グローリアを出発し三時間ほどで、前方に古びた洋館が見えてくる。中庭には派手な装飾が施された噴水が置かれ、色鮮やかな綺麗な花が咲き誇っていた。
「着いたわよ」
「おーいガキども! さっさと降りるぞ!」
私たちは馬車から降りると、レイモンドとシビルの後に続き、洋館の入り口まで歩いていく。洋館は木製の二階建て。洋館の裏側まで中庭の道が続いていることから、それなりに敷地も広いようだ。
「んじゃ、頼んだぞシビル」
「どうして私が呼び出すのよ?」
「俺はドレイク家の人間と喋るのはどうしても苦手なんだ」
シビルは渋々洋館の扉付近に設置された呼び鈴を鳴らす。すると扉がゆっくりと開き、その隙間から、
「……あの、どちら様でしょうか?」
十代前半の幼い顔つき。二つ結びにした水色髪。そんな少女が顔を覗かせてきた。黒と白の衣服が少しだけ見えたため、私はこの洋館の使用人だと理解する。
「ドレイク夫妻から『失踪事件』の件で要請を受けたリンカーネーションの者です。本日こちらへ伺う予定でしたが……」
「あ、はい。そちらの件についてですね。わざわざお越しいただきありがとうございます。どうぞ中へお入りください」
使用人の少女に誘われるまま、私たちは洋館の中へと足を踏み入れる。これだけ広い敷地や領土を所持しているだけあり、広間には勇ましい女神像や宝石で彩られたシャンデリアなどといった高価な装飾品に目移りした。
「ドレイク夫妻の部屋まで案内してもらえますか?」
「えっと、ご主人様にどういったご用件が……?」
「今晩は洋館を徘徊することが多くなると思いますので、挨拶交じりに少しお話をさせていただければと」
「……分かりました」
シビルが用件を伝えると使用人の少女は承諾し、私たちを東館まで案内を始める。
「こちらがドレイク夫妻の寝室です」
赤色のカーペットが敷かれた廊下を数分ほど歩くと、一際目立つ部屋の前で使用人の少女が足を止め、シビルを扉前へと促した。
「ドレイク夫妻、リンカーネーションの者です。『失踪事件』に関して要請を受け、夫妻の館まで伺いました。少しだけ対談のお時間を貰えないでしょうか?」
シビルは三度ノックし、扉の向こうにいるドレイク夫妻へ呼びかける。
「……ドレイク夫妻?」
扉の向こうから返事が無いまま、数秒ほどの沈黙が続く。シビルが奇妙に思い、扉のノブへ手を触れようすると、
「すまないが体調が悪くてな。後にしてくれないか」
「そうでしたか。それではここで少しお話を──」
「そこにいる"ウェンディ"に聞いてちょうだい。私たちは喋れる気分じゃないの」
ドレイク夫妻からそんな言葉が返ってきた。"ウェンディ"と呼ばれた使用人の少女は「かしこまりました」とドレイク夫妻へ返事をする。
「申し訳ありません。ドレイク夫妻は体調が優れないので、代わりに私が『失踪事件』に関する情報を提供します」
「……そちらの方がいいですね。ドレイク夫妻、お大事になさってください」
「それでは本館の応接間でお話しします」
ウェンディの後に続くシビルたち。私はドレイク夫妻の部屋の前で立ち止まり、じっとその扉を見つめていると、
「うん、どうしたの?」
クライドが背後から声を掛けてきた。私は本を顔の前に移動させ仕切りを作りながら、クライドへこう尋ねてみる。
「ドレイク夫妻は嘘をついていたか?」
「んー……」
嘘をついているかどうか。私からすればドレイク夫妻の喋り方に違和感があった。嘘を嫌うクライドならば、私と同様に何かを感じ取れたのではないかと考えたが、
「嘘はついてないかな?」
