ЯeinCarnation   作:酉鳥

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SideStory : Sibyl Astrea ◎ ─シビル・アストレア─

 ※この物語はB機関の銀の階級、シビル・アストレア視点のものです。

 

 ある日、私はカミルさんに呼ばれた。用件は派遣任務へと参加。しかもドレイク家の任務。どうせ大した任務にならない。それなのにどうして私が加わる必要があるのかを聞いてみる。

 

「……ヘレンからの命令だ」

「皇女様が?」

「あぁ、俺は銅の階級を数人派遣するだけでいいと言ったんだがな。あいつがどうしても銀の階級を一人付けろとうるせぇんだ」

「それで私になったと?」 

「……まぁ、実はそれだけじゃねぇんだが」

 

 生徒の名簿。カミルはとある生徒のページを見せつけてきた。

 

「こいつのことを知ってるか?」

「……もしかして例の?」

「正解だ。原罪や眷属と遭遇したアレクシア・バートリという生徒。今回、ドレイク家の派遣任務に参加する予定だ。だからお前に頼みたい」

「その、理由をお尋ねしてもいいでしょうか?」

 

 アレクシア・バートリ。総合成績トップ、原罪と眷属の遭遇者の一人。そして私の同期でもあるアーサーのクラスに在籍している生徒だ。

 

「……俺はどうもこいつが気に食わねぇ」

「気に食わないというのは?」

「俺の勘だと、こいつはとんでもない疫病神だ。不吉なことを次々と起こすきっかけになる」

「疫病神……」

「そこでお前に頼みがある。この派遣任務で──こいつを"殺してこい"」

「……!」

 

 カミルさんは冗談を口にしない。本気で"殺せ"と命令している。私は息を呑みながら、カミルさんと視線を交わした。

 

「しかし、どうやって殺せば……?」

「それはお前に任せる。周囲にバレないように殺せ」

「……」

「お前は信頼できる部下だ。ヘマはしねぇと思うがこいつは只者じゃねぇ。気を抜かず、本気で殺すようにしろ」 

「……はい、分かりました」

 

 派遣任務への参加。アレクシア・バートリの殺害。それを引き受けた私は、落ち着くことができず、アカデミーの廊下を歩いていた。

 

「あれ、シビルさん?」 

「……アーサー?」

「久しぶりだね。考え事をしているようだけど、何かあったのかい?」

 

 すれ違ったのはDクラス担任のアーサー。数ヶ月ぶりかの再会。彼は暗い顔をしている私に気が付き、何かあったのかを尋ねてくる。

 

「ええ、実は急にドレイク家の派遣任務に参加することになったのよ。その事で少し考え事をしているの」

「え? ドレイク家の派遣任務って、確か僕の生徒が二名参加するような……」

「そうね。事前に聞いているわ」 

 

 生徒の殺害を任されていることなど話せるはずもない。私は派遣任務の参加の件だけ話し、アーサーの様子を窺うことにした。

 

「そっか。それなら派遣任務もバッチリ安心できるよ」

「えっ?」

「ほら、君は僕よりも優秀だから。何をしてもそつなくこなすし、僕とかレイモンドが馬鹿なことすると、毎回怒ってくれたし……」

「……それは昔の話でしょ。今は私もあなたも変わらないわ」

「ううん、今でもシビルさんの方が僕よりも立派だよ。僕は未だにルークさんのことを引きずっているから……」

 

 Aクラスの担任だったルーク・ブライアン。あの人は私やアーサーがアカデミーの生徒だった頃の先生。私もアーサーもあの人から多くを教えられてきたため、殉職を知ったときは大きな衝撃を受けた。

 

「……私も引きずってるわよ。あの人は恩師だったもの。卒業後、どの機関へ所属するかを一身になって考えてくれたわ」

「僕もだよ。先生として務めることになったのも、ルークさんの推薦があったからこそだからね。ルークさんのように立派な先生になれるかは分からないけど……僕は少しでもみんなにとって良い先生になれるよう頑張ってるんだ」

