ЯeinCarnation   作:酉鳥

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SideStory : Wendy Florence ─ウェンディ・フローレンス─

 ※この物語はドレイク家の使用人、ウェンディ・フローレンスの日記です。

 

 

 ~○月○日~

 私はお母さんとお父さんを吸血鬼に殺されてしまい、本来ならば孤児院へ送られるはずでした。けど孤児院は数年前に吸血鬼の襲撃によって壊滅してしまったようで、行き場を失った私は、運良くこのドレイク家の館で使用人として務めることになりました。これから地下室のちっぽけな部屋でこの日記を書くことにします。

 主はブレント・ドレイク様とチェルシー・ドレイク様。怖い方々ばかりでとても不安だけど、生きていく為にも明日から頑張らないと……。

 

 ~○月○日~

 今日は沢山怒られてしまいました。お皿を割ったり、紅茶の淹れ方を間違ったり……初日から辛い事ばかりです。覚えることも沢山あります。本当に使用人としてやっていけるのか心配です。あぁ、故郷に帰りたい。もう会えないけど、お母さんとお父さんにまた会いたいです。

 

 ~○月○日~

 今日は少しだけいいことがありました。使用人の友達ができました。一人はベテランの使用人"デボラ・ティアニー"さん。もう一人は一年前に使用人になった"エリゼ・オークス"さん。二人は怒られてばかりの私を見兼ねて、色々と助けてくれました。

 デボラさんは「最初は誰でもそんなもんだから気にすんな!」とエリゼさんは「最初の頃の私より全然マシ」と声を掛けてくれたので、少しだけお仕事に対しての不安がなくなりました。これから頑張れそうです。

 

 ~○月○日~

 最近、やっとお仕事に慣れてきたので、怒られる回数も少なくなりました。まだまだ 分からないことも多いけど、その度にデボラさんやエリゼさんが手助けをしてくれるそうです。それに楽しみや嬉しいことも増えてきました。

 その一つがデボラさんが提案してくれた『お互いのことを教え合う』という会です。色々と聞きたいこともあったので、その日を楽しみにこれからはもっと頑張れそうです。

 

 ~○月○日~

 今日はお仕事が終わった後にデボラさんのお話を聞きました。デボラさんは"ロストベア"という海の向こうの大陸からやってきたそうです。向こうは生き辛い世界だったから、このロザリアまで逃げてきただとか。デボラさんが"チャオ"というような不思議な言語を口に出すのはそれが理由なのでしょうか。

 次はエリゼさんが話を聞かせてくれるらしいです。楽しみが一つ増えました。明日も頑張ります。 

 

 ~○月○日~

 今日は楽しみにしていたエリゼさんからお話を聞きました。エリゼさんはグローリアのイーストテーゼ出身で、家族の中に優秀な妹がいるらしいです。名前は確かシャノン・オークスさん。「いつか十戒に選ばれる妹」と自信満々に話してくれました。今はリンカーネーションに入るためのアカデミーに在籍しているみたいです。

 エリゼさんが使用人をしているのは妹の為にアカデミーの費用を稼ぐためだとか。一年以上も会っていないらしく、久しぶりに顔を合わせたいと言っていました。

 次は私のことを話す番。自分のことを話す機会などなかったので緊張します。あ、お仕事も頑張らないと。

 

 ~○月○日~

 今日はドレイク夫妻が館に一人の少女を連れてきました。名前は"ミア"。私と同じぐらいの容姿で、視線が合うとにこっと笑ってくれました。笑顔が素敵なとても可愛らしい子。

 けれどドレイク家の方々の一部ではあまり良くないと思っているみたいです。ドレイク夫妻も子供を好まないので、酷い扱いを受けないといいのですが……。

 

 ~○月○日~

 今日はドレイク夫妻がミアとお部屋で仲良く遊んでいました。あのドレイク夫妻が遊んでいるのには驚きましたが、ミアの魅力に惹かれたのでしょうか。とにかく酷い扱いを受けなくて良かったです。

 そういえば、まだデボラさんやエリゼさんに私のことを話せていません。夫妻の知人が行方不明となってしまい、私たち使用人のお仕事が増えたからです。いつ話せるのか。その日まで頑張ります。

 

 ~○月○日~

 今日はミアと初めて喋りました。話すきっかけは向こうから声をかけてきてくれたことです。ミアは私を一人の少女として認識し、接してくれているようでした。久しぶりに歳が近い子と話せて、とても楽しかったです。また話せたらいいな。  

 

 ~○月○日~

 今日はミアと庭園を散歩しながら、色々とお話をしました。ミアは植物全般に詳しくて、花の名前や植物の性質を事細かに教えてくれたんです。「どうしてそんなに詳しいの?」と聞いたら「小さい頃に本をずっと読んでたから」と言っていました。なので私も小さい頃に読んだ『悲劇の王女』という本の話をしました。

 王女が姉妹の想いや勇気を胸に悪魔を倒す話です。何度もお母さんに読んでもらった大切な思い出です。ミアはその話を聞いて、微笑んでくれました。

 

 ~○月○日~

 今日はミアとお友達になりました。歳が近い子とお友達になったのは初めてだったので、とても胸が躍ります。だけど最近は失踪する方々がドレイク夫妻の知人に留まらず、使用人まで姿を消しているので、その分だけ私たち使用人のお仕事も増え、ちょっぴり大変な毎日を歩んでいます。