「……そうか」
嘘をついてないという答えが返ってきたため、ドレイク夫妻の部屋を立ち去り、シビルたちの後を付いていくことにする。
「こちらへどうぞ」
本館一階の応接間へ案内された私たちは、各々ソファーへ座らされた。ウェンディは「少々お待ちください」と一言述べ、応接間から出ていく。
「にしても……ドレイク家の館ってのは広いもんだな」
「あれだけの領土を所持しているのよ。これぐらい当然じゃない?」
「はぁ、さすがは貴族様だな」
数分ほど経つとウェンディが「お待たせしました」とキャスター付きのワゴンへ紅茶や洋菓子を乗せ、応接間へと姿を見せる。
「アールグレイティーか?」
「はい。"柑橘類"の"ベルガモット"を香りとして加えています。紅茶好きのご主人様のお気に入りです」
「……ベルガモット」
ウェンディは私に返答しながらも、応接間の机にティーカップや洋菓子を並べ終えると、ティースプーンをカップの手前に置き、自身も空いている席へと腰を下ろした。
「心遣い感謝します。早速ですが……『失踪事件』について情報を頂けますか?」
「はい」
シビルはおもてなしに感謝の言葉を述べ、ウェンディへと『失踪事件』についての話を伺う。
「まず自己紹介からですね。私はウェンディ・フローレンスと申します。ドレイク家の使用人として仕え、三年ほどになります」
「失礼ですが、ご年齢は?」
「今年で十三歳です。なので仕え始めたのは十歳になる頃でしょうか……」
(若すぎるな)
私はシビルとウェンディの話を聞きながら、ティーカップに手を付ける。そして顔の前まで運ぶとあることに気が付き、目を細めてしまった。
「……この紅茶、冷めているぞ」
「ん? おいおい、こりゃあ飲めたもんじゃないぜ!」
話を遮るようにウェンディへ視線を送ると、レイモンドもティーカップに手を触れ、大きな声で苦言を呈した。
「申し訳ありません。火種となる"薪"を丁度切らしていたので、ポッドを温めることができませんでした」
「んだよそりゃあ……?」
「なので夕食も温めたものはご用意できませんし、入浴の際もお湯が出るかどうか……」
「マジかよ!? なんでこうもタイミングが悪く──」
「二人とも、私たちは宿泊を目的としてこの洋館へ来たわけじゃないのよ。おもてなしをしてもらえるだけでもありがたく思いなさい」
シビルは私とレイモンドへ一喝すると「失礼しました」とウェンディへ謝罪の言葉を述べる。
「いえ、お気になさらないでください。神の遣い様を招き入れる支度ができず、私たちも不甲斐ない限りですから……」
「……お気遣い感謝します。それではお話を伺っても良いでしょうか?」
ウェンディは自分たちにも非があると主張し、シビルに対して『失踪事件』に関する情報を話し始める。
「この館で『失踪事件』が起きたのは数ヶ月ほど前のことです。来客として訪れたドレイク夫妻のご友人が、突如として館から消えてしまいました」
「消えた、というのは事前に聞いています。どういった経緯で消えたのか教えて頂けますか?」
「……分かりません。本当に突然だったんです。一晩過ぎた次の日にはもう、姿が見えなくなって」
「捜索の方は?」
「私たち使用人だけでなく、ドレイク家の皆様も総出で三日三晩捜索しました。ですが、持ち物一つ見つからないままで……」
俯きながらぼそぼそと語るウェンディ。私は部屋を見渡しながら、手に持っていたティーカップを机に戻す。
(見られている。この洋館へ足を踏み入れてから、視線も更に増えた。どこで誰が見ている?)
