魔法少女リリカルなのは with Dark_Matter 作:戸礼太
夜。
時空管理局、海鳴市内に複数設置した臨時駐屯所の1つ。
そこのオペレーションルームでは、先ほどまで垣根帝督と交戦していた闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターを追跡する武装隊を支援していた。
「結界消滅…閃光弾による視界攪乱、サーチジャミング」
オペレーターの1人、ランディが告げる。
コンソールを叩き、エイミィ・リミエッタが指揮を執る。
「反応追跡!」
「「はい!」」
先ほどのランディともう1人、アレックスも対応に入り現場指揮官のクロノ・ハラオウンを支援する。
武装隊員と結界魔導師による10人以上の編隊が、夜空に光で彩る。
局員魔導師達を引き連れて、執務官のクロノ・ハラオウンは通信でエイミィに尋ねる。
「エイミィ、転移先の追跡は?」
『大丈夫、しっかり捕捉中!』
他のオペレーターも呼応する。
『追跡各班に随時、座標の指示を出します』
『どこへ逃げても追い掛けるよ!』
「頼む!」
そう叫ぶと、クロノはチラリと眼下の街へ目を走らせる。
彼の目が捉えたのは、ビルの屋上に1人佇んでいる痩身の少年。
ついさっきまで守護騎士ヴォルケンリッターと激戦を繰り広げていた、学園都市第二位の
彼は両手をズボンのポケットに突っ込んで薄く笑いながら、上空のクロノ達を見上げて眺めていた。
彼の体に傷は無い。
傷1つ無い。
多少の衣服の汚れこそあるが、疲弊した様子もない。
余裕の態度で君臨する、
(全く、底が知れないな…)
クロノは正面に向き直り、追跡を続ける。
……しかし、逃亡する守護騎士ヴォルケンリッターの行方は掴み切れず、捕捉には失敗し逃げ切られてしまった。
クロノは武装隊員達を先に屯所へ帰還させ、自身は突っ立って見物していた垣根帝督の側へ降り立ち、デバイスを解除した。
「……すまない、取り逃がした」
「逃げ足の早い連中だったな。俺も閃光弾食らって逃げられたし」
クロノは済まなさそうにしているが、垣根は服の煤を手でパンパンと払いながら事も無げに告げた。
そんな事より、と言いながら彼はポケットから1枚のカードを取り出す。待機状態のストレージデバイスだ。
垣根はクロノにそれを差し出す。
「これに俺の戦闘映像が記録されてるはずだ。返すから見るなり何なりと好きにしてくれ。役に立つかは分からねえがな」
「ああ、それじゃあ
「あん?別に明日でも良くないか?夜も遅いし。記録見るだけならお前等だけでもできるだろ」
垣根は怪訝な顔で眉をひそめる。
しかしクロノは譲らない。
「いや、能力の使用者の解説は欲しい。エイミィやフェイトも見るだろうけど、君が説明できる範囲で良いから頼む。夕食も食べて行くと良い。何なら今晩は泊まっていっても良い」
「何か必死だなお前。ま、理由は聞かねえけど、そこまで言うなら付き合ってやるよ。急ぎの用事はねえしな」
「助かる」
そんな事を話しながら、2人はビルの屋上から非常階段を降っていく。
続きはハラオウン家で行われる事となった。
……そんな訳でハラオウン家。
夜遅くといってもまだ午後9時。リビングにはクロノ・ハラオウンを中心に、エイミィ・リミエッタ、リンディ・ハラオウン、フェイト・テスタロッサ、人間形態のアルフ、そして垣根帝督がソファーに座っている。
彼が借りていたストレージデバイスに記録されている映像がホログラムに映し出されていた。
守護騎士ヴォルケンリッターとの、主に鉄槌の騎士と剣の騎士を相手に6枚の白い翼を振り回したり、槍のように突き出したりしながら空中戦闘を繰り広げている垣根帝督の姿を皆で見ている。
当の垣根は今、夕食をご馳走になった後、何故か食後のドリンクのように再びリンディ特製抹茶ラテを差し出され、目を僅かに細めていた。
(わざとなのか素なのか……)
振る舞ってきた
戦闘映像を見ながらアルフがほぇーっと感心したような不思議そうな声を出す。
