血痕を頼りに歩き続けると、辿り着いたのは教会の礼拝堂。私たち孤児が毎日祈りを捧げるように強要されていた場所だ。
「ここで途切れているな」
「……あのさ、この血痕って本当に男爵のもんなのか?」
「あぁ」
「一体何を根拠に
「誰だオマエたちハ?」
臆病な若者の声を遮るようにして、何者かの声が礼拝堂で響き渡る。私は「やはりか」と天井を見上げた。
「……勘はよく当たる方だ」
天井に靴底を付け、逆さまに立っている男。私たちを見下ろしながら、その鋭い牙を剥き出しにしていた。
「貴様が
「おぉ、よく分かったナ"小娘"。オレが
「上手く言葉を喋れない。つまり貴様はまだ新参の男爵だな」
「なンだト? オレがシンザン?」
黒を基調とする衣服に、フードの付いた革のジャケット。男爵は青白い肌をちらつかせながら、私たちの前に飛び降りてくる。
「孤児を食屍鬼にしたのは貴様か」
「その通りダ。オレがガキを噛んでやっタ。復讐でもしに来たのカ?」
「違うな、復讐じゃない。貴様を始末しに来ただけだ」
「無知な小娘ダ。オマエがオレを殺せるはずないだロ」
「無知なのは――」
私は黒の剣を右手に、石の杭を左手に引き抜くと、男爵の目前まで一瞬で詰め寄り、
「――貴様の方だ」
「……!!」
石の杭を男爵の胸に深々と突き刺した。
「なるほど」
しかし手ごたえをまるで感じない。私はすぐさま飛び退いて、男爵の胸に突き刺さった石の杭を遠目で眺めてみる。
「危なかっタ。お前が小娘だと気を抜いていタ」
(……石の杭、今の私には力不足か)
杭は心臓まで届いていない。食屍鬼とは違い、吸血鬼の肉体は強固に作られている。石程度の硬さでは心臓まで届かないようだ。
「残念だったナ。石の杭で、オレは殺せなイ」
「杭が刺さんないのか!? あんなやつ、どうやって殺せば――」
「臆病者」
「な、なんだよ?」
「お前は邪魔だ。この礼拝堂にある地下牢へ行け」
男爵相手に武装が不十分な状態。一筋縄ではいかないと踏んだ私は、邪魔な臆病者を地下牢へと向かうよう命令する。
「んなこと言われても……!」
「つべこべ言わずに行け。無力なお前には何もできん」
「チッ、はいはい分かりましたよ!」
臆病者は舌打ちをしながら、地下牢へ続く階段を駆け下りていく。私は足音が遠のくのを耳にすると、
「男爵。貴様を殺す前に一つ尋ねようか」
「いいゾ。お前が殺される前に聞いてやル」
「
親玉である
「キキッ……あのお方の居場所が知りたいのカ?」
「聞いているのは私だ。質問を質問で返すなと習わなかったのか」
男爵は胸元に突き刺さっている石の杭を引き抜き、片手で真っ二つに折ると、私の足元に軽く投げ飛ばす。
「死人に答える必要はなイ」
「そうか」
私は男爵との会話が無益だと理解し、黒色の剣を構える。男爵は微笑すると、壁や天井やらに飛びつきながら高速で移動を始めた。
(……私の死角に入ろうとしない。やはり男爵の知能も食屍鬼とあまり変わらないのか)
天井からこちらに向かって急降下する男爵を、私は飛び退いて回避する。
「まだだゾ」
男爵は追撃をするため、吸血鬼特有の凄まじい脚力で私に迫りくるが、
「単純だな」
「なニッ……!?」
上体を逸らすことで男爵の足元を潜り抜けながら、剣で革のジャケットごと腹部を斬り裂いた。
「……刃は通るらしいな」
「小娘ごときガ、このオレに傷ヲッ……!」
(しかしトドメを刺せないのは厄介だ。男爵の肉体をこの剣で引き裂いて、心臓だけを取り出すのは……厳しいか)
男爵に負わせた傷はすぐに再生してしまう。このままでは埒が明かないと、私は教会の長椅子を男爵へ蹴り飛ばし、その隙に礼拝堂を迂回して、扉から廊下へと飛び出した。
「逃がさなイ!」
「……ならあれを使うか」
追いかけてくる男爵との距離を計りながら、私はとある策を思いつき、廊下を駆け抜けながら目的地まで向かう。
「そこダ!」
「どこを見ている?」
「ぐナッ……!?」
単純な動きで仕掛けてくる男爵をしばらく翻弄していれば、視界に目的地が映り込んだ。
「キャハッ、キャハハハッ!!」
「まだそこにいたか」
「フンッ、バカな小娘ダ! 自らエサになろうとするとはナ!」
神父の遺体と共に群がるのは数体の食屍鬼。男爵は私のことを嘲笑い、その場に足を止めた。食屍鬼は私を獲物と認識し、こちらへ一斉に飛びかかってくる。
「邪魔だ」
「ギィアッ!?」
「グギィイィアッ……!?」
だが私は足を止めずに、襲い掛かる食屍鬼の心臓へ石の杭を突き刺しながら、神父の遺体へと近づいていく。
「キャホァ……ッ!?」
「……ちょうど杭が切れたか」
そして最後の石の杭を使い切ったところで神父の遺体へ辿り着き、私は目当ての物を拾い上げた。
「捕まえタッ!」
「……!」
と同時に、天井へ張り付きながら密かに接近していた男爵が、私を仰向けに押し倒す。真っ赤な瞳で私の顔を覗き込んできた。
「小娘。オマエは何者ダ?」
「……」
「まさかリンカーネーションの人間なのカ?」
こちらの両手首を片手で掴み上げ、青白い顔を鼻先が触れる距離まで近づけてくるが、私は平然とした顔で視線を合わせる。
「オマエがホンモノの転生者ならこの機会を逃すわけにはいかなイ。その生き血を啜ってやル」
(……本物?)
