赫星の先へ   作:大挑発

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魔王なのか死神なのかはっきりしろ


魔王、あるいは死神。Ⅱ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その女は、まさに天才だった。

 

あらゆる武器を数十年技を磨いた達人の如き精度で扱って見せ、どんなモンスターでも卓越した観察眼で動きを見切り、圧倒的な手数で斬り伏せる。

 

金髪に碧眼なんていうとても目立つ美少女なこともあり、神童なんて呼ばれて持て囃されていた。

……のはもう5年も前になってしまったが、その技術は衰えるどころか更に進化を重ね、歴戦の狩人をものともしない大物ハンターに成り上がっていた。

 

『二つ名持ち』と呼ばれる特殊個体の討伐実績の大半はレインによるものであり、一人一人が英雄級と称されるG級ハンターの中でも期待の新星として高く評価されている。

 

……そんなハンターに私は今———

 

 

「ローラさ〜ん?」

 

……怒られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フライパンの上で炒められているかのように暑い砂地を急いで後にして、私たちは地底湖を目指した。

 

外の砂地とは正反対、打って変わって極寒の地。

温度差で身体がどうにかなってしまいそうだが、幸いハンターにはホットドリンクなんていう便利なアイテムがある。

 

……まあ忘れてしまったのだが。

 

「私は貴女の保護者ではありませんし、アイテムにだって限りがあるんですからちゃんと自分で持ってきてください!」

 

「わかったわかった!わかったから!」

 

「わかってないから言ってるんでしょうが!何回目ですかこれ!」

 

修羅の如く顔を真っ赤にして怒るレイン。

何度目なのかはもう数えるのをやめてしまったのでわからないが。

 

記憶力が弱いという訳でも無いというのに何故か忘れてしまうのだから仕方ない。

或いは無くても倒せるからいらないなんていう慢心も甚だしい考えが心の奥底に眠っているのかもしれない。

 

実際、ドリンクがあろうがなかろうが負ける気はしないが。

 

「ぷはぁ。サンキューな!」

 

「何をいい笑顔で……全くもう」

 

これ見よがしに大きく溜息をつくと、もう諦めたのか武器の手入れとアイテムの整理をするべく背を向けてしまった。

 

簡単に言えばこいつはマメなのだ。

どんな弱いモンスター相手にでも決して対策を怠らない。

二つ名を倒して得た装備の数々から有利なものを選び、対策となるアイテムを持ち込み、回復用アイテムなんか普通なら10あればいいところをこいつは20持ち込んでくる。

 

私なら回復アイテムなんか忘れたところでどうとも思わない……何な事を口に出したら説教が1時間伸びることになってしまうだろうが。

 

だが、だからこそこいつは強い。

 

不確定要素を極限まで取り除き、敵の持つ手段の尽くを対策し、こちらの最善手を一方的に叩き込む。

勝つべくして勝つのがこいつの戦いだ。

 

故にクエスト失敗の経験は一度もなく、『不敗の狩人』なんて二つ名をつけられたこともある。

私でさえ最初の最初は何度もクエスト失敗を経験しているのだから、こいつが天才と呼ばれる所以がわかる。

 

 

実のところ、私の戦いはこいつに影響されている部分が多々ある。

『エリアル』の技巧は元はと言えばこいつから盗んだものだし、力に任せて押し切る戦法しか無かった私が更に効率よく狩れるようになったのはこいつのおかげでもある。

 

……少し口うるさいのが玉に瑕だが。

まるで怒った時のラネルみたいで少し苦手だった。

 

 

外の熱でぐにゃぐにゃに変形してボルボロスの泥のような感触になった携帯食料を適当に喉に突っ込みながら双剣に砥石を入れているレインを眺める。

不味い。

 

白疾風も金雷公も私と2人で狩ったものだった筈だが、レインは覚えているだろうか。

 

 

困難な道だったからこそ、達成した時のあいつの喜び様は半端じゃなかったが、後々恥ずかしくなっていたらしい。

喜び過ぎて私に抱きつくぐらいだったから相当我を忘れていたのだろう。

以外と可愛いところもあるのだ、こいつは。

 

 

何て下らない思い出に浸っていると、準備を終えたらしいレインが外していた頭装備を装着しながら振り返った。

 

 

「……何をさっきからジロジロ見てんですか」

 

「……ちょっとお前の事を考えてたんだよ」

 

バレてた。

さっきの意趣返しも含めて誤魔化したけど、正直苦しい。

可愛いところもあるのだ、なんて考えてたことを正直に本人に言うのは流石の私もハードルが高い。

 

