覚る母が子育てします   作:小鈴ともえ

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流石に遅くなりすぎたと反省しております


六里霧中

「はたて、ちょっとそこらの酪農家から牛でも攫ってきてくれない? 生きたままで」

 

 こいしと名付けた二人目の我が子。さとりと同じように育てられたら良かったんだけど……幸か不幸かこの子はさとりよりも圧倒的に元気が良い。元気なのは良い事だ。親としてこれ程嬉しい事も無いだろう。

 しかしそれに合わせるように食欲も旺盛なのだ。近くに棲んでいた動物たちに乳母のような役割を任せていたわけだが、流石にそれだと効率が悪い。対して人間の育てた牛ならば恐らく野生よりは高効率に乳を出してくれるであろう、という単純な思考だ。許せはたて。

 

「えぇ? この辺に酪農してるところなんてあった?」

「確か三里ほど北に行けばあったはずよ。はたてならすぐでしょ? …………うんうん助かるわ。じゃあこれをせめてもの礼として置いてきてちょうだい」

 

 面倒ながらも飲んでくれるはたてが大好きよ。さとりの世話の心配もしているようだが、まあ一日くらいは問題ない。むしろはたてに相手をさせるとげっそりして帰ってくるからね。たまには休ませてあげないと。

 

 はたてに渡したのは人間社会の通貨。流石に牛一匹をただ奪うというのには抵抗がある。純妖怪ならば何の背徳感は無いんだろうけど、生憎私には複雑な事情がある。

 金で解決するのはあまり好きではないが、単純な人間の価値観を考えれば金を渡しておくのが一番穏便に解決できる。

 

 世の中は金。

 時よりも金。

 金よりも地位。

 地位よりも命。

 

 そして昇りつめれば命よりも愛になるらしい。かぐや姫にぞっこんだった帝は不老不死の霊薬を富士山に捨てたと聞いたし。もったいないよなぁ。死ななければいつか月に行ってかぐや姫に会えたかもしれないのにねぇ。

 その可能性を自分の手で切り捨ててしまうなんてさ。遥か遠い未来を見られない、あくまでも今だけを考えて行動する。それをいかにも人間らしいと思ってしまう私はやはり妖怪であるのだろう。完全に染まり切っていないだけで。

 

 

 

 飛び立ったはたては一瞬のうちに見えなくなった。あれでも天狗の中では速くないというのだから如何に天狗が規格外の妖怪かが分かる。長はあれだけど。

 

「母さん、私も天魔さんに会ってみたいわ」

 

 私の心も読めるから当然のことだけどさとりも天魔の実態は知っている。その上で会いたいという理由は自分の()で実際に確かめてみたいからだろう。

 それは悪い事ではない。他人からの伝聞だけでなく、自分の目で確かめてこそ真実は明白になる。私の思っている天魔像とさとりの抱く天魔像は異なるものになるかもしれないし。

 

「少し聞いてみるわ」

 

 近くにとまっていた烏を遣いとして出す。意思疎通さえできれば如何なる動物でも使い魔とすることが可能だ。覚妖怪様様である。

 私とは気兼ねなく話してくれる天魔がさとりを前にして同じようにするとは限らない。一応の確認はしておいた方が彼女のためでもあるだろう。相手の嫌がることをするのは相手が嫌な奴であるときだけで十分だ。

 

 

 

 

 

 赤子と言うのは(さとりのような例外はあるものの大抵は)本当によく泣くもので、大人しく寝ている間以外は常に泣いているような気さえしてくるくらいだ。当然ながらそんなことは無いんだけど、それでも泣き声を聞かない時の方が少ないのは事実だ。

 

 今泣いているのはお腹が空いたからではなく排泄をしたからだそう。この時代におむつなんて便利な物はないので、こいしには適当な布を一枚引掛けているだけだ。そりゃあ気持ち悪くもなってしまうだろう。おむつがあっても人間の赤子は泣くもんね。

 

「ほーらほら。こいし、ちょっと我慢してね~」

 

 

 おしめを換えるのは親の仕事であると決まっているわけではなく、さとりが私の代わりにしてくれることも多い。主に私が鬼の連中に絡まれている時とか、天魔の愚痴を聞かされている時とかになるのだが……まあこれが高頻度なのだ。主に前者。

