魔法少女リリカルなのは with Dark_Matter 作:戸礼太
聖祥大附属中学校。
二年六組の教室では、ロングホームルームが開かれていた。
議題は来週の土日に行われる文化祭で、クラスで行う『出し物』についてだ。
ちなみに担任の坂田銀八は教室にはいない。
『製作課題?んなもんチンタラ作ってられっかよ。つーか、そういうの作ってる間に、誰かと誰かが付き合いだしたらムカつくしよ、だからオメーら、今年の文化祭は各自で好きなことやれや』
と言って、くわえ煙草で教室から去ってしまった。
──シンプルかつ身勝手極まる方針だ。
今回、二年六組は何をやるかで意見が二つに分かれ、揉めていた。
アリサ・バニングスを筆頭とした『メイド&執事喫茶』
と、
土方十四朗を筆頭とした『製作課題』だった。
アリサ曰く、「このクラスは男女共に逸材が揃ってるんだから、これを有効活用しない手は無いわ」との事だった。
土方曰く、「俺達は風紀委員の仕事があるんだ。製作課題をさっさとやって終わらせて、終いにしてえんだよ」との事だった。
八神はやて等のほとんどの女性陣もアリサ方に固まったが、男性陣のほとんどとフェイト・T・ハラオウンのような『メイドコスプレになるのが恥ずかしい』という女子達は土方の方に固まった。
そして、一応この物語の主人公、垣根帝督は……
「……、」
会議に参加せずに机に突っ伏して寝ていた。
「もうアンタいつまで寝てるのよ!」
アリサが寝ている垣根を揺する。
「垣根くん、起きて」
高町なのはも彼の肩を掴んで揺する。
「……んあ?製作課題と喫茶店だっけ?」
垣根は眠そうな顔で起き上がる。
何気に話を聞いていた。
「えーっと、バニングスは『冥土喫茶』だっけ?」
「いや、『冥土喫茶』って何!?」
フェイトがツッコむ。
垣根は続ける。
「死神とかみてえなコスプレする喫茶とか?」
「それ、おもてなしするのか脅かすのか分からないよ……」
月村すずかが苦笑いで言う。
フェイトが少し焦ったような調子で言う。
「垣根は製作課題派だよね!?(メイドコスプレなんて恥ずかしい!!)」
「ダメよ。垣根は重要な執事要員なんだから(外見的にはホストっぽいけど)」
アリサが口を挟む。
「羊?」
「執事よ!!し・つ・じ!」
軽くボケた後、垣根帝督は面倒臭そうに眉をしかめる。
「俺が執事役?面倒臭えよ。接客とかガラじゃねえし。俺は製作課題に一票な」
「投票式じゃないけど、ありがとう垣根!!」
『メイド&執事喫茶』反対派のフェイトは感謝しながら彼の手を掴んだ。
「ちょ、ちょっと!垣根!?」
アリサが狼狽する。
しかしここで志村から意外な助け舟が出る。
「ていうか、文化祭は二日あるんだから、一日目は製作課題展示で二日目は喫茶店じゃダメなの?先生は好きにやれって言ってたし」
「バニングスさんも土方も折れる気なさそーだし、もうそれで良いんじゃね?」
「そうだな、半々って事で(俺は接客なんざやらねーけどな)」
志村の提案に古市と垣根も同意した。
その後しばらく討論が続いたが、結局志村の案の方法に決定した。
ちなみに製作課題については垣根帝督が指揮を執ることになった。
メイド&執事喫茶については引き続きアリサ・バニングスが監督する事になる。
そしてそれぞれに準備が行われていった。
晴天だった。
ひっくり返して『天晴』と書いたら、『あっぱれ』って読むんだぜ、知ってた?
あ、そう。
知ってたんだ。
てな具合に、抜けるような青空が広がっている。
透明な青のキャンパスに、ブラシで所々はいたようなちぎれ雲。
過ごしやすい季節の、良い日和であった。
さて、そんな空の下、本日は聖祥大附属中学校の文化祭当日である。
正門のわきには、『聖祥大附属中学校文化祭』という気持ちの良いほど事実のみを伝える立て看板が設置されている。
ちり紙で作った手作りのバラが立て看板の縁を飾っている。
普段は教職員と生徒しかくぐらない校門を、今日は父兄達が続々とくぐり抜けている。
来場者と、それを迎え入れる生徒や教師達のざわめきがスッポリと学校全体を包み込み、何と言うか、お手本のような文化祭当日の光景だった。
と、その光景の中の一点に、怪しげな男の姿があった。
年齢は二十代後半ぐらいだろうか。
濃紺のキャップを目深にかぶり、ブルーのジャンパーを着ている。
その服装自体に、特に奇抜な点は無かったが、怪しむべきは男の目付きだった。
半眼になり、鈍い光をたたえた男の目。
男は正門のわきで立ち止まり、ジッと立て看板に視線を向けている。
「聖祥大附属中学校、文化祭か、……」
男は呟くと、ニヤリと薄い唇を歪ませた。
「……ぶっ潰してやるぜ」
廊下を歩いているのは、聖祥大附属中学校の校長。
その横を並んで歩くのは、なぜかいつも不機嫌そうな顔付きの教頭だ。
この教頭、校長が馬鹿なせいもあり、かなりの苦労人である。
ワイワイと談笑しながら廊下を行き交う生徒たちを横目に、『ヤングジャンプ』を小脇に抱えた教頭が言う。
「しかし、文化祭当日ともなると、生徒たちも浮足立っておりますな」
「ま、何といっても一大イベントじゃからの。あと、今日も週刊少年じゃない『ジャンプ』持ってんのね。今度貸そうか?WJ」
そう返す校長の横を、今また男子生徒数人が走りながら通り過ぎた。
「これこれ、走るんじゃないよ」
と、微笑みながら生徒たちを注意する校長。
その様子を見た教頭が「あら?」と意外そうな顔をする。
「今日はお優しいんですな、校長。いつもなら烈火の如く怒ってるとこじゃないですか」
「いやいや、廊下を走ったぐらいじゃわしは怒らんよ。というかまあ、……」
と、校長はここで僅かに声を落とす。