馬車に乗っていた時よりも、身近に感じる視線の量が増えていた。その視線には『獲物を狙う』かのような気色の悪いものが含まれている。
「その日から頻繁に失踪事件が起きるようになりました。来客としてこの館に訪れた方々だけでなく、私たち使用人やドレイク家の皆様まで、次々と姿を暗まして……」
「頻繁に起きるようになってからの手がかりなどは?」
「それが全くなんです。私と同室だった使用人も、音もなく姿を消しました。見張りも何度か試しましたが、気が付かぬうちに消えてしまうんです」
「……事情は分かりました。一度私たちでこの館全体を調査してみてもいいでしょうか?」
「はい。ご主人様の部屋以外であれば、一階、二階、中庭……どこを歩き回っても構いません。ただ十八時以降の時間帯は外に通じる扉は閉鎖します。三十分前には鐘が鳴るので、それまでには館の中に入って頂けると……」
「分かりました」
シビルはそれを了承するとソファーから立ち上がり、私たちへ一望するように視線を移した。
「今からドレイク家の館を調査する。二人一組で行動してもらうわね」
「じゃあ、僕はアルフくんと一緒に行動するね」
「おいおめぇ、勝手に決めんじゃ──」
「では私はサラ・トレヴァーと行動する」
「私もそれでいいわよ」
「んで、残ったのは俺とアレクシアだな」
クライドがアルフと組み、セバスはサラと組む。そして残された私とキリサメは、半ば強制的に組まされた。
「私はレイモンドと本館を調査するから……クライド・パーキンスとアルフ・マクナイトは東館を、セバス・アーヴィンとサラ・トレヴァーは中庭。そしてアレクシア・バートリとキリサメ・カイトは西館を担当するように」
「んじゃ、鐘が鳴ったら広間まで集まるんだぞガキどもー?」
各々レイモンドの言葉に了承すると、応接間から次々と出ていく。私は要求するものがあったため、シビルたちに声を掛けることにした。
「私たちの武装はどこだ?」
武装。ルクスαやディスラプター零式といった食屍鬼や吸血鬼と戦うための必需品だが、その武装を整えているのはレイモンドとシビルのみだった。
「あくまでも"調査"だぜ? アカデミーの生徒にはいらねぇもんだ」
「不用心すぎるだろう」
「大丈夫よ。この館は日光が差し込む窓が多いわ。食屍鬼や吸血鬼は容易に姿を見せられない」
二人は私へそう伝えると、応接間から足早に出て行ってしまう。残されたのは私とキリサメとウェンディだけ。
「チッ……」
「アレクシア、俺たちも行こうぜ」
舌打ちをしているとキリサメが声を掛けてくる。私は手に持っていた本を持ち直し、ウェンディへと視線を向けた。
「お前は何をするんだ?」
「私は皆様の夕食のご用意を……」
「まだ数時間以上もあるだろう。こんなに早く準備をするのか?」
「使用人は、私一人なので……」
「一人だと?」
「ご主人様の命令で、"一ヶ月以上も前"にドレイク家の皆様や使用人は別の館へ避難させられました。この館に住んでいるのは、私とドレイク夫妻だけで──あっ!!」
ティーカップと洋菓子を片付けているウェンディ。私は冷たい眼差しを向けながら、ウェンディが手に持っていたティーカップを奪い取る。
「使用人として三年も務めているのに、ティースプーンを手前に置くのか?」
「は、はい?」
「ティースプーンはカップの奥に上向きで置くのがマナーだ。紅茶好きのドレイク夫妻とやらによく注意を受けなかったな」
「も、申し訳ありません……」
「おいアレクシア! まだ幼いんだから、間違えることぐらいあるだろ!?」
私がウェンディの顔を覗き込めば、キリサメがこちらの右肩を掴み、無理やりウェンディから引き離した。
「ほら、さっさと行こうぜ。俺たちは西館を調査するんだろ?」
「……あぁ」
キリサメに連れられるまま、私は応接間を後にする。広間を歩きながら、視線だけ僅かに応接間の扉へ向け、
(何者かの視線に──"殺意"が込められたな)
ウェンディに詰め寄った瞬間、監視する視線に"殺意"が込められた。その意味に疑問を覚えながらも、私はキリサメと共に西館へと向かうことにした。