冬物語   作:くすはらゆい

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第一話 鳰原令王那

 先に前置きしておこう。

 

 今から綴る全てが、僕の物語の全てというわけじゃ決してない。僕の人生の全てというわけじゃ決してない。

 

 一中学生の、一断章。

 

 それも冬限定である。

 

 あくまで、一つのストーリーを綴る上で、ここを継ぎ接ぎしておくのが妥当かなと僕が判断しただけである。

 

 そう言い訳がましく言ってみせたところで、それでも読む気があるという寛大な御仁。

 

 手始めに冬物語の濫觴を綴ろうと思うので、最後までお付き合いしていただけると重畳だ。

 

 

 12月24日。太平洋に浮かぶ小さな列島に住まう一億人が、赤い服を着込んだ髭もじゃのおじ様がプレゼントを運んでくるとされる、住居侵入罪もへったくれもあったもんじゃない奇祭の訪れに欣喜雀躍する日である(余談だが、諸外国では何とかという御仁の降誕を慶祝することもあるらしい)。

 

 この日に街へ繰り出せば、人目を憚らず触れに触れ、近づきに近づく男女が彼方此方で見受けられ、これを受けて師走の厳しい寒波も法界悋気して、彼の者たちを体の芯から凍てつかせんと張り切りを見せる由である。僕のように特に逢瀬を重ねる相手の居ない者はとんだとばっちりだ。

 

 追記すると、僕の通う加茂川中央(かもがわちゅうおう)中学校の終業式もこの日に催されるのである。

 

 明日から冬休みならば君も諸手を挙げて喜んで然るべきだろう、と宣う御仁もいらっしゃるかもしれない。けれどその冬休みが、僕にとって阿鼻地獄の如き日々となることが予定調和とされてきたので、心待ちどころの騒ぎではないのだ。

 

 加えて僕が末席を汚す2年7組の担任教諭は、あろうことか僕ともう一人の子女に教室の大掃除の任を課してきたのだから、僕の頽れたくもなる気持ちは想像に難くないであろう。

 

「さあ、桐ヶ谷(きりがや)君。さっさと片付けちゃいましょう」

 

 そう低く諭すか調子で言ってきたのは、我がクラスの学級委員長、鳰原令王那(にゅうばられおな)女史その人である。

 

 鳰原令王那について軽く解説しておく。前掲の通り、加茂川中央中学校2年7組の学級委員長を卒なく務める女子学生である。これがまたステレオタイプ通りの女子学級委員長と言った感じで、アンダーリムの黒縁眼鏡を掛け、毛染めとはまるで無縁と言わんばかりの黒い髪を二つ結びにし、制服も着崩すことなく折り目正しく着こなしている。学業成績は常にトップクラス。おまけにスポーツも万能ときた。所謂文武両道というやつだ。凡そ漫画やライトノベルの世界にしか存在しないと思われていた、生真面目が服を着て歩いてるような才媛。それが鳰原令王那である。

 

 何故僕が彼女と共に教室の大掃除を押し付けられたのか。その疑問を探ってみれば、矢張り僕が、学級委員長を輔翼する副学級委員長をしているからだろうという点に行き着く。まあ、鳰原が同窓生の信任を得て学級委員長になったのに対して、僕は寡黙が災いして────誰も手を挙げなかったところ、誰かが僕が相応しいと推薦した所に皆が便乗してなったという経緯があるから、委員長としての能力の差は論を俟たない。

 

 鳰原一人に雑用を押し付けるわけにもいくまいし、かくて掃除をしていると、

 

「そういえば、桐ヶ谷君は冬休みの予定とかあるんですか?」

 

 静寂にいたたまれなくなったのか、手を止めないまま鳰原がそう話題を振ってきた。余談だが、掃除の動作の端々にも鷹揚さが垣間見える。流石は優等生といったところか。

 

「まあ、あるって言えばあるな」

 

 予定と言っても、地獄に堕つる予定調和だけれど。

 

「そういう鳰原はどうなんだよ」

「え? 私ですか」

 

 聞き返されるとは意外だ、と言わんばかりの調子。でも、矢庭に莞爾と笑って、

 