「……そうなのね」

 

 アーサーらしい。昔と何も変わらない。誰よりも優しい、けれどお節介なところもある。きっと長所より短所が多い。でもだからこそ、周囲から愛されている。過去の、今の私のように──"恋心"を抱かれるのだろう。

 

「アーサーは……将来どうするの?」

「うーん、将来についてはまだ何とも……」

「いつかは引退するときが来るわ。引退した後もここで先生をするつもり?」

「先生、それも悪くないかもね」

「それとも……」

「うん……?」

「愛する人を見つけて、街で平和に暮らす……とか」

 

 視線を逸らしながらアーサーへ尋ねてみる。もしかしたら既に想いを寄せる女性がいるかもしれない。

 

「それもいいかもしれないけど……到底叶わないかな?」

「叶わない? どうしてよ?」

「ほら、僕はダメダメなところが多いでしょ? 愛する人を見つけても、どうせフラれちゃうし」

「……アーサー」

「ん? どうしたの?」

「あなたは"変わらない"わね」

 

 彼は昔から"鈍感"で過剰なほどに"謙虚"。多くの女性を困らせてきた。質が悪いのは無自覚という点。私は変わらない返答に溜息をつく。

 

「シビルさんこそどうなんだい?」

「私?」

「そうそう。君は引退した後はどうするのかなって」

「引退後……」

「君はモテるから……やっぱり故郷で家庭を築いて、のんびりと暮らしたり?」

「……考えたことがないわね」

「ははは、そっかぁ……」 

 

 お互いにしばらく沈黙してしまう。私は話の区切りがついたタイミングで「じゃあまた」と一言だけ挨拶を交わし、歩き出そうとしたとき、

 

「──待って」

 

 左腕を強く掴まれた。

 

「……どうしたのよ?」

「シビルさんに、伝えることがあるんだ」

「伝えること?」

 

 アーサーは深刻な表情を浮かべ、私と視線を交わしてくる。只事ではないと私も歩みを止め、アーサーと向かい合う。

 

「僕が受け持つ生徒にアレクシア・バートリって子がいてね。あの子はちょっと特殊で……今から話すことをよく聞いてほしい」

「特殊?」

「あの子は──肉体の半分が吸血鬼なんだ」

「──!」

「大丈夫だとは思うけど、派遣任務でその一面を見せてしまうかもしれない。だからもし何かあれば、君にあの子を守ってほしいんだ」

 

 半人半吸血鬼。そのような人間紛いの存在を聞いたことも無いが、アーサーが嘘をつくとは思えない。

 

「アーサー……あなた、それ本気で言ってるの?」

「うん、本気だよ」

「吸血鬼は私たちにとって最大の敵。例え人間の意志を持っていても、吸血鬼の血が混ざっているのに変わりない。もし彼女が敵となったら──」

「ならないよ。アレクシアさんは人間だ」

「どうしてそう言い切れるの?」

「……僕は、あの子を信じているから」

 

 根拠もない言葉。アーサーはいつもそうだった。すぐに人を信用する。裏切られたことも少なくはない。それでも信じ続けてきた。

 

「そんな大事なこと、私に話していいの?」

「シビルさんは信用できるから」

「……何よそれ」

 

 カミルさんからの"殺してこい"という命令。アーサーからの"守ってほしい"という頼み事。余計に考えることが増えたせいで、脳内の整理がつかないまま、派遣任務当日を迎えてしまった。

 

「誰だお前たちは?」

 

 そしてアレクシア・バートリと初めて顔を合わせる。私はこの子を殺すべきか、それとも守るべきか。

 

【挿絵表示】

 

 

(この子を殺すべきか、守るべきか……。その決断はまだ早いわね)

  

 その二択を迫られながらも馬車に乗り込み、ドレイク家の領土まで向かった。

 

「あがッ……シ、シビ……ル……だすけ……ッ」

「ッ……!!」

「どうせ助からん。今のお前があの男にしてやれること……それは分かるだろう?」

「分かって、いるわよ」

 

