覚る母が子育てします   作:小鈴ともえ

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夢と現の呪い

「貴方、本当に良かったのかしら?もう二度と……」

「それは言わないでよ紫。これは私の意思以外の何でもない。少し…寂しいけどね」

 

 紫は私の事を考えてこう言ってくれたんだろう。でもこう見えても私の意思は固いんだ。

突然この世界に来てから早千五百年程度か。初めはわからないことだらけだったし自分の種族すらさっぱりわからなかったのだ。

 

 人間だった頃の記憶。それはもう私には思い出せない程かすかな物。でもそれは千五百年という時間が忘れさせたのではない。おかしなことだがこの世界に来てからの事はまるで昨日の事のように、とはいかないまでも先週の事くらいにははっきり思い出せる。

 何故この世界に飛ばされたのかはわからない。死んだのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。

 

 自分を意識したのは恐らくここに来てすぐだったと思う。知識はある程度残っていたようだから何とか生活できていた。でも記憶は既に”元々私は人間だった” ”200X年頃に生きていた”という程度しか残されていなかったのだ。もしかしたら丁度現在の外の世界に住んでいたのかもしれない。

 ここの外の世界が私の住んでいた世界と同じ物なのかはわからないし証明する方法も無い。私が自分を意識した時の反応から考えれば、人間の私が住んでいた世界には妖怪はいなかったのだと思われるけど定かではない。

 

「さあ紫、何も気にせずやっちゃってよ。何、あの二人の事なら大丈夫よ。一晩ぐっすり寝ればきっと忘れるでしょうから」

「…貴方がそういうのなら。こっちへいらっしゃい」

 

 さとりとこいしなら大丈夫だ。地底はあの二人に任せても問題ないだろう。こいしは放浪癖があるから少し心配だけど、さとりに関しては心配する要素が無い。強いて言うなら鬼の暴動に巻き込まれないかが心配かな。

 最近は仕事もさとりに任せるようにしていたし慣れてもいるだろう。それに今では空ちゃんや燐ちゃんもいる。今回の騒動は空ちゃんが原因みたいだけど。

 

 あの二柱も何をしてくれたんだか。さとりの苦労が増えるだろうことについて文句を言いに行きたいが今はそれどころではない。私は紫とともに行かなければならないから。もう決意してしまったのだから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ここは何処だ。見知らぬ場所の見知らぬ地面。すぐに夢だと思った。だって私はさっきまで……何をしていたのだろうか。記憶喪失、という感じではない。

 確かに何かをしていた記憶はあるのだ。やはり夢か。先ほどまでの事を思い出せないのは夢ではよくある事。大抵は起きた後に夢の内容を忘れるものだけど私はどうやら夢の中でも色々忘れているらしい。

 

 夢とわかれば怖い物なんてない。起きた後にも何か悪夢を見た、と思う程度でしかないのだから。まあ悪夢は何故か覚えていることも多いんだけどね。

 

(しめしめ。この小娘なら丁度良い腹の足しにもなるだろう。都合の良い場所にいたものだ)

 

「っ誰?!」

 

 小娘って私の事か? それにしても目の前の動物…熊っぽいけど何故言葉が話せるのだろうか。わけがわからないよ。

 

(なっ、まさか妖怪だったか。こりゃ分が悪い。折角の獲物だと思ったのに残念だ)

 

 いやこれ熊一言も話してなかったわ。それにしてもいきなり熊に狙われて内心びくびくである。こういう類の悪夢はあまり好きではないんだけど。

 

 今の一件で分かったが夢の中の私は相手の考えていることが読めるらしい。心読めるとか覚か玃かよ。

 そうだ、どうせ名前は思い出せないし名前も適当に付けておこうかな。夢の中での名前なんてそうそう使わないだろうしそのまま『やまこ』でいいか。あえて平仮名にしているのは漢字だと厳つい気がするから。

 

 それにしてもさっきの熊気になる事を言って(考えて)いたような……夢の中だから何でもありなんだろうけどまさか妖怪までいるとはねぇ。それに私がまさにそれっぽいし。

 人間の私が妖怪を体験できるなんてラッキーなのかな。よくわからない。

 

 とりあえずまだ人間を見ていないから人間を探そうか。普通の夢ならほぼ人間しか出てこないというのにまだ一人も見ていない。それになんか辺りが暗くなってきたし。おかしいなぁ、夢特有の自由さも無いし見えている景色と踏みしめている地面の感触はやけにリアルだし…。本当にただの夢なのか怪しくなってきたぞ。

 

 一先ずは一晩過ごす場所を確保しなければならないと私の勘が告げている。確かに妖怪が蔓延る世界ならば夜は危ないだろう。今はまだ虫や鳥の鳴く声しか聞こえていないがそのうち妖怪の声も聞こえてきそうな雰囲気はある。

 夢の中で眠るというのもたまにあることだから不思議ではない。気がかりなのは本当に夢なのかどうかという事なんだけど。今から寝てのし夢を見たらこの世界は夢でないことが確実になる。

 

 私はこれからどうすればいいのだろうか。夢ではないとすればこの世界から逃れる術はもうない。どうせ人間だった頃の記憶も殆んどないんだけど、もちろん妖怪として生きた記憶も無い。妖怪がいるのなら幽霊なんかもいるかもしれない。

 そもそも自分の姿をまだ一度も見ていない。視点の低さと手を見るにかなり子供っぽい気がする。そして左胸の辺りについているおかしな眼とそこから伸びる数本の管。明らかに人間ではない。どうしたものか。このまま人間に遭遇したら間違いなく叫ばれる。

 

 ならばどうするべきだろうか。とりあえずこの服のままだとこの眼は隠せても管は隠せないんだよねぇ。ここが何処かも全然分かっていないしそれも何とかしないといけない。

 それにしても妖怪の身体というのはかなり便利な気がする。もう既に日は落ち切って真っ暗になっているのに問題なく辺りを見ることができる。もしかしたら人間の身体でもそうだったかもしれない。私は思い出せないけど。

 

 明日以降もこの世界のままならば覚悟を決めて生きなければならない。このカオスそうな世界で生き残ることはできるのだろうか。もし死んでしまったらそこで終わりなのだろうか。

 わからない事だらけのこの世界で私はまだ生まれたばかりなのだ。もしかしたらもう終わってくれるかもしれないけどその線はかなり薄くなったように思う。

 

 でもまあそんなことは今考えても仕方ないか。丁度良さそうな木の洞を見つけたし今日はここで休むことにしよう。きっと今日はよく眠れる。

 願わくば明日の私が無きことを。どうか人間として目覚めんことを。悪夢であったと目覚めることができれば万々歳である。とんでもなく薄い可能性。叶う事は恐らく……。




主人公の名前は「やまこ」。漢字にすると「玃」ひねりもくそも無い安直な名前なのは私のセンスが壊滅的だからです

タイトルとあらすじは変わるかもしれない
個人的にはタイトル考えるのが一番難しい作業な気がします。そして毎回碌なタイトルが付けられていないのですよね
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