覚る母が子育てします   作:小鈴ともえ

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無双風神

 一人連れて行くのにあたってその人間の仲間たちの記憶を改竄しようかとも考えたが、結局人間として最底辺まで落ちてしまっている山賊だ。自らの愚かさを認識するには知らぬ間に仲間が一人消えていた、という状況が良いだろう。

 妖怪を軽視したからこそのこの結果であり、真っ当な人間として生きることをやめたからこその結末なのだ。少しは妖怪というものについて考え直してみた方が良い。恐ろしさを完全に忘れてしまったわけではないことは先の様子からも読み取れる。

 

 知らない人間が一人死んだところで何も思うところはないが人間が嫌いであるわけではない。人間からは嫌われているけどね。今回の事を反省して真面目に生きて行く気になってくれたら私としては嬉しい。山賊のリーダーは部下たちにそのことを教えるための贄にでもなってもらおう。

 そうでもしないと浮かばれないだろうし。まだ死んではいないと思うけど気絶している者の思考は私には飛んでこないしはたての飛行は結構雑だからわからない。いずれにせよもう数刻もすれば死んでいるだろうけど。

 

 でもそれ以前にこの寒さでやられているかもしれない。大体富士山とほぼ同じ高度である海抜一里付近を飛んでいるから地上との気温差は20℃以上もある。それに加えて飛行時の風がある。凍り付いていてもおかしくないレベルだ。

 

「この山だね。はたても形や周囲の特徴をしっかり覚えていなさいよ。貴方がこれから棲む場所になるんだから」

「へぇ、この山ね。あまり目立ってないわね。こんな地味な山に本当に鬼がいるのかしら」

 

 周囲の山に溶け込むようにあるのは変に目立っても人間が攻めてきて面倒だかららしい。確かに妖怪がたくさん固まって棲んでいる場所を壊滅させられれば脅威は一気に薄れる。それを人間にさせないようにうまくカモフラージュしているとか。

 まあ人間が数十人攻めてきたところでこの山の妖怪がそう簡単に一掃されるとは思わないけど。神をも相手取れそうな奴が何匹かいるし。都の陰陽師なんかはかなり妖怪退治に特化していそうだけど今のところは大丈夫だろう。鬼が騙されやすいのが少し心配だけど。

 

「そこの者たちよ、止まれ。ここから先は我らの領分。いくらお前が天狗だからと言っても簡単に通すことはできぬ」

 

 種族は白狼天狗かな。前にも見たことがある。でも以前は山の警備や忠告など行ってはいなかったと思うんだけど。山で何かあったのだろうか……そういうわけでもないらしい。鬼や天狗たちに何かあったわけでもないのにたかが十数年やそこらでこうも変わるものだろうか。

 その辺りは下っ端の天狗には通達されていないらしい。いくら探ってもただ言われたからこの警備をしているという情報しか出てこないのならば直接聞くのが一番だろう。

 

「この山には伊吹萃香という鬼がいるわね? そいつを呼んで来なさい」

 

 明らかな動揺。最底辺の天狗にトップを呼びに行かせようとするのは少し酷だったかもしれない。でもこれが一番速くて確実だ。

 

「いっいっ伊吹様を呼んで来いと言うのか?! 正気ではない。お前たちはここで止めておいた方が良さそうだ。さあ覚悟しなさい」

 

 うむ、思ったよりも与えられた仕事に忠実なようだ。狼だけど犬っぽい。

 でも面倒な事になってしまった。まさかここで立ちふさがってくるとは思ってもみなかった。伊吹の名前を出せば怯んで引っ込むと思っていた。でも戦ったらさとりが心配だしなぁ。

 

「はたて、やっちゃっていいよ。少しの力試しとしては山賊以上に良いと思うし」

 

 騒ぎを聞きつけて応援が来たらそれはそれで良いだろう。はたてを鍛えてあげたはいいものの実力を見る機会はほとんどなかったし。私が相手をしてもはたてが何をしたいのかがバレバレなのであまり手合わせ相手としては良くなかったのだ。

 それに並みの妖怪よりはかなり速いであろう白狼天狗を相手にすることで速さにも対応できるようになる。あとはこの山の防衛線の実力がどれほどのものなのかを見極めたい。

 

