覚る母が子育てします   作:小鈴ともえ

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胎児の夢

 成り行きでもう一度この山に来ることになってしまったが別に後悔しているわけではない。鬼の面倒くさい酒絡みの話を回避できればそこそこ平和に暮らせるし、あっちの山では酒なんか呑めないしね。

 

 今度ははたてが立派に成長するまでこの山にいようと思っている。なんだかんだ言っても育て親であることは変わらない。さとりができる前までは一人娘のようなものだったのでかけた愛情も人一倍だと自負している。

 自立させるためにこの山に連れてきたというのに、どこまでも甘いものだと自分でも呆れてしまう。今一番かわいいのはさとりだけどね。これだけは譲れない。

 

「おうおうやまこ、酒でも呑もうよ」

「いやいや、今さとりが眠ったところなんだけど。貴方たちが酒を呑むとこの子が起きてしまうわ。あ? 確かに私たちは夜に生きる者だけど、それを生まれて間もない子に求めないで頂戴」

 

 いや本当に。酒が入るといつも以上にうるさくなるんだからさとりに悪影響である。それに鬼は見た目も怖いからね。さとりが見たら泣いてしまうかもしれない。

 不思議とあまり泣かない子だがいつ、どんな理由で泣いてしまうかは流石に私でも分からない。子供故に純粋で泣きたいと思った瞬間には泣いているからだ。

 

「釣れないねぇ。まあ安心しなよ、子守りは私がやってやるからさ」

 

 星熊に子守りを任せるほど私は馬鹿ではない。こんな力自慢の鬼に幼子を渡してしまったら跡形も残らずに返ってくる……いやむしろ返ってこないかもしれない。起きたさとりが失禁するかもしれないし……まあまだ子供だから全然おかしくはないんだけど。

 

「星熊に任せるくらいなら虎熊に任せるわよ……茨木も伊吹もいけないわ。さとりが死んでしまうもの。もう少し力をどうにかできるようになってから言ってくれる?」

 

 こういう場面で一番信用できるのは間違いなく虎熊だ。それ以外は何をしでかすか全く分からないので、この手の事に関しては信用できるはずもない。

 他の約束事とかだったらこれ以上信用できる奴らはいないんだけど。少し残念な奴らだといつも思う。評価が変わることは永遠に無いだろうけど。

 

「残念だねぇ。ならばまた明日の昼にでも来ることにするよ。それならばさとりも起きているだろうし。さ、帰るよ」

 

 来ることは確定なのか。昼間だからと言ってさとりが起きている保証は何処にもないんだけどねぇ。赤子ってのは寝るのが仕事みたいなところがあるし、それは人間でも妖怪でも変わらない。

 私のように自然発生した妖怪ならば寝てばかりいられないが、そうでない妖怪は幼少期と言うものを経験しているはずだ。あの鬼たちのように人間としてそれを過ごすこともあればはたてのように他の動物として過ごす者もいる。あるいはさとりのように元々妖怪だったり。

 

「まあまあもう少し待てって華扇。つまり酒さえ呑まなければいいんだろう?」

 

 確かにそういったが私の言いたいことはそこではない。うるさくなるから呑むなと言いたかったのだがこのチビっこい鬼には伝わらなかったらしい。

 まあ本当は分かっているくせに口先で誤魔化してくる嫌らしい鬼であるだけなのだが。

 

「少し気になっていたんだよね。やまこって寝ている奴が見ている夢もわかるんだろう? さとりってどんな夢を見ているんだい?」

「あ、それは私も少し気になるわ」

 

 お前にまで乗って来られたら私の逃げ場がなくなるではないか。適当にあしらって早く帰ってもらおうと思っていたのに。

 

 それにしてもさとりの見ている夢、ねぇ。確かに見る事はできるが見たことは無かった。然して興味も無かったし。私は見る事ができるだけだが、紫は入り込むこともできるらしい。夢と現の境界を弄っているのだろうか。

 他にも物語の中に入り込めたりだとか……まさに異次元だよねぇ。紫が入り込んだ後の物語がどう動くようになるのかが気になるがどうなのだろうか。

 

 ……そんなことを考えている暇はないか。鬼四匹からの圧が凄いし。何故急に気になったのかは分からないが、気になったら解決するまでしつこく言ってくるのがこの四匹である。執念深い奴らである。だから攫う人間の数が多かったのだろうが。

