ЯeinCarnation   作:酉鳥

77 / 287
3:14 Parasitic Plants ─寄生植物─

 緑色の食屍鬼らしきナニカは、書斎室の壁へと張り付くと、私の周囲をぐるぐると高速で這いずり回る。私はナイフを構えながら、まずは相手の情報を外見で憶測することにした。

 

「クカ、カカッ、カカカッ──」

(緑色の食屍鬼など今まで遭遇したことがない。つまりコイツはこの時代に産まれた"新種"だが……)

 

 天井から飛び降りながら、こちらへ掴みかかろうとする緑の食屍鬼。私はその頭部にナイフを深々と突き刺すと、地面へと叩き落とし、首元を右足で押さえつける。

 

「クカカカカッ!!」

(……眼球がないだと? ならばこいつはどうやって私の居場所を察知している?)

 

 緑の食屍鬼の目玉はほじくり返され、そこには真っ黒な穴が続くだけ。肌はざらざらとし、鳴き声から感情は汲み取れない。やはり私の知る食屍鬼とは異なるものだった。

 

「クカッ、クカカカッ、クガッ!!」

「……!」

 

 私が観察していれば、首の関節があり得ない方向へと曲り、蛇のように首が伸びると、私の右脚へ頭部が噛みつこうとする。

 

「クゲッ──」

 

 私はその場で飛び上がり、伸びてきた頭部を両足で挟み込むと、身体を一度大きく回転させながら首の皮ごと捻じり切った。

 

「クカ、クカカッ!!」

「邪魔だ」

「クゲゲッ──」

 

 転がる頭部からナイフを引き抜き、窓際まで蹴り飛ばす。緑の食屍鬼の頭部は書斎室の机に衝突し、面影がないほどまで後頭部がへこんでしまっていた。

 

(どちらにせよ、杭が無ければ食屍鬼は殺せんが……)

 

 視界の隅に映ったのは一本の銅の杭。レイモンドが混乱していたときに落としたもの。私はそれを拾い上げると、切り離された肉体まで近づき、

 

「貴様は運が悪かったな」

「クゲッ、クカカカッ──」

 

 緑色の食屍鬼の心臓部分に銅の杭を深々と突き刺した。すると奇妙な鳴き声を上げながら、徐々に大人しくなっていく。

 

(……部屋に戻るべきか)

 

 私は靴底で銅の杭をもう一度だけ押し込み、書斎室の床まで貫通させる。奇妙な食屍鬼だったと疑念を抱きながら、視線を逸らした瞬間、

 

「クカカカッ!!!」

「……!」

 

 トドメを刺したはずの肉体が私の右脚を両腕で掴み、その怪力で強引に握りつぶそうとする。

 

「なぜ生きている?」

 

 私はナイフで両腕の手首を斬り落とし、すぐさま距離を取る。食屍鬼とは比べ物にならないほどの怪力。おかげで右脚の脹脛の筋肉が痙攣を起こしていた。

 

「クカッ、クカカカカッ──」

 

 切断された頭部はゴロゴロと床を転がりながら、肉体へと近づき、切断された個所同士であっという間に接着をする。

 

「クカカカカッ!!」

(男爵か子爵ほどの怪力に再生能力。やはりコイツは食屍鬼とは思えん)

 

 再生すればすぐに襲い掛かってくる。今度は這いずり回ることなく、真正面から堂々とだ。

 

(食屍鬼と素早さは変わらんが……)

 

 私は頭部をナイフで縦と横で一度ずつ斬り裂き、半身で飛びかかりを回避したのだが、

 

「クシャッ──」

「……ッ」

 

 緑の食屍鬼の全身から"触手"のようなものが伸び、私を包み込むようにして四肢と胴体を拘束した。

 

「クカカカッ!!」

「これは、植物の"(つる)"か?」

 

 よく見てみれば、触手ではなく"植物の蔓"。私は引き千切ろうと試みるが、まったく千切れない。蔦一本一本が吸血鬼並の怪力を持ち、まるで数十匹の吸血鬼に押さえ込まれているかのようだった。

 

「クカッ、クカカカッ!!!」

「……!」

 

 緑のコイツは私の両肩を怪力で掴めば、自身の頭部をパックリと四つに割った。見た目はまるで花弁だが、鋭い牙が生え、涎らしきものが付着している。これは獲物を捕食する者の口だ。 

 

「カッ、クカカカッ!!!」

「チッ……」

 

 コイツは私の胸元までその口を近づけてくる。一度噛まれれば、突き放すこともできず、延々と貪られ続けるだろう。私は打開策が見つからず、その場で舌打ちをすると、

 

(──使うしかないか)

「クギャギャギャッ!!?」

 

