「ほらほらこっちよ。追いつけるかしら?……ギャッ」
うーん、やっぱり烏から変化する妖怪だから予想はできていたけど…天狗っぽいなぁ。もう既に今まで見てきたほとんどの妖怪より速い。調子に乗って”鬼さんこちら”としてみたはいいものの全く対応できない速さでぶつかられたのでかなり応えている。
「ふふん、翼だってもう何年も前に治っているんだからやまこに追いつくなんて訳無いわ」
なーんか意外に早く人型になったと思えば私の口調を真似しだしたんだよね。そのせいで言葉遣いが
もっと他にも真似すべき対象はいただろうに。烏時代に見かけた人間とか神様でも。どうしてよりによって私を真似てしまったのか。
「本当に速くなったね。でもこの世には貴方よりももっと速い天狗がいるわよ。丁度良い、貴方もそろそろ育て親離れする頃よね」
妖怪でなく普通の烏であった時から既に親離れはしていた。その後妖怪として育てたのが私だっただけだ。もう妖怪としても半人前以上にはなったし簡単に殺されることも無くなっただろう。
「いい? 昔はそうでもなかったけれど今の時代の天狗というものは群れて生活しているの。貴方もそこに入って生活してみなさい。私から紹介してあげるから」
あの山の鬼や天狗なら嫌な顔をせずに迎え入れてくれるだろう。人間から恐れられる妖怪が妖怪から見て本当に恐ろしいのかはわからない。まあ鬼は他の妖怪にも恐れられている節があるが悪い奴らではない。付き合ってみてようやくわかる面白さがあるだけなのだ。
他人の住処で宴会をやるのはいつまで経っても腹が立ったが、それ以外の事は慣れれば気にならなくなる。あの山の天狗は完全に鬼の支配下に置かれているのでそうそう付き合う事も無いだろうけど。
「えっ、所謂巣立ちってやつ? や、やまこも冗談きついわ~……本当なの?」
あら可愛い。まあそんな悲しそうな目をしても決定は変えないんだけど。実際私はこの子の親でも何でもない。ただ見つけたから怪我が治るまで面倒を見て生き延びるための知恵を授けてあげただけだ。情で面倒を見続けるのも私でなくこの子に良くない。
「善は急げ、思い立ったが吉日よ。さあ行くわよ、はたて」
最近までは何の変哲もないただの烏として生きていた。行き倒れて死を待つばかりとなった人間を見つけたのは数年前の冬だっただろうか。大寒波ともいえるあれほどの寒さは生まれて初めての事だった。
いくら羽毛が生えていると言ってもやはり寒いものは寒い。だから私は人間が身にまとっている物で暖を取ろうと思い立った。問題はそれをするには人間本体が邪魔だったこと。
だから私はそいつをどかそうと思って引っ張ったのだ。当然だが嘴のような尖ったもので皮膚を銜えれば切れて血が出てくる。不可抗力だったが私は血の味を知ってしまった。
今まで食べていた物をはるかに上回る濃厚さと美味さ。生き残るためには食べる物を選んではいけない、という教えに従って寒さに凍えていた私は夢中でその血肉を喰い漁った。当然人間は死んでしまったのだが思いもよらないことが私の身に起こっていた。
今まで感じたことの無い力が私の中から漲って来たのだ。実の親(と言っても大して関りは無いけど)も含めて仲間たちは私を警戒し排除しようとしてきた。
そんなときに私を助けてくれたのがやまこだったのだ。覚という心を読む力を以て私の事情を理解し、散々突かれた翼が治るまで面倒を見てくれると言ってくれた。結局は翼が治った後も妖怪として生きることになる私に様々な知識を与えてくれたし力の使い方も教えてくれた。
他にもいろいろな場所に連れて行ってくれた。湖よりも広いという海が見たいと言えば私を肩に乗せて運んでくれたし一番高い山に行きたいと言えば富士の山を登ってくれた。彼女は私にとって親よりも尊敬できる妖怪であり同時に信頼できる妖怪だ。
心を読むことで他の妖怪には嫌われてきたようだけど言葉を話せなかった私にとってはとてもありがたかった。たまに読まれたくないことも読まれるけど気にするほどの事ではない。
「やまこってさ、子育てとか慣れてるの? 昔お世話になっていた時なんかはやけに手際が良かった気がするんだけど」
「何よ藪から棒に…ま、子育てなんかは一切したことが無いわ。誰かを育てるってのは正真正銘はたてが初めてね。そもそも妖怪ってどうやって増えるかわかる?」
何か熟れているように感じたんだけど……それにしても妖怪の増え方か。私のように人間を喰う事で一般的な動物は妖怪化できるし、人間も特殊な方法を使えば妖怪化できるとか。
