※これは派遣任務より前のお話です。
この異世界へと転生してきて早数ヶ月。親友が食屍鬼に殺され、俺は生き残っている。その事実は未だに全身へ重く圧し掛かっていた。
「その顔はやめろ。癪に障る」
「あはは、相変わらず厳しいなお前は……」
暗い内容を考えていればアレクシアがそれに気が付き、俺に対してそんな毒を吐いてくる。毒を吐くタイミングは今のところすべてピンポイント。百発百中だ。
「そういやさ、アレクシアって自分の事を何も話さないよな」
「……話す必要がないからだ」
「なんか不公平じゃね? 俺も色々と話しているんだし、お前のことも話してくれたっていいだろ」
アレクシアは自身の事を深くは語らない。話してくれたとしても一文、二文程度の量。しかもこうして尋ねれば、露骨に嫌な顔をする……そう、今まさにこの顔。
「……何を聞きたい?」
「何を聞きたいって……。話はアレクシアが決めることじゃ──」
「話を聞きたいと望んだのはお前だ。お前が決めろ」
「あー……えーっと……」
「本当は聞きたいことなどないのだろう?」
「ちげーよ! ありすぎて何を聞けばいいのか迷ってんの!」
そこでふと脳内に浮かんだ疑問。
「あー……アレクシアって、生まれた時から強かったのか?」
「二年ほど前に孤児院で吸血鬼を一匹殺したな」
「いや、今のアレクシアのことじゃなくてさ。んー、何て言うんだろうな? 転生者として"一番最初の人生"っていえばいいのか?」
「……その時代か」
アレクシアは吸血鬼を殺すことにこだわっている。それこそ転生者としてひたすらに吸血鬼を殺し続けてきた。その"強さ"は元々備わっていたのかが気になる。
「転生者としての紋章を与えられた最初の人生は十六で死んだな」
「そんな若いのにどうして死んで……」
「食屍鬼に殺されたんだ」
「は!? お前が食屍鬼に殺されたのか!?」
「そこまで驚くことか」
とても想像できない。アレクシアは集団で襲い掛かる食屍鬼を涼しい顔で次々と薙ぎ倒してきた。そんなやつが食屍鬼に殺されるなど、俺からすればあり得ないことだ。
「最初の私は無知だった。吸血鬼共の習性も弱点も理解していない素人。剣術さえ学んでもいない。"傲慢さ"と"外面だけの自信"が唯一の取り柄だったな」
「……」
「今でも忘れられない。食屍鬼相手に情けない顔で泣き喚いて、脚の肉を喰われ、肝臓を引きずり出され、初めて殺されたあの瞬間を」
「そこまで鮮明に覚えてんのかよ……」
淡々と最期の有様を語るアレクシアを見つめながら、俺は思わず苦笑してしまう。事細かに殺された瞬間を語るこいつの表情はとても穏やかだ。
「お前は私が生まれた時から強かったのかと聞いてきたな?」
「あ、あぁ……」
「言葉で語ることすら愚かしいほどに弱かった。精神的な面でも身体的な面でもな。恐らく今のお前よりも"弱い"だろう」
「でも今のお前は強いだろ? なんかこう……強くなれるような修行とかしたのか?」
「……あれは確か四度目の人生だったか。食屍鬼一匹すら殺せず、途方に暮れていた私はとある人間と出会った。ヤツは私と同じ転生者で、今の私を作り上げた師だ」
「師匠ってことは、アレクシアよりも強かったり?」
「今の私とは知らんが、過去の私とならば"アイツ"の方が
過去の時代をアレクシアは懐古していた。こいつのそんな顔は初めて見る。俺はアレクシアに多少なりとも人間味があることに安心し、
「その師匠とは今も仲がいいのか?」
「……知らん」
「ん? 知らんってどういう──」
「アイツは私の手で殺したからな」
「あっ……」
見事に地雷を踏み抜いた。折角の雰囲気を崩してしまい、俺は何と言葉を返そうかと狼狽えていると、アレクシアは続けてこう話す。
「アイツは吸血鬼に魂を売った。転生者としての使命を捨ててな」
「……」
「厄介なヤツだ。殺す間際で私へ『吸血鬼が存在しない世界』を託してきた。最期の最期までアイツは身勝手な"女"だったよ」
「……なんか、ごめんな。嫌なこと話させて」
「過去の話だ。気にも留めていない」
気まずい空気。俺はだんまりとしているアレクシアを横目にチラチラと視線を送りながら、何とか最初の話題まで戻すことにした。
「ていうか……昔のお前が俺よりも弱かったってマジかよ」
「信じられないのか?」
「そりゃあだってさ。今のアレクシアはすげぇ強いだろ? 吸血鬼や眷属だって倒してきてさ。だから『弱かった』って話があんまり信用ならなくて……」
