八雲紫と名乗った妖怪はあらゆるものの境界に棲む謎多き妖怪らしい。俗称はスキマ妖怪だが真の種族名は何なのかわからない。そもそもこの世に一人だけしか存在しないせいで種族という概念など端から無いのかもしれない。
そんな不思議で近寄りがたい妖怪ではあるが旅をしてきただけの事はあるようで、たまにしてくれる話はなかなかに面白い。思えばもうかれこれ百年ほどは一緒にいることになる。
紫はまるで底なし沼だ。好んで近づくことは無いが、一度踏み入ってしまえば話のネタは尽きるところが無くさらに深くまで踏み込んでしまう。引きずり込まれるといった方が正しいか。私はまだ心を読める分紫の手の内が分かっているので大丈夫なのだが、他に興味本位または食糧を求めて寄ってきた妖怪たちは少し可哀そうだった。
何せそういう妖怪たちは紫にとって都合の良い手駒でしかないからである。運が良ければ興味を持たれずに見逃されることもあったが、最悪の場合使い捨ての式神としてその命を散らした妖怪もいた。手軽に式神を憑けられる紫は正しく大妖怪であり憑けられた妖怪たちは圧倒的に実力が足りなかった、ただそれだけなのだ。
「ねぇ紫、貴方が私の読心を恐れなくなったのはいつだったっけ」
「いつだったかしらね。でもかなり初めの方だったと思うわよ。だって貴方私の心をほとんど読んでいないでしょう?」
なんだ、バレていたのか。そう、私は紫の心を滅多に読まない。読めないわけではないが意識して読まないようにしている。理由は紫の思考回路とその処理速度にある。一度考え始めると止まらない紫の思考速度は私の脳の処理速度をはるかに上回っているので読んでもほとんど理解できないまま私がノックダウンしてしまうのだ。
一度それをやらかしてからは紫が考え事をしている時の読心を控えているのだ。でも紫はかなりの時間を考え事に費やすので実質ほとんど心を読んでいない事になる。
「流石紫。わかっていたのね。隠していたつもりだった私が馬鹿みたいだわ」
「これだけ長く一緒にいれば嫌でもわかるわよ。そう言えばこの山に来てからもう随分経ったのね。そろそろ旅を再開しようと思っているのよ。勿論貴方も来るわよね?」
生まれたのも妖怪として成長してきたのもすべてはこの山であり石長姫様は私にとても良くしてくれた。この山を離れて暮らすことが今の私には想像もできないのだ。
「あら大丈夫よ。この旅には明確な目的がある。それさえ達成できればまたこの山に帰ってくることも自由よ」
「心を読むのは私の特権なのだけど……勝手に盗らないでくれる? でもまあまた戻って来られるのなら行ってもいいかな。なんだか楽しそうだし色々な場所を見たいからね」
今回は容易に想像できるようなことを考えていた私が悪いのかもしれないが、それでもこういうところが紫を胡散臭くしているのではないだろうか。不思議の多い女性は確かに魅力的かもしれないが行き過ぎればただ胡散臭いだけになってしまう。
「心のスキマは誰にでもあるわ。今権力で民を押さえつけているような諸国の王でさえそのスキマは埋められないし決して埋まることは無い。あとは如何にそこを上手く突くかだけの話よ。貴方は貴方のやり方が、私には私のやり方があるの」
紫の能力は便利だからねぇ。実際に心を読むことはできないみたいだけど、気のゆるみによって大きくなる心の隙を突くことであたかも心を読んだかのように振る舞えるらしい。
正直なところ私にはさっぱり理解できない話である。紫の力が及ぶ範囲までなら如何なる境界も彼女に対しては無力だと言うが、その効力範囲がどこまで広いのかが未だに測ることができていない。否、紫自身測らせまいとしているのだろう。
「なんにしてもやまこも来てくれる気になったのなら早速出発しましょうか」
「ちょっと待ちなさいよ紫。ここを離れるのなら挨拶くらいはする時間を頂戴よ」
私がここに来たばかりの時に世話になった動物たちはもうとうに死んでしまっているが、その動物たちの子孫などは山にいる。次に帰ってくる時がいつになるかわからないのでせめて挨拶くらいはしておきたいのだ。
石長姫様は不変を司る神様とあって滅びる姿は想像できないが動物たちは違う。寿命は人間たちと大して変わらず、長く生きても精々五十年。妖怪や神から見れば一瞬でその身を散らしてしまうのだ。だから何も言わずにここを離れるのは何となく嫌なのだ。