「……貴女もしかして私の事大好きですか?そんなことよりそっちの準備はできてるんでしょうね?」

 

意趣返し返しで流された上に攻撃の口実を与えてしまった。

私もまだまだ甘い……。

 

 

「いくら大剣の手数が少なくても砥石使うぐらいはやっておいてください。ランバーさんがいつも私に愚痴ってくるんですから、しっかりしてください」

 

「あの野郎ヘラヘラした顔しながら裏では陰口言ってんのかよ……」

 

ランバーはこの骸装甲とコルレオニスを作った加工屋である。

ライズのバルク装備も、ラネルのネセト装備もあいつが作ったらしい。

 

その馴染みなのかラネルが持っていた素材を用いてこの鎧を作ったらしいのだが……正直趣味が悪いと言わざるを得ない。

 

こんな骨の化け物みたいな見た目のせいで私は魔王だの死神だのと呼ばれているのだから、文句の一つも言ってみたくなる。

 

性能に文句は無いのだが、いかんせん機能性と外見が噛み合わない。

 

「そんなことより、燼滅刃が死んだことで離れていたイビルジョーが戻ってくる可能性が高いです。鎧裂との戦闘中に乱入されても厄介ですから、早急に倒す必要があります」

 

そんなことよりってお前が始めた話じゃないか……なんて文句は飲み込んで頷いた。

 

イビルジョー飢餓は通常の個体より歳を取って力を蓄えた強力な個体、ついでに言えば飢えのせいでなり振り構わず捕食を行う。

燼滅刃の血の臭いを嗅ぎつければ全速力でこちらに向かうだろう。

 

鎧裂を食ってくれるのなら好都合だが、その次に標的になるのは当然私たちだ。

最悪、同時に相手することもあり得る以上はレインの意見が正しいだろう。

 

どちらにせよ燼滅刃の死体を喰いに戻ってくるだろうことは間違いないのだから、鎧裂を片付けてから待ち構える方が体力的にも精神的にも易しいのではないか。

 

勝手に争ってくれるならそれに越した事はないが、鎧裂もそう簡単に喰われてはくれないだろうし。

 

何よりモンスター同士の戦闘は人対モンスターのそれとは一線を画する。

もし巻き込まれれば私でも五体満足でいられる自信はない。

 

「鎧裂ショウグンギザミは、グラビモスの頭殻を纏っている時はブレスを多用します。背後に隙は無いものと思ってください」

 

「わかってるよ。一回狩ったことあるだろ」

 

「……ディノバルドの頭殻を纏っている時は鎌に注意してください。文字通り()ごと斬り()かれますから」

 

「……はい」

 

「わかればよろしい」

 

有無を言わさぬ迫力に押されてしまう。

やっぱりこいつはラネルと似ている。

 

「私の双剣は雷属性なので鎧裂に有効です。基本的には私が正面から攻めますので貴女は隙を見てその無駄にバカでかい剣で叩いてください」

 

なんか最後の方雑じゃなかった?何て言葉は不味い携帯食料ごと噛み潰した。

こいつなりに少しぐらい緊張や焦りがあるのかもしれない。

いくらG級ハンターでも二つ名複数頭に加えてイビルジョー飢餓の狩猟なんて経験は早々無いのだから当然と言えば当然ではあるが。

 

「幸い、鎧裂は他と比べて打たれ強いモンスターではありませんから、出来る限り速攻で行きます」

 

「了解だ。速攻で行けばいいんだな」

 

「……また何か良からぬことを考えていませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……来ました!」

 

携帯食料最後の一本に手をつけようとした時、レインが囁いた。

 

地底洞窟で若干の寒さを堪えながら待ち伏せすること10分程、暗闇の中からノソノソとした動きで鎧裂ショウグンギザミが姿を現した。

 

背には鎧竜グラビモスの頭殻。

作戦通りに行くなら背中に立つのは得策ではない。

 

私とレインは即座に駆け出して、待ち伏せていた高台から身を躍らせた。

鎧裂は地面をつついて何かを食べている。

 

着地。

距離は約15m。

鎧裂はこちらに背を向け、未だ接近には気付かない。

 

レインは無言で頷くと極限まで音を消した上で駆け出した。

無防備な背中を踏み台にして肉質が柔らかい前面を攻めようというのだろう。

そして燼滅刃の時同様、隙を見せた鎧裂に私の一撃で大打撃を与える。

それが事前に説明された作戦だった。

 

作戦に従い、私もそれを追って駆け出して———

 

 

「———っ止まれ!!」

 

