ЯeinCarnation   作:酉鳥

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3:9 Disappearance ◎ ─消失─

 

 あっという間に一週間が経過し、私たちは派遣任務の当日を迎える。私の隣で欠伸をしながら、伸びをしているキリサメ。アホ面を浮かべているこの男と、集合場所である正門前まで向かう。

 

「ふあぁ~……流石に五時起きはキツイな……」

「二度寝すればいい」

「あの、それは俺に付いてきてほしくないってことっすか?」

 

 楽な派遣任務とアーサーから聞かされ、気が緩み切っているキリサメに不機嫌な表情を浮かべながらも、集合場所へと顔を出してみれば、

 

「来たか」

「早い集合だな」

 

 セバス・アーヴィン、クライド・パーキンスは既に馬車の前で待機していた。

 

「おはよーだね、カイトくん」

「お、おっすクライド!」

「バートリさんもおはよー」

「お前は私に近寄るな」

 

 クライドがキリサメへ挨拶を交わせば、次に私の元まで近づいてきたため、すぐに一定の距離を取る。

 

「え? どうしてかな?」

「私は顔を見られるのが嫌いなんだ」

「うん、嘘はついてないみたいだね」

 

 こちらの顔をじっと見つめてくるクライドと私の間に、書庫で借りた『悲劇の王女』という本で仕切りを作る。

 

「クライド・パーキンスとは知り合いだったか」

「違うな。私からすればこの男はただの他人だ」

「なるほど。このクライド・パーキンスという生徒は、お前が嫌う人間性だと憶測を立てていたが……どうやら間違っていなかったようだな」

「分析する癖はお前もコイツと変わらん」

 

 セバスが片手に持った本を読みながら、私にそう自身の憶測を伝えてきた。キリサメは「まぁまぁ」と私とクライドの間に入り、仲介役を務めようとする。

 

「あら、お早いことで」

「サラ・トレヴァー。お前はまた遅刻寸前だ」

「遅刻してないからいいでしょ」

 

 次に集合場所へ顔を出したのはサラ・トレヴァー。対人戦の事前確認をするための集合時もギリギリだったが、この派遣任務に関しても遅刻寸前の時間。

 

「あっ、俺の名前はキリサメ・カイト。役に立てるか分かんないけど、派遣任務中はよろしくな」

「セバス・アーヴィンだ」

「私はサラ・トレヴァー。よろしくキリサメ」

「あっ、ちなみに僕はクライド・パーキンスだよ。気軽にクライドって呼んでくれても──」

 

 キリサメは律儀にセバスたちへ自己紹介を交わすと、セバスたちも軽い自己紹介を始めた。

 

「おー、ちゃんと集まってんなぁ……」

 

 そんな戯れをしている最中、見知らぬ男性と女性が一名ずつ私たちの前に姿を見せる。

 

「ほんとご苦労なこった。アカデミー後期の行事でこんな朝っぱらから起こされて、おまけにドレイク家の調査なんぞに──」

「誰だお前たちは?」

 

 ペラペラと喋る男性と辺りを見渡す女性へ真っ先にそう尋ねれば、数秒の間に渡り静寂が続く。

 

「お、おまっ……!?!」

 

 キョトンとしていたキリサメはすぐ我に返り、焦りながらも私の腕を強く引いた。サラたちは「正気か」という視線を私に向けてくる。

 

「あ、あぁー……この生徒が噂の……」

「アカデミー内の総合成績トップで、実習訓練にて原罪と接触した女子生徒。カミルさんから聞いていた通り。生意気な態度を早速取ってきたわね」

「俺もティアさんから聞いてたさ。『クソ生意気な生徒』がいるって。けどよ、どんな生活送ったら、初っ端からこんな舐めた口を利けんだよ?」

「ほんっっとすいません!! 俺が後でみっっちり注意しとくんでどうかお許しを……!!」

 

 平謝りするキリサメを隣で傍観しながら、私は二人の首元に十字架のネックレスが飾られていることに気が付く。

 