 辿り着いたのは地獄の館。私の目の前で肉塊へと変わっていくレイモンドの顔を見据えながらも、

 

「ごめんなさい、レイモンド」

 

 旧友を自分の手で射殺した。数年間を共にしてきた友人があっという間に死んだ現実。信じたくはなかったが、何とか受け止める。

 

「西館まで退くぞ」

「あなたには何が見えて……?」

「黙れ。死にたくないのなら西館まで全力で走れ」

 

 この発言でアーサーが私に伝えてくれた話が真実だと理解した。人間には何も見えないであろう暗闇の中で、この子は明らかに"ナニカ"を視線で追っていたのだ。

 

「……少し落ち着きましょう。まだ時間はあるわ。本当に地下室への手がかりがなかったのか。もう一度ゆっくりと思い出すべきよ」

 

 黒幕が潜む地下室への入り口を探すため、各々で一度落ち着きを取り戻す時間。私は生き残れなかったときの為に一通の手紙を書いた。

 

『カミルさんへ

 アレクシア・バートリは人間ではありません。半分人間、半分は吸血鬼だとA機関に所属する銀の階級アーサーから伝えられました。彼女は生徒とは思えないほど冷静かつ戦闘能力に長けているようです。まるで今まで修羅場を潜り抜けてきたかのように立ち回ります。

 カミルさんの言う通り、私たちにとって疫病神となる存在になるかもしれません。それと私はグローリアへ生還できない可能性があるため、この手紙を書き残しておきます。カミルさん、今までお世話になりました。

 B機関 銀の階級 シビル・アストレア』

 

 アレクシア・バートリを危険人物とみなす手紙。私はこの手紙をアレクシア本人へ手渡し、黒幕のいる地下室へ向かうことにした。

 

「……このランタンを使わせてもらいましょ」

 

 二階で彼女らが寄生型の食屍鬼を引き付けている隙に、地下室の入り口まで辿り着く。たった一つだけ置いてあるランタンを手にし、剣を構えながら地下へと駆け下りた。

 

「こっちね」

 

 到達した別れ道。右の通路から漂う血の臭い。私は黒幕がこの通路の先に潜んでいるのだと察し、駆け足で突き進む。

 

「酷いわね……」

 

 通路を沈めるほどの血だまり。私は何十人、何百人の犠牲者が募ったのだと理解し、持っていたランタンを腰に付けると、少々憤りを覚えながらも血だまりの通路を歩いていく。

 

「クカッ、クカカカカカ──」

「こいつが寄生型……」

 

 しばらく歩き続ければ、事前に聞いていた寄生型の食屍鬼が数体ほど血だまりが這いずり出てきた。私は冷静にマッチを取り出し、寄生型と寄生型の間を駆け抜ける。 

 

「どきなさい!」

「クギャアァァアッ!!」

 

 寄生型の両足の関節を剣で斬り捨てながら、次々と寄生型をマッチで引火させた。寄生型は身体に火が点くと、奇声を上げながらバタバタとのたうち回る。

 

「クカカカッ!!」

「カカッ、クカカカッ!!」

「数が多すぎる……!」

 

 奥へ進めば進むほど、寄生型の数は増していく。しかし通路の先に鉄の扉が見えた。私は強引に寄生型を斬りつけながら、その隙間を縫い、一心不乱に駆け抜け、

 

「グ、ががッ……!」

「ぐッ……!?」

 

 後少しというところで背後から一匹の寄生型に掴まれる。私は振り払おうと剣を握りしめたが、

 

「じ、びるぅうッ……!!」

「……!」

 

 眼球のないレイモンドの顔がすぐ真横に現れ、その腕を止めてしまう。

 

「のどが、がわいでッ……だずげで、ぐれぇえぇ」

「──るな」

 

 歯軋りをしながら着ていたコートにマッチで火を点け、そのまま脱ぎ捨てると、

 

「ふざけるな……!」

「ウグァァアァアァア!!」

 