「夜に出発するのが一番良かったのだけれど。でも貴方の言いたいことはわからなくもないから明日の夜に出発することにしましょうか。明日中に挨拶は全て済ませておきなさいよ? さて寝ましょうか」
「はいはい、おやすみ」
私がこの山に来たのはただの興味だった。私にゆかりの深い地である出雲の大社に封じられている神、大国主。そしてその息子であり
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
言わずと知れた須佐之男の詠んだ歌だ。幾重にも重なる雲が湧きたつ出雲の地。私の名はそこから考えた物だ。まだ日も昇り始めていない曙の頃、薄く紫色に染まった八雲が立ち、空に昇って行く。幾重にも思慮を重ねることを求めて八雲。その色と出雲が所縁の地である事から紫。
単純だがそれゆえに気に入っている。誰にも読ませない思考、誰にも理解できない意図。それを求めているわけではない。
建御名方に興味を持ってやってきた私に最初の誤算が生まれたのはここに来てすぐの事だった。社にいたのは建御名方ではなく風雨を司る神霊と祟り神を操る土着神だったのだ。
ならば封じられたはずの建御名方は何処に行ったのか。封印を解いて何処かへ行ってしまった? 否、社にある極太の注連縄がそうではないことを物語っている。そこで考えられるのが第二の仮説。建御名方が姿を変えて風雨を司る女神として過ごしているというものだ。
神というものは姿形を自在に変化させられる。固定の姿という物が無いのだ。大抵は人間と関わりやすいように人型をしているが必ずしもそうだというわけではない。この地で信仰されているミシャグジがいい例だ。わざと人型をとらないことで祟り神としての力を増幅させていると考えられる。それを従えているのは威厳の無い見た目をしている人型の神なのだが。
とにかく建御名方が洩矢ではない方のもう一柱である八坂になっているのだとすれば合点がいく。実はこの地には建御名方だけでなくその妻である八坂刀売もいるはずなのである。それすらいない。そして今この国にいる八坂神奈子と名乗る神霊は建御名方と八坂刀売の両方の性質を併せ持っているのである。神の世界の事は詳しく知らないが関係があることは確かだ。
ここで重要なのは八坂神奈子が神霊であるという点である。神霊であるという事は昔は人間だったはずなのだ。それを器として何らかの形で建御名方と八坂刀売の神性が入った者、それが八坂神奈子なのだとすれば辻褄は合う。
問題は何故そんなことをしたのか、どうやってそれを為したのか、なのだがそれは私には理解できない範疇の問題なのだろう。そも妖怪も神も人知を超えたものであるがゆえに理解などできようはずもないのだ。できてしまえば存在は消えてしまうのだから。
建御名方は一つ目の誤算だった。二つ目の誤算は今動物たちや石長姫に挨拶をしに行っている少女、やまこに会ったことだ。建御名方を諦めて旅を再開しようと思っていたところで立ち入ったこの山。初めに声をかけたのは私だったが正直に言うと気づかれているだろうと思っていた。
妖怪としてそこそこ長く生きてきた私はそこらにいる妖怪とは一線を画した実力を持っていると自負している。ならば私の出す妖力によって声をかける前から気づいていて当然。そう考えていたわけだ。
しかし実際にはそうではなかった。なんと彼女は私に声をかけられるまで気づいていなかったらしい。驚きだったが声をかけた相手が彼女だったことは私の最大の
覚であると気づいた時はひどく後悔したものだが一晩寝れば気にならなくなっていた。どうにも私の考えの全てを読んでいるわけではないと分かったからである。
そして面白かったのは彼女が私に旅の話を頼んだ時である。覚とは常に相手の思考を先読みして行動する妖怪であり、人に話を頼むなど天地が逆転してもあり得ない。そう思っていたからこそ彼女の行動を無駄に深読みしてしまったのは良い思い出だ。
珍しい妖怪だと感じたからこそ私は彼女に惹きつけられ、今までともに過ごしてきたのだと言える。常に一人で生活してきた私にとってともに食事をし、話し合った初めての友人だ。
だからこそ彼女の意志は尊重する。私のこの旅の目的が達成されれば必ずこの山に帰す。それが私の彼女にできる精一杯の礼ではなかろうか。
百年進めてもさとり様すら生まれませんでした
次回からは紫様とほのぼの旅行になります