「ぶっちゃけて言うと、こういう文化祭みたいな日こそ、わしの好感度アップさせる絶好の日じゃからの。今日ぐらいは優しくしておいて損は無かろう」
「なるほど。相変わらず姑息な、あ、いや、姑息な考えですね」
「おい、変わってねーよ。『あ、いや』って言った割に『姑息』ってワードが生き残っちゃってるよ」
「すいません。ま、しかし、それもまた一計ですな」
「じゃろうが。だからこそ、こうしてわざわざ校長室を出て、校内を見回っとるわけだ」
そんなやり取りを交わしながら廊下を進む校長と教頭。
二人は二年生の教室が並ぶ廊下へと差し掛かった。
「さてさて、では二年生のクラス展示でも見て行こうかの」
と、校長が言う。
「そうしますか」
二人は端の教室から順に覗いて行った。
まずは二年一組。
このクラスは切手の一枚一枚をドットに見立てて、巨大なモナリザの肖像画を作っている。
感心しながら見学する保護者達に混じり、校長が呟く。
「ありきたりじゃのー、これと同じやつ、どっかで見た事あるぞ」
「あの、校長。割と声デカいんで、気をつけてください」
教頭が横から窘める。
一組を出た二人は次に二組へと入った。
二組では、『海鳴市のあゆみ』と題されたレポートが、壁一面に張り出されている。
市史に並べて、その当時聖祥で起こった出来事等も書き込まれている。
なかなかの労作だ。
「地味じゃのー。てか、こういうの市役所とかに行けば置いてあんじゃね?」
「校長、ホント父兄が周りにいるんで、空気読んでください」
三組は教室を喫茶店として開放していた。
模擬店というやつだ。
校長は廊下から中を覗いて、
「ママゴトじゃのー、つーか食中毒とかマジ勘弁してほしいよな」
「あの、好感度上げる気ある?ねえ?」
そして今度は、四組に入った。
これは力作。
割り箸で東京タワーが組み立てられている。
高さは教室の天井まで届きそうだ。
校長は父兄に混ざってタワーを見上げながら、
「バラせばゴミじゃしのー、てか、すっげー燃やしたい」
と、校長の毒舌がもれた時が、教頭の限界だった。
「褒め方知らねーのか!!あんたは!!」
教頭は怒りに任せて東京タワーを蹴り倒した。
「中学生のガキの展示なんだから、このレベルで上等だろーが!!ああ!?」
「いや、お前一番酷いじゃん。てか、東京タワーがもうゴミになっちゃってるし」
「関係ねーんだよ!!んなこたぁ!!」
と、老体に血を巡らせて教頭は、ヤンキーのような首の曲げっぷりで凄む。
「とにかく!!基本褒めるスタンスで行ってくださいよ!!新人作家を伸ばすみたく、基本褒める!!」
「分かった、分かった、気をつける」
説教する教頭と、うるさそうに頷く校長は、割り箸をかき集めながら泣きじゃくる生徒たちを捨て置いて、さっさと教室をあとにした。
「しかしのー」
と、校長は言う。
「これを褒めろと言われてもなー」
校長と教頭は、ガランとした。
正確には自分達しかいない教室で一つの展示品を見つめていた。
場所は二年六組の教室。
二人が立っているのは、教卓の前。
教卓の上に展示されているその作品というのが…………一本の空き缶であった。
わきに作品タイトルを記した小さなプレートも立てられている。
作品タイトルは─『丸ビル』
「これ作品じゃないよね。てか、すでにゴミだよね、これ」
と、校長。
「ま、確かに、ゴミ箱に入れる代わりにここに置いたって感じですな」
と、教頭も眼鏡をズイと押し上げ、静かな怒りを燃やす。
「しかも、これ『丸ビル』って、怒られるよ。丸ビルに」
「見学者がゼロというのも、当然ですな」
「一応確認するけど、ここ、なに組?」
「二年六組です」
「一応確認しとくけど、担任って誰だっけ?」
「坂田銀八です」
「製作課題の筆頭生徒は?」
「垣根帝督です」
「シメちゃう?」
「シメときましょうか」
教頭が言ったあと、校長はメキリと空き缶を握り潰した。
聖祥には映画研究会というクラブがある。
このクラブ、文化祭の日は視聴覚室を借り切って、自主制作したフィルムを上映している。
無論フィルムといっても内容は至って真面目なものだ。
各方面で活躍している聖祥学園のOB・OGにインタビューしたドキュメントや、ドラマといっても演劇部の生徒が俳優をつとめる三十分程度のもの。
だが過激な表現は禁止。
そういった真面目なフィルムを、時間帯を決めて常時上映している。
そして今、上映されているのはサッカー部を舞台にした青春ドラマ。
今日だけは映画館と化した視聴覚室に、父兄、生徒合わせて客は十人ほどだろうか。
その中に、
「つまんねえな、これ」
と、直球の感想を呟く男がいた。
制服を着崩した、ガラの悪そうな少年。
垣根帝督。
「つまんねーな、これ」
続いて同じ感想を呟く男。
今日もだらし無い背広、今日もくわえ煙草。
坂田銀八。
しかもこの男達、席は最後列。
数人の父兄が時折振り返って非難の目を向けてくるのもお構い無しに不満を垂れ流す。
「ストーリーは単純だしよー、構成も、何つーの、ありきたりだしよー」
「あの、先生、できればもう少し静かに観てもらえると……」
坂田銀八にやんわり抗議するのは、映画研究会のニキビ面で小太りの生徒は、遠慮がちに言う。
「あと、一応ここは禁煙なんですけど」
「違う映画ねえの?」
「あの、会話する気あります?」
「だからよー、こういう素人丸出しの映画じゃなくてよ、あんじゃん、面白いやつ。ほら、去年公開されてた『となりのペドロ』シリーズ。ああいうの流せよ」
「そういうのは、レンタルビデオ屋で探していただけたらと……。あと、ホント煙草はやめてもらいたいんですけど…」
「じゃ、極道もんは?」