「そうか。お前たちが主導員の二人か」

「あぁそうだぜ。俺はT機関から派遣された"レイモンド・ワーナー"だ。よろしくなガキども」

「私はB機関から派遣された"シビル・アストレア"。あなたたち、今回はよろしく頼むわよ」

 

 シビルがそう挨拶をすれば、私以外が各々で軽くお辞儀をした。茶髪の前髪を上げているレイモンドという男は銅の十字架。肩に届くほどの銀髪を後頭部付近で一つ結びにする女性は銀の十字架を胸元に飾らせている。

 

「それじゃ、今回の派遣任務について説明するから全員馬車に乗りなさい」

「後一名、アルフ・マクナイトの姿が見えないと思われますが」

 

 馬車に乗り込むように指示をされると、セバスが手を挙げてアルフがまだ集合していないことを告げる。シビルはセバスに「問題ないわ」と返答し、

 

「彼なら既に馬車へ乗り込んでるから」

「……これは失礼」

 

 馬車の方へ視線を向ける。シビルの言う通り、いつの間にかアルフは馬車へと乗り込んでいた。あの男は私たちが集合するよりも前にいたのかもしれない。

 

「んじゃ、さっさと乗り込めよガキどもー!」

「おはよーアルフくん。朝は早いタイプなのかな?」

「チッ、うるせぇッ!! おれ様に話しかけてくんじゃねぇよ……!! 気色がわりぃ……!!」

「うん、嘘はついてないみたいだね。もしかして、僕の為に嘘をやめてくれたの?」

 

 十人は乗り込める大型の馬車。私はキリサメたちが乗り込むのを確認すると、最後尾で馬車へと乗り込んだ。クライドは馬車の右奥に座っているアルフに詰め寄り、セバスはサラと隣同士で左奥の席まで移動する。

 

「あっ……俺はこっちに座るわ」

「助かる」

 

 キリサメが気を利かせようとしたのか、クライドの隣に腰を下ろす。私は最後に空いたサラの隣に座った。

 

「おーい! 出発してくれー!」

 

 レイモンドが御者に出発するよう声を上げると、馬車はゆっくりと動き出す。軽い身のこなしで二人は乗り込むと、シビルは私の隣へ、レイモンドはキリサメの隣に腰を下ろした。

 

「今回の派遣任務について説明するわ。しっかりと聞いておきなさい」

 

 シビルは懐から任務の詳細が書かれた書類を取り出し、目を通しながら、私たちへこう説明をする。

 

「任務内容はドレイク家の調査。私たちは今からウェストロゴスを越えた先にある"ドレイク家の領土"まで向かうわ。任務の詳細は『ドレイク家の館で起きている"失踪事件"』の原因を突き止めること」

「失踪事件すか……?」

「何でも一晩にして来客やドレイク家の人間が館から消えるらしいぜ。総出で館の中や付近の森を隅々まで探しても、手がかり一つ見つからねぇとよ」

 

 レイモンドはマッチ箱を取り出すと、咥えていた葉巻へ火を付けた。シビルは次の書類へと目を通し、説明をこう続ける。

 

「ドレイク家は食屍鬼か吸血鬼の仕業だと主張しているの。最悪の場合、私たちは失踪事件に関わる食屍鬼か吸血鬼を始末する必要があるわ」

「だがまぁ、俺の予想じゃただの家出だな。ドレイク家から派遣要請を貰うのは"数ヶ月ぶり"。けど一年前もこういう派遣要請があって、どれも家出や駆け落ちが理由だったんだ」

(アーサーから聞いていた通りだな)

「ラッキーだなガキども。この派遣任務は大当たりだぜ? ドレイク家の館でテキトーに調査して、美味い酒と飯を食って、グースカピーすればそれで派遣任務は(しま)いだ」

「え? 私たちはドレイク家の館で泊まるんですか?」

 

 レイモンドの話からすれば、ドレイク家の館へ宿泊することになる。それに気が付いたサラは、シビルへ答えを求めるように視線を送った。

 

「安心しなさい。要請側は部屋やら食事をすべて準備してくれるわ」

「……楽な任務に銀の階級が派遣されるのか?」

「元々こいつはこの派遣任務に加わってなかったんだ。急にこの任務のメンバーに加えられてよ」

(……?)