「ええ。ありますよ。とっても忙しくなりそうです」

 

 

 ─────鳰原について、少し追記。

 

 鳰原とは2年に進学してから同じクラスになって、その時その存在を知った。

 

 息苦しそうな奴だな。

 

 僕が鳰原に対して初めて抱いた印象はそれである。

 

 前掲の通り、品行方正な委員長というのが、学校に於いて鳰原に与えられていた立ち位置だ。けれど、それは恰も優等生であることを強いられているみたいに感じるのだ。

 

 いや、鳰原はそんな被害者意識的な発言をするような性格とは思えないな。

 

 優等生で居続けていく内に、手の抜き所が解らなくなってしまったというか。

 

 自分の首を真綿で締めたというか。

 

 そういう言い方の方がしっくり来そうだ。

 

 そうして……いつだっただろうか。少なくとも、息苦しそうな顔も見慣れた頃だったはずだ。

 

 鳰原が妙に活気に溢れた顔をするようになったのである。

 

 成程男でもできたのか、と勘繰ってみたものの、その手の街談巷説が流れて来ないので、どうやら的外れだったらしい(中学生の四方山話の種は基本的にその手の話だし、その手の話題をキャッチする能力はマスメディアも目を見張るものがある)。まあ、仮に本当に男だったとして、僕はどうとも思わないけれど。

 

 そんなことを思い馳せながら、僕は、もとい僕たちは掃除を続けるのだった。

 

 

 

 戦後から忙しなく都市開発が推進されてきた街、東京。そのど真ん中で、なおかつ現代的な住宅や店舗がひしめき合う中、毛色の違う和風建築を見つけたのならば、それは十中八九、老舗呉服屋と受け取って貰って間違いないだろう。偏見だけれど。

 

 老舗呉服屋。

 

 その単語を何処かで聞いても、実際見たことがあるという人は少ないと思う。況んや来店した経験があるという人ならもっと少ないだろう。

 

 それは偏に、敷居が高くて入るのに緊張する、というイメージが人々の中にあるからだとか、呉服屋に足を運ぶ人間は、古きを尊ぶご老人か、相当の物好きかというイメージもあるからだと思う。さもありなん、である。

 

 と、何故斯様な話題を挟んだかと言えば、前章でなあなあにしていた、阿鼻地獄の如き僕の冬休みについて解説する為だ。

 

 僕こと桐ヶ谷透真(とうま)は、東京に屹立する老舗呉服屋「桐ヶ谷」の跡取り候補である。僕の父は「桐ヶ谷」の次男坊で、千葉県に進出して独立に至ったのだそう。だから、僕は厳密に言えば分家筋なのである。一応、本家の「桐ヶ谷」にも一人子どもが居て、それは僕の従姉、桐ヶ谷透子(とうこ)という。我が家の名誉の為に言っておくと、女子は跡取りに成れないなどといった、極めて前時代的な因習に雁字搦めになっているわけではない(そもそも現在桐ヶ谷家で最も発言権を有しているのは、僕と透子の祖母である)。

 

 透子は、不羈奔放を地で行くといった性格で、青春を謳歌せんと言わんばかりに学友と遊び倒しているのである。

 

 跡取りとして僕に白羽の矢が立ったのは、偏に僕が大人しく、周りの大人に迎合していたからに過ぎない。

 

 結局、寡黙が災いしてのことである。

 

 そういうわけで、僕の地獄の如き冬休みの予定とは、家業手伝い兼跡取り候補としての修行ということになる。

 

 それも、伯父さん宅で。

 

 かくて自分自身の境遇を振り返ってみると思わず、「はっ!」と鼻で笑ってしまう。

 

 息苦しそうにしてるのは、鳰原じゃなくて僕の方じゃないか。

 

 これに気づいたのは、夜半、父の運転する車に揺られ、東京の「桐ヶ谷」に着いた頃である。

 

 

 

 日付は変わり、12月25日。

 

 先に言っておくと、呉服屋の跡取り修行について、詳らかに描写するつもりはないのであしからず。

 

 あくまで、僕の冬物語の断章のみを綴っていくということは、旗幟鮮明に掲げておく。

 

