お前なら止めに入るだろう。私が逆手持ちに変えた時点でな」

「……やっぱりてめぇは気に入らねぇ」

 

 対人戦はこうして幕を閉じていく。試合結果は二本取っていた──アレクシアの勝利で終わりを迎えることになった。

 

 

 

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