思わず大声で叫んだ。

洞窟内に響き渡るその声は当然鎧裂の聴覚にも届く筈だ。

ビクリとレインの体が反応して、反射で足にブレーキがかかった。

 

ただの勘だった。

だが私の勘は昔からよく当たる。

 

 

だからこそ発見される危険を犯してまで叫んだ。

……いいや、ヤツはもう既に———

 

 

「っまさか!?」

 

———私たちに気がついている(・・・・・・・・・・・)

 

『奴の背後に隙など無い』と言ったレインですら想像しえない高い知能。

鎧裂はしてやったりとばかりに一声鳴くと、容赦なく高圧水流のブレスを背の頭骨の口から放った。

 

飛竜のブレスにも劣らない威力のそれはレインの左胸を狙って、寸分違わず放たれた。

 

全力で駆け付けた私はレインを突き飛ばして自分も伏せることで寸前の死を回避した。

掠った水流が鎧の端を少しだけ削り取った。

 

「まだだ!」

 

躱した———そう思ったのも束の間、顔を上げれば既にブレスのチャージを終えた鎧裂が頭骨を高く掲げてこちらを狙っていた。

 

必死で起き上がった私たちは反射的に二方向に散った。

ブレスの精度はかつて戦った鎧裂とは比べ物にならない、となれば悠長に寝転がっている場合では無い。

 

 

一瞬の猶予の後、鎧裂が狙ったのは私だった。

あの高速無比の水流の前には間合いも防御も意味がない。

 

———ならば、死中に活を見出すまで。

 

 

振り下ろされる頭骨を前に、私は地面を強く蹴り、放たれるブレスに突き進むように前進した。

 

放たれる死の水撃。

それは死の一瞬に自ら踏み込んだ私に、当然の如く齎される死神の鎌。

 

だが、『死神の鎌』ならば私も持っている。

 

それが放たれる直前、私は加速した。

重力のままに身体を倒れさせ、その勢いのまま一歩で長距離を奔る。

『縮地』と呼ばれる特殊な歩法の猿真似ではあるが、その効果は充分だった。

 

一瞬前の私に放たれた水流は、大きく狙いを外れて地面を穿った。

 

鎧裂のブレスはグラビモスの頭骨から発射される。

簡単な話だ。

 

それが放たれる瞬間に発射口の直線上にいなければ、当たる筈がない!

 

回避と同時に急接近した私に、鎧裂は狼狽えもせずに次の手を打った。

ブレスの放出を止めぬまま、身体をグルリと回して無理やり軌道を修正したのだ。

 

回避した筈の死が、再び私の前に立ちはだかった。

先程までとは違い、ブレスは既に放たれている(・・・・・・・・)

 

薙ぎ払うように襲う水流は容易に私を両断することだろう。

 

———それで死ぬぐらいなら今ここに私はいない!

 

襲い来る死に立ち向かいながら、自らの心に喝を入れる。

右側から岩の地面を削り取りながら迫るブレスに対して、私は左に走った。

 

鎧裂は高い適応能力によって火山などの高温地帯、沼地の洞窟や今まさに私たちが戦う地底湖などの寒冷地帯にも適応する。

 

だが、環境を利用するのはお前だけではない!

 

ブレスが両脚を穿つその一瞬前、私は再び地面を蹴った。

跳んだ先にあったのは聳え立つ天然の岩壁。

 

ここは洞窟。

燼滅刃と戦った平地とは違って、立体的な動きも無理やりにとはいえ可能となる。

 

またも狙いを外した鎧裂に次こそ反撃すべく、私は岩壁を蹴り付けてブレスを撃ち終えた鎧裂を見下ろした。

三角跳びの要領で鎧裂の上を取った私は、巨剣に手をかけた。

 

いくら知能が高くても攻撃の後は隙ができる。

私は満を辞して白骸の巨剣を抜き放つ。

 

「はあッ!!」

 

 

抜刀の勢いのまま全力で振り下ろす。

否、身体ごと1回転する程の力で鎧竜の頭骨を削り取る(・・・・)

 

『ムーンブレイク』。

全力の一撃は頭骨の端だけではあるが破片を撒き散らせながら削り取り、その威力の程を存分に見せつけた。

 

着地と同時、反動で腕に若干の痛みが走る。

だが、休んでいる暇は無い。

 

『二つ名』を持つモンスターを相手にするなら、一瞬の隙さえ攻撃に費やす程の覚悟を持たなければ、数分とその眼前に立つことはできない。

 

