覚る母が子育てします   作:小鈴ともえ

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高天原

 新しい朝が来た。希望など無い朝だ。目を覚ました瞬間から理解できた。ここはどうやら本当に夢の世界ではなかったらしい。安易にやまこなんて名付けた自分が恥ずかしい。いやまあこれ以上名前を考えていても仕方ないからそのまま使おうとは思うけど、今考えると私って多分覚なんだよね。玃って確かオスしかいなかったはずだし。

 

 どうしてこうも必要なさそうな知識ばかりが残っているのだろうか。もっと役に立つ記憶なんぞいくらでもあっただろうにそういう事は思い出そうとしても思い出せない。生活できるだけの知識はあるようだから良いんだけど。

 

 で、確か私は人間を探そうと思っていたのだったか。その前にこの姿、特にこの第三の眼をどうにかしたいんだった。洋服じゃあ隠せないだろうし、和服もなぁ。時代錯誤感があるような気がする。今がいつなのかは知らないが転生するなら人間だった時代よりは先であろう。

 

 でもその前に自分の姿を確認しておかなければならない。水場は近くにあっただろうか。昨日ろくに歩き回っていないから周辺の地理が全く分からない。

……そういえば私は動物の考えていることもわかるのだった。幸い私の生まれたこの森っぽい場所には動物が多く住んでいる。その分獰猛な奴や妖怪化した奴も多くいるかもしれないけど。

 

「ちょっとそこの烏さん、水場が何処にあるか知りません?」

 

 丁度良いところに烏が飛んできたので聞いてみる。

 

(妖怪が私に何の用だ。喉が渇いているというのに。それにこの辺りでは見たことの無い妖怪だけど……もしかして取って食おうとしてるのかも! 逃げなきゃ)

 

 すぐに逃げられてしまった。でも今の烏のおかげで水のある場所は大体把握できた。森だと思っていたがここはどうやら山だったらしい。少し下ったところに広い池があるみたいだ。鳥頭とはよく言うが烏はかなり賢いはずなので少しは信用できる。

 

 

 

 おぉ、着いた場所は広い池というよりは普通に湖である。秋になったら紅葉がとてもきれいに見えそうだ。今は緑が生い茂っているので紅葉の季節ももうすぐだと思われる。

 

 まあそんなことは今はどうでもいい。問題の私の姿だが、これは眼を隠すだけでは駄目っぽい。くせ毛なのは何となく分かっていたが色が水色なのだ。ちなみに第三の眼は薄い緑色。管も思いのほか様々な方向に飛び出ている。人間と会うのは不可能かなこれは。はぁ。

 

『ため息などついてどうしたのです。水面に映る姿を見て自身の如何に醜いかを知ったとでも言うのですか? 私の姿を見てからそう思う事をお勧めしますね』

 

 どこを見ても誰の姿も見えない。いったいどこから話しかけてきているのだろうか。

 

『姿を隠している私を見る事ができるならば、ですが。今の貴方には圧倒的に経験が足りないでしょう』

 

「いかにも私を知っているような口調で話すのですね。貴方はいったい誰なんです?」

 

『私が誰か…ですか。強いて言うなら長くこの山に住んでいる神ですね。だから貴方の事も知っていたのですよ。昨日突然に現れた妖怪。放っておくはずも無いでしょう?』

 

 神と来たか。妖怪がいるなら神がいてもおかしくはない、という事だろう。その神の言い方から考えればこの世界で長く生きていればそのうち見つけることもできるようになるみたいだ。本当かどうかは判断できないけどくだらない嘘を吐くような神ではなさそう。

 

『貴方は覚。誰からも好かれることの無い悲しい運命を持つ妖怪。その運命だけは私と似通っている部分もあるかもしれませんね。天津神は大人しく高天原にいればよかったものを。……貴方は私にはないような可愛らしさも備えているようですが、恐らくそれでも慰めにはならないでしょうね』

 

