冬物語   作:くすはらゆい

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第四話 御簾の奥の岳母たち

 1月下旬。僕が臨むのは、東京に屹立するとある高層マンションである。何故に斯様な場所を訪うことと相成ったかといえば、クライアントがこのマンションでミーティングを行おうと提案してきたからである。

 

 クライアント、などと言えば僕の存在を始めて知った御仁は、僕のことを

スーツを着こなして東奔西走する営業マンと勘違いしているだろう。だけれど僕は、まだまだ人生の酸いも甘いも知らない、ただの中学二年生である。

 

 老舗呉服屋の跡取り候補という肩書きが付く以外は、平々凡々な厨ニなのである。

 

 だから、眼前にあるボタン式の装置───すなわちオートロックに謎の高揚感を覚えているのは、致し方ないことなのかもしれない。

 

 だって、オートロックだぞ? 暗証番号だぞ? 知る人ぞ知る、って奴だぞ? 健全な男子ならば、これらの言葉が持つ魔力を感じとれるであろう。

 

 などと考えていると、もとい不審な行動を取っていると、後方から「おい!」という怒号が僕の耳朶を打った。

 

 恐る恐る振り返ると、そこには金髪の女の人が、至極凶暴な目つきを僕に向けて立ちはだかっていた。いや、立ちはだかっていただけならばまだいい。彼女はやをら、でも確実に、一歩一歩と前進して僕との距離を詰めてきた。

 

 一方の僕は、足が竦んで全く動けない。髪と目つきが相俟ってか、女豹を前にした気分である。

 

 そうして、僕と彼女との距離があと一歩のところまで縮まる。彼女は、最後の一歩の代わりに、腰を曲げて、僕の顔を覗き込んだ。どうも僕よりも長身らしい。

 

「お前、このマンションの住人じゃねぇよな? ツラ見る限り中坊だけれど、どこ中?」

「え、えーっと。僕は……何も怪しい者ではなくてですね……」

 

 後から気付いたけれど、吃り方も相俟ってか、どう考えても怪しい者の台詞である。

 

 彼女は一層目を爛々と光らせ、僕に睨みを効かせてくる。

 

 ──────恐怖の余り、この人はひょっとしてマンションよりもデカイんじゃないか、と気に触れたとしか思えない錯覚を覚えたところで、後ろのドアが開いた。姿を現したのは、サイケデリックな髪の色をした少女だ。

 

「あのー。マッスーさんに桐ヶ谷君……お二人とも此処で何をされてるんですか?」

「パレオ! 逃げろ! 女豹が、女豹柄のマンションが、この街を押し潰そうと……」

「はて? 女豹柄のマンション? 桐ヶ谷君、変なものでも拾って食べました?」

「桐ヶ谷君?」

 

 言いながら金髪の人はさらに僕に顔を近づけてきてた。危うく僕は想い人の眼前で、見ず知らずの人と接吻をしそうになったところで、

 

「ああ! お前がパレオの言ってた桐ヶ谷透真か!」

「へ?」

 

 溜飲が下がったと言わんばかりに爽やかな口調になった彼女。唐突や豹変ぶりに、対する僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「何だよ? パレオから聞いてねぇのか? 私、RASでドラムやってる佐藤ますきって言うんだ」

 

 金髪の人は、腕を組みながら自らそう名乗る。そうそう。“RAISE A SUILEN”、通称RAS。僕がいうクライアントとは、彼女たちのことなのである。

 

 

 

 勢い任せに彼女たち、などと言ってしまったが、実質僕が相手取る人物はただ一人だ。

 

 珠手(たまで)ちゆ。アーティストネーム、チュチュ。若干14歳にして音楽プロデューサーとして人口に膾炙(かいしゃ)している少女である。音楽に限らず、ありとあらゆる業界に対してパイプを持っているらしく、クリスマスの日にパレオが「桐ヶ谷」にお遣いにきていたのも、現当主である僕の伯父さんに仕事を取り次ぐためであったらしい。