「相変わらず不思議っていうか、奇妙っていうか、魔法じゃないってのも……、どうなってんのか訳が分からないねー。あの白い翼って…もしかして
ぶはッ! と思わずエイミィとクロノが吹き出した。リンディもクスッとしている。
垣根はイラッと眉を動かし横目で彼等を睨みつつも、敢えて無視して答える。
「な訳ねえだろ。何が悲しくて好き好んで自ら似合わねえの自覚してる形態取るんだよ。…詳しくは省くが、能力開発の過程でたまたまああいう形になったんだよ。断じて俺の趣味じゃねえ」
「自分の能力なのに?」
「学園都市製の能力ってのは、そういうもんなんだよ。どんな能力が身に付くかは開発するまで分からないし、1人1種類で一度発現したら種類の変更も不可能とされてんだ」
「へえー、じゃあだから、翼の大きさとかは変えられても翼自体の見た目は変えられないんだ?便利なんだか不便なんだかねー」
ここでエイミィもニマニマしながら面白そうに告げる。
「垣根くんの能力って強そうで色々凄そうだけど、ビジュアルに難ありだねぇー。あ、でも子供に人気は出そうかも?」
「うるせえ馬鹿野郎」
垣根はチッと小さく舌打ちの音を立てて目を逸らす。
このままだとボケとツッコミのトリオ漫才に終始してしまいそうなので、見かねたクロノは、うんんっと咳払いして軌道修正を図る。
「……それより、君から見て守護騎士達はどうだった?」
「どうだったって?」
「君から見て強かったか弱かったかとか、彼女達の行動指針だとか、何でも良い。気付いた事とか何か感じた事とか、君の考えを教えてくれないか」
切実さが垣間見える彼の頼みに、垣根は少し時間を置いてから口を開く。
「俺が感じた事っつーと、まあ、たとえばあの連中は全員、俺に敵意やら怒りやらの感情は向けてきても、殺意や悪意は向けてこなかったな。これは以前の
「悪意や殺意が無かった……?何故、そう言えるんだ?」
クロノが怪訝な顔をする。ただ対峙しただけで、そこまで相手の感情等が分かるのか?と。
垣根帝督は、年不相応な鋭さと暗さを内包した目付きでホログラムを見ながら告げる。
「ああ。まあこれが分かるのは人によるだろうが、俺には分かる。あいつ等揃いも揃って、悪意や殺意の類いは皆無だな。断言できる」
垣根の物言いに少し鼻白むが、妙な説得力があった。
クロノは加えて尋ねる。
「そこまで言い切るか……。何故、君はそれが分かるんだ?」
「それは秘密」
「おい」
クロノは彼にジト目を向けるが、飄々としていて答える気が無い。
垣根は次に話を進めていく。
(真面目に言ってるのか、ふざけ半分なのか……)
「あと……魔法使いの強さの基準は知らねえが、実際に戦って思ったのは全員手練れで戦い慣れてる。高町を潰したハンマーのチビは中距離も近距離もこなすオールラウンダー。
と私見を語る垣根を見つめてクロノは目を僅かに細めていた。
「よく言う。その分の悪い4対1で、余裕綽々の態度で大立回りして、ほぼ無傷で帰ってきておいて。何なら後半は圧していたじゃないか」
「そりゃ時間掛けたり技をまともに1発食らってまで、能力使って敵の魔法をサーチしたり逆算したりしたんだからな」
解析力の高い能力だという事は、フェイトもエイミィも聞いていたが、単にそれだけで相手の攻撃魔法を減退させたり防御魔法を
「魔法も、学園都市製の能力も、高い演算能力に左右される。普段はそうとは思っていなくなって、知らぬ間に複雑な計算をこなしているもんなのさ。…そこらへん、高町は感覚でやってる節が多そうだが」
驚き混じりに不思議そうな顔をしているエイミィとフェイト。
当の垣根本人は事も無げに言っている。
しかし、ここで彼は解説を打ち切る。
「具体的にどうやってサーチや逆算したり、敵の防御抜いたりしたのかは教えないけどな」
「「ええ!?」」
エイミィとフェイトは揃って驚きの声を上げる。
ここから先は彼の能力の詳細、
「俺の能力の
しかし好奇心に火が着いた2人は中々引き下がってくれない。
