覚る母が子育てします   作:小鈴ともえ

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原始の神霊界

「ねぇ紫、紫は何か目的があって旅をしていたんだよね? どんな目的なの?」

 

 彼女が旅を続けていた目的は紫の考えることの中でも最深部辺りにある、つまりは彼女の野望や計画すべての根底にあるせいで私には読めない事だ。八雲紫という妖怪を形作る上で最も重要な事の一つであるはずなのに私にはまだわからないのだ。

 でも一緒に旅をするのなら目的くらいは教えておいてほしい。そうでもないといつ帰ることができるのか、そもそも旅が終わり得るのかがわからない。

 

「そうねぇ、今はあまり気にしていないのだけれどこれからの事を考えると必要になるものがあるの。それを探しているのよ。そのついでにこの島の妖怪や人間なんかを観察しているというわけ。たまに面白い情報が入ってきたりもするわ。この間立ち寄った村では漁師が一人行方不明になったと言っていたかしら。空の舟があったというし大方海坊主にでも喰われたんでしょうね」

 

 その『何か』を見つければ旅は終わるらしい。でも結局『何か』が何なのかはわからないままだ。はっきり教えてくれないという事は言う気も無いという事だろう。

 わからない目的のためについて行くのは少々怖いが山を離れて生活するという楽しみもまたあるのだ。私の全く知らない動物たちがまた出迎えてくれるのだろうか。

 

「貴方は……人間と言うものについて何か分かったかしら?」

 

 生まれてから百年。勿論人間も見てきた。と言っても迷い込んでいるところを数回見たくらいだけど。自分から迷い込んで来たくせに人間たちは皆何かを恐れていた。それは恐らく山に存在するすべての物。

 彼らにとって闇夜の中では相手が妖怪だろうが神だろうが、ただの動物や植物、同じ人間であったとしても等しく恐怖の対象となる。得体の知れない物を恐れるがゆえに群をなして共同生活をする。それは正しい事であり生き延びるためにはそれが最善である。

 

「彼らは…そう、あまりにも弱すぎるね。でもそれだけじゃない。裏を返せば人間は全てを支配できるかもしれないんだから」

 

「そう、だからこそ私の理想は早く為されなくてはならないの」

 

 人間の弱さは常に何かを恐れていること。その恐怖や畏怖によって妖怪や神は生み出されているのだ。人間には妖怪のような力は無く、神のような叡智も無い。

 しかし彼らが()れる事を止めた時、この世のすべてが反転し得る。妖怪も神も力を失い、無様に消滅を待つだけの存在になり果てる可能性がある。その時に人間はあらゆるものの頂点に立ち、己を縛る物からの解放によってその全ての支配を考え始めるかもしれないのだ。

 

 つまり紫の理想は人間に恒常的な恐怖を与える事なのだろうか。そしてこの旅の目的はそれができる妖怪を探す事なのかもしれない。恒常的な恐怖を与えることが難しい理由には彼らの寿命がある。長く生きても四十年、つまりすぐに代替わりしてしまうのだ。一人一人の恐怖が長く継続しないので手間が余計にかかり、語り伝えられるうちにその恐ろしさが薄れてしまったりするのだ。

 

「まずは東に向かってみましょうか。ここより西は粗方見てきたし」

 

 ここは八ヶ岳なのでほぼ本州の中間地だ。紫はそんなことを知らないだろうが。つまり最悪の場合今まで紫がしてきた旅とほとんど同量の旅をしなければならないのだ。まあ私としては旅に何年かかってもいいんだけど。

 

 

 

 

 西には目ぼしいところはあまりなかった。数十里ほど西にあった山は悪くなかったが決定するには至らなかった。私の理想郷の場所が決まった後にでも観察をしていればいいだろう。

 

「今日はあまり進まなかったね。まあ私たちにとっては朝も夜もあまり関係ないから休みなく行っても良いんだけど」

 

「でも休息は必要よ。今日はこの山で休みましょうか」

 

 昼に動くと人間に遭遇する確率が高くなる。動物ならやまこがいるので問題はないが人間はそうもいかない。この世に正直な人間など存在しないのだから心を読まれるというのは誰にとっても不快な事である。

