ЯeinCarnation   作:酉鳥

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0:7 Protection ─保護─

 

 木々に囲まれた孤児院、閉ざされた両開きの扉の前。一人の美しい女性が白色の長髪をなびかせ、威厳に溢れた様子で扉に左手を触れる。

 

「ここが例の孤児院か?」

「あぁそうだ。この孤児院に派遣した連中が帰還していないらしい」

 

 彼女の隣に並んだのは、紺色の髪を持つ目つきの悪い男性。辺りを警戒しながら、同じように扉へと右手を触れた。

 

「その者たちの詳細は?」

「"石の階級"が二人。武装は"ルクス零式"と石の杭のみ」

「そうか。納得したよ」

 

 それぞれが左右の扉を開き、孤児院の中へと足を踏み入れる。彼女の白色を基調とした衣服が風に吹かれ、大きく揺れた。 

 

「何を納得したんだ?」

「私はあの報告を聞いた時から、孤児院に"原罪(げんざい)"が奇襲したのだと予測していた。今ここで階級は石だと聞いて、その可能性が高まったな」

「……原罪。そう思う理由でもあんのか?」

「私の勘さ」

 

 孤児院の廊下を並んで歩いていれば、二人は広間へと辿り着き、四肢が千切られた無残な遺体を発見する。

 

「……石の階級」

「妙だな。武装がねぇぞ。部屋にでも置いてきたのか?」

 

 彼女はその場に屈み、落ちている十字架のネックレスを手に取った。作られている素材は石。

  

「栄光ある人間に、正しき転生を――」 

  

 自身の首に飾られた十字架のネックレスを右手で摘まみ、彼女はしばらく祈りを捧げる。壁の隙間から差し込んだ光が、金剛石(ダイヤモンド)で作られた十字架を照らす。

  

「"ヘレン"、もう一人が孤児院のどこかにいるはずだ。手遅れになる前に探し出すぞ」

「あぁ、すまない」

 

 男性がそう声を掛けると、彼女は無残な遺体を後にして、孤児院の奥まで続く廊下を歩き始める。

 

「食屍鬼の灰か。この辺りでひと悶着あったみてぇだな」

「……」

 

 足元に散らばっている灰色の塵。男性はそれを力強く踏み潰し、彼女は窓の外へ視線を向けた。

 

「何を見てんだ?」

「あの窓に書かれた血文字だ」

 

 彼女の視線の先には「ЯeinCarnation」と窓に書かれた血文字に加え、山のように積もっている灰。彼女は窓際へ歩み寄ると、辺りを捜索する。 

 

「吸血鬼の灰だ。灰の細かさからすると爵位は男爵(バロン)。それを"リンカーネーション"が殺したサイン……と見て取れる」

「……もう一人の石の階級がやったのか?」

「それは考えられない。私たちの中でサインをする教えはしていないだろう。それに石の杭では男爵の心臓を貫けない。朝になるまで勝機はまったく見えないはずだが――」

 

 彼女は灰に埋もれている袋に気が付き、人差し指と親指で摘まみ上げた。

 

「――宝石と金貨が入った袋」

「何でそんなもんが灰の中にあんだ?」

「古い書物に記してあった。宝石や金貨を吸血鬼の口の中に詰め込めば、再生能力を封じることができると」

 

 絹の袋を灰の上に置くと、礼拝堂へ続く廊下を見据える。陽の光が窓から差し込み、血塗れの廊下を照らしていた。

 

「しかしその書物は千年以上も前に書かれたものだ。この時代にこんな手法を知る者なんて存在しない」

「だがこの時代に存在するんだろ。現にその手法とやらで、男爵を殺してるじゃねぇか」

「千年以上も前の記憶を継いでいる者。もしくは書物を読み漁った者が――」

 

 そう言いかけた彼女の言葉を遮るように、礼拝堂の方からガラスの割れる音が聞こえてくる。

 

「……お呼びだぜ」

「あぁ急いだ方が良さそうだ」

 

 二人は顔を見合わせると、礼拝堂に向かって走り出す。

 

「割れたのはステンドグラスか。気圧の変化で割れたとも考えにくい」

 

 礼拝堂へ辿り着くと、祭壇の背後にあるステンドグラスが割れていた。男性がステンドグラスを見上げている最中、彼女は礼拝堂の入り口付近にある階段を見つめる。

 

「そこにいるんだろう?」

 

 彼女は地下へと続く階段に向けて声を掛ければ、しばし礼拝堂に静寂が訪れた。警戒されていると察した彼女は、続けてこう言葉を紡ぐ。

  

「私たちは吸血鬼でも食屍鬼でもない。隠れる必要はないはずだ」

「……その証拠はどこにある?」

 

 彼女は男性に視線を送り、二人でステンドグラスから太陽の光が差し込む位置へと移動した。  

 