「どうしてもダメなの?」
「ダメだな」
フェイトの言葉を目も合わせずに一蹴する。
続いてエイミィが拝みながら頼み込んでみる。
「お願ーい、誰にも言わないから~。ここだけの話にしておくから~、ね?ね?」
「ダメだな。どう頼まれようと喋るつもりはねえ」
やはり一蹴するが、エイミィは食い下がる。
「そこを何とか…、1回気になって秘密にされたら眠れないよ~」
「知るか」
「ホントにホントに秘密にするから!」
「嫌だね。
「あ、ひどーい!それ偏見だよ!私も執務官補を務めてるんだよ?」
「だとしても関係ねえ」
取り付く島も無い。
垣根帝督のあまりの素っ気なさに、リンディを除いてこの中では最年長のエイミィは、不満そうにムスッとし始める。
そして彼女は子供っぽい態度で小さく、告げる。
「……噛んだ癖に」
「噛んでねえよ」
かかった!と言わんばかりにニマニマと笑うエイミィ。
クロノは呆れ顔で食い付いた垣根の顔を見る。
「噛んでたよ~。テしゅタロッサって~」
「っせえ、噛んでねえっつの」
「噛んでたよね?フェイトちゃん♪」
「えっ?」
エイミィはフェイトに話を振って加勢させる。
「えっと、さっきの事だよね?…うん、噛んでたね」
「あたしも聞いてたぞー。噛んでたな♪」
フェイトだけでなくアルフまで言ってきた。
形勢が逆転し短気な垣根は分かりやすく苛立ち意固地になる。
「いい加減にしろ!噛んでねえっつってんだろ!」
クロノがここで口を挟む。話がすっかり脱線している上、夜遅くに口喧嘩みたいな騒ぎを起こしたくない。
「エイミィ、それくらいに…。垣根、君もそんなに意固地になるな。噛んでたのは間違いないが」
が、クロノも一言言わずにはいられなかった。
これに垣根は更にカチンときて立ち上がる。
「だから噛んでねえっつってんだろ!俺が噛んでねえつったら噛んでねえんだよ!」
「…何でそんなに認めたがらないの?わたしは噛んだ事は気にしてないよ?」
フェイトが引き気味に告げるが、意地でも彼は折れない。
「だから噛んでねえっての!!噛んだ俺が噛んでねえっつってんだからもう噛んでねえって事で良いだろーが!!」
「「「いや今認めたよね!?」」」
怒って無茶苦茶な事を口走った垣根に、フェイトとアルフとエイミィが揃ってツッコんだ。逆に彼女達が驚いた。
「はいはい、皆それくらいにして。今日はもうお開きにしましょう?」
リンディがパンパンと手を叩いて仲裁に入る。
もはやただの子供同士の喧嘩みたいなものになっていた。これ以上は不毛だし、垣根も勢いで白状してしまった事もあるので、ある意味で決着も着いたと言えるが。
結局それが鶴の一声となり、今夜のミーティングは終了、解散となった。
垣根帝督は小さく舌打ちすると、忘れていたコートを手に取って歩き出す。
帰ろうとする彼をフェイトが呼び止める。
「あ、帰るの?もう遅いし、泊まっていったら?」
「いや、それにゃ及ばねえよ。仮住まいのマンションで荷解きとかしたいしな」
「でも、服も煤汚れてるし、シャワーぐらい浴びていっても…」
「それも帰ってできる」
「……もしかして、まだ怒ってる?」
「あん?いやもう別に。少し自分の家でやりたい事があるだけだよ」
彼女は少し申し訳なさそうな顔になるが、垣根は飄々としていた。
彼の顔を見てようやくホッとする。
「じゃ、お邪魔しましたっと」
「またいつでも来てね~」
「またね」
リンディとフェイト、少し遅れてクロノとエイミィ、アルフが手を振って見送る。
垣根は軽く会釈だけして立ち去った。
一方その頃、守護騎士ヴォルケンリッターは海鳴市内の某所、その街灯の元に落ち合っていた。
全員、騎士服を解除して外出用の普段着になっている。
左半身に打撲傷を受けたシグナムに、シャマルが治癒魔法を施している。
「大丈夫か、シグナム」
「ああ、多少の打撲は受けたが大事ない」
ヴィータにシグナムが静かに答えた。
シャマルが治癒を続けながら言う。
