覚る母が子育てします   作:小鈴ともえ

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地獄の苦輪

 はたての歓迎会として始まった酒宴はもはや騒ぎたい天狗の集まる場になっている。初めの方はまだ皆大人しかった気がするのだが、酒が入ると次第にタガが外れたようになっていったような気がする。はたてはまだそんなに飲めないようだけど。

 

「して、お前さんは何故(なにゆえ)この宴に残っていなさる。いや咎めているわけではない。伊吹殿のお知り合いのようであるしの。しかしお前さんが残る必要はあったのか? とそこを聞きたいわけじゃ」

「私が残るのは当然でしょう? 私ははたての義母(ははおや)だもの。それに無理をする必要はないよ、天魔さん。私は覚、隠し事はできないよ」

 

 天魔の心を読んでいるとこちらも辛くなってくるのだ。あまりにも無理をしているのがわかってしまうから。

 まあ役職的には仕方ないんだろうけど。一応形としては天狗の長であるわけだし。周りは全く気にしていないみたいだけどね。並みの鴉天狗にも劣る酒量に関してもそう言うものだと思われているし。天魔だけが一人空回りしている。

 

「む、そうであったか。では私の……いやうむ、まあそうであろうな。じゃがこれは私とお前さんだけの間に止めてもらえると有難い。腐っても私は天魔じゃからの」

 

 あぁ、話し方はそれがデフォルトなのか。それにしてもこの天魔いくつだ? 見たところ千は数えていないようだが、話し方はあれだし妖怪って見た目では齢を判断しにくいんだよねぇ。

 他の覚妖怪なら考えていない部分まで読み取れるのかもしれないが私の場合は相手が考えている所までしか読み取れない。私の能力って少しずれている気がするし仕方がないのだろう。

 

「貴方も大変なのね。ま、安心して良いよ。私から誰かに言うことは絶対に無いから」

 

 だって他の天狗たちも知っていることだしね。私が言わずともすでに周知の事実である。だから言うことは無いのだ。ちょっとずるいけど天魔を少しでも安心させるために少々のごまかしは必要だと思う。そうでもないといずれ憔悴して消えてしまいそうだし。

 

「何かあれば私に言ってもいいよ。伊吹や大天狗には言いにくい事もあるんじゃないの?」

「……うむ、あるにはある。しかしお前さんを信じ切るのにはいささか早計だと考えておるのでな。その時になればまた何やら言うこともあるやもしれん」

 

 ほう、慎重な天狗だ。だからこそ今の今まで生きて来られているんだと思うけど。

 でも肝心なところで抜けている天狗だ。

 

「少しでも考えてしまったら私にはわかるんだからさ、隠し事はできないと言ったでしょう?」

「しまった……まんまと嵌められたというわけか。私としたことが情けないことじゃ。しかしこうなってしまったのならば致し方ない。酒の肴に少しばかり話を聞いてもらおうかの」

 

 天魔の苦労話を肴にするなんてとんだ罰ゲームではないだろうか。折角の酒も不味くなること間違いなしなのだが。

 まあしかしこうなりゃ乗り掛かった船だ。そもそも船を出したのが私なのだから逃れる術はないんだけど。こうなるのは少し予想外だった。もう少し考えて発言すればよかったかもしれない。後悔先に立たずとはまさにこのことである。

 

 

 

 

 やまこが少し絶望しているのも知らずに天魔は自らの過去について話し出す。

 

「私は一介の鴉天狗でしかなかったのじゃ。力も元々このような物。まあ己を鍛えるため努めたことも当たり前じゃがあった。あの日々はまさに地獄じゃった。行ったことが無いので地獄がどのような物なのかは知らぬが、あれは少なくとも私にとっては地獄にも等しかったのぅ」

 

 力の無い者が己を鍛えよと鍛錬することはよくある。事実この天魔も昔は修業の鬼と言えるほど鍛錬に明け暮れたものである。しかしこの天魔、どうやっても一向に強くならない。

 本人が気づいていないだけで実はほんの少しずつは成果が出ているのだが、それでもナマケモノの歩み同様であり本人以外も気づけはしない。それゆえに現天魔はどうあがいても強くなれない、と言うのが天狗全体の評価であった。

 

「私が天魔になった所以は未だに分かっておらぬ。前天魔様は何をお考えになられておったのか、それは大天狗の奴らにもわからぬ事のようじゃな。なればお前さんにも決してわからぬ事よ」

 

 先代天魔が何を考えていたのか、それは大天狗にも伝えられてはいない。次期天魔を彼女にするとだけ伝えられており、その真意は誰にもわかり得なかった。

 そもそも寿命の長い天狗である。先代天魔はそれほど歳を取っていたわけでもない。そんな彼がどうして次期天魔を決めていたのか、それがこの山最大の謎として未だに残されているのだ。もう五十年ほど経った今となっては気にしている妖怪の方が少ないが。

 

「そも、私が天魔になるなど滅びの始まりにもなりかねん。それすらも前天魔様は知らなかったのであろうがな。お前さんは知らぬじゃろうが前天魔様はとても優れた方であった。飛んでは数瞬で山を一周し、その力は鬼にも劣らぬほどの……まさにあれこそが私にとっての天魔だったと言える。大天狗以下の天狗に役割を与えたのは私じゃ」

 

 やまこがまだ山を出ていなかった時にはできていなかった天狗の組織とも言える物が天魔の一声で急激に発達し始めたのはつい数年前の事だ。それまでは天魔や大天狗、鴉、鼻高、白狼、山伏と様々な天狗がいる中でも立場がはっきりしていたのは天魔だけだった。

 他の天狗たちは各々好きに生きていたものである。周囲の人里から人間を攫ったり、風を起こして畑を駄目にしたりと過ぎたいたずらをする者も当然ながらいたわけだ。

 

 現天魔が全ての天狗に役職を与えたのは偏に彼女が小心者であったからだと言える。天魔が恐れたのは人間からの報復と種族内での謀反である。

 彼女は天狗たちを組織に縛り付けることによって人里への被害を減らし、いざとなった時に自分を守ってくれる味方を作っておきたかったのだ。この理由を他の天狗たちに悟られないように事を運ぶのは並大抵の事ではない。

 

 しかしここで輝くのが天魔の培ってきた言い訳や説得なのだ。天狗が鬼を避けているという点を除いて無法地帯と化していた山を見事に作り変えた。

 天魔自身数十年から百年以上かかると考えていた目標はものの数年で達成された。これも彼女への敬意があってこそなのである。しかしそれを知らない天魔はまだまだ天狗たちの謀反を恐れているというわけなのだ。

 

「私のような小心な者はすぐに降ろされると思っていたんじゃがのぅ……かれこれ数十年は天魔のままよ。世はわからぬものじゃ。この太平の世もいつ終わるかと思うとおちおち酒も呑んでおれんな。ほっほっほ」

「無理してるねえ。でも貴方が続いてほしいと望むならすぐには終わらない気がするよ。この平穏も、貴方の統治も。あくまでも私の予想だけどね」

 

 天魔の笑えないブラックジョークを華麗にスルーしてやまこは話を続ける。だがやまこの言う通り、天魔がこの山を見捨てなければ簡単に廃れてしまう事はないだろう。今の天狗はそれだけの組織になったのだ。

 

 前天魔にこの未来が見えていたとは思えないが、彼の人選は確かに正しかったのだと今の大天狗たちは考えている。彼らにとってもすることが無いよりは何かしらしている方が落ち着くのだろう。ただ無為に過ごしていた彼らに生きる意味を与えた彼女の功績は大きい。




天魔回はとりあえずここまでです
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