魔法少女リリカルなのは with Dark_Matter 作:戸礼太
一学期期末試験、三日前の放課後。
SHR(ショートホームルーム)が終わってもいまだに机に突っ伏して熟睡している男、垣根帝督。
彼は学校で授業をまともに受けた事は殆ど無い。
授業中は寝るか聞き流すかだ。
だが垣根は、表立っては秘密にしているものの、学園都市が誇る第二位の
定期試験では常に満点を維持している。
故に一部の生徒からは陰で『頭の良い不良』と呼ばれているらしい。
そんな垣根に、高町なのはが彼を起こそうと体を揺する。
「もう放課後だよ、垣根くん起きて」
「……んあ? ああ、終わったのか」
起きた垣根は大きなあくびをしながら背筋を伸ばし、背骨をコキリと鳴らす。
「ぐっすり眠っとったなあ」
彼の隣りの席の、八神はやてが微笑む。
「午後は眠いんだよ」
「でも朝も寝てたよね?」
と今度はフェイト・T・ハラオウン。
「朝も眠いんだよ」
と、垣根。
「アンタ、学校に寝に来てるの?」
アリサ・バニングスが呆れたような表情で言う。
「半分はな」
「残り半分は?」
と、月村すずかが尋ねる。
「仕方なしに」
「いや、学校に来る意味無いよね」
垣根の言葉に突っ込むなのは。
「ああ、だからもう登校しなくても良いよな?」
「「「「「それはダメ」」」」」
「チッ」
ここでなのはが思い出したように言う。
「あ、所でちょっとお願いが_「断る」」
垣根は言い終わる前に却下する。
「聞いてよっ!」
「嫌だ」
「垣根くん!イタッ!?」
アリサがなのはの頭に軽くチョップする。
「いつまで漫才してるのよ。早く用件言いなさい」
「私悪くないのに……」
フェイトが代わりに説明する。
「要するに、わたし達の勉強を見て欲しいの」
「ああ?嫌に決まってんだろ。面倒臭い」
垣根はあからさまに嫌そうな顔をする。
「そう言わずにお願いや。わたしとなのはちゃんとフェイトちゃんは、管理局の仕事があるからここんとこ中々勉強する時間が無かったんよ……」
「私からもお願い。今までは私とアリサちゃんで勉強教えてたんだけど、最近は私達二人だけじゃいっぱいいっぱいになっちゃって……」
はやてに続いてすずかも頼み込む。
元々、三人とも地頭は良いのだが、管理局の任務が嵩んでいた影響で、授業に出られない日もかなりあった為、勉強が遅れ気味になっていた。
「断る。俺にメリットがねえ。何が悲しくて『ババロアブレーンズ』の馬鹿なお勉強会の面倒見なきゃならねえんだよ」
「「「それってわたし達の事!?」」」
垣根の暴言にツッコむ三人娘。
「とにかく断る」
「このままだと、あたし達二人は自分の勉強ができそうに無いのよ。アンタどうせ勉強しなくても満点取れるでしょ?『友達として』付き合ってよ」
アリサに嫌な所を突かれ、垣根も無下にはできなくなった。
彼はため息を吐きながら渋々了承する。
「……チッ、分かったよ。んで、どこでやるんだ?その勉強会。図書館か?」
「ううん、テスト前の図書館は人が多いから……」
垣根の質問にすずかが答える。
定期試験前の勉強に図書館を利用しようと考える人は多いだろう。
効率よく勉強するには、人の多い場所は避けた方がいいと彼女達は思った。
「じゃあ、この中の誰かの家でやるのか」
「うん。だから垣根く_「俺の家は駄目だ」えー!?」
なのはの台詞を遮るように却下した。
「お前達の内の誰かの家で良いだろ」
しかし、なのはの家は最近、翠屋が忙しく、アリサ、すずかの家は別件の諸事情で却下。
八神家は……騒がしそうだ。
結果、消去法でハラオウン家で行う事になった。
「ま、妥当だわな。リンディ艦長も今は自宅警備員と化して暇なんだろーし」
「人の親をニートみたいに言わないでよ」
垣根の軽口にフェイトが小さくツッコむ。
「それじゃ、集合とかの詳しい時間帯は後でメールするから今日は解散!」
アリサの合図と共に五人の少女達が動く。
アリサを先頭にすずか、はやてがバラバラに教室を出る。
(は?)