「あの男の子…、一体何者なの?確か魔導師ではないし、デバイスは持っていないようだったし、魔法も使った様子が全く無かったわね。何より、積極的に戦闘ができるほどの魔力は保有してなかったはずよ?」
怪訝な顔の彼女に、ザフィーラも告げる。
「あの背中から生える6枚の翼、自在に伸縮し、単に飛行だけではなく打撃や斬撃、防御まで行ってみせていた。それだけではなく、離れた位置にいた我々に見えない重圧を与えるような事までしてきた。翼以外でも直接手を下さずに攻撃ができるのだろう。仕掛けが分からぬ以上、奴との交戦は避けた方が良いだろう。魔力は惜しいがやむを得ない」
「シグナム、ちょっとあいつと話してたよな?……確か、だーく…またー、とか、がくえんとし…だとか、あと、レベルファイブ?だか何だか言ってたな」
「ああ。確か名前は……垣根…帝督と名乗っていた。ダークマターというのが、あの男の操る、魔法ならざるこの世界で生み出されたスキルという事なのだろう。学園都市、というのはおそらく場所の事だろうな。レベルファイブ、というのが何を意味するかははっきりは分かりかねるが、何かしらの強度を指すのだろうな」
そうシグナムが言った所で、シャマルが再び告げる。
「……あの子の魔力は、諦めた方が良さそうね。完成を急ぎたい所だけど、無理してまで奪うほど莫大な魔力じゃないし、得体の知れない上、ヴィータちゃんやシグナムと互角に戦えると見えるし……効率を考えるとね…」
シグナムは僅かに表情を曇らせるが、あくまでも目的は闇の書の早期完成だ。
勝敗に拘る余裕は無い。
「…そうだな。口惜しいが自衛の時以外は今後、遭遇しても奴との交戦は極力避けた方が良いだろう」
シグナムの治療が終わり、彼女達はひっそりと闇の中へ姿を消した。
翌日。
私立聖祥大附属小学校、3年A組の教室。
机は縦横5列の25席置かれている。
このクラスに在籍している児童も最近転入してきたフェイト・テスタロッサを含めて全員で25人。だが、このクラスが全員揃った事は一度も無い。
窓際の一番後ろ、その机の場所の児童は、この学級が始まってから一度も登校した事は無い。
この席は元々は2つ有った空席の1つで、始業直後に急遽1名が追加された。しかし、先方の話によると、家庭の事情等の理由でいつから登校できるのか不明でもしかしたら一度も登校せずに終わるかもしれない事を担任の教師にも伝えられ、それを担任教師もクラスの児童達に簡潔に伝えて以来、ずっとそのまま。
しかもその当時は何の手違いか、名前がまだ不明で少し後になってからクラス名簿に当人の名前が記載された事もあり、このクラスで『彼』の名前を知っている児童は皆無であり、本人が一度も登校せずにいる以上、必要すら無かった。
長らく何も入れられず、何も置かれずに使われていない机。
だが、この日からは違っていた。
いつも通りに登校してきたのは、4人の少女達。
高町なのは、フェイト・テスタロッサ、アリサ・バニングス、月村すずか。
このクラスのいつもの面子だった。
既に何人か他の児童も教室にいて、それぞれ思い思いに集まったりして談笑していた。
教室に入ったすずかが、いち早く異変に気付く。
「……あれ?」
「すずかどうしたのよ?」
アリサが尋ねる。なのはとフェイトも頭に疑問符を浮かべた。
すずかは廊下側からみて右奥の机を指差す。
「ほら、あそこの席…」
「あそこって空席っていうか、ずっと登校してない人の席だったわよね?」
アリサがそう言った所で、フェイトがなのはに聞く。
「ずっと登校してないって…?」
「あ、フェイトちゃんは知らないよね。あそこの席って、一応決まってる人がいるんだけど、先生の話だといつから登校できるか分からないんだって」
「そうなんだ…」
「うん。…それですずかちゃん、そこの席がどうかしたの?」
「そうそう、どうしたのよ?」
カバンの中身を自分の机の中にしまいながら、なのはとアリサが再び尋ねた。
すずかは例の机の方を見ながら答える。