 やむを得ず血涙の力で自身に獄炎を纏わせ、コイツ諸共炎上させながら強引に蔓を焼き切った。ソイツは炎上すると、仰向けに倒れ、床で苦しみ悶えながら転がり始める。

 

(……植物の蔓と、あの花弁のような口。そして肉体の関節を無視した攻撃。間違いないコイツは──)

「クギャッ、クギャアァアァッ!!!」

(──"寄生型"の食屍鬼だ)

 

 やっと苦しみに近い悲鳴を上げ、真っ黒に焼き焦げた死体が転がった。私は血涙の獄炎を解除し、焼死体を遠目で眺め、

 

(これは、面倒なことになるな)

 

 落ちていた本と手帳を拾い上げ、書斎室を飛び出す。私ですら振り解けない拘束。食屍鬼だと舐めてかかった人間がアレに一度捕まれば、確実に喰われるだろう。 

 

「待ってレイモンド!!」

「……?」

 

 大広間の階段から一階へ駆け下りようとしたとき、西館の方角からシビルの声が聞こえてきた。

 

「クソォッ!! こんなのやってられるかよぉ!!」

 

 すると右肩を押さえたレイモンドが、外へ通じる両開きの扉の前まで駆け寄り、ガチャガチャと扉を乱暴に揺らす。押さえていた右肩は痛々しく抉られ、出血をしていた。

 

「少しは落ち着きなさい!! まずは治療しないと──」

「うるせぇ!! こんな館にいたら、殺されちまうだろうがぁッ!!」

「どういうこと!? 何があったのかちゃんと説明を──」

「クソ!! クソォッ!! なんで、なんで開かねぇんだよぉ!?!」

 

 シビルが落ち着かせようと(なだ)めるが、レイモンドは話を聞こうとせず、何度も何度もガチャガチャと扉を激しく揺らしていた。

 

「開けろぉ!! 開けやがれぇえぇッ!!」

「何があった?」

「あなた、今までどこに……」

「クソォ!! こうなったらぁ……!!」

 

 私は階段を駆け下り、シビルに声を掛ける。するとそんな私たちを他所に、レイモンドはルクスαを鞘から抜くと、両扉を斜めで真っ二つに斬り裂き、

 

「な、なんだよこれ……?」

 

 そこに広がっていた光景に目を丸くした。

 

「これは、どういうことかしら」

「……"蔓"だと?」

 

 扉の先にはびっしりと"太い蔓(つる)"が生えていた。しかも生きていることを知らしめるように脈をドクンドクンと打っている。

 

「ク、クソォ!! 邪魔なんだよぉ!!」

 

 (つる)が邪魔で外へは出られない。レイモンドは不気味に思いながらも、蔓を両扉のように斬り裂こうと、ルクスαを振り上げる。

 

「待て、そいつを斬っ──」

 

 私は嫌な予感がし、斬ることを静止しようとした。だがレイモンドの剣は止まることなく、太い蔓に斬り込みを入れ、

 

「うぎゃぁあぁああッ!?!」

 

 太い蔓の汁が周囲に飛び散り、その何滴がレイモンドの顔に降りかかった。私とシビルはすぐに距離を取る。

 

「あぁあぁッ!! お、俺の、俺の顔がぁあぁあッ!!」

 

 レイモンドの顔がみるみるうちに溶けていく。肌が溶け切り、筋肉が見え、骨まで到達する。

 

「レイモンド!」 

「待て、アイツに近寄るな」

「でも……!」

「強力な"酸"だ。お前も溶けるぞ」

 

 太い蔓の汁は、石の床すらも溶けるほど強力な酸効果を持っていた。レイモンドの顔に降りかかった汁は、ついには顎と顔を繋ぎとめる頬を溶かし尽くし、顎の肉塊がボトッと床に落ちる。

 

「あがッ……シ、シビ……ル……だすけ……ッ」

「ッ……!!」

「どうせ助からん。今のお前があの男にしてやれること……それは分かるだろう?」

「分かって、いるわよ」

 

 レイモンドはうつ伏せに倒れ込み、助けを求めた。シビルは歯軋りの音を立てると、ディスラプター零式を構え、

 

「ごめんなさい、レイモンド」

 

 レイモンドの額に向けて発砲し、自らの手でトドメを刺す。助からない者への情け。それは痛みによる苦しみからの解放だ。

 

「……部屋に戻るぞ」

「……」

「おい、聞いているのか?」

「……ええ、聞いているわよ」

「ここに長居はできん。銃声も立てた以上、ここにいると──」

「クカカカッ」

 

 あの奇妙な鳴き声。私は周囲を見渡しながら、レイモンドのルクスαとディスラプター零式、そして"銅の杭のホルスター"と"とある遺品"を拾う。

 

