あのロクでもない見世物が幕を閉じた次の日。私とキリサメは朝方に座学の時間が終わった後、『僕の元へ来るように』とアーサーから呼び出しを受けていた。
「私に何の用だ?」
「えっとね、これについてなんだけど……」
私たちは言われていた通り、アーサーの前へ顔を出す。するとアーサーはそう言いながらも、私とキリサメへ一枚ずつ用紙を手渡してきた。
「……"派遣任務"?」
「うん。前期の行事は実習訓練だったけど、後期の行事は派遣任務なんだ」
「派遣任務って……。俺たちからすれば突然すぎるんすけど……」
「大丈夫、あくまでも現場を体験してもらうのが目的だからね。現役でリンカーネーションに所属する先輩がすべて担ってくれる。君たちはその後を付いていけばいいだけだよ」
「あっ、そうなんすね! それなら俺でもできます!」
渡された用紙に記載されていた派遣任務の内容は『ドレイク家の調査』というもの。人員構成に関してもこう書かれていた。
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内容『ドレイク家の調査』
~主導員~
T機関:レイモンド・ワーナー
B機関:シビル・アストレア
~アカデミー生徒~
アレクシア・バートリ
クライド・パーキンス
セバス・アーヴィン
サラ・トレヴァー
キリサメ・カイト
アルフ・マクナイト
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そこに書かれているのは見覚えのある名前のみ。私は目を細めながら、何か仕組んだであろうアーサーの顔を見上げる。
「あ、あはは……そ、そんな怖い顔で見ないでほしいなぁ……」
「これはどういうことだ? お前は一体何をした?」
「そ、その、実習訓練の件もあるし、対人戦の件もあったからね。アレクシアさんはかなり振り回されてるし、比較的楽な派遣任務を僕が選んだつもりなんだけど……」
乾いた笑い声を上げるアーサーは弁解するように私へそう説明をした。
「楽だと?」
「『ドレイク家の調査』が任務の内容だけどね。実はドレイク家が関わる派遣任務って、食屍鬼とか吸血鬼が関わったことがないんだ。ほとんどは人間関係が問題で、派遣されても顔を出して……それでおしまいってことが多くてね」
「……生徒に名家ばかりが揃っているのは?」
「優秀な子が多いと、アレクシアさんがこなす雑用も少ないかなって……」
「あれ? じゃあどうして俺までこの派遣任務に選ばれて……?」
「キリサメくんはアレクシアさんと一緒にいることが多いから、親しい人がいると派遣任務もやりやすいかなと思っ──」
「余計なお世話だ」
私は貰った容姿を制服の懐にしまうとアーサーに背を向け、さっさと教室を出て行こうとする。
「シ、"シビルさん"は僕の知人だから、派遣任務で困ったことがあったら声を掛けるといいよ……! 後、もしも体調が優れないと思ったら派遣任務の件を取り下げることも──」
「先生、アレクシアもういないっす……」
「あはは、本当だね……」
キリサメが既に教室からアレクシアが立ち去ったことを伝えると、アーサーは溜息交じりに苦笑いを浮かべていた。
「先生は過保護すぎるんすよ! そんなに心配しなくても、アレクシアならどうにかしてくれますって!」
「……キリサメくん」
「はい?」
「僕は今回の派遣任務で、ロイくん、アリスさん、アビゲイルさんを一緒にしなかっただろう?」
「そういえばそうですね」
「それがどうしてか分かるかい?」
アーサーのそんな問いかけに対して、キリサメはしばらく考える素振りを見せたが、否定をするように首を振った。
「分かんないっす」
「……そうだよね。キリサメくんにはまだ分からないと思う」
「教えてくれないんですか?」
「うん、いずれ分かるときが来るからね」
何かを思い詰めるような表情を浮かべるアーサー。今のキリサメは、その言葉の真意を汲み取ることができなかった。
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時刻は二十二時を回り、
(……静かに本を読めるのはこの時間帯だけだ)
書庫へと足を踏み入れ、本棚と本棚の間を歩きながら目当ての本を探す。新しい文書も管理されているが、そのほとんどが数年以上も前のもの。目当ての本が見つからず、埃が被った本棚の前を私が歩いていると、
「二十一時以降は書庫を利用できないはずだが?」
「……いたのか」
向かい側の本と本の隙間から、セバス・アーヴィンがこちらを覗き込んできた。
「お前の方こそなぜここにいる?」
「また新たな知識を得るために、ここへ本を借りに来ただけだ」
「二十一時以降は利用できないはずだろう?」
「禁止といえども、この書庫は誰も管理していない。一人で静かに利用すれば、それが発覚することすらありえないのだよ」
セバスは淡々とそう述べながら、本棚から一冊の本を抜き取ると、ペラペラと中身を読み漁る。
「私がお前のことを告げ口したらどうする?」
「背負う罪はお互いに平等だ。お前も私が告げ口をするリスクを負うだろう。よってお前は……私のことを告げ口しないと結論付けさせてもらおう」