 

 余談ではあるが、パレオをRASにスカウトしたのも彼女だし、パレオの言っていた恩人とやらも、つまるところ彼女のことである。その恩返し的な意味も込めて、パレオはキーボードメイドと自称して、珠手さんの身の周りの世話役を買って出ているらしい(実にけしからん)。

 

 入り口前での恐怖体験(?)を終えて、恭しいパレオによって中へと案内された。

 

 外観からして相当な大きさであったのである程度予想はしていたが、実際足を踏み入れてみるとそれを上回る豪奢な内装が施されていた。廊下に敷き詰められているカーペットですらマットレスの如くフカフカで、気をつけていないと転びそうだと感じた。

 

 (やや)あって、部屋に到着したようだ。入ってみると、テーブルを中心にしたコの字型のソファが2組置かれており、その一方には既に三人の少女が着席していた。

 

 一人目は和奏(わかな)レイさん。僕たちが入室するなり、「ようやく揃ったようだね」と言いながら姿勢を正し、セミロングの黒髪を揺すった。

 

 二人目は朝日(あさひ)六花(ろっか)さん。シュシュで纏めた群青の髪が特徴的だ。彼女も和奏さんに続いて、「君がパレオさんの同級生の桐ヶ谷君? 今日はよろしくね」と鷹揚に挨拶してきた。

 

 三人目──────この人だけは足と組んだまま、赤みのかかった髪をクルクルと指で弄んでいる。珠手ちゆさんだ。身長は、僕やパレオと同い年という観点から見てもかなり小さい部類で、首にかけていた猫耳付きのヘッドフォンを相俟って、おぼこさの方が勝るといった印象だ。

 

「貴方がトーマ・キリガヤね」

 

 しかし、発する声色にはどこか冷淡さを孕んでいて、佐藤さんとはまた違った威圧感が感じられた。

 

 そんなことを考えていると、パレオが「粗茶ですが」と言いながら、矢張り恭しくテーブルに紅茶を置いた。僕とほぼ同じタイミングで入室したはずなのに、いつの間に淹れたのだろうか。湯気が上っているから、予め淹れていたということはないはずだ。

 

 何がともあれ、左様な事を言われたことのなかった僕は、「どうもご丁寧に」などと同窓生相手にえらく他人行儀な返答をしてしまった。それを見て、パレオは薄く微笑んだ。砂糖は入れなくても良さそうだ。

 

「それじゃあ、珠手さん。早速ですけれど」

 

 そう僕が紡いだ瞬間、

 

「皆まで言わなくていいわ。だって、聞く必要がないもの」

 

 珠手さんはキッパリと言い放った。予想外の展開であったのか(僕もだけれど)、皆一様に珠手さんへと視線を移した。

 

「単刀直入に言うわ。この仕事、貴方は降りてくれないかしら? すぐにキリガヤのおじさまと交代して」

「チ、チュチュ様……」

 

 意見具申(いけんぐしん)しようとするパレオに対して、珠手さんは片手を挙げて静止を促す。

 

「まったく、キリガヤのおじさまは何を考えているのかしら。こんな素人を寄越すだなんて」

「チュチュ様。ですから、それは私が提言したことで……」

「それは、さっき聞いたわ。だけれど、パレオはあくまで私たちの衣装のデザインをキリガヤのおじさまに依頼していたことを教えただけ。最終的に、この男に任せると判断したのはおじさまよ。いくら自分の甥っ子だからといって、有り得ないわ!」

 

 憤懣(ふんまん)遣る方ない、といった様子で舌鋒(ぜっぽう)を奮う珠手さん。

 

 一方の僕は、多大なショックを受けていた。すげなくされたこともそうだけれど、何より自分の考えの甘さに頽れそうになった。

 

 そう。同い年というだけであって、僕と珠手さんとの間には容易には埋められないキャリアの差がある。パレオが話し合いの場を設けてくれたからといって、対等になったというわけではないのだ。

