覚る母が子育てします   作:小鈴ともえ

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二週間空くとは…


濛々迷夢

 はたてとさとりを連れて――さとりは荷物ってほど荷物でもないしはたては自分で飛べるので一人でいるのとあまり感覚は変わらないのだが――かつて住んでいた山へと向かう。帰って来られるのだから当然行くのも迷わない……はずだったんだけど。

 

「ここ…どこだろう。おかしいなぁ、ずっと西に行けば着くはずだったんだけど」

「え? もしかして迷ったの? はじめはあんなに威張っていたのに」

 

 ぐ…痛いところを突いてきやがる。まさか迷うなどとは思わなかったのだ。只管西に行けば着く。これは確実だ。私の記憶にある日本地図と照らし合わせてもほぼ一致する。もしかして何処かで方角を間違えたかもしれない。

 きちんと太陽の向きを確認しながら進んできたはずなのだが。少し山を降りてここが何処か確認してみてもいいかもしれない。和服で眼を隠せば妖怪って気づかれにくい傾向があるし。この髪色は人間にどう見えているのだろうか。ま、流石にはたては翼を隠しても無理があるだろうけど…うん? それならもっと楽な方法があるではないか。

 

「少しばかり山麓を偵察してきてくれない? はたてならすぐだろうし。あまりこの子に負荷をかけるのも良くないから」

 

 まあ寝かせているからあんまり関係はないのだが。それに幼くても妖怪であることには変わらないので耐久性は申し分ない。狼などの野生の動物の母乳でもお腹を壊さないくらいには丈夫である。もしかしたら将来は化け物になるかもしれない。

 それは嫌だなぁ。異形という言葉がよく似合う程おぞましい妖怪もいるが、娘くらいは可愛いまま育ってほしいものである。この子が成長したらもはや姉妹にしか見えないと思うけど。

 

「はぁ~、仕方ないわね。行ってくるわ」

 

 実の親ではないけど育て親としては良い子に育ってくれて嬉しいよ。『面倒だなぁ』という心の声はバッチリ聞こえているけど。

 でもしたくない事を仕方なくであってもする、と言うのは組織に入ったあと何かと役に立つのではないだろうか。特にあの鬼どものすることと言ったら…本来はしたくないことのオンパレードである。四天王以外の鬼はあまり知らないけど。

 

 それにしてもさとり、か。随分と私の子らしい安直な名前ではないか。はたてに文句を言う気はさらさら無いし、名前を変えようとも思わない。母として他人に丸投げするのはどうかとも思ったが、恐らく私が考えるよりもこちらの方がよかっただろう。

 寝ているこの子も将来はそう言うに違いない。私のネーミングセンスはなめない方が良いだろうからね。自分で言っていて悲しくなりそうな話だが本当の事なのだ。

 

「見てきたよ。なんだか自然じゃない感じがして嫌な所ね」

「ふむふむなるほど…かなり南に下ってしまっていたようね。でもここから真北に向かえば着きそうか。ありがとう、助かったよはたて」

 

 まさか平城京の方まで南下してしまっているとは思っていなかった。西には来ていたが方角が少しずれていたらしい。前来た時とは季節が全然違うから太陽の位置もあまりあてにならなかったという事みたいだ。

 ここから先迷うのは嫌だから人間の使う道沿いに平安京付近まで行けばいいだろう。山はそこからあまり遠くない。歩けばかなりかかるかもしれないけど飛べばすぐだろう。

 

「少しの間人間の作った道を見ながら行くことにしようか。夜は誰も通らないだろうし低い場所を飛んでも問題なさそうだね」

 

 

 やはり道は偉大であると改めて実感した。あれからまったく迷うことなく夜のうちに平安京までたどり着いた。途中からはたてに運んでもらったので早く着いたというのは内緒。もうそろそろ日が昇り始めるので飛ぶ事は出来なくなるが残り数里程度なので歩いても十分に行ける距離だ。

 

「お、あれは所謂山賊ってやつらだね。上手く脅してやれば妖怪としての力も上がるかも……あれ? はたて~?」

 

 どこに行ったんだろうか。ついさっきまで横にいたような気がするのに。……うん? 何か下から悲鳴が聞こえてきたような…。声の主ははたて、ではなく山賊だったようだ。さっきはたてを見失ったのは目で追いきれなかったからか。天狗ってリアルにマッハ近くで飛ぶから近くにいると全く見えない。突風を感じるくらいだ。

