覚る母が子育てします   作:小鈴ともえ

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大江山颪

 もう夜も更けているので境内には誰もいないようだ。闇夜を恐れる人間がこんな夜中に神社に来ることはまずあり得ない事なのだろう。

 

「この神社は…本物ね。神の分霊もきちんと存在しているしその管理も行われているわ」

 

 神社があっても神がいないことは多いらしい。目に見える肉体を持った神か、その神の力を持った分霊のどちらかがいれば神社としての機能は果たせるらしい。

 私に分霊は見えないけど紫には見えているようだ。何でもできそうな能力を持っているようで本当に羨ましい限りだ。私の能力なんて役に立ちそうでそうでもない微妙なものなのに。

 

「さて、早かったけれど旅はこれにて終わりね。あとはもう少しこの辺り一帯を調べれば……」

 

「え? もう終わりなの?」

 

 まだ旅が始まってすぐである。紫の目的である(と思っていた)妖怪も見つかっていないのにもう終わりとはこれ如何に。私の予想が完全に外れていたという事なのだろうけど。結局紫の探していた物とは神の分霊のいる神社なのだろうか。

 そんなもの全国を回れば相当な数が見つかりそうなものだけど。

 

「えぇ、この地こそ楽園とするに相応しい。貴方もそう思わないかしら?」

 

 紫はこの土地を気に入ったというのか。となると私の考えが根本的に間違っていたことになる。紫が探していたのは人間に恒常的な恐怖を与える存在ではなくそれを為すための楽園足り得る土地だったという事か。

 旅が終わってから気づくことになるとは思っていたけど予想のベクトルが完全に別の方向を向いていたのは少し残念。

 

「そうかなあ…こんな山の上にある神社に来るのは相当な物好きだけだと思うけど」

 

「それで十分なのよ。まあこの神社をそのまま使うわけではないわ。この土地を有効利用させてもらうだけ。それじゃ、帰りましょうか」

 

 行きはよいよい帰りもよいよい。紫がいれば行きも帰りも怖いものなどない。というか帰りは紫のスキマで一瞬なので行きの方がまだ怖い要素があったかもしれない。

 それにしても早い帰りだった。こうなることがわかっていたらあんな大層な別れの挨拶もしなくてよかったのに……いや、どうせなら私も少し旅をしてみようかな。

 

「待って紫。私も少し旅をしてみたいからここからは自分の足で行動するわ」

 

「そう、ならここで別れましょうか。またどこかで会えると良いわね」

 

 妖怪の寿命とこの国の狭さを考えればまたどこかで会う可能性は十分にあるだろう。それが数年後になるのかはたまた数千年後になるのかはわからないけど。

 ま、それまで私が死んでいなければの話なんだけど。結構どこに行っても死という物が付き纏うから常に油断ならないのだ。紫のおかげで少しの力は付いたと思うけど。

 

 

 

――――――――やまこの日記――――――――

 

 

旅を始めてどのくらい経ったかはわからないが、運よく紙が手に入ったので何かあれば日記として書いていこうと思う。

 

 

日付の無い日記は果たして日記と呼べるのだろうか? 只管西に進んで妖怪の多く棲む山を見つけた。

 

 

都には大層美人な女性がいるらしい。こんな辺境の山奥にまで噂が広がっているという事が驚きだ。何せ妖怪か動物たちしかいないこの山だ。妖怪にとっても魅力的な、つまり美味しそうな人間なのかもしれない。

 

 

この山が気に入ったので、山にいる妖怪全体をまとめているという山の四天王という鬼に定住許可をもらいに行った。特に嫌な顔もされずに許可が下りた。心の広い者は嫌いではない。とりあえず旅は一段落である。

 

 

私は決して好かれる妖怪ではないのでひっそりと暮らすことにした。周辺には人間も妖怪もいないので思いのほか快適だ。

 

 

噂にあった美人な女性は姿をくらましてしまったらしい。動物づてなので正確な情報なのかは判断できないが、どうやら不老不死の霊薬を残して月に帰っていったとか。なよ竹のかぐや姫に酷似しているように思う。

 

 

最近四天王に絡まれることが多くなった。わざわざ定住許可をもらいに行った辺りから目を付けられたらしい。ひっそり暮らしている意味がなくなるからやめてほしいと思うが、まさか鬼にそんなことが言えるはずもない。

 

 

都が長岡京に遷都されたらしい。確か旅を始めたのは聖徳王が没する直前辺りだったはずだから、もう紫と別れてから百七十年程度経ったことになるようだ。

 