 

 だがしかし、簡単に引き下がるわけにはいかない。

 

「それは僕が一番驚いているところなんです。あくまで、ちょっとお仕事の手伝いをさせてくれ、って伯父さんに頼んだだけで。だけれど、伯父さんが『そんなにやる気を出してくれたなら、この件はお前に一任する』って言ってきて。取り敢えず、珠手さんと話し合いの場を設けて貰えるようにパレオに頼んだんですけれど……」

「それもさっき聞いたわ! どうせ阿ったんでしょう? 自分の力を誇示したいと思ったんでしょう?」

 

 取り付く島もない、とはまさにこのことである。愈々どうすれば良いのか解らなくなってきて、思わず目を伏せてしまう。先程淹れたばかりのはずの紅茶からは、湯気が上らなくなっていた。

 

「チュチュ様、それはあんまりでは……」

「パレオ……ちょっと外してくれないか?」

 

 助け舟を出そうとしたパレオの発言を今度遮ったのは、片手を上げた佐藤さんだった。

 

 

 

 佐藤さんの言に従って、パレオは暫く外出することと相成った。一方の佐藤さんはというと、伸びをしながら、

 

「あーあ。やだやだ。こんなにピリピリした空気じゃ建設的な話し合いなんてとてもじゃねぇけど、できねぇよな。ちょっと話題変えようぜ」

「それと、パレオを退出させたのにはどういう関係があるのよ?」

 

 珠手さんは眉を倒豎(とうじゅ)させたまま佐藤さんにも食ってかかる。

 

「なあに。簡単な理由だよ。コイバナするのに当人がいたんじゃ何も話せねぇだろ」

「コ、コイバナ!」

 

 朝日さんは、佐藤さんの脈絡もない発言に反応し、頬を薄桃色に染めた。

 

「ちょっと、ますき。さっきから短兵急な物言いばっかだけれど、どうしたの?」

 

 和奏さんは、佐藤さんを宥めるようにそう言った。

 

「まあまあ、そう焦るなって。私たちの周りって女子校の生徒ばっかだから、そういう浮ついた話出てこねぇし、皆も興味あるだろ?」

 

 いいながら、佐藤さんは矢庭に僕の肩を叩いて、

 

「コイツ、パレオのこと女として好きなんだぜ?」

「「「「え!?」」」」

 

 佐藤さんが投下した爆弾に、珠手さんまで吃驚(びっくり)仰天としている。いや、僕も例外ではないのだけれど。

 

「お前、私のこと不良だと勘違いしてたとき、パレオのこと逃がそうとしてたもんな」

「あ、あれは反射的な反応というか……」

「じゃあ何だ? パレオのこと嫌いなのか?」

「い、いえ。嫌いなはずは……」

「じゃあ、好きってことでいいんだな!?」

「え……ま、まあ」

 

 佐藤さんの詰問に折れ、首肯する僕。その反応を見て、和奏さんと朝日さんは頬の肉を弛緩させて、

 

「え? 嘘、いつから? いつから好きだったの?」

「いやー! コイバナなんて久しぶりやから、こっちまでこっ恥ずかしくなってきたわ!」

「ねぇねぇ! パレオのどこを好きになったの? やっぱり料理が上手いからとか? 男子的には家庭的なところに惹かれるって良く言うもんね」

「あ! そうや桐ヶ谷さん。お茶請けにクッキーあるんやった。あ、それともお饅頭の方がええ?」

「いや、お義母さん!? 娘婿が挨拶に来た時のお義母さん!?」

 

 思わず斯様なツッコミを口走ってしまった。この機会を逃すまいと、佐藤さんは追い打ちをかける。

 

「おいおい! 婿とか、もうそんなところまで行ってるのかよ! 最近の中学生は進んでるんだな。レイ母さん」

「今から孫の顔が楽しみだね。ロック母さん」

「ちょっと! それは二人の問題ですよ! ねぇ、ますきさん母さん」

 