「あの、ホント会話する気あります?ていうか、先生がすでに極道チックな振る舞いじゃないですか」
「なきゃポルノだな」
「いや、あんたホントに教師?」
てな二人の会話を横に、垣根は缶コーヒーを啜っていた。
その時、視聴覚室の後ろのドアが開き、校長と教頭が入ってきた。
「やっぱりここだったか」
校長が言った。
「確か去年もここで暇潰ししていたな、君は。垣根君まで……」
「何か用すか」
そう返す坂田は二人の方を見向きもしない。
垣根も無視していたが……、
「何かじゃないだろう。なんなんだね、君んとこのクラス展示は。筆頭は垣根君だったな?」
と言う校長に、垣根はこう返す。
「渾身の力作でしょ?」
「ごめん、聞き間違えたかも、もっかい言ってくれる?」
「渾身の力作でしょ?」
「あ、やっぱりそう言ってたんだ。ていうか本気で言ってんの?それ」
校長は額に青筋を浮かべる。
教頭も口を開いた。
「悪いが、あんなものはね、ゴミだよ、ゴミ。ゴミだから、我々の手で捨てておいた」
「あ、捨てといてくれたんすか、すいません」
垣根は軽い調子で答える。
「いえいえ。って、やっぱりゴミ気分じゃん!!自分でもゴミの自覚あんじゃん!!」
「あの、もう少し静かに……─」
と、映画研究会の生徒が言ったのだが、
「っせーよ!!今大事な話してんだよ!!」
と教頭ははねつける。
校長が言う。
「そもそもね、坂田先生。君は文化祭を何だと思ってるんだね?」
「休みにしてほしいすね」
「気持ちが良いほどストレートなリクエストだな。てか無理だし」
「つーか、俺、文化祭って嫌いなんすよね。遅くまで学校残ってなんか作るのって楽しいよね、みたいにはしゃぐ奴とかムカつくし、あと、ホラ、文化祭きっかけに親しくなって、おい気がついたらあの二人付き合ってるよ、みたいな展開も腹立つし、要するに休みになりませんかね、校長」
「結局そこじゃん。休み欲しいって事じゃん」
校長は言って、大きな溜め息をついた。
「とにかく、あんなゴミを展示しただけでは、文化祭に参加したとは言えんぞ。教師たるもの、クラスをまとめあげて行事に取り組ませるということも、これ、重要な評価の基準になるわけじゃからな。って、今わし、良いこと言ったよな?」
「アンタにしてはな」
と、教頭。
「つーか、最近タメ口の頻度高いよね?何となくこのままタメ口に移行する作戦?」
教頭を睨む校長へ、垣根が舌打ち混じりに言った。
「言っときますけどね、船長」
「いや校長ね。わし船は持ってないから」
「別に、明日はバニングス主導で冥土……じゃねーや。メイド喫茶やるんだから、それで良いじゃないっすか」
そう言ったところで、勢いよく視聴覚室のドアが開いた。
アリサ・バニングスを始めとする二年六組の女子五人だ。
今日は文化祭の来校者として八神家の連中も来ていており、今ここにはヴィータとリインがいる。
「いたいた、いたわねアンタ!!」
彼女は凄い剣幕で垣根に詰め寄る。
「アンタ、あのクラス展示は何なのよ!?空き缶一本置いて『丸ビル』って、ただゴミ置いてるだけじゃないの!!」
「空き缶は丸いだろ。だから丸ビルの模型って訳だ。四組でも東京タワー作ってただろ」
「アンタのはただのゴミでしょーが!!」
「そうだよ、わたし達は垣根くんがやる気があって製作課題の指揮やってると思ってたのに!!坂田先生もやる気なさ過ぎです!!」
高町なのはも怒り心頭といった感じだ。
垣根はくだらなさそうに答える。
「俺としてもよ、文化祭なんざ面倒臭いから、休みにしてほしいんだよな。普段不真面目な癖に、こういうイベントの時だけ仕切ってハシャぐヤツとか見ててムカつくし」
「そーそー」
坂田も同意する。
「だいたい、担任の先生がそんなんだからこの、無気力チンピラがあんな好き勝手するのよ!!」
アリサの矛先が坂田銀八に変わる。
と、アリサ達や校長達が坂田銀八にワーワーと説教をしている隙に、いつの間にか彼と一緒にいたはずの垣根帝督の姿が消えていた。
それに気づいた八神はやてが呟く。
「あれ、帝督くんどこ行ったん?」
すると、横にいたヴィータが彼女に言った。
「あーなんか『ウンコが出たい』とか頭の悪そうな事言って、どっか行ったぞ」
そして坂田も説教を適当に聞き流してどこかに行ってしまった。
校長は力のない声で言う。
「何かもう、いちいち説教すんのが面倒になっちゃったね……」
「確かにな。あ、いや、確かにな」
教頭がタメ口で同意する。
文化祭─祭と付くからには、老若男女浮かれるのも無理はない。
だがしかし、こういう時だからこそ校内の風紀を引き締める必要があると、聖祥大附属中学校風紀委員会、副委員長の土方十四郎は思っている。
彼は現在、校内を巡回中で横には一年生の沖田総悟がいる。
二人に付き従うように数人の風紀委員も同行する。
今年は例年より人出が多い。父兄に混ざって私服の若者の客、他校の生徒も多い。
だが、そういう若者達が全て文化祭目当てで来ているとも思えない。
ナンパ、カツアゲ等の、不心得な輩が混ざっている可能性はある。
そういう不逞の輩を発見し、退去させる。場合によってはうんと痛い目を見てもらう。
これが風紀委員会が本日任務である。
「いいか、総悟」
と、廊下を歩きながら土方は言う。
「ちょっとでもおかしな真似してる奴がいたら、ソッコーで囲むからな」
「分かってまさぁ。どんな些細な悪事も見逃しゃしませんぜ」
と言いながら、沖田総悟はPSPに夢中だ。
「おめーはその液晶画面にどんな悪事を見つけるつもりなんだ?」
土方は静かにキレると、
「仕舞っとけ」
へーい、と間延びした返事を返して沖田は素直にPSPをポケットに仕舞う。