「よく分かっているじゃないか」
私は付近を歩き回り、背に書かれた題を一冊ずつ確認していく。領土、歴史、異文化。どれも私が求めているものではなかった。
「アレクシア・バートリ。お前は何を探している?」
「お前には関係のないことだ」
「これは善意ではない。単に足音が鬱陶しいのだよ。うろうろされたら、静かに本を読めないだろう」
「……アーネット家について記された本だ」
「なるほど、アーネット家について。その本であればお前の立っている場所から東の方角にあるはずだが」
セバスに言われた通り東の方角へと歩いていけば、寂れた本棚に一冊だけ置かれていた。背に書かれていたのは『神に愛されたアーネット家』という題。
「助かった」
「礼には及ばん」
私は読書をするために机や椅子などが並べられた空間まで移動し、木の椅子へ腰を下ろすと、机に頬杖を突きながら、本のページを捲った。
『吸血鬼がこの世界に生まれたばかりの時代。抵抗する術を持たない人類は、吸血鬼たちにより蹂躙されていた。その時代を変えた家系こそ──アーネット家である』
私はその一文を読んでから少しだけ瞼を閉じた後、次のページへと捲り、黙々と読み進めることにする。
『アーネット家は吸血鬼を葬る手法を生み出し、人々へ救済の手を差し伸べ、人類の為に戦うことを神に誓った。その第一人者がアーネット家の始祖──ノア・アーネットである』
(……ノア)
『神への誓いが届いたのか、アーネット家には不可思議な力が与えられた。岩石を叩き切れるほどの怪力。病や災いから身を守る鋼のような肉体。そうこれが……後に"加護"と呼ばれる力の起源』
("本物の転生者"に与えられる力。加護の起源はアーネット家で間違いはないが……問題はここからだ)
私が最も懸念を抱いている時代の流れ。その真偽を確かめるために、私は次のページへと視線を移した。
『加護により吸血鬼を葬ることは容易くなったが、吸血鬼は時代が過ぎていくごとにその個体数を増やし永遠と甦る』
(……)
『そこでアーネット家は自身の血筋を子孫繁栄という形で他の者に与え分け、レインズ家を始めとする名家を生み出し、先の時代へ継いでいく措置を取った。そこで生まれたものが、"リンカーネーション"と呼ばれる組織となる』
(……やはりな)
リンカーネーションの言葉がまるごと改竄され、『吸血鬼を粛正するための転生者』の呼び名だったものが『吸血鬼を粛正する組織』へと変わり果てていた。私は最初から最後まですべての文献に目を通すが、"転生者"に関する情報は一切載っていない。
(どういうことだ? 私が転生する間に何が起きた?)
私は自身の左脚へと手を触れる。転生者の証である紋章は確かに左脚へと刻まれていた。これが言葉を改竄されている証だ。
(……理解が及ばんな)
開いていた本をバタンッと勢いよく閉じ、席を立ち上がる。
「読むのが早いな」
「読む速さなど気にしたこともない」
「まさか最初と最後のページを一見しただけではないだろうな?」
「いいや、すべて目を通した」
「稀にこのような者がいる。本を読むとき、最後のページから目を通す者だ。私はそのような人間性が嫌いだ。結論だけを我が物にし、過程を辿ろうとしない」
「そうか。心底どうでもいい話だな」
私はアーネット家の本を寂れた本棚に戻し、偶然目に入った『悲劇の王女』という題の本を手に取る。
「アレクシア・バートリ。お前が他人に興味を示さない性格だと勘付いてはいたが……」
セバスは片手に持っていた本をパタンッと閉じると、私の側まで歩み寄りながら、こちらへ手を伸ばし、
「……我が身にも興味がないのかね」
前髪に付いていた埃を取り除き、片眼鏡を一度だけクイッと持ち上げた。私はセバスの顔を見上げ、ふと派遣任務の人員を思い出す。
「そういえば、お前の派遣任務も『ドレイク家の調査』だったか」
「間違いない。一週間後には"ドレイク領土"まで派遣される予定だが、本を何冊か読んでいるだけで片付けられるほど簡単な任務。お前も何冊かストックしておくといい」
「……この派遣任務が楽なものだと知っているのか?」
「知っているとも。ドレイク家は貴族としての階級は上位に位置するが、品位は底辺に等しい」
「品位はそこまで悪いのか」
「遠い過去にグローリアを"貴族制"の体制に変えた。だがしかし……奴隷にされた者たちや市民たちが"革命"を起こしたことで、その権力も衰退したのだよ」
セバスは過去の歴史を説明しながら、私が手に持っている本へ視線を向ける。
「その後、ドレイク家の人間はグローリアから追放され、自分たちの領土で大人しくしている。これらがドレイク家の品位を最低と結論付ける過程だが……」
「……何だ?」
「私には些か理解し難い本を選んでいるな」
「お前に理解されるつもりもない」
私はその本に付いた埃を手で払うとセバスから視線を外し、この男の真横を通り過ぎる。
「アレクシア・バートリ」
「何だ?」
「お前は過程と結論──どちらを重要視するかね?」
セバスからの質問に対し、私は書庫の扉を開きながら、
「下らん質問をするな」
そう一言だけ述べると、そのまま書庫を立ち去ることにした。