 そんなこんなで、僕は店番をしていた。前掲の通り呉服屋を訪う人は、ご老人か物好きかに二分される。というかこの「桐ヶ谷」は、千客万来を目標としつつ、一見様御断りを標榜しているので、最早来てほしいのか欲しくないのかすら定かではない。オクシモロンを巧みに使って客足を誘う狙いかと思っていた時期もあるが、どうやら違うらしい。

 

 何とはなしに店内を見回してみる。金襴緞子が、それらが持つ魅力を十二分に発揮できるような形で、見事に飾られている。僕は「桐ヶ谷」の跡取りという境遇を受け止めきれてはいないし、自分をこんな気分にさせる呉服のことを呪うこともあるけれど、一つの芸術作品として放つ美しさは、矢張り認めざるを得ない。

 

 神韻縹渺。

 

 筆舌に尽くし難し。

 

 何だかざっくりとした表現になってしまった点は、御宥恕頂きたい。

 

 えらく余裕のある地獄じゃないかと思った諸氏よ。大人曰く、これも修行らしい。所謂ディスプレイの。

 

「あの、すいません」

 

 矢庭に、若い女の声が僕の耳朶を打つ。

 

 若い女。この店の客としては珍しい。

 

 しかし、一見様御断りのこの店に入れているのだから顧客だろう。仮にも店番中の身。恭しく対応せねば。

 

 そう思いながら振り返るとそこには、サイケデリックな髪(ピンクと水色で綺麗に二色に分かれている)を二つ結びにし、ガーリー?(ファッション用語はよく解らない)な服を着こなした、そう、有り体に言えば、渋谷の街を闊歩していそうな、大層今めかしい婦女子の姿がそこにあった。婦女子と言っても、年は僕とそう変わらないだろうけれど。

 

 そんなことよりも、青天の霹靂である。呉服屋を訪う人というのは、確かにご老人か物好きかだけれど、彼らは総じて着物ないしは堅めの洋服で来ることが殆どだ。彼女の服装は、まるで対極と呼べる。

 

 いや、落ち着け僕。対応だ。

 

「はあ。何か御用で御座いますか?」

「いえ。随分お若い店員がいらっしゃるなあと思いまして、ついお声掛けを……って、ええっ!」

 

 成程。確かに他の店員は若くても二、三十代だ。僕みたいなティーンエージャーは珍しいだろう。いや、それにしても周章狼狽が行き過ぎてはいないか。それを言えばお互い様だろうに。そんな事を考えていると、

 

「桐ヶ谷……君?」

 

 ぽつりと、小さな唇からそう漏れ出る声を聞いた。

 

 どことなく聞き覚えのある声だ。それに彼女の背丈や目鼻立ち。髪の色こそ違えど、二つ結びの調子。ちょっとした動作の端々にも垣間見える鷹揚さ。矢張り見覚えがある。

 

 やがて導き出された回答に、僕は「あっ!」と口走って、

 

「ひょっとして、鳰原!?」

 

 彼女は小さく首肯した。

 

 これには青天の霹靂どころではない。実際暗雲が頭上に現れて、落雷に打たれた気分だ。衝撃で何も言えないでいると、鳰原は訥々と紡ぎ出す。

 

「桐ヶ谷君って……ここのお家の子だったんですね……」

「ああ。厳密に言えば、現当主は僕の伯父さんだけれど。それより、鳰原ってこういう店にパイプがあるんだな」

「はい。ある人のお遣いで用事がありまして」

 

 いやはや。未だに驚天動地の坩堝から抜け出せていない。確かに折り目正しい鳰原ならば、こうした呉服屋とパイプを持っていると言われてもここまで驚かったかったであろう。だが、それはあくまで平素の鳰原の話だ。その鳰原が、まさか斯様な服装をしているとは。

 

 人は見かけによらぬ。この言を説きし名も知らぬ故人に、たった今から格別の敬意を払おうとしたところ、鳰原は思い出したように、

 

 「あっ。私、お遣いの途中なんでした。では、また」

 

 一歩踏み出して、でもすぐにくるりと回り、「あと……」と前置きしてから人差し指を口に添えて、 

 