「さあ行くz……」

 

 いくら何でも速すぎるでしょうよ。場所が近かったというのもあって何も見えなかった。風も遅れてきたし、何より相手も天狗であるはずなのに対応できなかったどころか気づいてもなかったし。天狗って怖いね。今から何をするかが分かっても避けれないから私でもまともに食らいそう。

 

「つまらないわ~。次のあんたはもう少し楽しませて頂戴…よっ!」

 

 流石は警備係の天狗だ。千里眼ももっていたんだっけ。それも使ってか次々と出てくる。これだけの天狗がいたのなんて知らなかったがどこにいたのだろうか。

 まあ出てくる度に一瞬でやられていくんだけど。これだけ連戦しても多対一でもこれだけ戦えるようになっているなんてはたても随分成長していたようだ。

 

「あんたも、あんたも……もう少し骨のある奴はいないの?……お? 何か来たわね。っぐぇ……や、やるじゃないあんた。さっきまでの奴らとは少し違うってわけね」

「無論あんな下っ端とは格が違いますから。私は大天狗様から直接令を下されてきたのです。この私が来たからには貴方の快進撃もここまでです。尤も白狼天狗を伸すだけなど快進撃とも言えないでしょうけど」

 

 煽るねぇ。それにしても今度の相手ははたてと同じ鴉天狗。単純な速さでは決めきれないだろう。やけに自信満々だから速さもあちらの方が上かもしれない。

 それにしても大天狗か。鬼曰く威張っているだけの無能の集まり、だそうだ。実質的なトップは天魔らしいが主に天狗に命令を下すのは大天狗らしい。

 

「大天狗……あぁ、威張っているだけの無能か」

「なぁっ!? 大天狗様に何と言う無礼なことを。貴方がここの何を知っていると言うのです」

「あぁ、そこにいるやまこに聞いたのよ。まあやまこも鬼から聞いたとか言ってたけど。何? 間違ってるの?」

 

 いやまあ合ってはいるだろう。だって相手の鴉天狗の少女もそう思っているようだし。流石にここで声を大にして言う勇気はないようだけど。私は天狗ではないので言いたい放題だ。わざわざ言うほど煽り厨じゃないから言わないけどね。

 

「あっているよ。あいつらは何の役にも立たん。天魔から気に入られているだけの能無しさね。

久しぶりだねやまこ。そっちの連れは知らないが誰だい?」

「そんなに経っていないけどまあ久しぶりだね伊吹。こっちの子は姫海堂はたて。あっちに帰ってから会って育ててあげたのよ。で、そろそろ自立させようかと思ってこの山に連れてきたの。仲間がいた方がこの子も安心だろうからね」

 

 私が伊吹と呼んだ瞬間相手側の天狗 ――どうやら射命丸文と言うらしい―― があからさまに驚いた。山に棲んではいるが顔は知らなかったらしい。どうやらこの子もはたてと大して違わないくらいの若さのようだからあまり世界が広くないんだろう。

 この歳で大天狗の直属の部下になっているという事はかなり才能に溢れている子なんだろう。射命丸は伊吹をあまり知らなかったようだが、逆に伊吹は射命丸をよく知っていたらしい。

 伊吹の能力上誰にも気づかれずに何かを観察することが容易だからだろう。それに鬼は強い者好きだ。将来有望なこの子がチェックされていないはずはない。

 

「いんじゃないかい? 天狗の治世に関わるつもりは無いが鴉天狗が一匹増えたところで大して悪いことは無いだろう。天魔のところにでも行くか。何の紹介も無しに組織に入れるわけにはいかないだろうしね。そこの射命丸もついでだ、一緒に来い」

 

 鬼はこのわがままが通せるから良いよね。それだけ他の妖怪からの畏れもある証拠だ。覚妖怪とは別格だもんなぁ。射命丸も初めて鬼を前にして何も考えられなくなっているようだし。

 なんだか少しだけ可哀そう。はたてと射命丸の勝負も少し見てみたかった気はするが伊吹には何を言っても無駄だろうし大人しく私もついて行くほかない。




この世界に慣れてきたからか初対面でも基本的に呼び捨てするようになった主人公

次回はまた少し遅くなりそうです
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