 レイモンドの身体ごと燃やし尽くす。旧友を弄ばれたことで私は怒りに身を震わせ、鉄の扉の向こう側へと逃げ込み、寄生型が入ってこられないよう鍵を掛けた。

 

(……追ってこないようね)

 

 一息つき、先へと進む。すると両扉の前まで辿り着く。背後には血によって沈み切った通路。泳ぐ以外に通る方法はないだろう。 

 

(いかにもって感じの場所じゃない……)

 

 太い蔓が這いずる地下空洞。中央には少女が一人。

 

「あなたがこの植物の核ね」

「アハハ、そうだけど?」

「そう、なら話が早いわ。ここであなたを始末させてもらうわよ」

 

 あいつには話など通じない。何よりも話をしたところで旧友のレイモンドを弄ばれた怒りは収まらなかった。私はルクスαを右手で構え、すぐさま斬りかかる。

 

「ワタシを始末? それはむ~り~♪」

(すばしっこいわね)

 

 身軽な動作。二段、三段斬りと続けて斬りかかるが、軽々と避けられた。考えるべきことはあの『身軽な動作』をどう封じ込めるか。

 

「どこ見てるの~♪」

「くっ……!?」

 

 素早い動きで全身を殴打してくる。押さえつけようと手を伸ばすが、私の思考を読んでいるのか、触れることすらできない。

 

「だったら──」

 

 私はその場にしゃがみ込み、右手で剣を持ち直してから身体を捻じり、

 

「──これならどうかしら?」

「……っ!?」

  

 回転しながら剣で四方八方へ斬りかかった。狙いを定めていない回転斬りは少女の身体へ傷痕が入り、一瞬だけ躊躇う。

 

「貰ったわ!」

 

 その隙を逃すわけにはいかない。私は少女の足首を左手で掴み、地面へと叩きつけ、剣で身動きが取れないように両脚を横斬りで切断する。

 

「驚いたでしょ? こう見えても身体が柔らかい方なの」

 

 アストレア家は一般家系だが、身体の柔らかさが取り柄。名家のトレヴァー家ほどではないが、剣術に取り柄を組み込めばこれぐらいは動ける。

 

「あなたも火に弱いんでしょ?」

「……」

 

 少女を燃やそうとマッチに火を点けた。植物の核なら火に弱い。燃やし尽くせば、この少女も終わり。

 

「バ~カ~♪」

 

 と、気を抜いた瞬間──私の右腕が剣と共に消えた。

 

「がはッ!?!」

 

 続けて身体に衝撃が伝わり、岩石の壁へ背を打ち付ける。至る個所の骨が折れ、全身に激痛が走った。

 

「アハハ、アナタは思い上がるタイプなんだね」

「はぁッ……ぐ、あぁッ……!!?」

「オトモダチにはなれなさそうだったから……"アイツら"みたいに死んでもいいよ」

 

 右腕は粉々に弾き飛ばされた。側に落ちている剣を見て理解する。それほどまでの威力。一体何が襲い掛かってきたのかすら捉えられなかった。

 

(ここで……死ぬ……?)

 

 身体が冷たくなっていく。呼吸が保てない。視界がチカチカと点滅する。走馬灯は過ぎらない。それは私が"真面目"だから?

 

(こんなところで、終わりたくな──) 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

「──!?」

 

 目が覚め、身体を起こす。死を目の当たりにし、意識が途絶えたはず……と、自身の置かれた状況を確認する。

 

「……私は、生きているの?」

 

 そこは女の子らしい部屋。私は花柄のベッドの上で寝かされていた。失った右腕は包帯が巻かれ止血されている。

 

「目が、覚めましたか?」

「あなたは……」

 

 部屋に入ってきたのは使用人のウェンディ。その不安げな表情から、私を治療してくれたのはウェンディだとすぐに悟った。

 