「気ぃ抜いてる場合じゃねーぞ、総悟。今年は去年より客が多いんだ。て事は、そん中に潜んでるナンパカツアゲ野郎の数も多いはずだ。忙しくなるぞ、これから」
沖田は頭の後ろで両手を組み、緊張感のない声で言った。
「分かっちゃいますがね。こうやってブラブラ歩くだけっつーのも、退屈でさぁ。ちょっとぐらいは文化祭に参加してる気分も味わえないもんですかね」
土方は険しい表情を崩さない。
「甘えた考えは捨てろ。俺達風紀委員会は文化祭を楽しむなんてこた、毛ほども考えちゃいけねーんだ。校内の安寧秩序のために、敢えて我が身の楽しみは捨てる。それこそが風紀委員魂ってもんよ。って今俺、良いこと言ってるぜ」
「楽しみは捨てる、ですか」
沖田はやれやれと溜め息をついた。
「どーだ、トシ、校内の様子は?」
と、現れたのは風紀委員長の近藤勲。
彼は右手に焼きトウモロコシ、左手にタコ焼きを一船持ち、ブレザーのサイドポケットから『文化祭のしおり』をはみ出させていた。
「いや、楽しそうだなアンタはァァ!!」
喉を振り絞って土方はツッコむ。
「つーか委員長自らモロコシかじっててどーすんだよ。あんたは風紀委員の手本になんなきゃいけねえ人だろうが」
「分かってるよトシ、そうガミガミ言うな」
近藤は鷹揚に頷きながら言う。
「俺だって何も、一日中浮かれてるつもりはねえ。このモロコシとタコ焼きで俺の文化祭は終わりだ。後は真面目に締まってかかるさ」
「頼むぜ、ホント」
そこへ、廊下の先からバタバタと足音が聞こえてきた。
数人の風紀委員達が小走りに駆け付けたのだ。
「委員長!事件です。本校の女子生徒が一人、被害に」
土方は目を細めた。
「女子が?ナンパか?」
「いえ」
と小さく首を振り、その風紀委員は自分の背後に目をやった。
別の風紀委員に連れられて、一人の女子生徒が前に進み出た。
その女子生徒は、土方十四郎達の前で、恥ずかしそうに背中を向けた。
制服の背中に赤いインクがベッタリとかけられている。
「こいつはひでえや……」
沖田総悟が呟く。
「どこでやられた?」
土方が聞くと、講堂で彼氏とフリーマーケットをひやかしていて、気がついたらこうなっていた………と、女子生徒は説明する。
土方はしばし考えたあと、女子生徒を連れてきた風紀委員達に言った。
「おい、他にもこういう被害に遭った奴がいないか、調べて来い。いたらそいつからも事情を聞きたい」
わかりました。と返事をして、風紀委員達は即座に行動していった。
近藤勲が顎に手をやり、しかめつらしく言う。
「しかしこいつぁ悪質だぜ。ナンパやカツアゲとはまた、タイプの違う悪さだな。しかし安心してください、お嬢さん。貴女をこんな目に逢わせた奴は必ず俺達が引っ捕らえてみせます」
と、女子生徒の肩に手を置く近藤の背中には、赤いインクがベッタリと付いていた。
「イヤ、アンタにもついてるよ!!被害者の刻印がベッタリと背中に!!」
「え、マジかよ!インク?ケチャップとかじゃなくて!?ねえ、バカとか書いてない!?」
必死で自分の背中を見ようとするバカ委員長を無視して、土方は舌打ちをする。
気温も緩やかに上昇し、文化祭に訪れる人々の数は増えていく。
模擬店の屋台が生む熱、人々のざわめきや呼気から生まれる熱、文化祭ムードはいよいよ高まっている。
が、そんな文化祭の熱の中に、ただ一人、暗い情念に衝き動かされている男もいた。
キャップを目深にかぶり、薄い唇の男は、校舎の一角にある男子トイレの中にいた。
トイレは今、無人だ。
が、いつ使用者が現れてもおかしくない。
男は『清掃中』と書かれたプレートを掃除用具入れの中から取り出し、トイレの入口に置いた。
そして持ち込んでいたペンキの缶を手に取ると、一番端のから中身のペンキをぶちまけた。
白い便器が一瞬で粘度のある赤に染められていく。もちろん、自分自身にペンキの飛沫がかからないように注意した。
トイレの個室全てにペンキをぶちまけたあと、男は片付けを済ませてそそくさと廊下に出た。
一連の行動は素早く行われ、通行人の流れに自分の身を紛れ込ませる男の呼吸も、人の目を引かない自然なものだった。
歩きながら男は心の中で呟く。
まだまだだ……。
まだまだ、こんなもんじゃ足りねえ………。
男の薄い唇がニヤリと歪んだ。
志村と古市はブラブラと校内を歩いていた。
ふと、背後から聞こえた会話が耳に入る。
「どっかに落としたんじゃないの?よく探してみろよ」
「ううん、確かにポケットに入れといたもん」
見ると、カップルだろうか、男子生徒と女子生徒が浮かない顔で話している。
どうやら女子生徒が財布か何かを落としてしまったらしい。
自分達も気をつけなきゃな……。
と志村は思いながら、ズボンのヒップポケットを押さえた。
そして気づいた。自分の財布もポケットから消えている事に。
「マジで………?」
他のところでも、二人の女子生徒がこんな会話をしていた。
「ちょっと、大丈夫?ケガしてない?」
「ケガは無いけど……」
答える女子生徒のスカートの裾には、数センチの切り込みが入れられていた。
カッターかハサミなのかはわからないが、鋭利な刃物でやられたのだろうと想像がつく。
「いつやられたのかな?」
「わかんない……」
二人は表情を曇らせる。
校長が言う。
「あのさ……、一応確認しとくけど、ここ校長室だよね?」
「校長室でしたな。つい一時間前までは……」
と、教頭は返す。
「えれー事になってない?これ」
校内の見回りから戻ってきた校長と教頭は、室内の惨状に立ち尽くしていた。
校長室は、床、壁問わず、部屋中に赤いスプレーで、
─文化祭なんかやめちまえ!
