蒙古の拠点を潰す冥人様の話。
闇討や一騎討ちをかっこよく書きたかっただけの作品です。

pixivにも投稿しています: https://www.pixiv.net/novel/bookmark_detail.php?id=13484631

1 / 1
闇に佇む

昼間の雨が上がり、舞い上がった土の匂いが深い闇と混じってどろりとした空気を纏う夜だった。その中でも煌々と照らされているのは蒙古の拠点。山間の村に寄生した瘤のようなそれは、高台にある事で東西南北を繋ぐ大動脈となる道を常に監視出来るように聳えている。逆らった民の末路が、その周辺に晒された躯によって顕示されていた。

 境井はその拠点から一定の距離を取りつつ、足跡を残さないように下草の上を歩きながら裏手の山を歩いていた。地面がぬかるんで足跡が残りやすいのは不都合だが、月影も星影も雲に隠れて見えないのは好都合だった。お陰で拠点がより見やすくなり、こちらは闇に紛れ込む事が出来る。何より蒙古どもの最後に見るものが、美しい対馬の空の鏡というのは勿体ない。

 櫓の上にいる兵に見つからぬよう、崖の上から覗き見る。元々あった建物は大部分が焼け落ち崩れており、村の長の住居であろう建物の周辺に蒙古の天幕(ゲル)が軽く見ただけで五つはある。建物にも居るものと考えると、総勢二十程度は居るだろう。人質が取られているという情報は無いが、見つからないに越したことはない。

「一人ずつ狩っていくか」

 面頬を付け直し、鉢巻を締め直す。そして音もなく崖を下り、宵闇と芒に隠れながら、死の影が村と他を隔てる柵の際まで忍び寄った。

 柵の近くにも守備兵がおり、更には櫓の上に弓兵がいる。息を殺し、守備兵の後ろから近づく。そして膝を蹴り飛ばし転ばせ、頭を押さえつけて曝け出した延髄に短刀を突き入れた。守備兵は声を出す間もなく事切れた。その死体を芒の中に隠し、櫓を見上げる。背中の半弓を素早く構え、弓兵の頭目掛けて一矢を放つ。上から小さな唸り声が聞こえて、余韻もなく止まった。

 柵の隙間をくぐり抜け、今しがた仕留めた弓兵の櫓に登る。他の櫓にも弓兵が居たので、同様に半弓で仕留めた。これで上から狙撃されるという危険は無くなった。

 櫓の上から改めてこの場所を見渡す。およそ三つの区画に分かれており。最も攻めにくい奥の方に最も立派な天幕が見えた。あれがこの拠点の隊長が住まう場所である事はほぼ確実。しかしその周辺に隠れる場所は見つからず、見回りの兵が絶えず歩き回っている。

「首魁を討てば早いが、今は得策ではない」

 幸いなことに、区域間はやや距離があり、そこを全て周回しているような見回り兵は居ない。そして、隊長の居る区域は攻めづらいが逃げづらい。つまり、入り口に近い場所から潰していけば隊長を逃さず仕留められるという事だ。

 行動指針が決まれば動きは早かった。最初に仕留めるべきは屋内の敵。恐らくこの時間ならば、寝ている者も少なからず居るだろう。櫓を降り、建物の裏手から屋根によじ登る。そして木の幹に鉤縄を引っ掛け、屋根から屋根に飛び移った。

 家屋の屋根にたどり着いた。二階によじ登り、窓からこっそりと内側を覗く。こちらに背を向けて話をしている二人の蒙古兵が居た。狭い窓からするりと入り込み、後ろから延髄を突く。そしてもう一人が悲鳴を上げる前に口を手で塞ぎ、喉笛を掻き切った。

 短刀に付いた血を、手首を返して払い、階下の音に耳を澄ます。中に一人、扉の前に一人。人質らしき声は聞こえない。階段の側から頭だけを出して覗く。中の一人は寝ていた。

 扉の前の敵を屋根の上から処理してもいいが、外の敵に気付かれたくはない。出来れば物陰に誘導して仕留めたいものだ。誘導するか、後ろから引きずり込むか。逡巡したのち、猫のようなしなやかさで一階に降り立った。寝ている兵の無防備な首元を一突き。そして懐から小さな鈴と栓のついた竹筒を取り出す。竹筒の栓を外すと、指ほどの太さの蛇が躍り出た。蛇の顔の前に鈴を翳せば、勝手知ったかのようにするりと潜り込む。それを扉の前の敵に聞こえるような位置で、壁際に投げる。そして自身は床下に潜り込んだ。

 少しして、苦しむ唸り声と共に大きな物が倒れる音がした。床下から這い出し、外から影になっているところで事切れている兵の姿を確認する。これでこの区画の残りは入り口の門番どものみ。

