覚る母が子育てします   作:小鈴ともえ

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鬼畜生の所業

「そういえばさ、やまこには姓が無いのかい? 聞いたことが無いけど」

 

 私に姓は無い。不要だったし考えたことも無かったからだ。でも改めて考えてみれば姓名で名乗った方が恰好は付く。やまこだけでは何とも気の抜けた自己紹介になってしまう。

 

「無いよ。私は貴方たちと違って元から妖怪だから名前すら自分で考えた物だし。でも折角の機会だし考えてみてもいいかもね。何なら貴方たちで考えてもいいよ」

 

 この世界に来る前は人間だったはずだがこの世界に来てからはずっと妖怪である。だから名前だけあれば今まで何も困らなかったのだ。でも名前だけでも考えていたのは正しい判断だったようだ。紫によると名は体を表し、名の無き物に生は宿らないとのことだ。

 覚妖怪という種族名があるので大丈夫なのではないか、とも思ったがそうでもないらしい。種族名とは言わば一括りにまとめられた物の名でしかなく、それによって個を識別することは不可能だとか何とか。確かに『鬼』と言われてもそれが星熊なのか伊吹なのか、はたまた木っ端なのかは判断できない。

 

 独立に存在するためには個人名こそが重要になってくるらしい。種族名によって生を宿し。個人名によって初めて自我を宿す。名、という曖昧な物の重要性を理解させてくれたのは間違いなく紫だ。恩もある。しかしこの鬼たちにもここに住まわせてもらっている恩はある。だから今回はこちらに任せようと思ったわけだ。

 

「そうねぇ…なら古明地なんてどう?」

「へぇ? 斡子にしては悪くないと思うが何か理由でもあるのかい?」

 

 伊吹は『虎熊にしては』なんて言っているがこの四天王の中だと虎熊が一番まともだと思う。恐らく一度負けたことがあるから驕りが少ないのだろう。他三人は……うん、鬼の世界に一般常識なんて通用しないとはっきりわかる。

 

「えぇ、当然よ。先ずやまこは心を覗くだろう? それはすなわち他者の過去、つまりは古の記憶を明らかにすることだ。そして古の記憶とはその人が歩いてきた道そのもの。つまりは全ての底にある地面と考えられる。まさに覚のあり方そのものだとは思わない?」

 

 確かに虎熊の言わんとするところもわからないでもない。まあ私が読むのは何も過去の記憶だけではないのだけど。でも特に反論も無いしこれで決定で良いかな。

 

「うん。それで良いと思うよ。じゃあこれから私は古明地やまこね。これからもよろしく……するのは少し面倒かもなぁ」

 

「おいおい、聞こえてるよ。ま、やまこの姓も決まった事だし酒でも呑もうか。勇儀も萃香も酒持って来なよ」

 

 今回何もしなかった茨木が仕切ることに何も思っていない鬼三人。酒さえ呑めりゃあ良いんだろうな。ただでさえ四六時中呑んでいるような連中なのに。

 

 

 

――――――――やまこの日記――――――――

 

 

今日は虎熊に名字を考えてもらった。これからは古明地やまこと名乗って行こうと思う。それにしても何かあるたびに酒宴を催すのはやめてもらいたいものだ。鬼との付き合いで唯一面倒なのはそこだと思う。

 

 

伊吹がまた人間を攫ってきた。そろそろ嫌な予感がしてきたのでこの山を出て八ヶ岳に帰ろうと思う。明日は忙しくなりそうだ。

 

 

山を出ると言ったら四人からはとても驚かれたが、結局は気持ちよく送り出してくれた。またどこかで会う日が来るのだろうか。今夜は久々に木の洞で寝ることになりそうだ。

 

 

旅を進めて早一月。ようやく帰ってくることができた。今までは伊吹たちに頼んで盗ってきてもらっていた紙だが、今となっては再び貴重品だ。無駄なことは書けない。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 旅は悪くないものだが非常に疲れる。まあ旅と言いつつも同じ場所に二百年以上もいた気がするけど。主に疲れたのは鬼の相手だった気がするけど。

 何はともあれ無事に帰ってくることができて一安心だ。しばらくの間はこの山でまた大人しく過ごしておこう。

 

「ほら、おいで。水場まで飛んで来られるかな?」

 