─文化祭なんかクソだ!
─ウンコチンチン!
─祝映画化!
─文化祭全廃!!
……等と落書きされている。
殴り書きの文字には、怨念すら感じられる。
「……何なの、この落書き。一部お祝いの言葉もあるけどさ………」
呆然と呟く校長の横で、教頭がテーブルから『ジャンプスクエア』を取り上げる。
「でもよかったよ、これだけは無事で」
「だから貸すって、WJ」
自分の破壊活動が確実に校内の雰囲気を変えている、という手応えを感じていた。
「くくく……」
静かに笑う男は今、暗いトイレの中にいる。
個室の便器にまたがり、現在排便中だ。
まだまだだ……と男は思う。
男は用を足し、便器から腰を上げた。
そして流さずにトイレを出た。
男は廊下を進み、理科準備室のある校舎に向かっていった。
「やっぱりおかしいぜ、今年の文化祭は……」
土方十四郎は呟いた。
場所は生徒会室。
現在、生徒会と風紀委員会の合同で捜査している。
生徒会室を臨時の集会所として使っているのだ。
校内各所に飛ばしていた風紀委員達が、続々と戻って来る。
報告によると──
校内のトイレにて、赤いペンキが散布されるという被害が五件。
雑踏の中、制服にインクをかけられるという被害が七件。
同様に制服が鋭利な刃物によって切り裂かれるという被害が四件。
財布などの所持品が盗まれるという被害が八件。
そして今また、一人の風紀委員が生徒会室に駆け込み、緊迫した声で告げる。
「事件です!ここの一階のトイレで流されないまま放置されているウンコが──!!」
「なんだとぉ!!」
沖田総悟が机を叩いて立ち上がる。
「で、大きさは?」
「詳しく聞くな!!」
土方は沖田に怒鳴ると、「流しとけ!」と風紀委員に命じる。
「でも、現場保存は……」
「しなくていい!!」
と、沖田の言葉に、土方がさらに怒声を膨らませていると、生徒会長の喜久井遥と会談していた近藤勲が、おもむろに口を開く。
「それにしても、酷すぎるんじゃねーか?この被害件数は」
言いながら、近藤の制服にはインクに加えて、無数の鋭い切れ込みが入っている。
「ま、アンタ一人で二件分なんだけどな、被害件数のうち」
土方は軽い頭痛を覚えながら言った。
しかし、この件数は確かに異常だ。
最初の被害報告のあと、風紀委員会は校内の巡回体制を強化した。
だが、被害は止まる処か件数を増やしていったのだ。
それも短時間のうちに。
沖田が呟く。
「敵も複数なんすかねぇ?」
「そりゃそうだろ。こんだけの件数だぞ」
沖田にそう返すと、土方は近藤の方を向く。
「とにかく委員長、ここは人員を増強したほうが良いぜ」
「増強たってお前、今だってもういっぱいいっぱいじゃねえか」
「そりゃ分かってるけどよ、今は非常事態だし……」
そこで沖田が思い付いたように言った。
「委員長、こうなったら、あの人に頼みますか?」
「あの人?」
「この学校で、頭が良くて腕のたつ、しかも文化祭の日に一番ヒマしてるのって、あの人ぐらいでしょう?」
さして期待していないような口調で沖田は続けた。
「ま、猫の手よりゃ役に立つんじゃないすかね」
二年六組の教室。
垣根帝督が適当にでっちあげたクラスの製作課題『丸ビル』が捨て去られた今、ここはただの教室だ。
当然、見学者は皆無だ。
今ここは明日行う『メイド&執事喫茶』の準備をしている。
垣根帝督は機材や備品の搬入をさせられていた。
が、すぐにサボり始め、椅子に腰掛けて机の上に足を投げ出している。
アリサやなのはの文句を無視していたら、数人の生徒たちが集まってきた。
「とにかく、今年の文化祭は変なんだよ!!妙な奴が学校中で悪さしてんだ!!」
「そーなんだよ!僕の財布も盗まれちゃったみたいだし」
近藤の訴えに志村も続く。
垣根は興味なさそうに言った。
「あのな、財布だのペンキだのウンコだの言われてもよぉ、俺関係ねえだろうが。何で俺に言う訳?」
突き放したような口調に皆、一瞬口ごもる。
「でも、垣根くん。少しは犯人探しに協力しても良いんじゃないかな?」
なのはが言う。
「嫌だ」
「即答!?」
彼女は思わずたじろぐ。
近藤が食い下がる。
「でもよぉ、実際六組の生徒も被害に遭ってんだぜ」
「特にテメェが先頭きってな」
と、冷静に返す垣根。
「守るほどのもんかよ?文化祭なんざ」
彼は一片の温かみの無い声で言い放つ。さらに続ける。
「面倒臭いっつってんだ」
「面倒かどうかはこの際関係ないでしょ!!」
フェイト・T・ハラオウンが声を荒げる。
「この学校で、今つらい目にあってる人がいるんだよ!?悪党が紛れ込んでるんだよ、それを何とも思わないの!?」
だが、垣根の心は動かない。
「知ったこっちゃねーよ。それに、文化祭なんかやるから、文化祭なんかに来るから、そういう目に遭うっつー見方もできるぜ。違うか?」
垣根は片眉を上げて屁理屈を言う。
「つ、冷たいよ……」
高町なのははかぶりを振る。
「何なの、その冷たさは……」
「何と言われようが、知ったこっちゃねえっつってんだよ」
「そこまで文化祭が嫌いかね?」
校長と教頭がやってきた。
教頭は今度は『最強ジャンプ』を小脇に抱えている。
「またアンタ等ですか」
垣根は冷えた声で言う。