 

「到底言葉にできないような物ね。息を吐く間もなく変わっているし、そのどれもが私からみても分からないような物よ」

 

 人間から見れば超常的な妖怪である私から見ても到底理解できないような内容。目まぐるしく変化するせいで何かを理解する間もなく場面が変わってしまう。

 唯一何か分かったのは私とはたてのような顔と空から見た景色だろうか。

 

 人間の胎児は進化の過程を悪夢として見るという話もあった気がするが、妖怪は絶対に胎児段階でそのような悪夢は見ないだろう。進化も何もないのだから。

 人間の新生児はどうなのだろうか。今のさとりのように混沌とした夢を見ているのだろうか。自分が生まれてから見た物が訳の分からぬままに流れ続けるのだろうか。

 

 あるいは胎児の時に見た夢を踏まえた悪夢も同時に見ているのだろうか。夢は概ね本能が見る無意識の記憶ではないかと私は考えている。人間はその本能が進化の過程のDNAを記憶しているからこそそのような夢を見る事ができるのではないだろうか。

 逆に妖怪はそのような進化を経ていないから見た物がその者の全ての記憶になる。こうして考えてみると、人間と妖怪では同じ新生児でも見ている夢のあり方は全く違うのではないかと思う。

 

 妖怪は見た物のみからなる夢。単純な記憶の整理。対して人間およびその他の動物は生まれる前の記憶までをその夢に含んでいるかもしれない。まったく記憶にない物までが夢に出てくることもあるだろう。

見たこともない景色、会ったこともない人間すら出てくるかもしれない。

 

 人間の持つ本能は多くの進化の過程を経てきたからこそ発達してきたのである。そして私たち妖怪を生み出すあらゆる物への恐怖は本能が生きたいと思うからこそ生まれるものなのだ。

 そう考えたら妖怪には生きたいと思う本能が働かなくなるのか? いまいちわからなくなってきた。でも少なくとも死にたいと思う奴はいないだろうしなぁ。

 

「そんなにやまこが思いつめることは無いんじゃないかい? 夢がそんなに訳の分からないものだとは思っていなかったけどさ、まあやまこにも分からないんなら私たちには分からないんだろうねぇ」

 

 別に伊吹たちに説明するために考え事をしていたわけではないが、こんな考えは誰も分かってくれないだろうから勘違いしてくれていた方が都合が良い。

 

 因みに伊吹といえば夢には酒ばかりが出てくるらしい。現実の伊吹は割と素面でいることの方が多いが夢の中の伊吹は常に酔っぱらっているらしい。

 これは多分本人の希望が夢に現れているんだろう。今でもかなり呑んでいるような気がするが、本人としてはまだまだ足りないらしい。流石にそこまで行ったら私も追いつけない。鬼だけで楽しむような宴会でしか満足に呑めないだろう。

 

「こんな幼いのが私たちよりも訳の分からない夢を見ているなんてねぇ。もう既に勇儀よりも賢いかもしれないわね」

「あぁ? あり得ないって。まあ斡子よりも賢いってのはあるかもしれないけどねぇ」

 

 醜い争いである。結論から言えば勿論さとりの方がこの二人よりも賢いなどと言うことは無い。夢と言うのは本人が自覚できていないだけで皆混沌である。

 つまり酒を呑んでいる夢をよく見るからといってずっとその夢を見ているわけではない。起きた時には忘れ去っているような夢も見ているのだ。言ってもよくわからないんだろうけど。

 

「喧嘩をするなら帰ってからにして頂戴。さとりが起きてしまうでしょう?」

「あぁ、すまないね。では今度こそ帰るとするか。また昼に来るよ」

 

 別に来なくてもいいんだけど。というか寝ろよ。私でも今から寝ようと思っているのに、こいつらはまだ今から帰って呑むつもりらしい。

 どういう身体をしているのだろうか。そんなに酒が入るのもそうだが寝ないでよくやっているものである。まあ夢を見ている以上何処かでは寝ているんだろうけど、それがいつなのか分からないのでちょっと不思議である。

 

まあ帰ってくれるならば何だって良いか。




ドグラ・マグラはまだ読んでいる途中です。終わる気がしない
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