 はっはっは。と笑い声をあげながらどんどん話を飛躍させてゆく三人。これを見て珠手さんは机を叩いて、

 

「Wait! 何アットホームな雰囲気になっているのよ! 私はパレオにBoyfriendなんて認めないわ!」

「なんだよ、チュッチュ〜。嫉妬してんのか?」

 

 佐藤さんは、珠手さんの頬を突っつきながら言う。

 

「変な言い方しないで! それに、嫉妬なんかしてないわよ!」

「本当か〜」

 

 佐藤さんは訝しげな視線を珠手さんに送ったかと思いきや、「それじゃあ」と真剣な目つきに戻して、

 

「コイツの意見、ちゃんと聞いてやれよ」

 

 

 

 佐藤さんが折角作ってくれたこの雰囲気を無駄にするわけにはいかない。僕は珠手さんを真っ直ぐ見つめて、

 

「珠手さん。今から言うこと。ものすごく口幅ったいかもしれませんけれど、どうか聞いて下さい。

「珠手さんは、僕とほぼ同い年なのに敏腕のプロデューサーだって伺いました。パレオから聞きました。

「でも、僕はふと思ったんです。この世に最初から敏腕だった人なんて居ないって。

「珠手さんだって、プロデュース業を始めたての頃は中々取り合ってくれなかったんじゃないですか? その年齢ならば尚更。

「それでも根気強く続けていたから、今の貴方があるんじゃないですか?

「少し前の僕ならば、きっと唾棄していたと思います。

「でも、パレオが僕のことを変えてくれたんです。僕に変わることを提案してくれたんです。

「だから僕は、どんな罵詈雑言を受けようが、どれだけすげなくされようが、何度だって貴方に頭を下げます。

「何の実績も持っていない僕を信用してくれだなんて、自分勝手も甚だしいと思っています。

「ならば、せめてパレオを信じて下さい。僕を信じてくれたパレオのことを、信じて下さい。

「僕は、パレオが好きです。愛しています。そんな彼女からの信用を無下にすることなんてしない。それだけは確約できる。

「どうか、僕にRASの衣装のデザインをさせて下さい。お願いします」

 

 

 

 僕の渾身の演説が終了したあと、巻起こったのはシュプレヒコールではなく、噴飯ものだと言わんばかりの珠手さんの笑い声であった。

 

「あは。可笑しすぎてお腹が痛いわ。気合いでNegotiationができるほど、この世界は甘くないのよ?」

 

 珠手さんは矢張り冷淡な口調で言い放って、でもすぐに「けれど」と続けて、

 

「自分が信用できないなら、パレオを信用してくれ、って……そういうCardの切り方は嫌いじゃないわ」

「じゃ、じゃあ」

「うん。今回はOKを出してあげる。桐ヶ谷のおじさまの顔を立てる意味も兼ねてね」

 

 ひどく不格好で、勢いまかせな交渉術。だけれど、間違いなく今の桐ヶ谷透真が持てる全てを出して勝ち取った勲章だ。今すぐにでも、諸手を上げて喜びたいところだが、他人様の前なので、流石に自重しておこう。こういうときは素直に謝辞を述べれば良いのだ。

 

「ありがとうございます。珠手さん」

「チュチュ。ワタシと仕事をするのならば、そう呼んで。トーマ」

「ああ。ありがとう。チュチュ」

 

 僕とチュチュは固く握手を交わした。これに惜しみない拍手を送っできたのは佐藤さんたちだ。彼女たちの方に向き直って、

 

「佐藤さんたちも、どうもありがとうございました」

「なあに。結構楽しめたし。良いってことよ。それに、私のこともマスキングって呼んでくれ」

「私のことも、気さくにレイヤって呼んで」

「私も、ロックって呼んでくれた方が嬉しいです」

「本当に、ありがとうございました」

 

 

 その後、僕たちはパレオも加えて本格的なミーティングを行うことと相成った。

 