「垣根君、ここに来る途中に風紀委員の生徒から聞いたんだが、文化祭を妨害しようとしとる輩がおるらしいね」
「だから?」
「君が関係ないとも言い切れんのじゃないか?」
校長は細い目を光らせた。
「どういう意味すか?」
「今しがた、校長室に賊が入った」
賊ぅ!? と生徒たちが驚くが、垣根帝督は無反応だった。
「校長室の壁にスプレーで、─文化祭なんかやめちまえ、てな落書きがされていてな。どうやら犯人は極度の文化祭嫌いらしい。ちなみに坂田先生ではなかった……」
そう言って、校長は意味深に言葉を切った。
「何が言いたい?」
垣根はジロリと校長を身ながら、声のトーンを変えずに言った。
「だから、お前が落書きしたんじゃねーのかって事」
教頭が『最強ジャンプ』を読みながらサラリと言った。
「イヤ、包めよ、オブラートに!!わしが遠回しに言った意味ないじゃん!!だいたいおめー、ジジイが児童向けのジャンプ読んでんじゃねーよ!!」
「だったらジジイ向けのジャンプも作ってくださいよ!!」
「どういう逆ギレ!?てか、ねーだろ、ジジイ向けのジャンプなんて!!」
校長がツッコんだところで垣根が口を挟む。
「『週刊少年ジャンプ』じゃなくて『納棺昇天ジャンプ』とか?」
「こえーよ!!読んだら死ねってこと!?」
校長がツッコんだあと、
「とにかくよ、犯人は文化祭嫌いなんだろ?だったら文化祭が終わりゃ騒動も終わるんじゃねえの?」
垣根から発せられたその言葉は最後通牒のように一同に響いた。
「……もうええ、最初から帝督くんに普通に頼み込むんが間違いだったんや」
はやてが静かに言う。そして、
「なのはちゃん、フェイトちゃん、アリサちゃん、すずかちゃん、手伝うてや」
「「「「うん」」」」
次の瞬間、垣根帝督の右肩をなのはが、左肩をフェイトが、まるで犯罪者を連行するように抱える。
「……え?何してんのお前等」
垣根の問いには答えず、アリサとすずかが彼の足を担ぎ上げて連行する。
はやてが言う。
「せやから、強制的に犯人探しに協力してもらうで♪」
「はあ!?おい、コラ!放せテメェ等!!」
こうして垣根帝督は文化祭デストロイヤー駆逐のために、駆り出されたのであった。
校内の廊下を不機嫌そうな顔で歩く少年、垣根帝督。
彼の後ろには高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて、アリサ・バニングス、月村すずか、生徒会長の喜久井遥が歩いている。
赤城咲耶も垣根に同行したがったが、危険だと判断したため生徒会室で待機となった。
「チッ、何でこの俺が文化祭荒らしの駆逐をしなきゃならねえんだよ」
彼は舌打ち混じりに呟く。
それに対してアリサが溜め息をつきながら答えた。
「アンタ前半ふざけ倒すわ、クラス展示に空き缶置くわ、今回は不真面目過ぎよ。少しは働きなさい。明日の『メイド・執事喫茶』も手伝ってもらうからね」
「マジかよ……」
垣根はうんざりしたように言いながら廊下を進んでいく。
一行が廊下から校舎の外に出て、捜査を続ける。
途中で風紀委員会の土方十四郎と近藤勲の二人と合流する。
そして体育館の裏側に差し掛かったところで、怪しい影が見えた。
そこには、一人の男の姿があった。キャップを目深にかぶり、ジャンパーを着て、リュックを背負ったその男は、手に消火器を持っている。
「あの、すみません。そこで何をしているんですか?あと何で消火器なんか_?」
不審に思ったなのはが、男に声をかけながら近づいていく。
だが彼女が言い終わる前に、男は一行に向かってノズルを向け、一気に消火剤を噴射した。
「「「「「きゃあ!?」」」」
「「「なっ!?」」」
全員が一瞬怯んだ隙に、男は消火剤を床に叩き捨ててなのはに詰めよった。
その動きは機敏で容赦がなかった。
「なのは!?」
ようやくの事でフェイトが叫んだ時には、もう遅かった。
男の腕になのはの体は絡めとられていた。
「な、何を!?」
となのはが叫ぶ。
「うるせーっ!!」
と、ここで初めて男が声を出した。
何かに対する怒りと憎しみで、男の声はひび割れていた。
男はその一喝でなのはの悲鳴を封じると、垣根帝督ら一行に向かって叫んだ。
「理事長か生徒会長を呼べ!!」
そこへ風紀委員の二人がズイと前に出た。
そして土方十四郎が男に向かって怒鳴る。
「おい、なにモンだてめーは!!」
「うるせーっ!!ただの生徒にゃ用はねーんだっ!!理事長か生徒会長を呼べっつってんだよ!!」
「理事長や生徒会長じゃなくて委員長ではどうか!?」
と、近藤勲が一歩前に出る。
「いらねーっつってんだろ!!別に『長』がついてるヤツだったら誰でもいいとかそんなんじゃねーんだ!!」
男は怒りに満ちた声で丁寧にツッコんだ。
さて、どうしたものかと。
垣根帝督は思考する。
そこへ風紀委員の二人の前に生徒会長の喜久井遥が前に進み出た。
そして怯む事なく言う。
「私が生徒会長です。貴方、何が目的ですか?」
キャップの庇の下で目を光らせ、男は言った。
「俺の目的は一つだ。文化祭を廃止にするんだ。来年以降、未来永劫な。それを、あんたが理事長とかけあって決定しろ。今の生徒会長が大きな発言力を持ってんのは解ってんだ」
