ЯeinCarnation   作:酉鳥

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0:6 Baron ◎ ─男爵─

 血痕を頼りに歩き続けると、辿り着いたのは教会の礼拝堂。私たち孤児が毎日祈りを捧げるように強要されていた場所だ。

 

「ここで途切れているな」

「……あのさ、この血痕って本当に男爵のもんなのか?」

「あぁ」

「一体何を根拠に男爵(バロン)だって言い切れ――」

「誰だオマエたちハ?」

 

 臆病な若者の声を遮るようにして、何者かの声が礼拝堂で響き渡る。私は「やはりか」と天井を見上げた。

 

「……勘はよく当たる方だ」

 

 天井に靴底を付け、逆さまに立っている男。私たちを見下ろしながら、その鋭い牙を剥き出しにしていた。

 

「貴様が男爵(バロン)か」

「おぉ、よく分かったナ"小娘"。オレが男爵(バロン)だってことガ」

「上手く言葉を喋れない。つまり貴様はまだ新参の男爵だな」

「なンだト? オレがシンザン?」

 

 黒を基調とする衣服に、フードの付いた革のジャケット。男爵は青白い肌をちらつかせながら、私たちの前に飛び降りてくる。

 

「孤児を食屍鬼にしたのは貴様か」

「その通りダ。オレがガキを噛んでやっタ。復讐でもしに来たのカ?」

「違うな、復讐じゃない。貴様を始末しに来ただけだ」

「無知な小娘ダ。オマエがオレを殺せるはずないだロ」

「無知なのは――」

 

 私は黒の剣を右手に、石の杭を左手に引き抜くと、男爵の目前まで一瞬で詰め寄り、

 

「――貴様の方だ」   

「……!!」

 

 石の杭を男爵の胸に深々と突き刺した。

 

「なるほど」

 

 しかし手ごたえをまるで感じない。私はすぐさま飛び退いて、男爵の胸に突き刺さった石の杭を遠目で眺めてみる。

 

「危なかっタ。お前が小娘だと気を抜いていタ」

(……石の杭、今の私には力不足か)

 

 杭は心臓まで届いていない。食屍鬼とは違い、吸血鬼の肉体は強固に作られている。石程度の硬さでは心臓まで届かないようだ。

 

「残念だったナ。石の杭で、オレは殺せなイ」

「杭が刺さんないのか!? あんなやつ、どうやって殺せば――」

「臆病者」

「な、なんだよ?」

「お前は邪魔だ。この礼拝堂にある地下牢へ行け」

 

 男爵相手に武装が不十分な状態。一筋縄ではいかないと踏んだ私は、邪魔な臆病者を地下牢へと向かうよう命令する。

 

「んなこと言われても……!」

「つべこべ言わずに行け。無力なお前には何もできん」

「チッ、はいはい分かりましたよ!」

 

 臆病者は舌打ちをしながら、地下牢へ続く階段を駆け下りていく。私は足音が遠のくのを耳にすると、 

 

「男爵。貴様を殺す前に一つ尋ねようか」

「いいゾ。お前が殺される前に聞いてやル」

公爵(デューク)はどこにいる?」

 

 親玉である公爵(デューク)の居場所を聞き出すことにした。吸血鬼共の情報が手に入る機会を逃すわけにはいかない。

 

「キキッ……あのお方の居場所が知りたいのカ?」

「聞いているのは私だ。質問を質問で返すなと習わなかったのか」

 

 男爵は胸元に突き刺さっている石の杭を引き抜き、片手で真っ二つに折ると、私の足元に軽く投げ飛ばす。

 

「死人に答える必要はなイ」

「そうか」

 

 私は男爵との会話が無益だと理解し、黒色の剣を構える。男爵は微笑すると、壁や天井やらに飛びつきながら高速で移動を始めた。

 

(……私の死角に入ろうとしない。やはり男爵の知能も食屍鬼とあまり変わらないのか)

 

 天井からこちらに向かって急降下する男爵を、私は飛び退いて回避する。

 

「まだだゾ」

 

 男爵は追撃をするため、吸血鬼特有の凄まじい脚力で私に迫りくるが、

 

「単純だな」 

「なニッ……!?」 

 

 上体を逸らすことで男爵の足元を潜り抜けながら、剣で革のジャケットごと腹部を斬り裂いた。  

 

「……刃は通るらしいな」

「小娘ごときガ、このオレに傷ヲッ……!」

(しかしトドメを刺せないのは厄介だ。男爵の肉体をこの剣で引き裂いて、心臓だけを取り出すのは……厳しいか)

 

 男爵に負わせた傷はすぐに再生してしまう。このままでは埒が明かないと、私は教会の長椅子を男爵へ蹴り飛ばし、その隙に礼拝堂を迂回して、扉から廊下へと飛び出した。

 

「逃がさなイ!」

「……ならあれを使うか」

 

 追いかけてくる男爵との距離を計りながら、私はとある策を思いつき、廊下を駆け抜けながら目的地まで向かう。

 

「そこダ!」

「どこを見ている?」

「ぐナッ……!?」

 

 単純な動きで仕掛けてくる男爵をしばらく翻弄していれば、視界に目的地が映り込んだ。

 

「キャハッ、キャハハハッ!!」

「まだそこにいたか」

「フンッ、バカな小娘ダ! 自らエサになろうとするとはナ!」

 

 神父の遺体と共に群がるのは数体の食屍鬼。男爵は私のことを嘲笑い、その場に足を止めた。食屍鬼は私を獲物と認識し、こちらへ一斉に飛びかかってくる。

 

「邪魔だ」

「ギィアッ!?」

「グギィイィアッ……!?」

 

 だが私は足を止めずに、襲い掛かる食屍鬼の心臓へ石の杭を突き刺しながら、神父の遺体へと近づいていく。

 