「一つとして逃してなるものか」

 

何事かを喚く声がする。笛を鳴らそうとする者と、武器を構えようとする者。一つとて逃せば、どれだけの民が犠牲になるやも知れぬ。手負いの獣というのは何を仕出かすか分からない。故に、全てを徹底的にすり潰す必要があるのだ。その腕が武具を握れぬようになるまで。その全ての心の臓を止めるまで。その心の奥底に沈めていた澱のような殺意を、目の前の有象無象に対して全て開放した。

獣でもこの心は分かるらしい。俺が殺そうとしている全ては、お前たちである事を。逃げ道は俺の後ろにしか無い。

ただ、太刀を逆袈裟に振り抜いた。それだけで一人が倒れた。

故に殺す。泣いて許しを請おうと、お前たちの所業が消える訳ではない。

返す刀でもう一人を斬る。

憐憫などあるものか。

犬めの首を落とす。

冥人がここに在る限り、貴様らの安寧は泥濘の下にのみ在る事を知れ。

 

 残りは隊長をおびき寄せるためにも、派手に音を立てて、かつ纏めて仕留めたい。さてどうするか、と考えていると、大きな赤い樽が目に入った。躯を引きずって目立つ箇所に動かし、周辺に放置されていた油を躯にたっぷりと掛ける。他の躯で樽を隠し、櫓に登った。そして準備が終わったところで蒙古兵の躯から角笛を剥ぎ取り、全力でそれを吹き鳴らした。櫓の上で息を潜め、敵が来るのを待った。

 蒙古兵どもはきちんと笛の音に気づいた。そしてぞろぞろと血の道を辿り、囮の側まで近づいた。そこですくと立ち上がり、矢に火を付けて躯に向かって放った。急激に燃え上がった炎は周辺に引火し、隠れていた爆弾が轟音を立てて破裂した。殺しきれなかった兵を今度は破裂矢で吹き飛ばす。そしてそれでも死にきれず、櫓の上に居た境井に気づいて殊勝にも登ってきた兵は、蹴り一発加えて突き落とした。

 下に動くものが居ないことを確認して、櫓を降りた。足や腕を吹き飛ばしても死にきれない兵には一太刀をくれてやる。血と炎と煙の中、こちらに戦意を向けられる者など既に居ない。大将首以外には。

 

 さて、轟音と悲鳴に呼ばれてきたか、他の蒙古兵どもより一段と立派な金色の鎧を纏った者が、傲慢とも取れる余裕と共に伸し歩いてきた。周辺の雑魚は手を出してくる様子は無い。隊長はこちらを見据えながら、ゆっくりとその剣を抜いた。

 互いの技量を認めているからこそ至る境地。真正面から申し出を受ける事は言えば愚か。しかし、その申し出を断るという選択肢など元より存在しない。薄氷のように薄く脆く物言わぬ、互いの同意の上にのみ成立する、奇跡のような技比べ。

 その申し出の答えとして、鯉口を切る。合図のように、一陣の風が吹いた。

 じりじりと間合いを図り合う。互いの双眸の鋭さだけで闇すら切り裂けそうなほどに張り詰め、並の者ならば不用意に踏み込むだけで首が飛ぶ。

 先に打ち込んだのは敵の隊長、後の先で受け流そうとするが、受け流し切れず手が痺れる。予想より一撃が鋭く重い。距離を取って太刀を握り直す。追っては来ない。もう一度睨み合う。 

次はこちらから仕掛ける。溜めからの突き。しかし盾に阻まれる。その勢いに乗って連続の突きを繰り出す。四回目を繰り出そうかという瞬間、「勘」としか言いようのない感覚から頭に浮かぶより早く身体が横に飛ぶ。その一瞬のちに、境井の身体があった場所には刃が通っていた。側面を取った機を逃さず、鎧の隙間を通すように柄で脇腹を打つ。よろめいたのを見て、袈裟に斬る。血飛沫が飛んだ。

隊長はまだ倒れない。再び打ち込んできた。動きは重い横薙ぎ、後ろに避ける前に警鐘が鳴った。この動きは連続で来る。受け流しは不可。回避を捨てた。そして、あえて前に踏み込んだ。

足を狙う横薙ぎを飛んで避け、目の前にある大将の肩に手を掛け、木箱を飛び越えるように後ろに回り込み、くるりと振り向きざまに疾風のような横一閃。

一瞬の静寂が駆け抜け、隊長だったものはぐらりと崩れて肉と鉄の塊となった。

 隊長の死を目の当たりにした兵どもが、散り散りに駆け出す背中に向かってクナイを投げる。

 

夜明けが来る頃には、動く人間は誰も居なかった。

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。