「そういや俺も詳しい話を聞いてなかったな。何で銀の階級様がこんなとこに派遣されてんだ? なんか事情でもあんのか?」

 

 シビルはレイモンドにそう尋ねられると、しばらく口を閉ざした後、

 

「……私にも詳しいことは分からないわ。カミルさん曰く、皇女様からこの『ドレイク家の調査』に銀の階級を一人付けるよう命令されただとか」

 

 自身もその事情について詳しくは知らないと語った。

 

「ほぉー……まぁ俺からしちゃあガキどもの世話が省けてラッキーって感じだけどな!」

「レイモンド。そのサボり癖をT機関へ報告してもいいのよ?」

「おっと、冗談だ冗談! 上にバレたらまた説教食らっちまうし、勘弁してくれよシビル!」 

「ねぇねぇ、二人とも元々お知り合いなの? 急に組まされたにしては、他人行儀じゃないけど?」

 

 クライドが二人の顔を交互に見つめると、シビルはレイモンドとの関係を私たちに向けてこう説明した。

 

「私とレイモンドはウェストロゴス出身で、アカデミーに通ってた頃も同じBクラスだったのよ。まぁ旧友みたいなものね」

「同期みてぇなもんなのにコイツはB機関の銀の階級で、俺はT機関の銅の階級……。格差ってもんはこうも広がるもんかねぇ……」

「そういえば、アーサー先生が『シビルさんとは知人』って言ってたんですけど……」    

「あー……Dクラスは確かアーサーが担当していたんだったか?」

「ええ、アーサーから頼まれたわ。『僕の生徒を宜しくね』って」

 

 あの男はどこまで過保護なのか。私は脳内で容易にその姿を想像できてしまい、思わずため息をついた。するとレイモンドは悪い笑みを浮かべ、吸い終えた葉巻を指の間で挟み、

 

「シビル、まだアーサーのこと想ってんのか?」

 

 ニヤニヤしながらシビルへそう尋ねた。

 

「ちょっとレイモンド……!?」

「アーサー先生のことを想ってるって……?」

「こいつ、アカデミーの頃からアーサーに片想いしてたんだ。真面目な性格なんで、アーサーにアピールもできないまんま卒業しちまったけどな」

「作り話しないで! 任務に集中しなさい!」

 

 目を丸くして、頬を若干赤らめているシビル。作り話だと主張をしたところで、この女の反応が露骨すぎるため、信憑性が高くなるばかりだ。 

 

「"総合成績トップさん"とやらもまだ若いんだからよ。色沙汰の一つや二つぐらいしとけよな? シビルみたいに後悔しちまうぜ?」

「もう飽きた。興味もない」

「かぁー! 興味がないだとよ! 昔のお前みたいだなシビル!?」

「私はここまで淡白じゃないわよ……!」

「いてッ!?!」

 

 シビルがレイモンドの右脚の(すね)を蹴り飛ばす。

 

【挿絵表示】

 

 

「あなたは若い頃の皇女様に似ているわね」

「……似ているのか?」

「ええ、皇女様は総合成績トップ。座学と訓練はどの生徒よりも頭一つ抜けていたわ。私も頑張ったけど、皇女様にはまったく追い付けなかった」

「……」

「でも皇女様は他人に興味を示さなかったのよ。あなたみたいにね」

 

 私が首にぶら下げているアカデミー生徒の証。シビルは手を伸ばし、その"木製の十字架"に指先を触れさせる。

 

「今は慕われているけど、あの頃は孤立していたわ。アーネット家の血筋が故に距離を置かれていたのか、それとも皇女様自身が距離を取っていたのか……」

「"あの女"はその頃から強かったのか?」

「ふふっ……」

「何がおかしい?」

「あなたぐらいよ。皇女様を"あの女"呼ばわりするのは」

 

 微笑するシビル。私は変わらぬ真顔で無言を貫く。

 