「良かった。もし目を覚まさなかったらどうしようかと……」

「ここはあなたの部屋?」

「はい、地下にある私の部屋です」

「……瀕死の私をよく治療できたわね」

「私も驚きました。応急処置なんて今までしたことなかったのに、ここまで上手くいくなんて……」

 

 吹き飛んだ右腕の止血、ボロボロの肉体。素人の応急処置などで一命を取り留めることはあり得ない。 

 

「あの、私は少し用事があるので……これで失礼します」

「用事?」

「……助けないと」

 

 部屋を出ていくウェンディ。私は少女の足音が聞こえなくなるのを確認し、ベッドから立ち上がる。

 

「あの重傷で立ち上がれるはずがない。痛みもないし、まるで肉体が再生したような……」

 

 私は身体に違和感を覚え、制服へと手を滑り込ませ肌へと手を触れた。

 

「……これって」

 

 体内で蠢くナニカ。私はすぐにそれが植物の蔓だと理解すると、部屋の壁へと背を付け、自身の手の平をじっと見つめる。

 

「私は──寄生されてるの?」

 

 私はあの食屍鬼のように寄生されていた。寄生されているのなら、傷が完治しているのも納得できる。

 

「どうして、意識を保つことができて……」

 

 けれど自我が崩壊していない。不気味な感覚に近くの椅子へと腰を下ろした。

 

(私はもう死んでいるの? この身体は食屍鬼? それとも、植物の一部?)

 

 ただただ混乱する。この意識すら本当に自分のものなのかが分からなかった。

 

「──シビルさん!?」

「あなたたち、無事だったのね!」

 

 その時、部屋へと姿を見せたのは生徒たち。私は彼らが生きていることに驚きつつも、思わず椅子から立ち上がった。

 

「それは俺たちの台詞っすよ!」

 

 彼女、アレクシアは神経毒により気を失っている。ベッドで横になる彼女を目にして、私はウェンディたちから話を聞き、ラミアを殺すために作戦を立てた。

 

「……」

「シビルさん? どうしたんすか?」

「用事を思い出したの。悪いけど先に行っててもらえるかしら?」

「は、はい。作戦開始まで後少しなんで、早く来てくださいね」

「大丈夫よ。間に合わせるわ」

 

 作戦開始前、部屋で一人残される彼女の姿を見て彼を先に行くよう促す。そして部屋で私と彼女の二人きりになると、ベッドの側まで歩み寄った。

 

「……今なら殺せる」

 

 カミルさんに与えられた命令、アレクシア・バートリの殺害。無防備な状態の今が絶好の機会。私は剣の鞘に手を掛ける。

 

『だからもし何かあれば、君にあの子を守ってほしいんだ』

 

 アーサーの顔が脳裏を過った。

 

『シビルさんは信用できるから』

 

 激しい葛藤。守るか、それとも殺すか。私はその場でしばらく硬直し、

 

「──できない」

 

 鞘から少しずつ手を離した。そして彼女の懐に仕舞われていたカミルさんへの手紙を抜き取り、ビリビリに破り捨ててから、新たな手紙を書く。

 

「……そろそろ行かないと」

 

 私は新たな手紙を懐に入れた後、作戦を開始するために本館へと向かった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

「──"インフェルノ"」

「キィアァアァアァアッ!!?」

 

 彼女は目を覚ました。

 キリサメ・カイトの危機を救い、奇妙な力でラミアを燃やし尽くす。私たちは出入り口から館の外へと脱出した。

 

「今度は貴様が──"詰む番"だ」

「キィヒィアッ!?!」

 

 炎上しながら私たちを追いかけてくるラミアを彼女は正面から迎え撃つ。人間離れした身体能力と剣術で圧倒し、

 

「未来永劫、この世に生まれることなく――」

「テ、テメェッ!! ヤ、ヤメロぉおぉおぉッ!!!」

 

 ラミアの首元へ刃を食い込ませ、

 

「――永久(とわ)に眠れ」

「ギィア"ァア"ァア"ァア"ァア"ァッッ!!!?」

 