「私がこの格好をしていたことは、学校のみんなにはくれぐれも内密にして下さいね」

 

 ─────何だか目眩がしたのは、きっとサイケデリックな髪色の所為だ。

 

 

 

 さて、一大事件を時間が解決したところで、桐ヶ谷透子について綴りたいと思う。といっても、前掲の通り不羈奔放を地で行く性格という部分だけを牢記して頂きければ、恙無くこの先のお話は進行していくのだろうけれど。

 

 桐ヶ谷透子。月ノ森女子学園に通う、高校1年生である。彼女のモットーはいつ言ったか、「春は短し、遊べよ乙女」。友人と珍妙な飲み物を口にし、益体もない話をすることを至上の悦びとする由である。

 

 本人曰く流行り物には敏感だが、僕から言わせてみれば彼女が目をつける物は些かケレン味が強くて(これが驚くべきことに食品の場合味は普通だ)、流行する兆しは全く見えない。

 

 しかしながら、華の女子高生としての神通力なのか、SNSではインフルエンサーとして人口に膾炙しているという。

 

 彼女は腹蔵なく物事が言える質で、人生の至るところで寡黙が災いする僕は、それこそ腹蔵なく言えば彼女が苦手である。別に彼女の根っこの部分が嫌いというわけじゃない。

 

 どうしても相容れない所があるだけだ。

 

「極楽蜻蛉の透子には解らねぇよ! 僕が何をどれだけ悩んでるいるかをよ!」

「何だよ急にカリカリして……。透真こそ男の癖に神経質過ぎるんだよ!」

 

 だから、斯様な口論に発展してしまったのは、本当に些細なことがきっかけである。

 

 僕が今日の修行兼家業手伝いを終えて自室に戻ろうとしたところ、偶然透子と鉢合わせたのだ。

 

 透子が「よう、透真。お疲れさん」と労いの言葉を掛けてきたものだから、僕もその謝辞というわけで、談話することにしたのである。

 

 かくて縷々と語るうちに、話題は今夜透子が遊びに行くという点になった。何でも、学友たちとバンドを組んでいるようで、その仲間とクリスマスの町へと繰り出すのだそう。

 

 普段ならば、僕も特に気には留めなかっただろう。しかし、その時は精神的にも疲弊があったせいか、不遜な態度をとってしまったのである。

 

 それに透子が反応して、売り言葉に買い言葉で、先の口論に相成ったと、経緯はこんなところだ。

 

 早い話、法界悋気というわけじゃないけれど、物事をはっきりと言えて、それで自由を手にできている彼女が羨ましかったのだろう。

 

 そうしていたたまれなくなった僕は、家を飛び出した。

 

 目的地もなく駆ける。

 

 己の愚かさから逃げるように。

 

 

 

 桐ヶ谷透真。14歳。クリスマスの寒波を、肌を刺されるかの如く感じていた。

 

 というのも、思いつきで家を飛び出したために、防寒具も財布も持って来ておらず、偶々見かけた公園のベンチに腰掛けて縮こまっているわけである(一応携帯電話はポケットに入れていたので持ってきているが、未読無視を決め込んでいることは論を俟たない)。

 

 冬休み初日から斯様な目に遭うとは。自分の数奇な運命を呪っていると、

 

「何をやっているんですか!」

 

 何処か聞き覚えのある声。

 

 昨日、教室の掃除をしながら聞いた声。

 

 今日、呉服屋の豪華絢爛な売り場で聞いた声。

 

 鳰原令王那である。

 

「鳰原……。ここで何してるんだ?」

「私はお遣いを終えて帰るところで、ってそれはこっちの台詞ですよ! 冬場の公園でそんな薄着で。風邪引いたらどうするつもりなんですか?」

 

 言って、鳰原は自分が着けていたマフラーを僕に掛けた。

 

「これじゃ鳰原が」

 

 そう言いかけたところで、私は予備でもう一つ持っていますから、と鞄からマフラーを取り出す。何だか、とてつもなく情けないな。

 

「それで、何があったんですか? さっきはお店にいたのに」

 

 鳰原は僕の隣に腰かけて問うてくる。さながら慈母のように。

 