 気になる山賊は…ご愁傷様だねありゃ。空からでも簡単に見つかるところにいるからそうなってしまうのだ。

 

 妖怪の跋扈するこの世界、夜に出歩くなど愚の骨頂だ。そんなことをするのは夜逃げの者か賊の輩くらい。里や村から一歩でも出れば死の危険が伴うというのを親に教わらなかったのか。それとも命を投げ出してでも逃げたかったのか。

 恐らく大抵は前者でもないし後者でもあるまい。逃げ出した者でも盗賊でも死を突きつけられると必ず悲鳴を上げる。そして必ずその場から逃げようとするのだ。でもできるはずが無い。妖怪を見て瞬時に逃げ出そうとするような人間は特別な力を持っていないことが多い。そんな者が妖怪から逃げられる道理はないのだ。

 

 今私が見つけた山賊も当然逃げようとしただろう。最初の一人は気づかぬ間にやられていたと思うけど周りでそれを見ていた者は恐れおののいて逃げようとしたに違いない。まあ天狗から逃げるなんてそれこそ同じ天狗くらいにしかできないだろう。

 

「あ、やまこも来たのね。でも安心して良いわよ。誰一人殺しちゃいないわ」

 

 単純にこれから行く山で通用するかを試すために妖怪慣れしていそうな人間を襲ってみたらしい。結果的に相手が期待外れだったわけだがはたての実力自体は問題ないんじゃないかと思う。私よりも随分早く気づいていたようだし、あれだけの速さの中で致命傷にならない程度に力を加減できるのならばあの山でもやっていけるだろう。

 特筆すべき長所も無いこの私でもやっていけたのだから。問題は鬼とどう付き合うか、かな。下手に遜りすぎても付き合いにくいと両断されるだけだ。一番は酒だけどね。

 

「何? 一人持っていきたい?……まあ良いんじゃないの? 鬼も天狗も人さらいをするからね。良い手土産になるんじゃない?」

 

 山賊など真っ当な生き方をしていないのだから一人くらい殺しても何も問題ないだろう、と言うのがはたての意見らしい。私も概ね同意見だ。元人間だったとはいえ今となっては考え方も妖怪寄りだ。人間一人の生死など気に掛けるほどでもない。

 特に今回は賊だし情など湧きもしない。もし今でも人間だったらこんな賊にも情は湧いたのだろうか。なさそうだな。あまりにもお人好しすぎるし想像もできないから。

 

「そいつを持っていくのなら飛んでいくよりほかないか。かなり高いところを飛ぶことになるけどそれでもいいの?」

「良いわよ。それより貴方はさとりちゃんの心配をしてあげたらどうなのよ。高いところって何度か行ったことがあるけどかなり寒かったわよ。いくら妖怪の子だからといってもあの寒さは赤子には耐えられないわ」

 

 ふはは、私が何の対策もしていないと思っていたのか。そもそも最近までは山から山へ飛んで移動していたというのにそれすら忘れてしまったというのだろうか。まさか鳥頭…?

 

「なーんか失礼なこと考えたでしょ」

「何のことやら。まあとにかくさとりに関しては心配いらないわ。石長姫様から特別な布をもらったから。元々棲んでいた山も冬はかなり寒かったでしょ?」 

 

 平地ならば雪が二丈(約6.06m)くらいになることもある。本来は私の防寒具として石長姫様がくれたのだが今はさとりを包むのに使っている。大きさも丁度良いし、私はそこそこ寒さに耐えられるのでさとり用としているわけだ。

 これのおかげでさとりをあまり気にすることなく移動できるのだ。衝撃さえなければこの子にとっては常に快適な状況というわけだ。

 

「石長姫……あぁ、やまこが時々言っていた神様だっけ? 本当にいたんだ」

 

 そう、はたてには石長姫様が見えないのだ。経験はもう十分積んだはずだから信仰心の問題なのだろうか。時々話題に出しているので名前は知っているのだがあまり信じてはいないらしい。

 まあ見えない物を信じるのは難しい事だと思う。むしろ昔の私が何故見えない石長姫様がいると信じて疑わなかったのかが不思議だ。声だって幻聴だった可能性もあるのに。今ではいることが分かり切っているので良いけどはたてにとっては一人芝居にしか見えないんだろう。

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