コルレオニスを背負い直す暇すら惜しんで私は再び宙に身を躍らせた。

危険など知ったことかとブレスの発射口を蹴って跳躍。

構えた大剣を寸分違わず【ムーンブレイク】で付けたヒビを広げるように叩きつける。

 

鎧裂も思わず悲鳴を上げて、今度は両の鎌を、回転しながら足元を薙ぎ払うように振るってきた。

 

着地の隙を刈られてはどうしようも無い。

反射的に構えた大剣に強い衝撃が走り、私は後退を余儀なくされた。

 

鎧裂は勝ち誇ったような鳴き声を上げると、再びブレスを放とうと背を向ける。

 

私は口の端を吊り上げた。

お前は一つ忘れている。

 

 

 

 

敵は———

 

 

 

 

「甘い」

 

 

 

 

 

———私だけではない。

 

 

 

 

 

 

 

再び放たれようとしたブレスを、金の双刃が遮った。

怒涛の連撃が鎧裂の無駄に多い脚に咲き乱れ、その機能を削ぎ落としていく。

 

レインだ。

私と鎧裂の攻防でできた僅かな隙に割り込んで(・・・・・)お得意の超高速攻撃を見舞っているのだ。

 

目にも止まらぬ乱撃が鎧裂の足元を切り刻み、狂ったように発光する雷撃が内部をも焼く。

 

普段の彼女からは考えられないほど、攻撃の数々は獰猛で残虐だった。

 

『獣宿し【餓狼】』。

 

破壊衝動に身を任せ、身体のリミッターを解除。

放たれる斬撃はまるで餓狼の様な獰猛さで敵を喰らい尽くす。

 

赤黒いオーラが立ち上って見えるほどにその表情は残虐そのものだった。

 

凄まじい攻撃に思わず悲鳴を上げて転倒した鎧裂。

もがき苦しむ鎧裂の顔面を、不敗の狩人は容赦なく切り刻んでいく。

 

負けてはいられないと、私も大剣を背負い直して駆け出した———その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『———!!!!!!』

 

 

ゾクリと悪寒が走った。

幼い頃以来、久しく味わったことのないこの感覚。

心臓が握り潰されるような、背筋に刃物を滑らされるような、そんな恐怖が爆音に変わって洞窟の外から(・・・・・・)響き渡った。

 

思わず硬直した身体。

 

 

知らない筈の光景が、頭に流れ込んでくる。

まるでそこにいるかのような現実感が全身から汗を吹き出させるような恐怖となって私を苛むのだ。

 

 

灼熱の空の下。

果てなく続く大地の向こう。

それはいた。

 

 

蒼い甲殻に覆われた巨大な身体。

天を衝くかのように伸びる異形の角。

この世の全てを焼き尽くさんばかりの憤怒の咆哮。

全身に走るヒビが入ったような太い血管が、燃える血潮で赫く染まっていき、修羅の如き形相でその角を振りかざす。

 

進撃、蹂躙、駆逐、侵略、激昂。

———鏖殺。

 

 

思わず振り返った先には当然何もいない。

鎧裂にもレインにも反応はない。

 

この場で唯一私だけが感じ取った異変。

異常に鋭い勘が齎した死のビジョン。

 

吹き出した汗が地底湖の寒さに熱を奪われて、急速に体温を下げていく。

鎧の下で耐寒効果を得ていた筈の体が冷たく固まっていく———。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ローラ!」

 

もがき苦しんでいた鎧裂は早くも起き上がり、レインも獣宿しを解除して距離を取っていた。

 

「何をしているんですか!ローラ!」

 

呆けていた私に今度はレインから大声が飛んだ。

いつの間にか私に背を向けていた鎧裂が懲りずにブレスを放ったのだ。

 

依然、命中すれば即死は免れない威力。

脳天を狙って放たれたそれを、屈むことで回避する。

 

当然、そのまま振り下ろされれば私は物言わぬ肉塊に変わるだろうが、そう簡単に死んでやるつもりもない。

 

振り下ろされた水流を横に転がって回避。

そのまま薙ぎ払われた水流も子供の縄遊びの様に飛び越えて回避。

 

その隙を見逃さず、一歩で鎧裂の背後に肉薄。

双刃に砥石をかけるレインを横目に見ながら抜刀。

集中。

 

獣の如き闘争心に身を任せ、半ば殴りつける様に大剣を振るう。

私の攻撃によるヒビはブレスの衝撃でも広がっていた。

 

「あああッ!!!」

 

『獣宿し【獅子】』。

 

炸裂。

三度走る衝撃。

 

