お姉ちゃんになったお兄ちゃんとイチャイチャしたい。   作:雨宮照

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やる気の源は欲望。

「はっはっは! どうだ兄妹よ。これが俺の秘儀、こけし落としだ! こけら落としじゃないぜ? こけし落としだ! はっは!」

 もともと当てるつもりはそこまでなかったのでしょう。

 威嚇射撃の成功に、オトシストさんが気分よく笑います。

 それに対してわたしたちは、汗びっしょりで心臓バクバクです。

 だって、普通の中学生と高校生が能力者と対峙しているわけですから。

 喧嘩もしたことのないわたしたちが、異能バトルで緊張しない訳がありません。

 だけど、あきらめたわけじゃないですよ?

 わたしはこの戦いをはじめとするすべての試練に勝利し、仙人のところへ行くんです!

 そして、お兄ちゃんを……念願の、お姉ちゃんにします!

「ほらほらどうした? 手が出せないか? そうだろうな、だってこけしが降ってくるんだから! 傘や本で防ごうにも、屋根があるから落下地点も見えないし、分かったところで貫通するかも分からない。さあ、大人しく負けを認めてイベントから下りてもらおうか!」

 相変わらず調子に乗ったオトシストさんが挑発してきます。

 ……やはり、降参させることがとりあえずの目的でしたか……。

 ただ、それが分かったところでわたしたちにはどうすることもできません。

 だって、彼はこけしを落とす能力者。プロのコケシオトシストなのだから……。

 しかし、全く勝ち目がないことはないでしょう。

 漫画やアニメでは、主人公たちが思わぬところからアイデアを得て、格上の相手を倒していきます。だから、今すべきことは冷静になることです。

 だから、わたしはお兄ちゃんの陰に隠れつつ突き刺さったこけしに近づいて――

 それを拾い上げ、観察しました。

 未だにぎゃあぎゃあと騒いでいるオトシストさんは完全に自分の世界に浸っていて、こちらのことなど見ていません。

 ええと、このこけしはどうやら能力で具現化されたものではないようですね……。

 職人の手によって大切に作られた、緻密で精巧なこけしのようです。

 そして、名前の通りオトシストさんはこけしを落とすことしか出来ず、投げる能力には秀でていないらしい……となると、この作戦が使えるのでは……?

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

「ん……? 若菜、どうしたんだ?」

 彼に対抗する術を思いついたわたしは、早速お兄ちゃんに伝えるべく小声で呼び寄せます。

「お兄ちゃん、大切な話があるのでもう少し近くに来てください」

「ああ…………、これでいいか?」

「はい! ありがとうございますっ」

 近くにきて、話しやすいように腰をかがめてくれるお兄ちゃん。

 わたしの口元に、お兄ちゃんの耳があります。

 ……どうしましょう。

 オトシストさんに勝つ方法とか、どうでもよくなってきましたね……。

 いやいや、ダメですよわたし!

 目先の欲にとらわれちゃいけません!

 我慢した先の喜びのため、今こうして闘っているんじゃないですか!

 お兄ちゃんの耳の穴を前にして悶絶するわたしですが、ここは自分を律しないと。

 だから、ちょっとだけ。

 戦闘の邪魔にならない程度に、欲望を満たします。

「………………お兄ちゃん、ぱくっ」

「…………んわぁっ! なにしてんだいきなり!」

「……なにって、お兄ちゃんのお耳をくわえてしゃぶってるんれふけど……」

「やめろ! ふやけて水餃子みたいになったらどうするんだ!」

 驚いたらしく、大きな声を出してしまうお兄ちゃん。

 わたしの前にお兄ちゃんの体の部位を差し出すのは、空腹の猛犬の前に和牛を置くのと同じような行為だと分かっているはずなのですが……。

 まあいいです、本題をはやく伝えましょう。

 お兄ちゃんの耳をしゃぶって、元気が出てきたところです。

 と、わたしが意気込んだそのときでした。

「なにをこそこそ話しているんだ! 降参するのかしないのか、早く決めないともっとこけしを落としちゃうぞ~!」

 ついに、オトシストさんに気付かれてしまいました!

 ピンチです! 作戦を伝えられませんでした!

 次のこけしを構えて、臨戦態勢に入るオトシストさん。

 その目はまっすぐに、振り返ったお兄ちゃんの姿をとらえています。

 ……あれ、ってことはわたしのことは気にしていないようですね?

 試しに、わざと大振りにラジオ体操をやってみせます。

 しかし、彼はまったく気に留めた様子を見せません。

 ……しめました! しめしめです!

 これって、わたしがステルス機能を持っているようなものじゃないですか!

 それならば、お兄ちゃんに作戦を伝えなくともなんとかなるかもしれません!

 だって、わたし自ら決行すればいいんですから!

 決心すると、一度廊下に出て庭にある倉庫に向かうわたし。

「……少しでも動いたらこけしを落とす」

 声が聞こえてきますが、わたしが動いていることには気付いていないようです。

 それに、少しでも動いたらという彼の言葉。

 これはお兄ちゃんに向けられたセリフですが、つまり敵は今お兄ちゃんの行動を注視しているということです!

 よって、敵は周りの変化に鈍感になっていると考えられます。

 ……やるなら、今のうちのようですね。

 わたしは倉庫から縄を持ってくると、それを短くまとめて持ち。

 そして、リビングへと戻ります。

 しかし、入るのは玄関ではなく、勝手口。

 オトシストさんの、背後です。

「分かった、分かったからこけしを下ろすんだ……!」

「いいや、それは降参を聞いてからにしよう。ほら、敗北を宣言したまえ……」

 わたしの動きに気付いて、会話を伸ばしてくれているお兄ちゃん。

 再び戦場に戻ったわたしと目が合います。

 少し不安そうですが、期待の滲んだ瞳。

 ……これは、普段以上の力が湧いてきそうです!

 お兄ちゃんの瞳に励まされ、より一層気合いの入るわたし。

 縄を構えて……近づいて……一気に……

 

「とりゃ――――! こけしマニア、確保ぉ――――!」

「えっ……うわっ! ぎゃあああああああああああああ!」

 

 作戦成功ですっ!

 以上、こけしを上に投げられなければ落とすのも無理だよね! 作戦でした!

 

 


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