 それとドレイク家の方々はミアを敵視しているようです。この失踪と何か関係があると睨んでいるのでしょうか。私はそうとは思えません。ミアは明るくて優しい女の子です。きっと吸血鬼がどこかに潜んでいるんだと思います。 

 

 ~○月○日~

 今日は不思議なことがありました。私にちゃんとした部屋が用意されたんです。ミアが「ドレイク夫妻にお願いをした」と言っていました。ここまでしてくれる理由が分からず「どうしてこんなに優しくしてくれるの?」と尋ねたら「ウェンディはお友達だから」と。 

 デボラさんやエリゼさんは妬んだりせず「良かったじゃない! これからはウェンディの暖かい部屋で話せるね!」と喜んでくれました。本当に優しい人たちです。だけどミアはあまりデボラさんたちのことを気に入っていません。四人で仲良くできれば嬉しいのですが……。

 

 ~○月○日~

 今日は不吉なことが起こりました。ドレイク夫妻の知人や使用人だけでなく、ついにドレイク家の方々が姿を消したんです。今日の館は混乱状態。特にブノア・ドレイク様が怒声を上げていました。きっと失踪した方々がブノア様のお姉さんとお兄さんだからだと思います。一日中、ドレイク夫妻と激しい言い争いをしてしました。

 一体、何が起きているのでしょうか。ミアはそんなことを気にも留めていないようです。少し、おかしい気がします。 

 

 ~○月○日~

 今日はブノア・ドレイク様にミアを監視するように命令されました。ブノア様はミアが元凶だと睨んでいるようです。私は否定しようとしましたが、少しずつミアを信頼できなくなっています。こんな状況でもミアは明るく振る舞っているのです。まるで"この惨劇を楽しんでいるように"。

 なので明日からミアを監視することにします。これが……何かの間違いであると祈って。

 

 ~○月○日~

 私は見てしまいました。ミアが、ミアが奇妙な植物をドレイク夫妻に植え付けている光景を。声も出せない私にミアは「あなたは殺さない。だって友達でしょ?」と笑みを向けてきました。怖くて、何も言い返せなくて、頷くことしかできなかった。すべての元凶は、ミアだった。友達だと思ったのに、こんな酷いことをするなんて。

 これからどうしよう。

 

 ~○月○日~

 ミアがあの植物に寄生されると自我が崩壊し、喉の渇きを潤すことしか考えられなくなると私に教えてきました。けれどごくまれに"自我を保ち、寄生植物と調和する人間"もいると。残酷な話を楽しそうにするミアが怖い。でも私は機嫌を損ねないように、無理やり笑いました。

 機嫌を損ねたら、何をされるか分からない。

 

 ~○月○日~

 ついに使用人が、私とデボラさんとエリゼさんだけになりました。ミアがあの植物で私たち以外を失踪させたのでしょう。ブノア様は明日、館から出ていくようです。デボラさんとエリゼさんも出て行こうとしているようですが、私は行けません。なぜなら私はミアに監視されているから。

 デボラさんとエリゼさん、どうかお元気で。

 

 ~○月○日~

 ミアは悪魔でした。館を植物で覆いつくして、化け物を徘徊させ、外へ出られないようにしたんです。デボラさんとエリゼさんは命からがら逃げきって、私の元へ来ました。私は裏切り者として二人に憎まれる。そう覚悟したのに、デボラさんとエリゼさんは「ごめんね。助けを呼べなかった」と謝ってきたんです。

 二人はどうにかミアから逃れようと様々な作戦を考えていました。でも私はミアが怖くて、部屋の隅でうずくまることしかできなかった。二人は最後に私へ一冊の手帳を託して、二度と私の部屋には戻ってきませんでした。

 

 ~○月○日~

 私のこと、話せていなかったですよね。私はウェンディ・フローレンス。両親が吸血鬼に殺されて、このドレイク夫妻の館へやってきました。実はこう見えて、絶対音感があるんです。はい、意外ですよね。将来は、将来は、吸血鬼から誰かを守れるようになりたくて。

 あ、あぁ……デボラさん、エリゼさん、私、何も話せていな、くて──

 

 ~○月○日~

 部屋の隅にある物置部屋に剣や銃などの武装と石油のタンクが置かれていることに気が付きました。こんなところに運んだ覚えはありません。もしかしてデボラさんやエリゼさんがミアを倒すために用意を……?

 でも私には何もできない。ミアが怖くて、逆らえない。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。こんなどうしようもないぐらい弱くて、ごめんなさい。

 

 ~○月○日~

 ミアが「もっと友達が欲しいから人を呼びましょう」と言って、ドレイク夫妻を植物で操り、リンカーネーションへ手紙を送ったようです。館は植物に支配され、地下室は化け物だらけ。たった一人、私だけが無事で、ずっとこの館で生き続けています。きっと殺された方々に憎まれている。

 

 ~○月○日~

 明日は要請を出したリンカーネーションの方々が館にやってくる。ドレイク家の方々のようにミアのオトモダチにされてしまう。私は弱いから、何もできない。これから多くの人が殺されていく。それを眺めるだけしかできない"傍観者"。

 お願い、誰か──私を助けて。

 

 

 SideStory : Wendy Florence_END

 


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