恐怖に足を止められた苛立ちと怒りを込めて叫ぶ。

王者の一撃は欠けた頭骨に完全にトドメを刺した。

 

ビシビシと派手な音を立てて崩れ落ちる鎧竜の頭骨。

必死に私から離れて弱点が晒された背中を守る鎧裂。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

流石の私もこの短時間に2度の狩技は中々堪える。

だがこれぐらいが丁度いい。

 

怠けた脚に活を入れ、呆けた頭に血潮を走らせる。

これでいい。

 

恐怖など入り込む余地がないほどに闘争心を燃やせ。

目の前の敵だけに集中しろ、今はあいつを殺すことだけに———。

 

自らの()()かれた鎧裂は形成不利と見たか、鎌と脚で地面を掘り潜って行った。

レインが慌ててペイントボールを投げつけ、ギリギリの所で命中したので、これで見失うことは無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

地中の振動が遠ざかって行き、奇襲の可能性が完全に消えてようやく私は一息ついて座り込んだ。

全身から吹き出した汗がインナーを濡らして肌に張り付いている。

今すぐにでも全裸になって風呂に飛び込みたい所だが、生憎今は超低温の湖しか近場に無い。

 

「……どうしたんですか?貴女らしくありませんね」

 

レインは心配そうな顔で手を差し伸べてきた。

確かに、ここまで戦闘で息を切らせたのはG級に上がってからは初めてだったかもしれない。

 

「……いや、なんでもない。クソ不味い携帯食料が当たっちまったかな」

 

ようやく収まった息切れ。

思わず誤魔化したが、苦しい言い訳に過ぎない。

長い間連れ添ったレインに対しては、見え見えの嘘だった。

 

「……それならいいですけど。無茶だけはしないでくださいよ。戦闘中にまで、面倒見きれませんから」

 

「任せとけ。今度はヤツの脳天カチ割ってやるさ」

 

腕の痛みを誤魔化す様に元気ドリンコを飲み干して、地面に突き刺した大剣を杖にしながら立ち上がる。

濃いハチミツのドギツい味が身体と頭を吹き飛ばすような勢いで回復させてきた。

 

 

次は大丈夫だ。

そう、大丈夫だ……。

 

「———行くぞ」

 

「はい」

 

 

先ほどより余程軽くなった大剣を背負い直すと、ペイントボール独特の臭いを辿り、洞窟の外へ向かう。

今度は入ってきた方向とは逆、日差しがそこまでキツくない水辺付近だ。

 

恐らく鎧裂は新しいヤドを用意して私たちを待ち構えている筈だ。

接近に気付いていながらギリギリまで引きつけ、ブレスを放つ。

奴が通常より経験のある強力な個体なのは間違いない。

 

また奇襲でこちらの態勢を崩してくるであろうことはまず間違いのだから、こちらも作戦を立てる必要がある———。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地底湖の水が湧き出し、大きな水辺を形成する、砂漠の中では比較的涼しい地帯。

ペイントボールから放たれる独特の臭いは、俗にエリア7と呼ばれるそこに続いていた。

 

戦うにはうってつけの、平地が大きく広がり岩場に囲まれる広場だ。

洞窟では天井に張り付くこともある鎧裂だが、この場では単純な動作しかできまい。

 

「……」

 

私もレインも、押し黙って辺りを警戒していた。

それというのもペイントの臭いは十分に鼻が感知しているのだが、一向に姿が見えないのだ。

 

地中からの奇襲であれば音で位置を判断できる。

さながら地雷の様にジッと動かずに地中で待ち伏せているのか?

 

それとも何かしらの細工でここにいるように見せかけてどこかへ逃げ去ったのか?

あり得ない話ではない。

 

 

そろりそろりと東方のシノビのように忍び歩く。

鎧が擦れてガチャリガチャリと音が鳴る。

 

だが基本的に軽装である白疾風装備ではそのような音は鳴らない。

暗躍に適した装備である白疾風は気配を覆い隠す効果も持っており、立てる音は非常に微細なものだ。

 

だから音で位置を判断しているであろう地中から来るのなら、確実に私を狙う筈だ。

その場しのぎの対策ではあるが、それでも最善の一手を選んだ自負はある。

 

 

二手に別れ、広大なエリア内をグルリと一周する。

背後からの奇襲を警戒して岩壁を背にすることも忘れずに、仕掛けてくる(・・・・・・)その瞬間を、一瞬たりとも集中を切らさずに待ち続ける。

 

 