 僕が持ち出したデザインについて、チュチュが演出や演奏のしやすさといった観点から修正を加えていく流れである。

 

 その日は、大まかな部分だけ決定して、細かい部分はまた後日摺り合わせようというところで解散と相成った。

 

 以下は、エントランスまで見送りをしてくれたパレオと僕との会話である。

 

「成程。それでチュチュ様との話し合いは首尾よくいったんですね」

「ああ、本当にマスキングさんたちが和ませてくれて助かったよ」

「あはは。マッスーさんたちからのインビテーションって感じですね」

「前半部の方はインビテーションっていうより、修学旅行のイニシエーションみたいだったけれどな……」

「はい? 何か言いました?」

「いや、何でもないよ。何でも」

「何がともあれ、初めてにしてはすごくかわいいデザインだったじゃないですか。やっぱり桐ヶ谷君に頼んで正解でした」

「まあ、透子にも手伝って貰ったしな」

「え?」

「いや、伯父さんが『この件はお前に一任する』って言ってくれたっていうのは、さっき聞いただろ。それは、何も僕一人に仕事任せるってわけじゃなくて、僕がどういう舵の切り方をするかを見たい、って意味なんじゃないのかなって思ったんだよ」

「成程。人を動かすのも、また船長には必須のスキルですもんね。それにしても、ちゃんと人に頼るって選択肢ができるようになって……桐ヶ谷君、何か変わりましたね」

 

 ああ、君のお陰で変わった。チュチュが君を変えたように。君が僕を変えるきっかけを作ってくれたんだ。

 

 口には出せないけれど、そう胸に深く刻みこんで、僕は帰路へと就くのであった。

 

 

 

 時は流れて2月下旬。実はこの間にも綴るべき冬物語があって、時系列を多少前後させなくてはいけなくて、綴り手として忸怩たる思いがあるのだけれど、今回の話にオチをつけるにあたっては致し方ないことなのである。どうか御宥恕頂きたい。

 

 まあ、その理由は単純明快で、僕のデザインした衣装を使ったRASのライブがこの日催されるからである。

 

 大ガールズバンド時代とはよく言ったもので、本来RASのチケットは入手困難な程の倍率であったのだが、チュチュたちの采配で最前列で見られることになった。

 

 レイヤさんが「どうも。RAISE A SUILENです」とマイクに息を吹きかけると、それに呼応するようにフロアは熱狂の渦へと巻き込まれた。まだ曲も始まっていないのに、この盛り上がりようだ。ライブが終わる頃には観客全員が卒倒してるのでないだろうか。

 

 彼女たちの纏う衣装は、和を基調として、桜吹雪をあしらいながらも、曲のパンクな雰囲気を崩していない。

 

 スピーカーが音楽を投げ始めた。まずは、テクノ特有の電子音。そこから一気に観客を焚きつけるようにギター、ベース、ドラム、キーボードが続いた。彼女たちが鳴らす音楽に、観客は自然とリズムに乗せられてサイリウムを奮う。

 

 そう思っていると、突然消え入るかのような調べに変わる。だが、これは嵐の前の静けさというものだ。矢庭に、繁絃急管(はんげんきゅうかん)に突入し、フロアはより一層熱を帯びてゆく。

 

 ステージ上の彼女たちもそれを感じ取ったようで、パフォーマンスは旧に倍して洗練されていった。

 

 僕が最も目を盗まれたのは、キーボードの彼女。白磁の指が踊るように、しなやかに鍵盤に触れてゆく。ともすれば、彼女はここにいる全ての観客を操る傀儡師のようにも見えてしまうかもしれない。

 

 彼女はふと僕の座席の方をへと視線を移す。当然目があってしまう。

 

 刹那、客席にウィンクを投げた。

 

 これもパフォーマンスの一巻なのだろう。そう思っていても、心臓が早鐘を打って仕方がない。

 

 衣装の雰囲気も相俟って、花園に座す姫君に心を奪われたようである。所謂、惚れ直しという感情なのだった。

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