 嫌われ者ねぇ。確かに心を読まれることは不快な事なんだろう。一方的に心を読む存在になってしまった私にはまだわからない事だけどこれから過ごしているうちに嫌でも認めさせられるんだろう。悲しいなぁ、生まれた瞬間から嫌われ続ける未来が確定しているなんて。

ぼそぼそ言っていたのは聞こえなかった。聞き返しても答えてはくれないだろうし。

 

『この山に住むのならまた会う事もあるでしょう。幸いこの山にはほとんど人間は近づいてきません。妖怪が多いためなのか、それとも麓の国に強い神がいるからなのかはわかりませんが。だからきっと貴方でも安心して暮らせるでしょう』

 

 嫌われ者の私でもだろうな。この山に住んでいる神様にも昔何かがあったのだろう。それより気になったのが ”麓の国” という言葉。流石に日本が国で分けられていたことは知っている。

これは今の時代が本当に未来なのか怪しくなってきたぞ。昨日から色々怪しく思いすぎな気もするけどこれは仕方ない。今がいつなのかというのはかなり重要な事なのだ。

 

「最近その国の近くで何かありましたか? あれば教えていただきたいのですが」

 

『ふむ、確かに貴方はまだ生まれて間もない。何が起きたのかを知ることは重要でしょう。普通の妖怪ならば勿論聞かなかったことにしたでしょうが、貴方ならば教えても問題ないでしょう』

 

 私が生まれたばかりだからなのか礼儀正しかったからなのかはわからないけど、教えてもらえるのはかなり有難い。何も知らないまま過ごすことになるのは結構しんどいからね。

 

『この国のすぐ近くというわけではありませんがここより少し西の方で大規模な墳丘を作っているようです。波邇夜須毘売が埴輪を作って置かせているようですよ。そうすることで信仰心を集めてしまおうという考えが筒抜けです。伊邪那美の屎から生まれたくせにどこまでも狡猾な奴です』

 

 墳丘に埴輪。古墳時代っぽいね。それにしてもこの神様口が悪い。敬語なのに屎とか平気で言っちゃうし。流石に人間でもそう下品ではないだろうに。

 

『話が逸れましたね。とにかく波邇夜須毘売には気を付けておきなさい。彼女はかなり人間よりなので迂闊に近づかないのが身のためですよ』

 

 神とは人間に利益をもたらすばかりではなく人間を苦しめる存在でもある。豊作にしたと思えば飢饉にする、災害から守ったかと思えば神鳴りとして大きな被害を生み出す。すべては神の一存だ。人間は神の前では無力に等しい。それは恐らく妖怪も同じこと。逆らうなと言うのはこの神様なりの優しさなんだろう。

 

『ではまたどこかで会うでしょう。それまでさようなら』

 

「ありがとうございました」

 

 姿は見えないけどお礼は言っておく。悪い神様ではなさそうだし毛嫌いされているようでもないみたいだ。この山で生活していればまた会う、というか話しかけられることもあるかもしれない。それまでにはもう少しこの世界での経験を積んで姿を見られるようにはしたい。

 

 早くもこの世界で生きることに何の疑問も持っていない自分が怖いけど、とりあえず今日はもう例の洞に戻ろう。随分長く話していたようでもう日も暮れかけている。

元々いた場所から少し降りてきたとはいえここでも十分に標高は高いようだ。遠くに見える稜線に消えて行く太陽はやはり大きい。

 

 今日の成果は時代と自分の見た目を把握できたことかな。人間に会うのは絶望的だと分かったし庶民用の碌な和服も無いことも分かった。よくわからない神様にも会えた(?)し実質一日目としては上々じゃないだろうか。悲しい事実を突きつけられた感は否めないけど。




さとりは若紫、こいしは千草鼠に近い色でそれぞれほぼ補色の関係にあります。主人公はそのほぼ中間色である勿忘草色の髪にしました。サードアイも含めてこいし寄りの配色です

身長はさとりたちより少し大きいくらい

とりあえず主人公がいる場所と時代の特定が完了しました
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