その瞬間、この場にいる今回の騒動を知る全ての人間が悟った。
こいつだ。
今日、校内に悪意をばらまいていたのはこの男だったのだ。
トイレにペンキをぶちまけ、生徒の制服を汚し、切り裂き、スリ行為を働いていたこの男は、自分の破壊活動の仕上げとして、大通りで暴れるはすだったのだ。
しかしその前に垣根達に見付かってしまった訳だが。
「文化祭を廃止って、何でそんな事しなければならないのですか?」
喜久井遥生徒会長は男を鋭く見据えて言い返した。
「つまんねーからだよ、文化祭が」
低く言った男の声は、先ほど聞いた垣根帝督の声のトーンに近いものがあった。
本当に嫌いなんだ。
この男、文化祭が……。と、フェイトはその事を思い知る。
「廃止だ!!とにかく文化祭廃止!!それを確定事項として理事長に掛け合え!!」
言って男は、生徒会長に指を突きつけた。
しかし彼女は臆せずに、
「お断りします!そのようなこと、貴方のような賊に命令されてする訳がありません!」
生徒会長の声は鋭かった。
その声の効果は、周りのアリサ・バニングス達にも波及し、彼女達も口々に声が起きた。
その声に男が忌々しそうに反応する。
「うるせーんだよ!!愚民どもが!!」
「誰がグミだコノヤロー!!」
と、近藤がズレた事を言い、
「グミじゃねえ、愚民だ。あんたに果汁はねえ」
土方が訂正するという不毛なやりとりのあと、男は続けた。
「そうやって、てめーらがテンション高くすんのがうぜーんだよ。何が文化祭だ。いいからさっさと廃止しろや」
「お断りします!!」
生徒会長の返事は変わらない。
すると、男は口元が醜く歪んだ。
「いいや、お前は断れない」
言うと、男はリュックのサイドポケットから、何か液体の入ったビンを取り出した。
そのビンをなのはの顔のそばに持っていきながら、男は勝ち誇ったように続けた。
「塩酸だ。さっき理科準備室から盗んでおいた」
ザワリ!と、場の空気に緊張が走った。
「生徒会長、おまえが文化祭廃止をさせないなら、俺はこの塩酸をこの女にかけるぜ」
「……汚い人ですね」
彼女は言って、忌々しそうに下唇を噛んだ。
「……で、要するにテメェは文化祭を廃止させたい訳だな?」
垣根帝督はここにきてようやく口を開いた。
「そうだ。こんなクソみてーなイベント、もう二度とさせねーようにな」
垣根は薄く笑う。
「ほう、俺やウチの担任と話が合いそうだな」
そう言うと、彼はそばにいる生徒会長に顔を向けた。
「て事で廃止にならんかね?生徒会長」
「どっちの味方なんですか!?貴方は!!」
生徒会長がブチ切れる。
垣根は、ま、そりゃそうか、と小さく呟いて男に向き直る。
「つーか、俺としては文化祭だかボンカレーだか、そんなもんがどうなろうが、知ったこっちゃねえんだ」
「帝督くん、その二つ結構遠いで」
と、はやてのツッコミ。
垣根は続ける。
「でも、高町は離してもらうぜ。ソイツは一応俺のダチなんでな。ソイツが可哀想な目に遭うと、俺も寝覚め悪いんだよ」
「だったら、てめーからも生徒会長に言って、文化祭を廃止させろ」
男は言いながら垣根の隣にいる生徒会長へ顎をしゃくる。
とにかくその一点は譲れない、という気迫と覚悟が男には満ちていた。
「文化祭なんてモンはな、続けたってなんも良いことなんかありゃしねーんだ」
男は吐き捨てるように言った。
「遅くまで残って何か作るのって楽しいよね、みたいにはしゃぐヤツとかムカつくしよ、それを微笑ましく見つめる教師にも腹が立つしよ、文化祭みてーなイベント、存在してること自体が害悪じゃねーか」
「はん、どっかのアンニュイ教師みてえなこと言ってるぜ」
垣根は小さく笑うと、再び生徒会長に顔を向ける。
「てな訳で生徒会長、廃―」
「だからどちらの味方なんですか!!」
と、当然のように生徒会長は繰り返す。
そこへ月村すずかが口をはさんだ。
「貴方が文化祭が嫌いなのは分かりました。でも、理由は何ですか?」
「理由?」
男の目がキュッと細くなる。
「貴方がここまで文化祭を憎む理由ですよ」
すずかの問いは、男の気持ちのどこかを刺激したらしい。
「じゃー聞かせてやる……」
男は低い声音で話始めた。
「俺はもともと文化祭が嫌いでもなかった。いや、どっちかっつーと好きだったんだ。十五年前、俺が中学二年のときだ。俺のクラスは文化祭でトーテムポールを作ることになった。今思えばガラクタみてーな展示品よ。だが、そんな事はどーでもよかった。皆で放課後残って、何か作るってのが楽しかったんだ。そのときはまだ俺もそういう事が楽しめる男だった」
男は遠い目をしていた。
が、高町なのはに回した腕には油断なく力が込められている。
「……その課題を作る課程で、俺はクラスメイトの女子に恋をした。分かるだろ?文化祭の準備をしながら、普段あんま口聞かねー女子と話す機会が増えて、あれ?よく見たらこいつ結構可愛いじゃん、てか、妙に優しくね?みたいな気持ちになる事が。………俺もそれだったんだよ。それで一人の女子に惚れちまった」
皆は黙って聞いている。
「けどな、そこが大きな落とし穴だったんだ!!」
男の目がクワッと見開かれた。