「これでどうだろうか? 私たちは太陽の光を浴びている」

「……」

「おい、そろそろ姿を見せろ。俺たちはてめぇとゲームをするつもりはねぇ」

 

 男性が不機嫌な声を上げると、地下へ続く階段から姿を見せたのは、長い青髪を持った少女。右手には黒色の剣が握られていた。

 

「孤児の生き残り……。君、どこか怪我は?」 

「していない。お前たちはここへ何をしに来た?」

「先日、この孤児院へ石の階級を二名派遣した。しかし帰還していないという報告を受け、私たちが調査しに来たんだ。勿論、生存者の君たちを保護する役目もある」

 

 青髪の少女は黒の剣を床へと突き刺すと、ボロボロの絹の衣服を整える。

 

「私を除いて地下牢に三人の生存者がいる。二人の孤児と、一人の若者だ」

「若者ということは、石の階級の――」

「こ、皇女様! それに"カミル"様も……!」

 

 丁度のタイミングで、階段から若者が一人駆けてきた。二人の姿を見るなり、すぐさま右膝を立て、胸に手を当て敬意を表す。

 

「……出てくるなと言ったはずだが?」

「何も知らないんだなお前は……!? このお二方はとてつもなく偉い方なんだぞ!?」

「いいんだ。私たちは気にしていない。それよりも状況を聞かせてくれ」

 

 彼女は苦笑交じりに若者を静止すると状況の説明を求める。

 

「はい。昨晩、吸血鬼の侵入により孤児たちが食屍鬼になり、私の連れが抵抗する間もなく殺されました」

「侵入? お前たちは気が付かなかったのか?」

「それはカミル様、孤児院の神父が裏で吸血鬼と取引をしていたようで……。既に建物内部の構造まで掌握されており……」

「チッ、あの金貨と宝石はそういうことか。このクソったれな孤児院をテコ入れするべきだったな」

 

 男性は舌打ちをし、側に置かれた長椅子に腰を下ろした。

 

「ですが、神父は食屍鬼に襲われ死亡。恐らく廊下であの者の死体を見かけたかと……」

「神父の死体? 私たちが目にしたのは吸血鬼や食屍鬼の灰だけだ」 

「……死体がない?」

 

 彼女の言葉に青髪の少女が僅かに反応を示す。男性は鋭い目つきで青髪の少女を一瞬だけ睨むと、石の階級の若者へ視線を移した。

 

「で、お前がアイツらをやったのか?」

「いえ、私ではありません」

「お前じゃないだって? だったら一体誰があの数を──」

 

 二人の視線は自然と青髪の少女へ向けられる。それに対して少女は何食わぬ顔で「何のことやら」と言わんばかりに首を傾げていた。

 

「わ、分かりません。私は生き残りの孤児三人と共に地下牢へ隠れていたので……」

「状況は分かった。あの食屍鬼と男爵を独りで殲滅した――君たち以外の"誰か"がいたということか」 

「は、はい」

「……カミル、地下牢に残された孤児を保護するぞ。君たち二人はここで待っていてくれ」

 

 男性は静かに頷くと若者と青髪の少女を後にし、地下牢の階段まで向かう。

 

「この先が地下牢か」

「埃だらけで汚ねぇな……」

 

 二人は階段を下ると薄暗い闇の中を突き進む。ある程度の位置まで降りれば、地下牢の扉が二つ見えてきた。

 

「ねぇイアン。アレクシアたちは大丈夫かな……?」

「大丈夫だって! 神の遣いもいるんだし!」

(……孤児がいるのは右の扉か)

 

 鉄の扉に手をかけ、ゆっくりと開く。地下牢内では短い茶髪の少年と小麦色の髪を持つ少女が、身体を寄せ合っていた。

 

「だ、だれだ……!?」

「私は"ヘレン・アーネット"。君たちの味方だよ」

「私たちの、味方?」

 

 彼女は二人の側まで近づくとその場にしゃがみ込み、優しく抱き寄せる。

 

「もう大丈夫だ。私たちが君たちを守ってみせる」

 

 人肌の温もりを感じた少年と少女は、彼女の胸に顔を埋めた。必死に堪えていた涙がぽろぽろと溢れ出し、彼女の衣服を濡らす。 

 

「ヘレン、こっちの扉は開かないぞ」

「あの少女が『生き残った孤児は二人だ』と言っていた。保護対象はこれで全員だろう」

「それもそうか。んならさっさと上に戻るぞ」 

 

 彼女は少女と少年を両脇に連れ、階段を上っていく。

 

「……?」

 

 男性も後に続こうと一歩を踏み出したとき、何かが右足に当たった。彼はそれを拾い上げようと手を伸ばしたが、

 

「カミル、何をしている?」

「……悪いな。すぐ向かう」

 

 彼女に呼ばれたことで伸ばした手を戻し、地下牢を後にした。


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