「キャホァ……ッ!?」

「……ちょうど杭が切れたか」

 

 そして最後の石の杭を使い切ったところで神父の遺体へ辿り着き、私は目当ての物を拾い上げた。 

 

「捕まえタッ!」

「……!」

 

 と同時に、天井へ張り付きながら密かに接近していた男爵が、私を仰向けに押し倒す。真っ赤な瞳で私の顔を覗き込んできた。

 

「小娘。オマエは何者ダ?」

「……」

「まさかリンカーネーションの人間なのカ?」

 

 こちらの両手首を片手で掴み上げ、青白い顔を鼻先が触れる距離まで近づけてくるが、私は平然とした顔で視線を合わせる。

 

「オマエがホンモノの転生者ならこの機会を逃すわけにはいかなイ。その生き血を啜ってやル」

(……本物?)

 

 男爵は空いている手で私の衣服をはだかせ、左の首筋へと鋭い牙を近づけてきた。生臭い吐息と共に、牙に付着したヨダレが私の胸元に落ちる。

 

「やっと理解ができた。あの若者が何故弱いのか」

「なにヲ今更……?」

「一つ問おう。貴様は私を本物の転生者だと思うか?」

「どちらでもいイ。オレはオマエの血を吸って――」

 

 私は掴まれた両手首に力を込め、男爵の手を徐々に退け始めた。吸血鬼の血が混ざり合ったこの肉体は、多少の怪力も発揮できる。

 

「ぐぐぅッ!? 人間の小娘ニ、このオレが力で負けているだトッ!?」

「教えてやろう。私は――」

「ごぼッ……?!!」

 

 私は男爵の手を振り払い、神父の遺体から拾ったものを男爵の口の中へと強引に突っ込んだ。

 

「――本物だ」

「ごッ?!!」

 

 私は男爵の耳元で囁き、その首を右手に握りしめていた剣で綺麗に斬り落とす。 

 

「今の気分はどうだ?」

 

 転がっている男爵の頭部を片手で掴み上げ、今度は私が嘲笑うと、口の中に詰め込まれたものを吐き出そうと試みる。

 

「ウゴッ、ゴボッ……!!?」

「『どうして肉体が再生しないのか』を知りたいのか?」

「ア、グォオッ!!?」

「私が貴様の口に押し込んだ"ソレ"が原因だ」

 

 私が男爵の口の中に押し込んだものは、神父が大事に握りしめていた『宝石や金貨が詰め込まれた絹袋』だ。

 

「吸血鬼共は人間の生き血を啜ることで、幸福感と満足感を満たしている。あぁそれだけじゃないな。吸血鬼としての"爵位"も上げているのか」

「ウブォア、ウゴッ……!」

「だが吸血している最中は再生能力が働かない。吸血基準は口の中の満足感と幸福感。そう、今の貴様は満たされている」

「ゴホォアッ!?!」

 

 私の手から逃れようとする男爵の頭部を、私は剣の持ち手で殴打する。

 

「なぜ自分が宝石や金貨などで幸福感や満足感を得ているのか」

「ウゴボォア……ッ!」

「教えてやる。それは貴様が人間だったからだ」

 

 男爵の頭部を下から覗き込み、私は静かに微笑んだ。

 

「時が経てば経つほど、その価値が重宝されていく。人間同士が争う理由にまで発展していく。とあるモノでな」

「……ゴビィ、カッ?」 

「正解だ。地位を揺るがさない富。あの神父のように、おおよその人間は富で幸福感を満たす」

 

 私は黒の剣を床に突き刺すと、右手の人差し指で男爵の口の中に押し込まれた絹袋を指差す。

 

「貴様は吸血鬼となり満たし方は変わっただろう。だが人間としての本能は消えることがない。お前は今、"富で満たされている"ということだ」

「──!」

「貴様らは人間から逃げられない。吸血鬼となり生き血を(すす)ろうが、人間を殺し尽くそうが――貴様は永遠に人間の(ごう)を背負って生きていく」

 

 左脚の太ももに巻かれている絹の布を解く。その下には転生者としての証を示す紋章。男爵はその紋章に気が付くと目を見開いた。

 

「いや、正確には生きていた……か」

 

 男爵の口から絹の袋が漏れないように、口の上から後頭部にかけて、絹の布を頑丈に結んだ。これで二度と吐き出せない。 

 

「あの世で神父と仲良くすることだ」

「フンガッ、フンガァアァアァッ!!」

 

 私は男爵の頭部を最も日当たりが良い窓際へ置く。その後、切り離された男爵の身体を窓の傍へと移動させた。

 

(……サインを書いておくか)

 

 胴体の切断部分へ人差し指を浸し、男爵の頭部が置かれた窓に「ЯeinCarnation」と血文字で書き記す。

 

「最期の景色だ」

「ゴボッ、フングォオォ……ッ!?」

 

 朝日が昇り始めると、陽の光が男爵の頭部と身体を徐々に照らしていく。すると少しずつ焼かれ始め、男爵の肉体から白い煙が上がった。

 

「ンッガァア"ァア"ァア"ァーーッ?!」

「貴様ら吸血鬼共に来世は必要ない」

 

 太陽の光によって男爵の皮膚が(あぶ)られる。斬り離された胴体はのたうち回り、頭部は身動きの取れないまま、喉の奥から悲痛な声を上げ、

 

「未来永劫、この世に生まれることなく――」

「ギイィア"ァア"ァア"ァア"ァア"ァア"ッ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「――永久(とわ)に眠れ」

 

 廊下に響き渡る最期の断末魔。辺りが静寂を迎える頃には男爵の頭部も胴体も、すべて真っ白な灰へと変わり果てていた。

 


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