「うん。ほら、あの机って誰も使ってないから、昨日まで何も無かったのに……カメラが置いてあるよ」
改めてよく見てみると、机の上の中心に、丸みをおびた旋回台付のカメラが2基、固定されていた。
ワイヤレスなのか、コンセントにまで繋がるコード等は見当たらない。
ちゃんと稼働しているようで、小さな赤いランプが点灯している。
他の児童も初めは物珍しそうに見つめたり首を傾げたりしていたが、すぐに興味が失せたようで皆あまり気にしていないようだった。
「本当ね。でも、何でカメラなんか付いてんのよ?誰のっていうか、意味分かんないわね」
怪訝な顔で眉をひそめるアリサ。
すずかは、あ!と何かに気付いて告げる。
「これ、リモートカメラだね」
「リモートカメラ?」
「って何?」
なのはとフェイトが首を傾げた。
すずかが説明する。
「うん、普通は防犯カメラとかによく使われているんだけど、ビデオ会議とかにも使われてるものでね。こういうふうに遠隔操作できる旋回台付のカメラを置いておけば、遠くからここの映像を生中継で見られるの。しかもこれ、音声送受信のマイクも付いてるから、こっちの声も聞こえるし、このカメラを操作してる側から声を送信する事もできるみたい」
説明しながら興味深そうに、机に固定されたリモートカメラを見回している。
アリサが感心しながら彼女に告げる。
「流石ねー。…て事は、そのリモートカメラ動かしてるのって、その席の子?」
「うん、多分ね。事情があって登校できなくても、これなら授業を受ける事はできるから」
となると、何故今更になって?という疑問が浮かぶが、ようやくこの正体不明のクラスメイトの存在が少しだけ明るみに出た気がした。
さて、そうなってくると、そろそろ気になってくるのは、そのリモートカメラの主の名前である。
今まで担任を含めて誰もここの席に在籍している児童の名前を見聞きした事が無い。
在籍が決定した時点では不明だった事、名前が出席簿等に記載されたのも少し後になってからだった事等のタイムラグがあった為、誰も知らなくても困らなかった為仕方がなかった。
という訳で、高町なのはとフェイト・テスタロッサは担任が出欠確認の時に使う出席簿を見ようと2人で置いてある教卓に向かった。
出席簿を開き、1番最後の辺りに目を向ける。
最後の所には転入したてのフェイト・テスタロッサ。
その1つ上が件の人物の名前のはずだ。
「あっ!!」
「えっ!?」
なのはとフェイトはそれを見て、驚愕した。
信じられない、という顔をそのまんま体現した。
何故、今まで気付けなかったんだろう。
何故、今まで気にならなかったんだろう。
何故、『彼』はその事を言ってくれなかったんだろう。
何故、『彼』は今も登校してこないのだろう。
何故_、
そんな思いが彼女達の頭の中で渦巻く。
「え、え?これは……どういう、事?なのは……知ってた?」
「ううん……。今初めて知ったよ、でも……何で……?あと、何で今まで学校に来ない上、黙ってたんだろ……」
困惑し続けるフェイトとは別に、なのはの表情は混乱と驚愕から、不平不満を表す不機嫌なものへと変わる。
だって『彼』なら、その気になればリモートカメラなど使わなくても、普通に登校できるはずだ。
何かキナ臭い。以前も、大事な事を言ってくれなかったり、理不尽に意地悪だったり、変に秘密主義だったりと、『彼』に対するそういう不平不満が積もっていた。
故に、彼女はリモートカメラが設置されている机へまっすぐ、眉間にシワを寄せてムスッとした顔で、ツカツカと歩み寄りカメラの真ん前で顔を向け、告げる。
「……垣根くん、だよね?見えてるよね?聞こえてるよね?」
すずかとアリサが目を丸くする。
「え?なのはちゃん、どうしたの?」
「なのは、この席の子の事知ってんの?」
教卓から戻ってきたフェイトが、なのはの代わりに答える。
「うん…実は、今まで話す機会が無くて言ってなかったんだけど、わたしもなのはも、さっき出席簿見て気付いたんだ。…実はその子、わたしと同じ時期になのはとちょっと知り合う事があってね……」
