覚る母が子育てします   作:小鈴ともえ

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しばらく休載とします


業火救済

 妖怪の山からは鬼が完全に姿を消したらしい。彼らの強さを知っている私からすればにわかには信じがたいことである。

 この前紫から見せてもらった書物の内容は八割以上が嘘でできていただろう。ただすべてが嘘であるわけではないようなのだ。どこまでが真実でどこからが虚構なのか、その判断がまったくできない。

 

 真実に見せた嘘と言うのは人間が得意とするところであるし、かの文章も知らない者が見れば特に違和感を覚えることも無いだろう。

 都の安全を脅かす恐ろしい鬼と言うのが幼い少女としてではなく、筋骨隆々の大男として書かれているのも上手いところだ。自分たちが恐れていたものが幼女だと知れば、人間はさらに恐怖に陥れられただろう。

 

 人間の目指すところは妖怪の殲滅。そのために徒に恐怖を植え付けるようなことはしまい。特別な者でなくとも神より授かった物を駆使して頭を使えば強大な妖を倒すことも可能である、と頼光たちを引き合いにだすことによって示した。

 妖怪狩りが増えるように仕向けた書、か。書いた本人は恐らく、体験した本人は必ず妖の強さを知っている。その上で庶民たちには絶対になれない貴族よりも退治師を目指させる。

 

 何の力ももたない一般人。武器だって良くても先祖から伝わった刀。悪ければ鍬や鋤しかもたない農民まで。当然生き残れるのは1%未満だろう。元より力では人間が敵うはずもない相手。まともな武器もないのだからそうなるのは必定だ。

 それでも上流階級に位置する人間は妖怪退治を推し進める。自分たちからだけでも脅威が去ればそれで良い。低級の庶民など都だけでなく全国に吐いて捨てるほどいるのだから少しくらい減ってもなんら問題はない、と。

 

 噓っぱちではない。印象操作とも言えるものだ。哀れ人間は同じ人間によって支配され、殺されているというのに。彼らは何も知らないのだろう。人間を殺すは異形の物と頭の中で決めつけてしまっているから。

 手の上で踊らされているという自覚も無く、信憑性も無い噂を頑なに信じる。真実に気づいた先には妖が死という手土産を持って待ち構えているというのに。

 

「救えないね」

「? ……どうしたの? 母さん」

「どうして聞くの?」

 

 貴方なら私の心を読めばわかるでしょうに。

 

「母さんも知っているでしょう?」

 

 読心という点においては私よりもはるかに強い力を持つさとり。いつからだろうか。この子は能力の制御を身に付け、私の心を読まないようになったのだ。

 理由は単純。怖いから。私の心を読むという事は未来を知るということ。妖怪がいないという事が常識になっていると思われる世界を直視するということ。

 それは彼女にとって余命を宣告されているようなものだ。あと数百年もすれば妖怪の天下は終わり、あり得ない速度で人間が成長し始める。

 

 妖怪は人間の心の隙間に棲む生き物。否定されれば居場所は失われてしまうだろう。

 

 さとりの心は強くない。いつか来る破滅を知って尚その詳細を知りたくはないようだ。

 私が平気なのはきっと元が人間だから。人間は長く生きても百年。この時代ならば六十年。今の私は既に六百年生きている。妖怪としては若くても人間からみれば途方もない年月だ。

 つまり私はもういつ滅んでも受け入れられるだろうとそう思っているのだ。さとりやこいしが私よりも先に死んでしまう事さえなければ、私はきっと悔いなく死ねるのではないか。実際にその時にならなければ分かることではない。死が恐くないわけではないのだから。

 

「生者必滅であるように盛者必衰でもあるのよ。人間も栄えればいずれ衰えるもの。私たちの寿命ははるかに遠いんだから、きっと人間の衰退の方が早くに訪れるわ。だから今日はもう忘れてお休みなさい」

 

 こいしも既に眠っている。遊び疲れて早くに眠るこいしとは違ってさとりはなかなか眠ろうとしない。夜だからかもしれないが、これまでだって寝かせていたのは夜なのだから身体はそのサイクルに慣れているはずだ。

 となれば単純に眠たくなるほど疲れないからだろう。精々が鳥や狐なんかと話しているくらいだし。こいしは山を駆けまわっているのに。

 

 

 

 

 ……とそんなことを考えている間にさとりも眠ったようだ。

 

「ようやくその子も眠りに就きましたね。では行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした。顔色が悪いんじゃないのかい? それとも元よりそうなのか?」

「おやめなさい、八坂。この子はあくまでもただの妖の一つ。三人もの神にとり囲まれた事など無かったでしょう。まともに話をする気はあるのですか?」

 

 石長姫様に連れて行かれたのは立派な神社。此処こそ一国を治める神の拠点である。此処に強い神がいる事自体は生まれた直後くらいに聞いていたから知っている。それでも想像していたものよりもかなり大きな神社だ。

 当然ながら目の前にいる二柱のどちらかが主祭神なのだろうが私にはどちらなのか分からない。どちらかと言えば八坂と呼ばれた神の方が強そう、その程度だ。

 

 そもそも分霊の共同生活でなく、実体を持つ神が同じ神社に二柱もいる事そのものが普通に考えればおかしな状況だ。往々にして神は自分勝手なもの。仲良く共同生活など想像もできない。

 

「いったいどうして同じ神社に二人も神がいるのか不思議なのかい?」

「…………声に出ていました?」

「いんや。ただ顔を見て思ったことを言ったまでさ。……どうだい? 心を読まれるってのは気持ち悪くないかい?」

 

 確かに気持ち悪いものだ。でも生憎私にはさとりとこいしという子がいる。心を正確に読まれる事すら日常的にされているので半分慣れたと言っても過言ではあるまい。

 首を横に振ると途端につまらなさそうな顔になった。顔だけではなく心の中も。本当に勝手な神様だよ。

 

 この洩矢諏訪子という神様はこの地で誕生した土着神らしい。となると本来の主祭神はこちらになるのか……ああ思い出した。国譲り、か。

 

 となれば洩矢神がこの神様で間違いない。八坂神奈子様はタケミナカタなのか八坂刀売なのか。性別から判断すれば後者の方が納得がいく。が、あの酒吞童子でさえ幼女だった世界だ。彼女がどちらであってもおかしくはない。

 それに彼女自身に聞いても分かることではない。私の知る神話を知っている者は誰一人いないはずだから考えるだけ無駄だろう。

 

「なるほどね。あんたが他人に嫌われる理由が分かった気がするよ。ただ本当に害を与えるわけではないみたいだね。私も神奈子も憂い過ぎていたようだ」

「私が言っていたでしょう? 悪い妖怪ではないのです。ただこの子とまもとに話せるの者は限られているというだけで」

 

 本当に。妖怪の山にいた時だってまともに話ができたのは四天王の奴らと天魔、あとは文にはたてくらいのものだった。探せばもう少しいたのかもしれないが、私には探す気が起きなかった。

 どうせ覚妖怪を嫌う者の方が圧倒的に多いのだ。そんな少数派を苦労して探すくらいなら今いるそれとつるんでいる方がよっぽどマシである。

 

「ふむ、そうだ。私もお前に聞きたいことがあったのだった」

 

 

 人間が寝静まった里で、妖怪と神の会合はまだしばらく続きそうだ。




今現在モチベーションがかなり低くなっております。
更新頻度は遅くなる一方ですし、文字数も減ってきているのを自覚しています。誠に勝手ながら一時休載の扱いとさせてください。未完にするつもりはありませんので、七月を目処に投稿を再開しようと思っています。
急な報告となってしまい大変申し訳ございません。
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