続いてなのはとフェイトがそれぞれ垣根帝督の片腕を掴んで教室を走り出る。
そして五人(+一人)は一気に校舎から脱出した。
そしてその数分後、
「やあ、みんな……って、いないのか」
魅神聖が教室に入ってきた。
おそらく彼はなのは達をテスト勉強に誘いに来たのだろう。
彼女達はそれをあらかじめ想定して足早に下校したのだ。
ご丁寧になのはとフェイトは垣根帝督を回収して。
そんなこんなで、自宅にて。
垣根の携帯電話がメールを受信して震える。
彼はケータイを開く。
送信主はアリサで、明日の集合時間等が記してあった。
「……朝九時か、少し早過ぎねえか?………いや、あいつ等の成績の偏り具合からすれば当然か……?」
ここにはいない三人娘をさりげなく毒を吐きながら呟いた。
そして翌日、土曜日。
垣根は白いTシャツにグレーのズボンというラフな服装でハラオウン家のマンションに向かっていた。
(眠いしホントはバックレたいんだけどな)
もちろんそんな事をすれば、後々文句の電話の嵐が来るに決まっている。
そしてハラオウン家の前に到着し、インターホンを押す。
『はーい!』
応対したのはフェイト。
「帰って良いか?」
インターホン越しに、開口一番にふざけた事を宣った垣根。
『もしかして垣根!?来たばかりなのにダメだよ、帰っちゃ!今開けるから待ってて!」
バタバタと慌てたような足音が聞こえ、玄関の扉が開く。
「はあ、おはよう」
「よお」
しばらく沈黙。
「…あ、と、とりあえず上がって」
「おう」
リビングにはフェイトの義兄、クロノ・ハラオウンがいた。
「まだなのは達は来てないから、ここで待ってて」
フェイトはそう言って台所へ歩いて行った。
垣根はソファーに座ると、向かい側のクロノが話し掛けてきた。
「しばらくぶりだな」
「そうだな。つーかお前、今日は仕事休みなの?」
垣根の問いにクロノは首を横に振る。
「いいや、もう少ししたら出るんだ。それより、最近はどうなんだ?」
暗に尋ねてきた。
「ああ、『相変わらず』だよ」
「そうか。……それじゃ、僕はもう行くよ」
「おう、いってらっさい」
垣根はヒラヒラと軽く手を振り、クロノはさっさと出て行く。
更にしばらくすると、フェイトがアイスコーヒーを盆に載せて持ってきた。
「はい、これどうぞ。所で、クロノと何の話してたの?」
「ただの世間話だよ」
「そう?」
その時、ピーンポーン とインターホンが鳴り響く。
「あ、多分なのは達だ」
フェイトは足早に玄関に向かった。
垣根はそれを尻目に、コーヒーを啜る。
とにもかくにも、勉強会は予定通り開始。
席割は以下の通りである。
フェイトを垣根が、
なのはをアリサが、
はやてをすずかが、
……といった感じで分担することになった。
「なのは、ここ違うわよ。ここは……」
「そうそう、はやてちゃん飲み込み早いね」
「せやろ〜♪」
「ここはどうするの?」
「そこは、応用で…………だ」
と、一見順調そうだが、実は約一時間おきにはやて、なのは、フェイトの順に集中力を切らしていた。
その度にアリサが発破をかけ、垣根が手遊び感覚で折った折り紙のハリセンで三人をシバくという、地味に理不尽な叱責を受け、何とか持続させていた。
最初は真面目に受けていたフェイトだったが、無意識に、何となく、視線が教科書とノートから、垣根帝督の横顔に移っていく。
「……、」
「……おい」
「……、」
「おい。おいって」
「……え、あ! 何!?」
垣根に声をかけられてフェイトは我に帰る。