狩人は私たちであるというのに、まるで罠にかけられているような感覚。

狩るものと狩られるもの、この残酷な世界ではその立ち位置は容易に逆転し得る。

例え実力差が遥かに離れていたとしても、例え状況が限りなく有利だったとしても、例え勝利を収めたその直後であっても———。

 

狩場では、それを忘れたものから順に死んでいくものだ。

 

 

 

———エリア7に突入してから十数分が経った。

 

重苦しい緊張感の中、私とレインは未だ極限まで音を殺してエリア内を探っていた。

振動も、音も、光も、臭いも、僅かですら取りこぼさない様に。

 

極限の集中力の中、研ぎ澄まされた勘が何かを察知した。

 

それは岩壁沿いにエリア端を歩き、水辺に到達した時の事だった。

同様、境界である水辺に背を向け、広場内に意識を向けようとしたその瞬間———

 

「……ッ!」

 

 

ザバァ、と大きな音が背後から聞こえた。

同時、ガリ、と。

 

 

水中から(・・・・)姿を現した鎧裂の、展開された斬鉄鎌が私の肩を捉えていた。

 

 

———鎧裂は巨大かつ凶暴ではあるが、その生態はあくまで鎌蟹ショウグンギザミのものと同様だ。

蟹であれば水中でも問題なく活動できる。

地中からの潜航攻撃ばかりを警戒して、その可能性を頭に入れていなかったのだ。

 

しまった!

そう思った時にはもう遅い。

 

このまま鎌を力を入れて引くだけで、私の右腕は肩ごと地に落ちて腐る。

一瞬後の激痛を想像するだけでぞくりと背中を死の予感が撫でた。

 

狩場では一瞬の油断が命取り。

そんなことは狩人の誰もが知っている。

———だが。

 

『かかったな』。

そう嘲笑うかのように鎧裂が鳴く。

———それでも。

 

 

 

 

———散った水飛沫が鎧に降り掛かる、そのひとつひとつの感触すら鮮明に感じ取れる。

1秒が切り刻まれ、永遠にも感じる時の中で、研ぎ澄まされた勘が全てを認識し、そして理解していた。

 

 

目に映る全て。

鼻が嗅ぐ全て。

耳が聴く全て。

肌が感じる全て。

舌が感じる全て。

 

全ての情報が統合され、新たな感覚器官が芽生える。

全てを識り、理解する。

働く力の全て、動く意識の全て。

 

懐かしい。

初めての感覚を前に、私は漠然とそう思った。

正確には初めてでは無いのだろう。

 

今識った記憶の中では、私が生まれる前、そして生まれた直後。

世界は初めはこう(・・)だったのだ。

 

全てを識り全てを解し、全てを喰らう。

私という存在の根源がここにあるようだった。

 

 

全てを識り、全てを解した私。

ならば次はお前を喰らい尽くそう。

 

コンマにも満たない一瞬の中、唯一自由な左腕は極限まで無駄を省いた動きで腰に備えられたハンターナイフを抜き取った。

 

鎧裂の斬鉄鎌に力が込められるその寸前、割り込んだハンターナイフがその切断を阻んだ。

鎌に力が最も働きにくい位置、そしてナイフが最も強度を発揮する位置。

全てが噛み合ったその瞬間、質素なナイフは歴戦の鎌をも防いで見せた。

 

———死神は殺せない。

 

遠くでレインが息を飲む音が聞こえた。

 

ナイフで防げるのはほんの一瞬だ。

だからこそ私の身体は限界を超えた動きで鎌の拘束を脱すると、振り向き様に背の大剣に手をかけた。

 

 

長い。

振り返って初めて確認した鎧裂の鎌は、原種がそうであるように、怒り状態と共に展開され、倍以上のリーチを誇る死の一閃と化していた。

 

原種以上に研ぎ澄まされ、異常な斬れ味を放つ鎌は、盾であろうと鉄であろうと鎧であろうと、チーズのように切り裂いてしまうだろう。

 

そして背には斬竜ディノバルドの頭骨。

死して尚健在の鋭牙は斬鉄鎌をより鋭く研ぎ、絶大な威力を現実のものとしている。

 

それでも、死神は殺せない。

 

抜刀、炸裂。

懐に入ったその瞬間、解き放たれた白骸が美しい程正確な軌道を描いて鎧裂の顔面に炸裂した。

 

呻き声を上げて、大きく仰け反った。

その拍子にバランスを崩した鎧裂は湖に落下し、灰色の血液で透き通る水を汚しながら沈んでいった。

 

死んではいまい。

あれで殺せる程度ならここまで追い詰められることはない。

ふぅ、と息を大きく吐いた。

 