「俺は文化祭の翌日、その女に告白した!けど、あっさりフラれた!ごめんね、貴方の事はクラスメイトの一人としか思ってないの……ってふざけんなコルァ!!じゃ、どーして俺に笑顔を向けた?どーして俺に優しくした?その気もねーのに優しくすんじゃねーよ!!告白した俺がバカみてーじゃん!!てか、俺だって文化祭の準備でテンション高くなかったら、テメーみてーな女に引っ掛かることもなかったじゃん!!俺のバカ!!文化祭のバカ!!」
そこまで一気に捲し立てると、呼吸を静めてから男は続けた。
「……そういう事が中三や高校でもあったんだよ」
と、オチがつき、男の独白が終わった。
その場の空気が、何とも言えないものに変わっていた。
うまくは言えないが、………ミステリーかと思ったらホラーでした、みたいな、いや違うか、つまり、その、暑い語り口のわりに、言ってることは馬鹿馬鹿しいじゃんみたいな、そういうドッチラケ感が、周囲に漂い始めている。
結局のところ、文化祭でフラれ続けた男の八つ当たり………といったところなのだろう。
すずかがさらに問いかける。
「もう一つ聞かせてください。何で聖祥なんですか?文化祭なんて、どこの学校でもやってます。なんでこの学校に目をつけたんですか?」
「決まってんだろ!俺がここのOBだからだよ!!」
はやてが男に言う。
「まあ、アンタの事情は分かったで。そやかて、何も今になって御礼参りに来んでもええやん」
男は少しだけうつむいた。
「………我慢してたんだ。卒業後の数年間、俺は悲しい思い出に耐え続けた。毎年文化祭の時期には、腸が煮えくり返る思いだった。今年も俺みてーに文化祭の熱に浮かされて、悲しい思いをするヤツがいるんじゃねーか……逆に、カップル成立して喜んでるドクサレ野郎もいるんじゃねーか………って、この数年間、俺の心は荒れ狂ってたんだよ」
そのストレスが、今日この日に爆発した、という事なのだろう。
しかし、誰一人この男に同情などできなかった。
関係無いのだ。
男が文化祭の日にフラれた事と、今年文化祭をやっている彼等とは。
「関係無いじゃない!!」
と、アリサの気持ちは声となって飛び出した。
「アンタの過去と、あたし達は関係無いじゃないの!!」
それに対して男は唾を飛ばしてわめく。
「うるせーっ!!文化祭は悪だ!!廃止するのが一番なんだよ!!さっさと廃止しろや!!さもねーとこの女の顔に―!!」
男は言いながら、塩酸をなのはの顔のそばに持っていく。
なのはの口から短い悲鳴がもれる。
この場にいる者達に、改めて動揺が走る。
不意に垣根帝督が足で地面を蹴り、それと同時に能力を利用して自分自身の背中に衝撃波を当てて、ロケットのように前進した。
一気に男との距離をつめたと思う前に、
ゴンッ!!
と、彼は右腕で男の顔を殴り付けた。
「ぐ!?」
男が衝撃と痛覚に怯んだ隙に、垣根はビンを手から蹴り飛ばし、更になのはを引ったくる。
そして今度は左腕で男の鳩尾を思い切り殴る。
間髪いれずに脇腹を蹴りあげ、男は激痛に耐えられず地面に仰向けに倒れた。
垣根は小脇に抱えていたなのはを下ろすと、容赦も躊躇もなく起き上がろうとした男の胸部を思い切り踏みつけ、地面に縫い止めた。
「俺は別に、テメェが文化祭嫌いだろうが、騒動起こそうが、どんな事情や理由があろうが、そんなもん心の底からどうでも良いんだよ。文化祭もテメェも知ったこっちゃねえ」
「な、だったら邪魔すんじゃねーよ!!」
「肝心なのは、テメェみてえな三下のクソ野郎がこんな騒動起こしたせいで、この俺が駆り出されて余計な体力使わせやがった事だ」
彼は、自分の右足に体重をかけながら不機嫌そうに、くだらなさそうに続ける。
「ただでさえ文化祭なんざ面倒臭せえと思ってんのに、余計に面倒臭い思いさせられてスゲェムカついてんだ」
垣根は腰をおろして男に向かって拳を振りかぶる。
「だから憂さ晴らしに殴らせろや」
「ふざけんな!!そんな自分勝手な理由でーッ!?」
「テメェだって自分勝手な理由で騒ぎ起こしただろうが。文句言える立場だと思ってんのかクソボケ」
言うと、返事を待たずに拳を振り下ろした。
ぎゃあああああああああーーッ!!!
男の悲鳴と打撃音が響いた。
青アザ、タンコブ、脱臼等の重軽傷を負った文化祭デストロイヤーは警察につき出され、そのまま病院送りとなった。
ちなみにケガを負わせた垣根帝督については正当防衛をごり押しして、無理矢理押し通した。
騒ぎそのものは表面化する事なく、体育館裏でのみの騒ぎとなった。
そして翌日、二年六組では『メイド&執事喫茶』が開かれていた。
クラスの女子生徒はメイドに、男子生徒は執事に、それぞれ扮している。
その中には垣根帝督の姿もあった。
営業スマイルが若干ひきつっているのは、怒りを我慢しているせいだろう。
難癖や営業妨害のクレーマーが出たら、垣根が彼等の首根っこを摘まんで引きずっていき、地獄という事務所に連れていかれた。
ちなみに当番が終わったのちは、なのは達と校内を回ったり、来場していたヴォルケンズの案内をはやてとやらされたり、リインの子守を押し付けられたりと色々あった。
申し訳ないが詳細はご想像にお任せする。
ちなみに面倒臭い、疲れた、という理由で後夜祭はサボった。