「そう、貴方の思っている通りね。最も多いのは人間の恐怖が生む妖怪よ。私もその一匹。考えていることが他人に知れてしまう恐怖、それは人間だけでなく妖怪も持つ潜在的な恐怖になり得るわ。そして人間から妖怪になる方法として最も簡単な物もそれね」
人間が人間を恐れることで妖怪になってしまうという事で良いのだろうか。力ない人間が同族を恐れるなどにわかには信じがたいが。弱すぎるから誰もかれもを恐れているという事なのだろうか。小さな里くらいなら大丈夫そうだが大きな都とかになったら大変そう。
「いやいや、違うわよ。人間は底知れない物を恐れるきらいがある。人間の中に隠されている物、それは他人には知り得ない神秘であり恐怖の対象となるの。そしてそこから生まれる妖怪が貴女も良く知る最強の種族、鬼よ。鬼はほとんどすべてが人間上がりという特徴的な種族でもあるの。今向かっている場所にも多くいるけどそれも全部そうね。
でも人間が人間を恐れることはあるわ。妖怪を打倒できる人間はもはや人間の尺では測れない。それゆえに大きな街や都で警邏や陰陽師をしているような者は少なからず同族から恐れられているわね。それが信仰に向いて神格化させることもあるし恐怖のまま妖怪化させてしまう事もある。本当、人間と言うのは度し難い生き物よね」
へぇ。鬼も人間から成ったものが多いのか。……というか今から行く場所に鬼がいるなんて聞いた覚え無いんだけど。それに多くいるってそれ初めに言って欲しかったことじゃない? どのみち行くことになるから伝えられていなかったとかかな。
「まあまあそう落ち込むことも無いじゃない。鬼だって悪の権化と言うわけではないんだから。神として祀られている地域もあるのよ? だから大丈夫大丈夫。
それよりさっきの続きだけどまだ妖怪が増える方法はあるわよね? 普通に考えればこれが一番単純、妖怪が妖怪を生む場合もあるわけ。例えばほら、この子とか?」
「…は?」
何で当たり前のように赤子が出てくるのよ。どこから出てきた…というか見た目からして覚妖怪なんだけどいつの間に産まれたんだ。聞いても無いし気づきもしなかったんだけど。もしかして偽物? やまこは冗談が好きだから困る。
「あぁ、やっぱり気づいて無かったのね。実はこの子ねぇいつからお腹の中にいたのか不明なのよ。単為生殖でなければ無性生殖でもない。でも産まれてくるのは腹からなのよね。兄弟姉妹ってわけじゃないよ。
石長姫様によると神の増え方と同じようなものじゃないかっていう話なんだけどね。確かに肉体を重視しない妖怪、特に自然発生的な妖怪はそもそもの身体が生殖に適していないものが多いのかも。いやー、でも産むのは大変だったよ。お腹切らないといけなかったし」
この言い方……産んだのはつい最近だな。もしかしたら昨晩とかかもしれない。道理で抗いようのない眠気があったような気がしたのだ。
はぁ、新たな妖怪の誕生など自分自身を除いてなかなか見られる物でもないだろうに。とても惜しい事をした気分になって残念である。
「名前とかもう決めてるの?」
「お? 切り替えが早いね。流石は天狗、その歳にしては頭の回転もキレもなかなかだよ。まあ冗談はさておき名前はまだ決めてないのよね。何せ産まれてすぐだし寝かせるので精一杯だったというか…あ、何ならはたてが決めてくれてもいいよ?」
自分にとって初めての娘がそれで良いのか。良いんだろうなぁ、何故かこういうところは他人に任せきりなようだし。自分の姓ですら他人に決めさせたと言うのだから驚きだ。でも名前名前……私の名前も結局やまこが付けた物だし名前なんて考えたことも無かった。
「うーん……あっ、さとりでいいじゃない …何、そのままだって? やまこだって玃から取ったんでしょ? ならその子もやまこの子だってわかりやすくした方が良くない?」
やまこが玃から取っているならさとりは覚から取ればいいという半ば安直、半ば真面目に考えた名前である。それほど響きも悪い気はしないが気に入らないのなら変えればいいんじゃないかな、と思う。
妖怪ってどうやって増えるの? と考えた時に日本神話の神のように不思議な増え方をするんじゃないか、という結論に至ったわけです
スカーレット姉妹なら両親がいるイメージが結構あるのに古明地姉妹になると途端に無くなる不思議。さとり様が大人びているからでしょうかね