男爵は空いている手で私の衣服をはだかせ、左の首筋へと鋭い牙を近づけてきた。生臭い吐息と共に、牙に付着したヨダレが私の胸元に落ちる。
「やっと理解ができた。あの若者が何故弱いのか」
「なにヲ今更……?」
「一つ問おう。貴様は私を本物の転生者だと思うか?」
「どちらでもいイ。オレはオマエの血を吸って――」
私は掴まれた両手首に力を込め、男爵の手を徐々に退け始めた。吸血鬼の血が混ざり合ったこの肉体は、多少の怪力も発揮できる。
「ぐぐぅッ!? 人間の小娘ニ、このオレが力で負けているだトッ!?」
「教えてやろう。私は――」
「ごぼッ……?!!」
私は男爵の手を振り払い、神父の遺体から拾ったものを男爵の口の中へと強引に突っ込んだ。
「――本物だ」
「ごッ?!!」
私は男爵の耳元で囁き、その首を右手に握りしめていた剣で綺麗に斬り落とす。
「今の気分はどうだ?」
転がっている男爵の頭部を片手で掴み上げ、今度は私が嘲笑うと、口の中に詰め込まれたものを吐き出そうと試みる。
「ウゴッ、ゴボッ……!!?」
「『どうして肉体が再生しないのか』を知りたいのか?」
「ア、グォオッ!!?」
「私が貴様の口に押し込んだ"ソレ"が原因だ」
私が男爵の口の中に押し込んだものは、神父が大事に握りしめていた『宝石や金貨が詰め込まれた絹袋』だ。
「吸血鬼共は人間の生き血を啜ることで、幸福感と満足感を満たしている。あぁそれだけじゃないな。吸血鬼としての"爵位"も上げているのか」
「ウブォア、ウゴッ……!」
「だが吸血している最中は再生能力が働かない。吸血基準は口の中の満足感と幸福感。そう、今の貴様は満たされている」
「ゴホォアッ!?!」
私の手から逃れようとする男爵の頭部を、私は剣の持ち手で殴打する。
「なぜ自分が宝石や金貨などで幸福感や満足感を得ているのか」
「ウゴボォア……ッ!」
「教えてやる。それは貴様が人間だったからだ」
男爵の頭部を下から覗き込み、私は静かに微笑んだ。
「時が経てば経つほど、その価値が重宝されていく。人間同士が争う理由にまで発展していく。とあるモノでな」
「……ゴビィ、カッ?」
「正解だ。地位を揺るがさない富。あの神父のように、おおよその人間は富で幸福感を満たす」
私は黒の剣を床に突き刺すと、右手の人差し指で男爵の口の中に押し込まれた絹袋を指差す。
「貴様は吸血鬼となり満たし方は変わっただろう。だが人間としての本能は消えることがない。お前は今、"富で満たされている"ということだ」
「──!」
「貴様らは人間から逃げられない。吸血鬼となり生き血を
左脚の太ももに巻かれている絹の布を解く。その下には転生者としての証を示す紋章。男爵はその紋章に気が付くと目を見開いた。
「いや、正確には生きていた……か」
男爵の口から絹の袋が漏れないように、口の上から後頭部にかけて、絹の布を頑丈に結んだ。これで二度と吐き出せない。
「あの世で神父と仲良くすることだ」
「フンガッ、フンガァアァアァッ!!」
私は男爵の頭部を最も日当たりが良い窓際へ置く。その後、切り離された男爵の身体を窓の傍へと移動させた。
(……サインを書いておくか)
胴体の切断部分へ人差し指を浸し、男爵の頭部が置かれた窓に「ЯeinCarnation」と血文字で書き記す。
「最期の景色だ」
「ゴボッ、フングォオォ……ッ!?」
朝日が昇り始めると、陽の光が男爵の頭部と身体を徐々に照らしていく。すると少しずつ焼かれ始め、男爵の肉体から白い煙が上がった。
「ンッガァア"ァア"ァア"ァーーッ?!」
「貴様ら吸血鬼共に来世は必要ない」
太陽の光によって男爵の皮膚が
「未来永劫、この世に生まれることなく――」
「ギイィア"ァア"ァア"ァア"ァア"ァア"ッ!!」
「――
廊下に響き渡る最期の断末魔。辺りが静寂を迎える頃には男爵の頭部も胴体も、すべて真っ白な灰へと変わり果てていた。