「そうなの?なのは、聞いてないわよ?」
アリサが尋ねるが、なのはは目を向けずに短く告げる。
「うん後で説明するからちょっと待ってて」
「え……あ、そう…分かったわ……」
目の色が変わっている彼女の様子に、顔を引き吊らせて引き気味のアリサ。
彼女はジーっとリモートカメラをガン見している。
その様子に他の周りの何人かの児童達も怪訝そうにしている。
あまり彼女らしくない態度だった。
何と言うか、分かりやすくこう、ムッスーとコミカルな怒りを現しているかのような、そんな感じの雰囲気だった。
「カメラが動いてるのは分かってるんだよ?声も聞こえるんだよね?わたしの顔も声も見えてるし聞こえてるよね?他にも聞きたい事もあるんだから、答えて欲しいな~」
「……、」
海鳴市内の高級マンションの最上階の一室。
目を細め、ドン引きしてノートパソコンの画面を見ているのは、学園都市第二位の
彼が見ている画面には、設置されているリモートカメラが写す映像をライブ中継で映し出されていた。
具体的には、茶色い髪を短めのツインテールにした髪型で、聖祥小学校の白いセーラー服風の制服を纏った同級生でクラスメイトの見知った少女の顔が、画面一杯のドアップで。
思わず飲んでいたホットココアを噴き出しそうになった。
画面越しに不満そうな顔で話し掛け続ける少女、高町なのはに返答する気にはなれなかった。
名前も席もバレた以上悪足掻き同然だが、ここで返事をしたら最後、質問攻めに遭うのが目に浮かぶ。
だから彼は黙秘し黙殺する。意地でも。
(だから嫌だったんだ。こうなるのが目に見えてたんだから)
それでも、実際に登校するよりは100倍マシだっただろうが。
そもそも、表向きは出向みたいな形を取っている上、学園都市の学生も基本的には学校通学し『
暗部に身を置く第二位の
『
半年前は強制義務が無かった為と、期間が結果的に短かった為、勝手に登校拒否していたが、今度はそうはいかない。
しかし、垣根は意地でも、何がなんでも登校したくなかった。
登校すれば、嫌でも絶対に高町なのはと顔を合わせるのが確定する。
そうなれば確実に面倒臭い事になるのが必至だ。
その上、いやそれ以上に嫌だったのが、あの学校制服を着る事だった。
白基調の半ズボンの制服。
ガラの悪そうな悪人面の男。
似合わないのが考えなくても分かる。
別に自分の容姿に不満がある訳ではない。何なら満足してるぐらいだ。
だが、学校指定の制服とはいえ、着てみなくても分かるほどの似合わない格好はしたくなかった。
故に彼は考えた。
制服を着ずに済み、他校へ転校せずにそれで『
そして、この答えに辿り着いた。
……そうだ、リモートで受けよう。
何も、絶対に登校して直接授業を受けなければならないという道理は無い。
要は『
これなら登校せずとも、制服に袖を通さずとも、授業を受ける事ができる。
しかも高町なのはに絡まれる心配も無い。
設置したリモートカメラを発端に自分の存在がバレても、シカトし続ければ何とかなる。
後々面倒臭そうではあるが。
そんな訳で今に至る。
垣根帝督は、音声の送受信マイクのスイッチを切り、聞こえてくる高町なのはの声をシャットアウトした。
これで予鈴のチャイムが鳴るまで雑音を聞かなくて済む。
本音を言えばこのまま授業もボイコットしたかったが、流石に我慢する。
とりあえず、なのはの顔面ドアップが無くなるまでは音声シャットアウトを続けようと思いつつ、寝間着のスエット姿のまま寝癖も直さず、勝手気ままにホットココアを啜り、冷凍食品のポテトサラダ、ハンバーグ、ライスのセットプレートを食べる。
「……、何で朝から口うるせえ
吐き捨てるように垣根は言う。
思えば、彼女やその周りの人間に関わっている時だけ、学園都市暗部という裏社会の一端に身を沈めている事を忘れてしまいそうになるほど、馬鹿馬鹿しい事に
調子が狂いそうになる。