(もう再生しているのか)

 

 太い蔓への斬り込みは残っていない。数秒の内に再生をしたようだ。

 

「クカカッ、クカカカカカッ!!!」

「この声、一体何が……」

(……数が多すぎる)

 

 二階に数匹、一階にも数匹あの寄生型がいる。この暗さでは人間のシビルの目には見えない。私は武装を身に付けると、シビルの背中を西館の方角へ軽く押した。

 

「西館まで退くぞ」

「あなたには何が見えて……?」

「黙れ。死にたくないのなら西館まで全力で走れ」

 

 シビルは静かに頷くと、その場から西館のキリサメたちがいる客室まで駆け出す。私もその後に続いて、後方を確認しながら西館まで走り出した。

 

「カカカカカッ!!!」

「ねぇ、アレはなに!? 食屍鬼なの!?」

「喋るな。走れ」

 

 四足歩行で壁や天井を這いずる寄生型の食屍鬼。このままではキリサメたちの部屋まで連れて行くことになる。

 

「ちょっと!! 何をするつもり!?」

「だから喋るなと──」

 

 私は少しだけ走る速度を落とし、アピールするように天井を這いずって追いかけてくる一匹に隙を見せ、

 

「カカカッ!!」

「──言わなかったか?」

 

 こちらへと飛びかからせた。そして相手の手が私へ触れる寸前、ルクスαをその顔に突き刺し、レイモンドの遺品として拾得したマッチに火を点け、

 

「失せろ」

「クガガガッ!!?」

 

 口の中へ放り込み、瞬く間に炎上させる。私は炎上している寄生型から剣を引き抜くと、回し蹴りで吹き飛ばし、後続にいた寄生型へとぶつけた。

 

「クカカカカッ!!」

「カカカッ!!」

(やはり"火"が弱点か)

 

 廊下に燃え盛る仲間が転がると、数匹の寄生型はその場に足を止めてしまう。私はシビルの後を追い、何とかキリサメの部屋へと駆け込んだ。

 

「どうしたのよ? そんなに焦って?」

「扉を塞げ」

「塞ぐ? それはどういうことかね? 数分前、銃声が聞こえもしたが……」

「いいから早く塞ぐの! ベッドでも本棚でもいいから運んで!!」

 

 シビルの気迫に押されたサラたちは理解が及ばない状況でも、言われた通りベッドやら本棚を扉の前まで運ぶ。

 

「……それで、一体何が起きたのだね?」

「面倒なことになった」

「面倒なこと? 何があったのよ?」

「これを読めば分かる」

 

 私は扉の近くで背を付け、手に持っていたルクスαを鞘に納める。サラは怪訝そうにこちらへ視線を向け、説明を求めてきた。私は書斎室で拾った茶色の手帳を投げ渡す。

 

「……これは」

 

 手帳に書かれた日記を私以外の全員が黙読をし、事の重大さをやっとのことで理解する。

 

「ここに書かれた化け物っていうのが、さっきの奴らのことね?」

「あぁそうだ。私が書斎室でその手帳を見つけたときに初めて襲われた」

「その化け物とは、一体どのような姿をしているのだね?」

「見た目は緑の食屍鬼。だがヤツらの心臓に杭を突き刺しても死なん」

「……死なないとは?」

「ヤツらは植物に寄生された"寄生型の食屍鬼"だ。肉体から触手のように蔓を出し、獲物を拘束し、花弁のような頭部で人間を喰らう。その力も吸血鬼並の怪力だ。そんな連中が館を徘徊している」

「寄生型……」

 

 私が寄生型の食屍鬼について説明をすると、キリサメが何か思ったことがあるようで、険しい表情を浮かべていた。

 

「あれれ? アストレアさんが追いかけたワーナーさんはどこにいるの?」

「あの男は死んだ」

「は?」

 

 しかし私がレイモンドの死を告げた途端、キリサメの表情が呆気にとられたものへと変わる。

 

「レイモンドさんが死んだ? そんな、嘘だろ……?」

「ううん、バートリさんは嘘をついてないよ」 

「クライド、少し黙ってなさい」

 

 空気の読めないクライドをサラが黙らせ、シビルはキリサメの側まで歩み寄り、左肩に手を置いた。

 

「ごめんなさい。私が、止められなかったから……」

「……」

「銃声はあの男を楽にさせるためにその女が発砲した」

「……」

 

 返事もできないキリサメ。静まり返る客室で、クライドが何かを思い出したように「あっ」と声を上げる。

 

「みんな揃ったみたいだし、僕から東館について報告するね」

「あなた、こんな状況で今更そんな報告──」

「えっと、ドレイク夫妻は"死んでた"よ」

「──え?」

 