 今は帰って来て早々に発見した羽の傷ついた烏を水場まで連れて行こうとしているところだ。動物の心の悲鳴が聞こえてしまう私にはこの子を放っておくことができなかった。動物と言うのは変化に敏感だ。ほんの少しだけ妖力を持ってしまったこの烏の子は仲間から虐げられたらしい。

 人間の血の味を知ってしまった動物は妖怪になる。この子は冬の山で遭難して死んでしまった人間を啄んだらしい。基本的に雑食である烏なら別に不思議な事でもなく、これまでもそのように妖怪化した烏は何度か見てきた。

 

「よしよし、回復は順調に進んでいるようね。でももう少し効率的にするために妖力の使い方を少し教えてあげる。折角妖怪になったんだもの。どうせならすぐ死にたくはないでしょう?」

 

 妖力が上手く扱えない妖怪は基本的にすぐ死んでしまう。私がかつて死ななかったのはただ単純に運が良く紫に会うことができたからだ。彼女から様々な事を教えてもらううちに妖力の扱いが上手くなって今生きている。指南する者がいれば新参妖怪も長く生きることができるようになる。

 

 特にこの子に至っては私が見つけたというのもあればあまりにも可哀そうだという気持ちもあるので長く生きてほしいのだ。まだまだ少ない妖力でできることは限られているが生きているうちに妖力は増える。その時に応用できるように今から教えて行かねばならないのだ。

 

「おやおや、漸く帰って来たと思えば妖怪の世話をしているとは」

 

「まさか…石長姫様? 私の事を覚えているのですか?」

 

 昔ここにいたのは百年程度。ここを離れていたのが三百年くらいなので忘れられていてもおかしくはないと思っていた。そもそも数いる妖怪に比べれば私もまだまだ木っ端の類。覚えておくに値するとも思っていたので声をかけられたのはかなり意外だった。

 

「この短期間で忘れようはずもありません。それよりもそこの子烏はどうしたのです?」

 

 神にとっては数百年程度大したことは無いらしい。私にとっては人生の四分の三以上であるし、人間の寿命の七、八倍程度はあるというのに。私も長く生きれば数百年が誤差になるのだろうか。まだ想像もつかないほど未来の話だ。

 

「冬に迷い込んだ人間の肉を喰ったらしく仲間から追い出されたというので私が育てているのですよ。石長姫様はその人間について何かご存じなのでは?」

 

 私が唐突に現れた時や紫が急に来た時もこの山の神にはお見通しだった。それなら迷い込んだ人間一人くらい楽に見つけられただろう。

 

「勿論知っていましたよ。ですが私は私への信仰心もない人間の味方ではありません。わがままだとか思いましたか? 神にとって人間とはその程度の認識なのですよ。信仰してくれるならばその心に応える。信仰してくれないのなら無視です。

 神は相手がよく知る者であっても無駄な力など使わない。それゆえに巻き込まれでもしない限り信仰心の無い者に災厄が降りかかることも無いのです。それを分かった上で神を信仰するかどうかは人間にかかっているのですよ」

 

 石長姫様はこう言っているが実際の状況はもう少し複雑だ。その神に対する信仰心が今はないが()()()()()()()者には災厄が降りかかることが十分にあり得る。神から受けた恩恵を仇で返すような真似をする者には神は容赦なくその力を発揮する。

 独善的にも見えるがそうではない。神も信仰を得るためには人間を脅かすことが重要なのだ。ある意味で神と妖怪が同一視されるのはそのためだ。超常の存在であり自分たちの生活を脅かす物は一括りに敵であると認識されても不思議ではないのである。

 

「人間は欲深く小賢しい生き物ですから注意が必要ですね。それでは今日はそろそろ失礼します。まだ妖怪として生まれたばかりのこの子に神力を浴びせ続けるのも良くないでしょうから」

 

 生まれてすぐに石長姫様の神力を浴びまくった私が言うのもなんだけど、元々妖怪ではなかった動物なら特に敏感だろうからこの辺りの事は注意してあげないといけないのだ。特に石長姫様は力の強い高名な神。下手をすればこの子が消滅しかねない。




虎熊斡子(とらくまあつし)と読みます。何か男っぽいですが女性です
この名になったのにも当然ですが訳がありまして、他三人の名前である萃香・華扇・勇儀を数字変換して入れ替えて等都合の良いように数字を割り当てたらこうなりました、具体的には
83 13 22 4
3  34 21  
32 43 11
21 33 12
こんな感じです。かなり単純です
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