そういう時はシャットアウトするに限る。
高町なのはは、朝のホームルームのチャイムが鳴るまでリモートカメラとにらめっこしていた。
授業の行間休みの度にウロウロしたり、挙げ句の果てにはお昼休みに弁当をリモートカメラの目の前に持ってこようとまでしたが、流石に悪目立ちし過ぎるので友人3人に止められた。
教室内で弁当を囲み、昼食をとる4人。
「もう…あの人絶対に分かってて無視してるよ…!」
プンプンとしながらご飯を口に放り込むなのは。
そんな彼女を見て苦笑いを浮かべるすずかとフェイト。
アリサは怪訝そうになのはを見る。
「あそこの席の子…。あたしもさっき名簿見たけど、垣根…帝督って名前だったわね。男子なのも初めて知ったわ。……というか、
「友達じゃないもん…」
何故か不貞腐れたように答える。
「あ、そうなの?じゃあただの知り合い?」
「うん…。あの人そういうの何でか嫌がるの。名前で呼ばれるのも癪に触るって言ってくるし」
「なのはがしつこかったり馴れ馴れしくしてきたんじゃないの?」
「っ!そ、そんな事ないよ…」
冗談混じりに言われたが、図星だった。というか、本人に言われた事があった。
アリサは小さく溜め息を吐くと、単純に思った疑問を口に出す。
「っていうか、なのはは何でその子にそこまで構うのよ?」
すずかも不思議そうな顔で言う。
「そういえばそうだね。フェイトちゃんと同じ時期に知り合ったっていうのは聞いたけど、良くも悪くもそれだけの関係で、フェイトちゃんほど親しい訳でもないんでしょ?しかも学園都市の人なら尚更会える事もほぼ無いだろうし、……何で今、学園都市の外に来ているんだろ?」
フェイトがそれに答えようとするが、魔法関連の事を伏せて説明しなければならない。
「あ、それは…えっと、何と言うか……_、」
「_それがわたし達よく知らないんだよね」
どう説明して良いか困っているフェイトに、なのはが助け船を出す。
「垣根くんには垣根くんなりの事情や理由があるらしいんだけど、全然教えてくれないの。秘密だとか守秘義務だとか、お前に教える義理はない、だとか言って……っ!」
言いながら彼に対する不満が再燃し、また不機嫌な顔になった。
「言えないなら言えないって普通に言ってくれれば良いのに、いっつも素っ気なかったり意地悪だったりするんだもん。メールも返さないし、電話も無視するし!」
「って言う割りにその子と何気に連絡先交換してるのね」
「そうだね。何か意外かも…」
アリサは眉をひそめ、すずかは苦笑いする。
散々不平不満を言う相手と連絡先の交換をしているのは、彼女のコミュ力の高さ故か、それとも成り行きか。
同じく苦笑いするフェイトが言う。
「でも、それだけ打ち解けてるんだがら、やっぱり何だかんだで仲が良さそうだね」
「仲良くないよ!」
そう言われると決まって彼女は全面否定する。
もはや、意地になっているのが見てとれる。
「ほら!さっき送ったメールも無視して返さないし!」
言って、2つ折り携帯電話の送信済みメール画面を見せる。
「電話も出ないし、名前で呼ぼうとしただけで馴れ馴れしいって言ってくるし、ガラも悪くて意地悪で素っ気ないし、何なのあの人……」
プンプンと不満を吐き出し言い並べながら、弁当をパクパクと早食いの要領で食べている。
すずかは、そんななのはの態度に意外そうな目を向けていた。
「でも珍しいね。なのはちゃんが
アリサも頷く。
「そうね、なのはにしては意外かも」
「そうかなぁー……?フェイトちゃんにも言われたけど、自分ではよく分からないんだよね…」
なのはは納得のいかない顔をする。
しかし、フェイトを含めて友人3人に同じような事を言われただけに、認めざるを得ないのか。
思えば、垣根帝督という男は高町なのはにとって何なのだろう。
知り合い以上友人未満といった所か。
愛想の悪い垣根からはただの知り合いで、それ以上でもそれ以下でもないと言ってきそうだ。
彼はともかく、自分は垣根帝督の事をどう思っているのだろう?