 その場にいる者たちの表情が固まる。クライドは特に気にする様子も無く、東館を調査していた時のことをこう話した。

 

『うーん、出てこないなぁ』

 

 ドレイク夫妻が部屋から出てくるところを狙い、声を掛けようとひたすらに廊下の角で待っていたクライド。しかし一向に姿を見せなかったらしい。

 

『もしもーし、ドレイク夫妻ー?』

 

 その結果、クライドは痺れを切らし扉を何度もノックしたが、

 

『すまないが体調が悪くてな。後にしてくれないか』

『うん、知ってるよ。でもお話しが聞きたいんだ』

『そこにいる"ウェンディ"に聞いてちょうだい。私たちは喋れる気分じゃないの』

『うん? フローレンスさんは近くにいないよ?』

 

 二言ほどの返答以外に何も答えてくれなかったと。クライドは諦めずにもう一度ノックをし、話を聞こうとした。

 

『もしもーし、ドレイク夫妻ー?』

『すまないが体調が悪くてな。後にしてくれないか』

『うん、さっき聞いたよ。でもお話しが聞きたいんだ』

『そこにいる"ウェンディ"に聞いてちょうだい。私たちは喋れる気分じゃないの』

『うん、ここにはいないんだけど?』

 

 それ以降の返答は無し。これには流石のクライドもそこで何かがおかしいと感じたらしい。

 

『失礼するよー』

 

 そして躊躇もなくドレイク夫妻の部屋の中に入った。

 

『こんにちは、ドレイク夫妻。僕はクライド・パーキンス。気軽にクライドって呼んでくれていいよ』

『……』

『あれ? ドレイク夫妻、頭にお花が咲いてるよ?』

『……』

『もしもーし? ドレイク夫妻ー?』 

 

 頭に綺麗な花が生えたドレイク夫妻が椅子に座っていた。クライドは何かの冗談かと近くまで歩み寄り、

 

『あれ? 死んでる?』

 

 "腐乱死体"が座らされていたことに気が付いたらしい。

 

「うん、まさかドレイク夫妻が死んでるとはね。僕も驚いちゃったよ」

 

 呑気に東館での出来事を語るクライド。これにはサラも堪え切れず、クライドの胸倉を思わず両手で掴み上げる。 

 

「あんた、何でそれを先に言わないのよ!?」

「だって順番に報告って言ったでしょ? 西館と本館で次はやっと僕の番だって思ったら、バートリさんがお花摘みに行っちゃうし……」

「……真の問題児はアレクシア・バートリではなく、このクライド・パーキンスという生徒だと、今の過程で結論付けた」

「あ、どうもありがとうー」

 

 呆れ果てたセバスに頬をピクつかせるサラ。シビルは空気を変えようと何度か手を叩き、全員の視線を注目させる。

 

「今はこれからのことを考えるべきよ。この館から脱出するか、それともこの部屋で助けが来るまで待つか。どちらの方針にするかを決めましょう」

「……どちらも不可能だな」

「どうしてそう言い切れるのよ?」

 

 私はシビルへそう断言すると、ルクスαを握りしめて白い客室の壁を斬り裂いた。

 

「これが答えだ」

「……何だこれ?」

 

 壁の向こうには太い蔓が敷き詰められ、一定のリズムで脈を打つ。それを見たキリサメは目を疑っていた。私は次に床へ剣を突き刺し、その板を剥がす。

 

「まさか……」

「そのまさかだ。この館自体が既に寄生されている。失踪事件の根源であるこの"植物"によってな。どうりでどこにいても視線を感じたわけだ」

 

 シビルが思わず息を呑む。ドレイク家の領土に足を踏み入れてから、延々と感じていた視線。その正体はこの"植物"。壁や床にまで寄生していたのなら、この館のどこにいようが監視から逃れることはできない。

 

「外へ通じる窓も扉も……すべてこの蔓に封じられている」

 

 窓のカーテンを開けば、案の定外へ出られないよう太い蔓に覆われていた。

 

「厄介なことにコイツの汁は強力な酸の効果がある。更に何度斬り裂いても高速で再生する。下手に強行突破はできん」

「……ここで待機はできないのかね?」

「もし仮にだが、この植物から寄生型の食屍鬼が這い出てきたらどうする? 他の部屋へ避難をするか? ……無理だな、この植物に囲われた館だ。どこにいても必ず襲われるだろう」

「じゃあどうするのよ? あなたには何か考えがあるの? アレクシア・バートリ」 

 

 シビルが私へ他の方針を出すように促す。私は「あぁ」と返事をし、ルクスαを鞘へと納めると、

 

「殺すしかない──この館のどこかに潜む"黒幕"をな」

 

 シビルたちへ静かにそう告げた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。