「何?じゃねえよ。手が止まってるし、聞いてんのか、人の話」
「え!?あ……ゴメン」
フェイトはすまなさそうな表情で、素直に謝る。
そんな彼女をジロリと見詰めながら、垣根は面倒臭そうに言う。
「さっきからジロジロと見てたが俺の顔に何か付いてんのか?」
「え、あ!な、何でもない!!続けて」
垣根は怪訝に思いながらも、大して興味も沸かなかったので、これ以上は訊かない事にした。
そして昼食を挟んで数時間後。
集中力を切らしてへばっている少女達と、意外と平気そうな垣根。
垣根は各々の進み具合と理解度を確認した上で呟く。
「ダメだな。八神は一応文学能力があるから飲み込みが良い。この調子なら何とかなるが、高町とハラオウンがまだまだだ」
二人は理解度も進み具合も、お世辞にも順調とは言えない。
「ハラオウンはまだしも高町、日本人の癖に国語壊滅的ってのはどうなんだ?」
「そんな事言っても〜……」
ここで垣根はなのはを挑発する。
「こりゃ赤点かもな」
「なっ!そこまで悪くないもん!その気になれば八十点ぐらいは採れるよ!!」
「ほぉ、賭けるか?」
垣根は意地の悪そうにニヤリと笑う。
なのはは頬を僅かに膨らませて言う。
「良いよ!」
「な、なのは……?」
フェイトがなのはを宥めようとしたが遅かった。
「もしわたしが国語で八十点以上採れたら、……………『わたし達』と名前で呼び合って!!」
「それだけ?」
と、アリサ。
そして垣根は、
「おー良いぜ。なら八十点未満だったら…………来月のジャンプ
「それだけ?」
と、今度はすずかが呟いた。
「ジャンプSQ半分ってことは大体三百円くらいだよね?……っていうか、こんなやり取り、ついこの間にもしたような気がするんだけど」
フェイトがはやてに聞いた。
「そうやね。それにしても、スケールの低い賭けやな」
はやては若干苦笑しながら答えた。
確かに賭ける内容は小さい。
学園都市第二位の
当人達以外はそう思った。
一学期期末試験まで、後二日。
そして、期末試験が翌日に迫った日曜日。
今日も高町なのは達五人の少女と垣根帝督は、ハラオウン家の、フェイトの部屋にいた。
テーブルにかじりつき、必死になって国語の問題を解いているのは他でもない、なのはだった。
その様子を意地の悪そうな笑みを浮かべながら、垣根は眺めている。
「Xデーまで後一日、せーぜー足掻けよ。期待してやるからよぉ」
「むぅ〜ッ!!絶対採って見せるから!!」
垣根の挑発にいちいち反応しながらも、ペンを走らせるなのは。
「必死だね、なのは」
「まあ、それでなのはちゃんが勝って、帝督くんがわたし達を名前で呼ぶ事になったらラッキーやけどな」
自分の勉強を続けつつフェイトとはやてが呟く。
「あんなチャチな賭けで勉強に熱が入るなんてね。ま、なのはの勉強が捗るならなんでも良いけど」
「本人達からすれば重要なんだろうけどね」
呆れ気味のアリサ・バニングスと苦笑する月村すずか。
彼女達二人は、フェイトとはやての勉強が軌道に乗った事と、焚き付けられたとはいえ、曲がりなりにもなのはがやる気を出して勉強に集中している為、自分達の勉強をしている。
もうあまりフェイトの勉強を見る必要がないと思った垣根は、暇を持て余し、持ち込んでいた漫画の単行本を読んでいた。
「……、」
何となく、なのはの視線が垣根帝督と、その手にしている漫画の単行本に行った。
(……そういえば『ジャンプ』とか読んでるらしいけど、今度は何を……って、『で●ぢゃら●じー●ん』!?)