友達になりたい? いや何だか違う気がする。もちろん求められたらやぶさかじゃないが。と言うか本人から拒否してきそうだ。
仲良くなりたい? いやこれも何だか違う気がする。もちろんこれも求められたらやぶさかじゃないが。
嫌い? いやそこまでは思っていない。彼も自分を嫌ってはいないはず。
しかし、何故か彼の言動には一々反応したり噛み付いたりしてしまう。
何故かと言われると、明確な説明はしづらい気がする。
虫が好かない、鼻持ちならない、とでも言えば合点がいく気もするが、やはり彼の事を嫌っている訳ではない。
嫌いなのかと聞かれたら、躊躇わずに首を横に振れる。
分からない……自分でも、彼をどう思っているのか。
「……フェイトちゃんは、どう思ってる?」
「え?」
「フェイトちゃんは、垣根くんをどう思う?」
自分と同時期に垣根帝督と知り合ったフェイト・テスタロッサ。
1度だけ交戦した事があるというのは本人から聞いた事がある。
自分とは違う視点の彼女は、彼をどう見ているのだろう。彼女の目にはどう写っているだろう。
フェイトは視線を上にし、彼の容姿と態度とかを思い浮かべ考えてから告げる。
「うーん……わたしは…、うーん……よくシニカルに小さく笑ってて、飄々としてて、何だか不思議な人、かな。そんな印象」
「冷笑癖でもあるの?その子。それとも皮肉屋?」
アリサが聞いてみるが、当のフェイトも小さく苦笑して自信無さげに答える。
「うーん、それもよく分からないんだ。普段は自分の事を殆ど話さない人だから。学園都市出身の能力者だけど、自分の能力の事も秘密で、ほぼ話してくれないし」
「秘密主義なの?」
すずかが尋ねる。フェイトはまたしても自信無さげに答える。
「多分…ね。何か、超能力の中でも異質で類似してる能力者とかもいないらしいから、簡単に口外しちゃダメなんだって」
「へえー、でも、そう言われると余計に気になっちゃうね」
「うん、それでも教えてくれないんだよね」
すずかとフェイトは、困ったような顔で小さく笑い合う。
と、不意にフェイトが何かを思い出し、フッと小さく笑う。
3人が頭に疑問符を浮かべる。
「?…フェイトちゃん、どうしたの?」
なのはが首を傾げた。
フェイトは面白そうにクスクスと笑って、
「あ、ううん。ちょっと思い出し笑いをね…フフッ」
「???」
すずかとアリサも首を傾げ、怪訝な顔をする。
「思い出し笑いって、何の?」
「それって…もしかして、垣根って子の事だったりする?」
フェイトは頷き、少し楽しそうな雰囲気で言う。
「……あの人、普段は取っ付きにくくて変に大人びてる感じなんだけど、意外な所で子供っぽいっていうか、わたし達と同じ歳の子なんだなって思える所があったから…。それをちょっと思い出してね」
「え、何それっ?知りたい!フェイトちゃん教えて!何何!?」
いち早く食い付いたなのは。
もしかしたら、今度垣根にからかわれた時に反撃の材料に彼のウィークポイントになるかもしれないと思ったからだ。
「なのは…アンタ……」
「なのは、ちゃん……?」
普段の彼女らしからぬ様子に、アリサとすずかは顔を引き吊らす。
目を爛々と輝かせて、垣根帝督というこの場にはいない男の弱点というか、失敗というか、それらしき事を聞き出そうと身を乗り出さんばかりにしている。
いつものまっすぐで強くも優しく、思いやりある彼女はどこへ行ってしまったのか。
「な、なのは、落ち着いて?」
フェイトは引き気味になりながらも、宥めるように告げる。
「ここだと、リモートカメラを通して本人にも聞こえちゃうから…」
「…あ、そっか。じゃあ、後で教えてね?」
訊かないという選択肢は無いらしい。
「いや、その会話含めて全部聞かれてるでしょ」
とアリサがツッコむ。
「あー……じゃあ、もう少し時間が経ってからで良いかな……?」
「やっぱり、訊かないっていう選択肢は無いんだね…」
本人が忘れた頃にでもそれとなく、フェイトに再び尋ねてみようという魂胆らしい。
それを予想したすずかは再び顔を引き吊らせ、薄く苦笑いする。
「だから、それも聞かれてるって…」
再びアリサがツッコむが、なのはには聞こえていないようだった。
アリサ・バニングスと月村すずかは、高町なのはにここまで悪影響(?)を与えた、垣根帝督という会った事も見た事も無い同級生に、俄然興味が沸くのだった。