 

今度は早々に平安京に遷都されたらしい。あれから十年ほどしか経っていない気がするのだが。

 

 

明日はまた四天王たちが酒を呑みに来るらしい。毎回他の場所で飲んでほしいと切に願っているが私の願いは通じない。鬼と真正面から向き合うなんて妖怪であっても避けたい事である。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

「どうしていつもいつも私の住処に来てまで酒を飲んでいるのよ」

 

「別にここだけで酒を飲んでいるわけでもないからねぇ。それにわざわざ私らに挨拶しに来る妖怪も珍しいもんさ。大抵は勝手に棲みついて勝手に出て行く奴らばかりだからね。なあ萃香」

 

 四天王の一人星熊。注ぐと酒の格が上がる盃である星熊盃を持っている。時間が経つと不味くなるそうだがそうなるまでゆっくり酒を呑んでいる姿を想像することはできない。

 

「そうそう、そう言う意味でもお前さんは興味深いのさ」

 

 二人目の伊吹。無限に酒が湧き出る瓢箪である伊吹瓢を持っている。鬼の国に棲むという酒虫の成分がしみ込んでいるとかで美味しい酒が無限に湧く。酒虫に与える水分は伊吹が空気中の水分を萃めて確保しているのだろうか。

 

「それなりに呑めるし天狗と違って鬱陶しくないしな。こちらとしても気分がいいんだよ」

 

 三人目の茨木。それに酒を注いで相応の量を呑めば病気や怪我が治るという茨城の百薬枡を持っている。ちなみに副作用で身体が鬼に近づくらしいので、私は一度もその枡から呑んだことが無い。別に怪我もしていないし病気にもなっていないので呑む必要も無いのだ。

 

「覚ってのはもっと人に見つからないような場所で暮らしているものだと思っていたけれどねぇ」

 

「少なくとも私は人に見つからないような場所でひっそりと暮らしているつもりなんだけどね。貴方たちが勝手に来ているだけでしょう?」

 

 四人目の虎熊。一本角で白髪の鬼である。特徴的なのはその顔だ。他の三人同様容姿端麗ではあるのだが右目は完全に潰されている。さらにこの鬼の特徴として宝を持たないことが挙げられる。

 その昔小人族の一人に退治された経緯があるらしい。その時に奪われたのが全てを叶える虎熊の槌である。ちなみに虎熊の右目は百薬枡で治るのだがあえて治さずに残しているらしい。

 

 鬼の四天王である虎熊に打ち勝った小人に敬意を表する意図があるとか。きっと私なら生活が不便になるのですぐに治してしまうだろう。それをあえて残す鬼とは他の妖怪や人間と根本的に考え方が異なる化け物なのである。

 

「まあまあ気にするなっての。ほらこれでも呑んで落ち着きなよ。この私が注いでやったんだから呑めねぇとは言わないよな?」

 

 質の悪い金髪である。きっとこれが将来のアルハラと呼ばれるものなんだろうなぁ。星熊からすればただの善意なので断ろうにも断れないし、そもそも断ったら人生終わる。

 他三人も全く悪いと思っていないので余計に質が悪い。情に厚い鬼ならもう少し私の事も労ってほしいものだ。

 

「はいはい、呑むわよ。それにしても悩み事があるなんて貴方たちらしくもないわね。何? 最近の人間がまともに勝負をしてくれない? それは貴方たちが悪いわよ。毎回攫ってくる人数が多すぎて人間も萎えているんじゃないの?」

 

 悩み事などとは無関係な生き方をしているように見える奴らなのに実はそうでもないらしい。でも勿論私はそんなことを解決できる程万能ではないし鬼に生き方を指南してやれるほどまともな生き方もしていない。

 私にできることは精々助言を与えることだけだ。その生き方の問題点くらいなら私にもわかるからそこを修正するようにアドバイスするだけ。

 

「そうなのかねぇ。昔からこれくらいだった気がするんだけど…ほら勇儀、盃寄越しな」

「お、助かるね」

 

 人間が勝負を投げたくなるのもわかる。いくら人間の中では実力者であると言っても所詮は人間の中での話なのだ。相手は歩く災害である鬼。勝負にもなりはしないのだ。まあもう少し改善した方が良い点は指摘しておいた方が良いだろう。




虎熊童子の目が潰れているというのは完全に辻褄合わせのための捏造設定なので本気にしないでください

金熊童子は赤鬼で桃色の華扇と被る気がしたので採用しませんでした
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