途端、ガクンと身体全体から力が抜けた。

辛うじて姿勢を保ったものの、少なくとも数秒の間身動きが取れない。

 

全てを識る感覚は再び閉じられ、逆にろくに何も感じられない欠陥品の感覚器が残った。

目が霞み、耳もあまりよく聞こえない。

いいや、違う。

さっきまでが見えすぎていたし聞こえすぎていたのだ。

 

身に余る力の代償は大きかった。

 

 

なまくらの身体をどうにか立ち上げて、大剣を担ぎ直す。

鎧裂はすぐに上がり、怒りのままに私たちを襲う筈だ。

ネタが割れた以上、もう先手は取らせない。

 

一歩、二歩、大きく後ろに飛び、水辺から離れる。

少し遠くから一瞬の攻防を見守っていたレインも、全速力で駆けつけてくれていた。

 

「流石に今のは死んだかと思いましたよ」

 

「バカ言え」

 

短く言葉を交わす。

それだけで身体がなんとなく軽くなった気がした。

担いだ大剣に再び手をかける。

 

姿を表すとしたら、一瞬。

勝利の天秤は未だどちらにも傾いていない。

 

運命も、神も、天も、この勝敗の行方は誰も知らない。

 

再び、飛沫が散った。

激しい水音と共に、鎧裂が飛び出した。

 

大跳躍。

優れた脚力で地を蹴り、水飛沫に紛れて飛びかかる。

その重量と勢い、そして鎌の斬れ味。

あらゆる物を両断せしめるその力。

 

私は大きく、半ば転がるようにしてその一撃を躱した。

レインはと言えば———なんと反撃に転じていた。

 

振り下ろされる刃を寸前の所で躱し、返す刃で胴体を切り裂く。

『ブシドー』と呼ばれる戦闘法の真髄だ。

ギリギリで攻撃を躱し、相手の勢いをも自らの力に変える技法。

 

その性質故に自ら敵の攻撃に飛び込む胆力と見切りを要求される、非常に高度な技術である。

 

金雷の双刃が奔る。

連撃、連撃、連撃。

 

嵐のように降り注ぐ雷撃に、鎧裂はたまらず鎌を振り回した。

触れれば命取りになるその攻撃を、疾風の如くすり抜ける。

後退しようが、回り込もうが、執念深く敵を追跡し、追い詰める。

それはまるで狡猾な白疾風の様であり、無双の狩人と称えられる金雷公の様でもある。

 

 

私も負けていられない。

滅茶苦茶に振り回される鎌は、鎧裂本来の持つ集中力を低下させていた。

ザク、と深く地面に突き刺さった鎌を抜こうともがく鎧裂。

 

待ってましたと言わんばかりに一瞬で射程距離内に飛び込むと、大剣の一撃を鎌に叩き込んだ。

 

上から叩きつけられて更に深く突き刺さった鎌。

勢いのまま鎌を踏み台にして跳躍。

眼下には無防備な鎧裂の頭部。

 

着地したのは鎧裂の背負う頭骨の上だ。

鎧裂がもがくせいでグラつくが、これなら弱点を攻撃し放題だ。

 

ニヤリと口の端を歪ませる。

まるでハンマーの様にガタンガツンと血液を滴らせながら頭部を殴りつける。

 

悲鳴を上げて仰け反った拍子に振り落とされてしまうが、十分なダメージになった筈だ。

怒りの形相で振り返った鎧裂に、再び疾風が襲いかかった。

 

後脚を狙って奔るレインに、しかし鎧裂は対応して見せた。

足払いの様に回転しながら放たれる鎌、跳んで回避する疾風。

 

再び頭部に向けて放たれる金雷を、鎧裂は右の鎌で受け止めた(・・・・・)

空中で一瞬競り合う三つの刃。

しかし力の差は歴然だ。

 

押し返され、大きく飛ばされたレインに、追撃が飛ぶ。

火打ち石のように両の鎌を打ち鳴らす。

火花が散る。

 

刹那、鎧裂の巨体が宙を舞う。

斬鉄の鎌を振りかざし、目障りな敵を両断すべく飛びかかる。

 

先程は回避と同時に攻撃を叩き込んだレインも、流石に退避を余儀なくされた。

飛び込むような姿勢で地を蹴ったレインは、地面に倒れ込む姿勢で隙を晒してしまった。

 

殺った。

鎧裂が嗤う声が聞こえた気がした。

 

鎧裂は両の鎌を斬竜の牙に噛ませる。

ギギギギギギ……聞き覚えのある音が響き渡る。

ギシギシギシ。

 

力の溜まる音が聞こえる。

 

私はなりふり構わず走った。

あれをまともに食らえば、この世の尽くが断ち切られるだろう。

斬鉄の鎌、鎧さえ裂く死神の鎌。

 

 

———それでも。

 

 

解き放たれるは斬鉄鎌。

鎧を斬り裂き心臓を断つ。

首を落とし胴を殺す。

全てを斬り刻み死を齎す。

 

 

———それでも、死神は殺せない!