 

「私はもう少しだけ周囲を見てくるわ。それじゃ、おやすみ」

 

 土地勘のない場所で彼女を一人で行動させるのは少々気が引けるがこの眠気には勝てない。起きた時に彼女がいることを願うしかないか。それにしてももう少し抵抗できるようになりたいものだけれど。

 

 

 

「あら、起きたのね。存外早かったんじゃない? 紫にしては、だけど」

 

「失礼ね。それで、この辺りに何か面白い物はあったかしら?」

 

 彼女はあまり寝ない。時間は短くてもその分身体を休められるように調整しているんだとか。活動を続けるのに必要な分の睡眠はとっているという事だが、逆に言えば必要最低限しか寝ていないという事でもある。

 

「そうねぇ、紫が気にいるかどうかはわからないけどこの山の頂辺りに神社があったわよ。祭神は確か少彦名とか大国主とかだったかしら。遠くからしか見ていないから正しいかわからないけど」

 

 当たり前だが流石に分霊なようだ。神社に祭神がきちんといることの方が珍しい。本社より分社の方が圧倒的に多いからである。

 そういう意味でも諏訪の神が同居する神社と言うのはとても興味深いものだった。神と言うのは分霊であってもわがままな存在であり、他の神ともよく喧嘩をする。分霊が実態を持たないおかげで周囲への被害は概して少ない。しかし神と言うのはいくつに分かれても本体と同じだけの力を維持するという厄介な性質を持っているせいでたまに大きな飢饉が発生してしまう。

 

 だからこそ実態を持つ神が二柱もいるあの神社は異端なのだ。この百年で少々調べたところ、昔一度土地が破壊されるほどの戦争をしたみたいだ。そこで和解したのかどうなのかは知らないが、その戦争のおかげで今は大人しくなっているらしい。

 

 人間が神から最大の恩恵を受けようと思うならただ一柱のみを祀るべきなのだ。その神を篤く信仰すれば大いに繁栄するだろう。しかし人間と言うのは強欲なものなのでそういう事はしない。同じ神社に複数の神を祀ることでより多くの種類の恩恵を受けようとするのだ。

 その結果として自分たちにより多くの厄災が降りかかる。そうすると人間たちは何とかそれを抑えようとして神に様々な物を奉げる。神の分霊たちはそれを我が物にしようと争う……そういったことが際限なく続き次第に人間側が疲弊する。

 

 神社の管理を放棄すれば分霊たちはのそれぞれは各々大きな災害を起こして消滅する。人間は自分たちの益ばかり見るせいで害に目が行かない。結果として神の分霊は消滅し、神社としての機能は失われてしまうのだ。

 もう一度分霊を降ろせば神社としての機能は復活するが、人間たちはまさか神の分霊が消えているとは思わない。今までの旅で見てきたが、最早神域としての機能が無い神社はたくさんある。神と話すことのできる巫女がそもそも多くないことが原因だろう。

 

 巫女を単なる埋め合わせのように使っている神社も多く、そのせいで神を降ろせないのだ。かくも愚かな人間が私たちの存在の根幹を担っているというのは癪だがどうにもできない事である。

 私が作るべき世界はそんな人間たちを救済するための楽園。人間を生かすための世界だ。

 

「では行ってみましょうか。……安心なさいな。このスキマの中なら人間にはわからないわ」

 

 そもそも夜なので神社に人はいないと思うが。念のためにスキマで移動することにする。純粋に旅も楽しむために基本的には使わないようにしているが、人間がいるかもしれない状況ではやむを得ない。

 それよりも分霊がきちんと存在しているのか、神社周囲の状況や環境はどうなのかなどを調べなければならない。本来ならそこに住む巫女についても調査したいのだが今は寝ているだろうから諦めた方が良さそうだ。




モデルは金峰山神社と金櫻神社。本文で出てきた祭神は金櫻神社の方です。金峰山神社の祭神は大山津見、石長姫の親です

少彦名は言わずと知れた針妙丸の元ネタ

こういう事を調べていると色々な所でつながりが見えてくるので結構楽しいです
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