 さとりには悪いと思っているが、彼女も妹の世話を嫌がっているわけではなさそうなので助かっている。好んでいるわけでもないから完全に Win-Win であるとは言いづらいが。

 

 人間ならば幼い子供が赤子の世話をするのは難しいだろうがさとりは覚。なんら問題なくこいしの言いたい事を察して適切な処置を施してくれる。

 本当に良い子だよ、さとりは。少々言葉に棘が混じることもあるけど、それを差し引いても娘としてこれ以上を望むことはできまい。

 

 

 …………あらあら、恥ずかしがっている。普段から感謝はすれども褒めることはあまり無かったからだろうか。もう少し深層まで読めればこの称揚も普段から感じ取れるんだろうけどねぇ。

 

「やめてよ母さん。私はただ……こいしの事を思ってやっているだけなんだから」

 それを褒めているんだよ。妹のためにこれだけできるこは滅多にいないだろうから。特に妖怪は自分勝手な輩も多いし。

 ……あらまた照れた。こんなさとりを見れるのもあと何十年なのだろうか。

 

「大げさなんだから…………それにしても天魔さんからの返事遅くないかしら? もう一刻は経った気がするけど」

 

 言われてみれば確かにおかしい。今までは使いに出して半刻もすれば絶対に返事が来ていた。

 

 考えられる可能性としては

 

 1.烏が怪我をした

 2.怪我以外の何らかの理由で天魔の屋敷に到達できていない

 3.天魔がこの件について熟考している

 4.天魔が無視している

 

 このくらいだろうか。このうち4はあまり考えられない。今までされたことは無かったし、自分で言うのも変だが彼女は私を捌け口として重宝しているはずだから。

 3は可能性があるというくらいで、この理由もあまり考えられない。熟考するほどの難題でもなかったはずだから。

 

「少し外を確認してみるわ。私の代わりにこいしの世話をしていてね」

 

 考えられるのは烏に何かが起きたこと。烏は天狗の重要な使い魔の一つ。故に山で烏を傷つけることは概ね禁止されている。それすらも守らぬ妖怪が現れたか、人間に撃ち堕とされるような非常事態が起こっているのか。

 

 はたして外に出てみると三丈*1先も見通せぬほど濃い霧に覆われている。さっきはたてを見送った時には全く予兆すらなかったことを考えると何か妖怪の仕業であると思われる。

 なんか普通の霧にしては酒臭いし。妖気が混じっている気がする。

 

「伊吹?」

「おぉ、よく私がいたのがわかったね。かなり薄くなっていたはずなんだけどなぁ」

 

 うっわ、びっくりした。霧を出したのは伊吹で間違いないと思ったが、まさか本人がここにいるとは思わなかった。

 

「だって酒臭いもの。で、どうして伊吹はこんなに濃い霧なんて出しているのよ」

「どうしてって、そりゃあ暇つぶしに決まっているじゃないか。こうすると天狗たちもぶつからないようにゆっくり飛ぶんだよ。白狼天狗の眼も利かなくなるし面白いよ?」

 

 全部お前のせいじゃないか。こちとら無駄な心配をさせられて迷惑なんだよ。あの烏には結構重要な手紙を持たせていたと思うし……かなり不味いかも。あれが途中で捕まったら天魔の立場がなくなるのでは?

 というか白狼って千里先まで見通すんじゃなかったっけ。個体差があるのだろうか。

 

「今すぐやめてくれないかしら。一刻前に遣いに出した烏が帰ってこないのよ。伊吹のせいで迷っているんだと思うよ」

「本当かい? そういう事は早く言ってくれないとね。…………ほい」

 

 一瞬で霧が晴れた。伊吹なら能力を使わずとも殴った風圧で消せそうだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 結局我が家付近で見つかった烏に括りつけてあった手紙には『お主の娘ならば構わぬ』と書いてあった。あの深い霧の中をここまで戻ってくるなんてねぇ。動物の帰巣本能は馬鹿にできないよ。

*1
約9m




諸事情により次回は4月になりそうな予感
先に謝っておきます。申し訳ありません
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