思わず眼を剥いた。
まさかの小学生向けの不条理ギャグ漫画。
(垣根くんの、趣味が時々分からない……)
「よそ見してて良いのか?手が止まってるぜ?」
「……え、あ!」
垣根に言われて気づき、慌てて勉強を再開する。
「よそ見するたぁヨユーだねぇ。馬の尻尾」
「それわたしの事!?ポニーテールって言いたいの!?って、わたしのはサイドテールだからね!もう!わたしが勝ったら絶対『なのは』って呼ばせるからね!!」
「おう。オマエが負けたら『ジャンプSQ代半分』もらうからな」
垣根を睨みながら勉強に勤しむなのは。
垣根帝督は不敵に笑っていた。
スケールの低い賭けにここまで本気になるのは世界広しといえど、この二人ぐらいだろう。
そして期末試験当日。
聖祥中学校の二年六組の教室にいる、いつもより余裕そうに落ち着いている五人の少女達と、相変わらずけだるそうな垣根帝督。
もっとも、聖祥はかなりの名門校なのでテスト前や当日に慌てる生徒は少ない。
フェイトが垣根に言う。
「垣根、昨日と一昨日はありがとう。おかげで国語も世界史もなんとかなりそうだよ」
「おう」
垣根はフェイトに右手を差し出し、
「三万円な」
「「「「「えええええッ!?」」」」」
アリサとすずかも驚く。
「お金取るの!?」
「しかも高いよ!!」
「聞いてないで!!」
まくし立てるフェイトとなのはとはやて。
だが垣根はふざけたような表情を変えなかった。
「じゃあ特別サービスで六千円で良いよ」
「安っ!!いや、安かないけど」
「ダメよ。お金取るなんて」
「痛てっ、冗談だよ」
アリサが垣根にチョップして止めた。
「ま、とにかく国語が楽しみだな」
「そうだね。覚悟しててよね!」
垣根となのはが得意げに笑い合う。
そして運命の
各科目、着々とクリアしていき、なのはとフェイトにとって鬼門だった文系も、いつもより自信がありそうに受けていた。
三日間に渡る期末試験が終了し、後は答案返却を待つだけだ。
「ふふ、結果が楽しみだね〜垣根くん。ううん、帝督くんって言った方が良いかな♪」
「ハッ。粋がんなよ。勉強頑張ったっつっても所詮付け焼き刃だ。狙い通りにいくとは限らねえぞ」
なのはと垣根は再び挑発し合っていた。
その様を見て苦笑いするフェイトとすずか。
アリサとはやてはヤレヤレと首を振っていた。
…そしてテスト週間の翌週の月曜日。
ついに答案が返却される。
国語の答案用紙が返されていく。
アリサ、すずか、垣根、はやての四人は満点。
フェイトも八十点と皆結構な高得点をたたき出す。
最後になのはの答案が返された。
その得点は……………………………七十九点だった。
「にゃああああああああああああああああああッッッ!!!?」
なのはは、自身の髪の毛が逆立つんじゃないかと思われるぐらい絶叫した。
クラス一体がビクリと驚き、なのはを見る。
「うるせえぞ高町!さっさと席に戻れ!」
国語担当兼担任の坂田が耳に手を当てながらどやす。
なのははトボトボと自分の席に戻ると、彼女が普段纏っている白いバリアジャケットよりもさらに白く燃え尽きた。
それはまるで某有名ボクシング漫画の主人公の最期のようだった。
「どうやら、賭けは俺の勝ちみたいだな」
その様子を見てうっすらと笑う垣根帝督。
フェイトが慌ててフォローする。
「だ、大丈夫だよ!今回は惜しかったけど、この調子で頑張っていけば次は絶対八十点以上取れるよ!!」
「うう、フェイトちゃーん!!」
フェイトに思わず泣きつくなのは。
少し遠くで“萌え萌えキュン☆”とかいう声が聞こえた気がしたが、気の性だろう。
「でもまぁ、付け焼き刃の割によくやったんじゃねえの、お前。いつもは六十点代の常連だったっつー話なんだから。頑張ったな」
垣根は半笑いでなのはを称賛した。
皮肉にしか聞こえないが。
「半笑いで言われても嬉しくないよ」
彼女はふて腐れたような表情で言う。
「そりゃ悪かった。よーしよし、お前はよく頑張ったよく頑張った♪」
垣根はそう言いながらなのはの頭に手を載せると、力強くくしゃくしゃとやや雑に撫でる。
「わわっ、ちょっと!やめてよ。髪が〜」
なのはは恥ずかしそうに抵抗する。
「逃げんなよ、褒めてやってんだから」
「そんな、私は小さい子供じゃないんだよ!!」
だが、意外と口で言うほど嫌そうではない。
満更でもないようだった。
垣根帝督は不意に左手の平をなのはに差し出した。
「それじゃ、俺が賭けに勝ったからジャンプSQ代半分な」
「あ」
妙にフワフワした空気が、この一言で台無しになった。