妖怪って悪い事ばかりではない。ここ二週間程度は木の実くらいしか食べていないけど余裕で生活できている。それに食べていると言っても精々炙ったり焼いたり煮たりくらいしかしていない。というかそもそもそれくらいしかできない。
何せここはどうやら内陸の山奥なので塩すら手に入らない。里やら国に行けば別なんだけどすぐそばの国に行く勇気は私にはない。
だって動物たちから聞いた話では力の強い神様が二柱も住んでいるとか。神は基本人間有利になるように動く。つまり私が国に近寄ったら即座に消される可能性も否めない。
二柱もいれば守備範囲は相当のものだろうから動物を偵察に使うよりほかない。特に鳥類ははるか上空から怪しまれることなく偵察できるので私にとってはありがたい存在だ。
人間や妖怪には嫌われる覚でも動物相手だとそうでもないらしい。むしろ動物たちは私という存在を歓迎している気さえする。違う種族と話ができることが嬉しいらしい。確かに動物の言葉は人間は勿論、同じ動物から生まれた妖怪でもなければ理解できないものだ。
でも私なら心を読むことで動物たちの言いたいことを理解することができる。私が木の実だけでも食べられているのはこれらの動物たちのおかげだといえる。
どの木の実が食べられる物なのか、どこにそれらが生っているいるのか。それだけではなくて湧き水のある場所を教えてくれたり温泉の湧く場所も教えてくれた。どうやらここはどうやら火山らしい。そしてかなり近くに見えている富士山との位置関係から考えると八ヶ岳のどれかである可能性がかなり高い。
「石長姫……か」
八ヶ岳の神と言えば武居大伴主神や石長姫なんかが有名だ。この前話しかけてきたのは明らかに女性だったので石長姫だと思う。私の知らない神様である可能性もあるにはあるんだけど、力を持っていそうな神なのできっと合っている。
「ほう、まさかこれほど早く私を見破るとは思ってもみませんでした」
うわっ、びっくりした。今まで何処にいたのだろうか。まさか見張られていたのかな。
「急に現れないで下さいよ。まさか…貴方が?」
「はい、私が石長姫です。ここ数日私はかなり近くで貴方の事を見ていましたよ。気づかなかったようですけれど。でも動物たちとは大変仲が良くなったようで驚きましたね。神ですら知り得ない動物の心を読める貴方だったからこそ、でしょう」
目の前に現れた女性は自神を石長姫と名乗った。醜さゆえに愛されなかった可哀そうな神であり木花咲耶姫の実の姉である。
でも私から見ればそこまで醜くもないように感じる。比較対象が木花咲耶姫だったから相対的に醜く見えただけではないだろうか。それか天津神の基準が相当高いかだろう。少なくとも一般的に見れば美形であると思う。
「そんなことはない、と言えば嘘になりますが、こんなに早くわかりあえたのはここの動物たちが皆優しかったからですよ。そこにはきっと貴方の本来の優しさもあったのでしょう」
心を読めば全てがわかる。私の前で隠し事はできようはずもない。それがたとえ神であっても。如何に過去の事を怨んでいたとしても今は昔。本来の優しさと言う物も戻ってきているみたいだ。
「優しさ、ですか。もう忘れて久しい気もしますが、貴方がそう言うという事は確かに存在しているのでしょうね。でもたとえ私に優しさがあったとしてもあの二人は許しませんが」
思い出しているのははるか昔、神代の頃の事。私が深く突っ込むことはしない。石長姫様にして見れば思い出したくもない事だろうし。
「貴方も知ってしまったでしょうけれど改めて私の口から話しましょう。私は元々この山ではなくあちらに見える富士の山に住んでいました。えぇそう、妹の咲耶姫と共に過ごしていたわけです。そこに現れたのがあの男、邇邇芸なのです。あの山に来たのではなくはるか西にある岬で会ったのですが。天照様の孫だったからでしょう。咲耶姫が求婚された時は父上も大層喜ばれていました」
私に話してくれるという事は一定の信頼を獲得したという事だと思う。ずっと監視していたのも私が信頼するに値する妖怪かどうかを判断するためだろう。普通なら神が妖怪を信頼するなんておかしな話だと思うけど。
「父上は私も一緒に結婚するよう言っていましたが邇邇芸は私を捨て、咲耶姫とだけ結婚したのです。それはつまり父上の立てた
その後自分だけが愛された咲耶姫は愚かにも私を下に見るようになったのです。そうして調子に乗った咲耶姫はこの山とあの山の高さを競うと言い出しました」
競う方法は樋を使って水を流すという簡単なものだったらしい。
「水は勿論あちらの咲耶姫の山に向かって流れました。私が姉なのですからこちらの方が高いのは当たり前だったのです。しかし咲耶姫はそれを良しとせずこの山を砕いたのです。結果として咲耶姫の住む山は最も高い山になったのです。
しかし私も黙ってはいられなかったのであの山を永久に出たのです。だからあの山はもう火を噴きません。なんとも弱弱しく、花のように美しいが儚い。あの子には丁度良かったでしょうね」
石長姫様がいなくなったことで富士山は不尽の力を失い、火山としての機能を停止してしまったのだという。美しい山としてしか見ない人間には到底知り得ない話だろう。
また邇邇芸命が石長姫様を父、大山祇命に送り返したせいで木花咲耶姫との子の子孫である帝たちの寿命も軒並み短くなったらしい。
「話過ぎましたね。……おや、かなり強大な力を持った妖怪が山に入って来たようですね。私はそろそろ帰りますが気を付けた方が良いかもしれませんよ。ではまた会いましょう」
出てくるのが急なら消えるのも急だ。神出神没。もう何処に行ったのかはわからない。そう言えばかなり長い間話していたのに動物一匹通りかからなかった。きっと石長姫様が何か細工していたんだろう。神って凄いんだねぇ。
「あら、貴方いったい何の妖怪なのかしら? あまり見ない大陸風の着物を着ているし」
まあ実際には洋服なんだけどこの時代にあるとは思えないし仕方ないかな……
「って! 急に話しかけるのが流行っているの? まったく皆して……で、貴方誰?」
「相手の名を聞く時には先ず自分の名を言うものではなくて? まあいいでしょう。私は八雲紫。少しばかり旅をしている妖怪ですわ。この山には先ほど来たところです」
は? さっき来た妖怪って強大な力を持つとか言ってたやつ? 確かに立ち居振る舞いに隙は無いように見えなくもない。ずぶの素人だから気がするだけだけど。
「私はやまこ。覚妖怪よ」
「覚ですって? しまった……」
うん、知ってるよ。八雲さんの考えなんてお見通し。旅をしているのは本当らしい。さっきこの山に来たのも本当。何の妖怪なのかはわからないけど瞬間移動に近い速さでここまで来たらしい。
「まあ今更後悔しても仕方ないんじゃない? もう遅いし私は寝るわ。話ならまた明日の朝にでも聞こうかしら」
「貴方……見ず知らずの妖怪が目の前にいるのに緊張感の欠片も無いのですね。私が寝ている貴方を食すかもしれないのに」
その時はその時ってわけでもない。寝ている間も無意識的に能力は作用するようで、敵意のあるものが近づけば流石に目が覚めるのだ。
「はいはい、じゃあ八雲さんも寝ればいいでしょう? おやすみ」
私は眠りにつくまでがかなり速い。自慢にもならないと思うけど眼が冴えて眠れないという事がないのは有難い限りだ。
さっさと進めないといつまで経ってもさとり様が出てこない