お姉ちゃんになったお兄ちゃんとイチャイチャしたい。 作:雨宮照
ええと、こけしの話でしたよね?
「そうです、お兄ちゃん。こけしの由来は芥子坊主だという説が有力です」
「急に戻ってきたな……で、それと何の関係が?」
「ふっふっふ。しかしですね、他にもこういう説があるんですよ!」
「他の説?」
不思議がるお兄ちゃんに、わたしは俗説の一つを聞かせます。
それは、こけしの名前が『子消し』に由来するというもの。
貧困のために間引きされた子供たちを弔うためにこけしが作られていたという説です。
話し終わると、お兄ちゃんは神妙な顔で俯いています。
確かに心苦しい話ですもんね……。
心優しいお兄ちゃんは、心を痛めてしまったのでしょう。
でも彼は、一つ息を吸い込むと、気丈に振舞って見せました。
わたしまで寂しい気持ちにさせたくなかったのでしょう。
そんなお兄ちゃんが、訥々と話し始めます。
「そっかぁ……でも、それでなにが分かるんだ?」
疑問を呈するお兄ちゃん。
確かに、この話が降ってきたこけしと結びつかないのは当たり前です。
しかし、今は普段の状況とは異なります。
仙人のイベントにエントリーした以上、刺客に狙われるのは必然で……。
「そこにいるんですよね、こけしの能力者が!」
「こけしの能力者⁉」
「そうです! わたしたちを襲ったのは、数々の子どもを消し去ってきた闇の抹殺者・コケシオトシストに違いありません!」
「……コケシオトシストってなんだ! ネーミングセンスが馬鹿だ!」
声を荒げてツッコむお兄ちゃん。
まだ分かっていないようですね、この世の真理が。
海賊に遭遇した時も、お兄ちゃんはコスプレに違いないとしばらく吠えていました。
本物だと判明してからも、ずっとありえないといい続けていましたが……。
「そろそろ自分が常識人ポジションじゃないことに気付いてくださいっ!」
「ええ! 俺が間違ってるとでも⁉」
心底納得がいかないという風に驚いてみせるお兄ちゃん。
これはもう一度、その目で確かめてもらうしかないですね……。
つまり、先ほどのわたしの推理が当たればいいわけです!
さあ、出てきてください刺客の方!
その姿を、我々の前に晒すのです!
わたしが心の中で念じると。
屋根に空いた大きな穴から、全身真っ黒の男が降ってきました。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
しかし、高いところから落ちてきたため、足の裏がジンジンしているようで。
彼はしばらく、足を抱えてうちの床を転げまわりました。
わたしもお兄ちゃんも、おバカな動物を見る呆れた目をしています。
……いいですね、わたしもお兄ちゃんにあの目で見られたいです。
思っていると、痛みが治まったらしい真っ黒の男が立ち上がり、名乗りを上げました。
「俺は『仙人主催大神様杯』の参加者の一人、コケシオトシストだ!」
「うわ、本当にその名前なのかダサッ!」
「ダサいっていうな! 一週間くらい考えたんだぞ!」
激高するオトシストさん。
しかし、お兄ちゃんは怯む様子もありません。
それどころか、ファイティングポーズで威嚇しています。
「……まあいい。屋根を壊した以上、お前は俺たちの敵。その名前と同じように無様に倒してやるだけだ!……コキオロシストの俺がな!」
「コキオロシスト……ふふん、貴様も能力者というわけか……。他人をこき下ろせばこき下ろすほど強くなる。面白い能力じゃねえか!」
「いいや、俺に能力はない! ただ言ってみただけだ!」
「なんなんだお前は!」
目の前で繰り広げられる緊迫の舌戦。
日頃わたしや菫ちゃんの相手をしているお兄ちゃんが優勢のようです。
しかし、ここは真剣勝負の場。
本番は口喧嘩などではなく、命を懸けた拳のやり取りです。
いくら口論に強くても、知恵や力がモノを言います。
両者そのことには気付いているのでしょう。
オトシストさんはなにやらズボンのポケットに手を入れ、武器を準備し。
お兄ちゃんも、ゆっくりと四肢の筋肉をコントロールしていきます。
言葉を交わしながらの睨み合い。
一触即発の空気が漂います。
それから十数秒後。
先に動いたのは、オトシストさんの方でした
ポケットに忍ばせていた鉄のこけしを手に持ち、屋根にあいた大穴から空中へと放ちます。
それは数秒後、放物線を描き、位置エネルギーを蓄えながらお兄ちゃんの頭めがけて降ってきて……。しかし、お兄ちゃんの位置だと屋根が邪魔で見えていません!
「お兄ちゃん、逃げて!」
わたしは、咄嗟に叫びました。
その声が聞こえたのか、彼はこけしの姿を目で追うことなく後ろに飛び退きます。
すると、直後お兄ちゃんのいた場所に鉄のこけしが降ってきて――
なんと、床を突き破って家の下にある地面にまで到達。
頭を下にして、逆さまに突き刺さりました。