 狡いな。こんな好意を貰った上に、そんな優しく問われちゃあ。悴んだ唇も、一人でに動いてしまうじゃないか。

 

 僕は、滔々と話す。大人たちに迎合して苦しんでいたこと。従姉と喧嘩してしったこと。

 

 洗いざらい白状したところでの鳰原の第一声は、「分かりますよ」だった。

 

「私も、以前までは同じような気分でしたから。自分の意見を言うのは、勇気が要りますよね。自分を殺しすぎて、時々本音と建前の境界もあやふやになっちゃうこともありますよね。

「よく分かりますよ。

「でも、私はある人に出会って変わったんです。いや、この言い方は我田引水でした。

「そうですねぇ。敢えて表現するなら、素の私を見つけてくれたと言うべきでしょうか。

「だから、私から桐ヶ谷君に言えることは一つ。

「自分を好きになって下さい。自分を好きになれる理由を見つけて下さい。

「口幅ったいことを言ってしまったかもしれませんね。でも、桐ヶ谷君のその懊悩が分かるからこそ、言わせて貰いました」

「自分を好きになれる理由……ね。何だかむつかしいな」

「むつかしく考える必要はありませんよ。それに、何も今すぐ見つけろとは言っていません。どんな些細なことでも良いです。少しずつでも良いです」

「分かったよ。前向きに検討しておく。けど目下の問題は透子のことだな」

「それに関してはは羨ましいっていうのもあります。ちょっと違いますけれど、姉弟喧嘩ってやつですよね」

「厳密には従姉弟だけれどな。鳰原は兄弟とかいないのか? 鳰原はしっかりものだから、妹か弟がいそうと勝手に思っていたよ」

「兄弟は……居ません」

 

 鳰原は目を伏せながら「それに」と付け足して、

 

「両親も多忙で、余り顔を合わせてません」

「成程。羨ましくもあるっていうのはそういうことか」

「はい。家族のことで悩めるのって幸せだなって」

「幸せの価値失ってから気付くってやつか?」

「不謹慎なことを言っちゃいけませんよ。桐ヶ谷君の問題はやり直しが効くんですから」

「確かにな。透子がこういうことをくよくよ考えているとは、想像だにできないし、素直に謝るか」

「相談したら胸のすく思いになったな。蒙を啓かれるってのもこんな気分なのかね?」

「そんな。仰々しいですよ」

 

 でもここで鳰原に会って、話を聞いて貰わなければこんな簡単に折り合いはつかなかっただろう。

 

「悪いな。鳰原」

「パレオ」

「へ?」

 

 パレオ? 水着の? どうしていきなりそんな話題になったんだ。

 

「パレオと呼んで下さい。私がこの姿をしている時の愛称です。それに、桐ヶ谷君が私に悪いことしたとは思っていません。ですから、一言お礼を下されば重畳ですよ」

 

 莞爾と笑いながら言う鳰原、もといパレオ。こっちも笑い返して、

 

「ありがとう。パレオ」

「どういたしまして。桐ヶ谷君」

 

 

 

 辺りを見渡すと、日は西の水平線へと顔を埋め、代わりに街の灯が顔を出すのが散見できた。

 

 逢魔時というやつである。

 

「すっかり話し込んじまったな。近場まで送るよ」

「いえいえ、そんな。悪いですよ」

「何、気にしなくてもいいよ。帰り道は文明の利器があるし。散々格好悪いところ見せて、今更遅いかもしれないけれど、僕の男の沽券を守ると思って、な」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 僕たちは、並び歩いては談笑する。話題は益体もないことばかりである。

 

 ところで、パレオに自分を好きにさせた「ある人」とやらの存在の発覚で、彼氏説が僕の中で大きくなってしまったので、その旨について質問しようと思ったけれど、答えを聞くのが怖くて躊躇ってしまった。

 

 だから師走の寒波よ。そう法界悋気するなよ。

 

 




 以下、マジの蛇足。

 帰宅した僕は、恙無く透子と仲直りした。

 けれど、透子がやたら僕が女物のマフラーを巻いていたことを冷やかしてきたので、また小競り合いになりましたとさ。
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