「……強かったわ、人間とは思えない程に。実習訓練では『暇だから』という理由でアストラ付近の食屍鬼を殲滅。派遣任務では爵位の高い伯爵たちを『暇つぶしのため』という理由で葬って……何食わぬ顔で帰還した」

「……」 

「しかもあの歳で加護を与えられていたの。噂では前の代や今の代の十戒が全員で襲い掛かっても、まったく敵わないみたいよ」

(不死だからな)

 

 死なないのなら敵うはずもない。そんなことを考えていれば、今度はシビルが私の髪に手を触れる。

 

「……あなた、髪の手入れとかしてないでしょ?」

「それが?」

「あなたも女の子よ。色沙汰なんて後回しでもいいけど、もう少し自分自身のことを可愛がってあげなさい」

「余計なお世話だ」

 

 私はシビルの手から逃れるようにして顔を動かし、そう言葉を返した。

 

「はぁ……そろそろドレイク家の領土へ入るわよ」 

 

 ドレイク家の領土はその大半が森で占めているようで、馬車は整備された道を真っ直ぐ突き進んでいく。

 

「……?」

 

 どこからか感じる視線。位置は特定できないが、何者かに監視されている気がしてならない。

 

(……まだ見られているのか)

 

 何者かが後を追いかけてくるような音は聞こえない。聞こえてくるのは微風で揺らぐ木々の音のみ。しかしドレイク家の領土へ足を踏み入れた瞬間、四方八方から視線を浴びている。

 

(気のせいではないな)

 

 セバスは静かに本を読み、クライドはアルフをからかうように声をかけ、サラは外の景色を眺めている。

 

「ほぉー! お前の出身はサウスアガペーなのか!」

「はい! アカデミーに入る前は酒場で働いてて……!」

「あの酒場で働いてんのか! ガキのくせに根性あんだな!」

「え? 知ってるんですか?」

「おうよ! あの酒場の店主とは飲み仲間でな! 休暇を貰ったときはよくサウスアガペーに顔を出してんだ!」

「へぇー! そうだったんすか!」

 

 キリサメはレイモンドに気に入られたようで、和気藹々(わきあいあい)と会話をしていた。シビルは任務の再確認をしているのか、淡々と書類を読み進めている。私も書庫で借りてきた『悲劇の王女』という本を読むことにした。

 

『ヨハンナは皇帝の娘。長女のアメリー、次女のクラリス、そして三女のヨハンナ。三姉妹はいつも仲良く、両親も彼女らに愛情を精一杯に注いでいた』

(……三姉妹)

『そう、彼女らには王女として国を治めてもらわなければならなかったのだ。三姉妹も自覚しており、両親の期待に応えられるように精一杯尽くした』

 

 私は淡々と次のページへと捲る。

 

『しかし悲劇は起きた。そう、三姉妹の両親が亡くなるという悲劇だ。死因は不明。遺体は教会の神父により埋葬される。ヨハンナたちは一晩中悲しんだ』

(ここから悲劇が起きるのか……)

『だが悲しんでもいられない。すぐにでも国を治める人物が必要なのだ。ヨハンナたちは立ち上がり、意思を継いで奮闘することを決意した』

 

 私はある程度まで読み進めるとすぐさま本を閉じる。こちらに向けられた"何者か"の視線が気になって仕方がない。

 

「……視線を感じるんでしょ?」

「お前も気が付いていたのか」

 

 私が視線だけをあちらこちらへ動かしていれば、シビルが書類に目を通したまま、落ち着いた声でこちらへそう問いかけてくる。

 

「伊達に修羅場を潜ってきていないわ。銀の階級ならこれぐらいは感じ取れる」

「……食屍鬼や吸血鬼だと思うか?」

「食屍鬼や吸血鬼から漂う血や腐乱臭の臭いはしない。だから違うとは思うけど、視線の正体は私にも分からないわね」

「そうか。これはあくまでも私の感覚だが──」

 

 私はその場で俯き、静かに目を瞑ると、

 

「──まるで"この森に監視されている"ようだ」

 

 一言だけそう呟き、不審な行動を取らないよう大人しくすることにした。

 


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