 

 

 

再び入る(・・)極限の世界。

レインを庇うように立ち、大剣を構える。

 

解る。

立つべき位置、込めるべき力、動くべき時、喰らうべき命。

 

言った筈だ。

 

———死神の鎌なら、こちらにもある。

 

 

鋒を突きつけるように構えた巨剣が、斬撃の位置を測る。

 

横薙ぎに360°。

その速さは音をも超える。

斬れ味は極限。

 

 

ジワジワとこちらに近づきながら、溜め込まれた運動エネルギーは頂点に達した。

 

解放。

斬烈。

切断。

 

防御は不能。

回避は間に合わない。

迎撃も不可能。

 

だから私は横薙ぎに放たれた極限の一撃を、受け流した(・・・・・)

 

鎌の振るわれる速度に合わせるように、微細な動きで巨剣を滑らせ、懐に潜り込んだ。

極限の集中と絶大な勇気(・・)を持ってのみ可能となる戦闘法(ブレイヴ)

 

その真髄は必殺さえも受け流し、自らの好機に変える。

 

1回転して戻ってきた(・・・・・)鎌に勢いのまま大剣を叩きつける。

コルレオニスの最も硬い部分。

そして斬鉄鎌の最も斬れ味の悪い部分。

一つずつなら誤差程度の要素であってもそれが交差すれば勝敗は逆転する。

 

交差閃撃(クロスカウンター)と名付けられたそれは、鎧さえ裂く死の鎌を根本からへし折り、宙へ舞わせた。

 

悲鳴すら、上げる余裕など与えない。

 

振り下ろした巨剣を、そのまま薙ぎ払う。

左の脚の関節を正確に撃ち抜き、転倒させる。

 

丁度いい位置(・・・・・・)に来た頭部を、嗤いと共に見据えた。

何度目か、肩に担がれた大剣に力が溜められていく。

 

集中。凝縮。解放。

 

解き放たれた全力の振り下ろし。

いかななまくらでも尽くを砕いて見せる、それもまた死神の鎌。

 

叩き潰された頭部から大量の血が迸り、白骸の鎧を汚していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

極限の世界から戻ってきた私は、汚れたヘルムを取り外すと、立ち上がって土埃を払うレインに笑いかけた。

 

 

「お疲れさん」

 

「……また貴女に助けられてしまいましたね」

 

「そいつはお互い様ってやつだろ」

 

燼滅刃は死んだ。

鎧裂も今まさに絶命させた。

 

ならば後は怒り喰らう恐暴竜(イビルジョー)のみ。

……だが、胸騒ぎが止まらない。

 

洞窟で垣間見たあの光景がやはり忘れられないのだ。

 

異形の角、燃える血潮、憤怒の咆哮。

今尚思い出すだけで心臓を打ち鳴らし汗を吹き出させる程の恐怖。

あの光景が白昼夢や妄想の類だとはどうしても思えない。

 

 

武器の手入れに勤しむレインに背を向け、鎧の上から騒ぎ出す胸を押さえつけた。

これ以上レインに心配をかけさせる訳にはいかない。

ただでさえいつもより危険な任務なのだから、そんな余計なことで集中を乱させる訳にはいかないのだ。

 

———けれど、この胸騒ぎはきっと現実のものになる。

私の勘はいつでも当たる。

それが悪い想像であればあるほど、私の勘は当たるのだ。

 

 

……それでも私は乗り越えてきた。

何度でも、死の危機に瀕しながらも最悪の想像を乗り越えてきた。

 

……だから今度も大丈夫な筈だ。

そう、私には信頼できる相棒も、この10年培ってきた力もあるのだから。

 

勝つさ。

どんな絶望が相手でも、私は勝ってみせる。

 

 

 

どこからでもかかってこい。

死が相手なら、死神が殺そう。

悪魔が相手なら、魔の王が殺そう。

化物が相手なら———同じ化物が、お前を喰らおう。

 

 

 

 

 

 

 




鎧裂は多分二つ名の中で1番狩ってるモンスター
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