疑心暗鬼になる俺に呆れたアレクシアは溜息をつく。
「信じられないのはお前が読んでいた"異世界"に関する本の影響か?」
「いや、まぁ、そうと言えばそうかも……」
「その本の主役は最初から力を手にしているのだろう?」
「あー、大半はそうだな。やっぱり最初から強い主人公が多くてさ。突拍子もなく最強の力を手に入れたり、異世界転生する前に神様から最強の力を与えられたり、実はこの分野に関しては最強だった……とか?」
「その者たちは今の私よりも強いか?」
「んー……主人公にもよるけど、多分アレクシアよりも相当強いと思うぜ」
「……そうか」
「……アレクシア?」
突然言葉を発さなくなるアレクシア。俺は嫌気が差しているのか、とおそるおそる顔を覗き込んでみるとそうでもないようで、この話題について深く考え込んでいた。
「もしかしてお前って、そういうのが嫌いだったり?」
「いいや、特に何も思わん」
「ほ、本当か?」
「過去の私が"妬む"程度だ」
「妬むって……?」
「私たち転生者は転生を繰り返せば肉体が強化され、記憶が引き継がれる。だがその話によれば、異世界転生者たちは二度目の人生、もしくは一度目の人生で力を手に入れられるのだろう?」
「まぁそうだな」
「少し考えてしまった。私もそこまでの力を手にしたのなら、この時代の吸血鬼共を死滅させることができたのかとな」
やっぱりアレクシアは吸血鬼に対して執着している。 以前から「吸血鬼を死滅させるまで死ぬつもりはない」とよく言っていた。
「アレクシアってさ、どうして吸血鬼をそこまでして絶滅させたがるんだ?」
「お前は何を言っている? 吸血鬼の肩でも持つつもりか?」
「いやいや、違う違う! ほら、お前って異常なほど吸血鬼を絶滅させたがるだろ。俺だって吸血鬼はいない方がいいと思ってるけどさ。どうしてそこまで執着してんのかなって」
「それは私が──」
アレクシアはそう言いかけ、ゆっくりと口を閉ざす。その表情はまるで"まだ教えるべきではない"と返答を自制しているようだった。
「答えはいずれ分かる。お前がその時まで生きていればの話だが」
「その一言、冗談でもきついっす……」
それ以上は聞き出せない。アレクシアの性格を踏まえるに、今の俺が強引に知りたがろうとしても、その資格がないとあしらわれるだけだ。俺は苦笑交じりにそう返答しながら、ふと思いついたことを提案してみる。
「もしよかったらさ。他の"異世界"の本を読んでみるか?」
「お前が住んでいた世界の本を?」
「電子書籍っていう……あの、データ的な本がスマホに何冊か入ってるんだ。今は充電が切れて読めないけど、また動くようになったら読めるようになるぞ」
「……悪くはないな」
当の本人が読書を趣味と自負しているかは分からないが、よく本を読んでいる姿を見かけていた。他の世界の本となればアレクシアは食いつくのではないか……と考えて提案してみれば、予想通り興味を示す。
「俺さ、アレクシアの感想も聞いてみたいんだ」
「感想?」
「ほら、本の中で例えると"アレクシア"が主人公的な立場になるだろ? だからなんか主人公が他の主人公をどう思うかとか気になってさ」
「何を言っているのか理解できんが、お前の人生ではお前が主役だ。私を持ち上げるだけの脇役を好むのなら話は別だが」
「いや、まぁ、それは違うけど……」
正論をぶつけられ何も言い返せずにしどろもどろの反応をしてしまう。アレクシアは溜息をつき、俺の胸元を右の拳で軽く叩いた。
「私がいなくなった時、ただ殺されるだけの男となるか。それとも自ら己の道を切り開くか。それはすべてお前次第だ」
「……」
「とにかく……派遣任務を終えた後、スマホとやらで例の本は読ませてもらう。今は派遣任務に集中しろ」
それだけ伝えるとアレクシアは女子寮まで歩いていく。振り返ることはない。俺に何が言いたかったのか。この時は分からなかったけど──
──その意味を派遣任務で知ることになるなんて思いもしなかった。
SideStory : Kaito Kirisame A_END
一ノ罪:ステラ・レインズ
五ノ罪:ニーナ・アベル
今回のお話でアンケートを掲載しています。アレクシアに好きな衣装を着させることができる貴重なアンケートとなります。着させたいものがある方はアンケートを見て、投票して頂けると幸いです。