 あっという間に斬首した。長かった戦いの終わり。自分の体内で這いずり回る蔓の感覚を覚えながらも安堵する。

 

(……寄生されていたから、蔓の動きを捉えられた)

 

 寄生植物の影響なのか、囮の最中にラミアの蔓を捉えることができた。

 

(名家は化け物揃いなのね……)

 

 しかし何よりも驚いたのはサラ・トレヴァ―が何食わぬ顔で回避していたこと。私は名家と一般の家系で雲泥の差だと思い知らされた。

 

「"イケない"子ねぇ? アタシの命令通りにココを守れないなんて」

 

 静寂を破る着地音と共に現れた原罪。即座にアレクシアが仕掛けたが、まったく歯が立たない様子。

 

「あなたの相手は私よ」

「あらぁ? イクのを我慢できない子がまだいたのねぇ?」

 

 キリサメを標的にした原罪。私は彼を守るために原罪と向かい合い、片腕で剣を振るった。

 

「アタシには分かるわよぉ。アナタは銀の階級でしょう?」

「答える義理はないわ!」

  

 剣の刃が掠りすらしない。私はひたすらに剣を振るいながら、アレクシアの方角へと視線を一瞬だけ送る。視線の先では肩に突き刺された刀身を引き抜こうと試みつつ、空を見上げていた。

 

(時機に朝日が昇るのね。それまで耐えきることができれば……)

 

 彼女が時間を稼ごうと考えていることを察する。私もどうにか時間を稼ぐ方法を考えていると、

 

「"アイツ"から聞いたわぁ。実習訓練で銀の階級を一人だけ殺したって」

「何を話して……!」

「イカせられた人間の名前は確か──ルーク・ブライアンだったかしらぁ?」

 

 私の恩師の話題を原罪が口に出した。

 

(……やるしか、ないわね)

 

 戦いにおいて感情は敵となる。けれど時間を稼ぐためにはこの方法しかない。

 

「っ……!!」

 

 怒りに身を任せ、会話と交戦で時間を稼ぐ。怒りに支配された人間を弄びたがる。相手の性格がひん曲がっていることを祈るだけ。その結果は──

 

「何も知らない吸血鬼が──あの人を冒涜するなぁッ!!」

「うるさいわねぇ」

「くっ……!?」

「うふふっ、それじゃあアナタは──」

 

 ──失敗。標的はキリサメ・カイトへと向けられる。

 

「──恩師のように想いやれるかしら?」

「……ッ!!」

 

 私はすぐさま駆け出す。きっと彼を庇って私は死ぬ。

 

「ほら──()っちゃいなさい」

「うぁあッ!?!」

 

 けどいい。どうせ既に死んでいる肉体だから。

 

「え?」

 

 カミルさんへ手紙も残した。何も悔いはない。

 

「シ、シビルさん?」

「……」

 

 ……あぁ、でもやっぱり、

 

「だ、大丈夫ですか──」

 

 ほんの少し、後悔があるなら、

 

「うッ……うぁあぁあぁあぁあぁッ!?!!」

 

 仕事の手紙だけじゃなくて──

 

(真面目、すぎたわね)

 

 ──アーサーに、恋文を書けばよかった。

 

 

 

『カミルさんへ

 アレクシア・バートリは優秀な人物です。吸血鬼と戦い、仲間を導き、私たちと共に戦うリンカーネーションの一員です。彼女は生徒とは思えないほど冷静かつ戦闘能力に長けています。今回の派遣任務で彼女の貢献により、班員が助けられました。

 でもカミルさんの言う通り、場合によっては疫病神になるかもしれません。けれど疫病神でも、彼女に救われる命はあります。なので私は彼女を殺せない。ごめんなさい、カミルさん。

 処分は必要ありません。私はきっとそちらへ戻れないと思います。B機関でお世話になった方々、今までありがとうございました──"人類に栄光あれ"。

 B機関 銀の階級 シビル・アストレア』

 

 

 

 SideStory : Sibyl Astrea_END

 

 

 


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