「聞いたかしら、冷泉寺会長がまた祓呪師連から表彰を受けたそうよ?」
「あら、またなの?祓呪師連からの表彰なんてプロの祓呪師ですら生涯で一度でも受ければとても栄誉なことと聞くけれど、冷泉寺会長は何度目だったかしら。」
「確か…今回で三度目だったはず。そんな栄誉を学生の内から幾度も受けるなんて流石は『冷泉寺の明珠』と称されるだけのことはあるわよね。」
「そうね、現冷泉寺家の当主も後継者は冷泉寺会長と明言するほどだもの、私たちみたいな学生祓呪師とは違う世界に住んでいるようだわ。」
「たった一つしか違わないのにどこにそんな人生の差があったのかしらね…。」
聖城学院高等部、廊下。二人の女生徒がそんな世間話をしていた。道の真ん中を占領している彼女らの間を通ろうという人物がすぐにやってきた。
「す、すいません、通らせていただきます。」
声的にそれは男性であるということが分かる。そして山ほど書類を抱えているため避けるという動作が難しいということが彼女らにも分かった。そのまま彼は書類の山を抱えながら階段を下って行った。
「…生徒会?」
「あら、知らないのね?生徒会には今まで庶務が空席だったらしいのだけれど…彼がその庶務よ。」
「でも私たちと同じ一年生よね?」
「そうね…彼があの冷泉寺会長直々の推薦によって生徒会入りした一年生よ。」
「…会長直々に…目をかけられるほど…。」
暫く彼女らの駄弁りは止まらないだろう…。とりあえず真ん中を陣取るのはやめた方が良い、と周りの生徒は思うが。
「戻りました!」
扉が開かれる。器用に書類を持った状態で翔馬は引き戸を開けた。数人の生徒たちがそれぞれの机でそれぞれの業務をしている。彼は大量の書類を持った状態で一番奥の机…愛奈の元に向かった。愛奈は作業の手を止めずに翔馬が戻ってきたことを確認すると次なる指示を飛ばす。
「お疲れ様です、石動くん。神山先生から受け取った書類は私の所に置いておいてください。ええ、下から200枚目までです。後の物は上から百枚を天宮さんへ、残りは会計の物なので岸田さんへ。」
「はい。」
翔馬は予め、書類の束の間に付箋を挟んでいたため苦戦することなく指定された書類をそれぞれの机に届けた。
「先輩の分はそれです。」
「どうも。」
「副会長、追加の分は何処へ置いておきましょう。」
「右端にお願いします。はい、そこに。ありがとうございます。」
「岸田さん、置いておきますね?」
「………。」
「置きましたからね…?」
書類を取り分けると作業を片手間にしている愛奈に呼び寄せられ、次の指示を出される。
「そうですね…石動くん、書類を運ぶのはもう良いですよ。今日はこれ以上追加の物はないはずですので…。」
「分かりました。」
…翔馬が生徒会へ入って数日が経過した。当初彼は鬼のような業務を想像していたが実際彼が想像していたような鬼のような書類作業というのは彼はやることはなかった。もちろん書類作業自体は生徒会の仕事の範疇であるが庶務の彼の仕事は範囲ではなかった。
というよりも彼がやっている作業は主に力仕事に分類されるものばかりだからだ。勿論、常識外の怪力を持つ彼からすれば楽な作業ではあるが些か拍子抜けしたのは確かである。想像していたのとは違うがそれでも彼は任された仕事には必ず応えるという気概を見せていた。
複雑なものが多い生徒会業務に比べて庶務の業務というのは分かりやすく明確になっていた。有り体に言えば雑務だ。先ほどのような書類を運ぶような作業に始まり、振り分けや言伝を受けて来ることや、逆に伝える。また本人が力仕事が得意なことも相まってその手の作業が必要な時は声がかかるようにもなっている。そんな雑務をメインにしてる翔馬ではあったが一応庶務の仕事は名目上は事務だ。やがて書類作業もやらなければいけなくなるのだが…。
「はい、もしもし。東京聖城学院高等部生徒会執行部会長の冷泉寺愛奈です。その件に関しては既に資料をお送りしています。まずは一読してからでお願いいたします。はい、我々には準備があります。では。」
「会長、祓呪師連から召喚命令が下されているのですが…。」
「下らない説教に付き合っている暇は無いと伝えておいてください。」
「会長、校長先生から今月分の予算案だけを先に出してほしいと言われています。」
「あと15分だけ待っていただけるように伝えてください。」
「会長、クレームがわざわざこの生徒会に入ったようですが。冷泉寺がまたやらかしただそうです」
「言いがかりです、放っておきなさい。」
目の前にいくつも舞い込む大量の仕事をわずかな時間で封殺していく愛奈の姿を見ていると翔馬はつくづくこの人の手際には絶対追いつけないなと思考する。とはいえ彼女が規格外なのは最早言うまでもないからそこはあきらめているのだが…。
「会長、こちらの書類の束は完了しました。」
「ありがとうございます、天宮さん。石動くん、申し訳ありませんがその書類の束をこちらに積んでおいてください。」
「はい。」
生徒会副会長「天宮花音」。現三年生―愛奈に劣らぬほどのスピードで業務を処理する書類仕事の鬼。二年前の新入生では総代だったらしく、愛奈が入学するまでは学園最強と言われていた…が、愛奈に敗れると以降、彼女の補佐に回る。
「…かいちょ。これ、出来た。」
「ありがとうございます、岸田さん。次はこちらのデータ入力をお願いします。」
「…ん。」
生徒会会計「岸田透(きしだとおる)」。口数が少なく表情も乏しい、それでいてかなり小柄な体格だが現二年生。データに関しては彼女の右に出る者はおらず幾つもの作業を並行して行いあっという間に終わらせてしまう。戦場にはめったに立たないが戦闘技能は優秀らしい。
「会長、こちらの校閲終了しました。ここに一つ誤答があります。先月分の予算はこれから二千五百円
引いたものとなります。」
「どうも、私としたことがうっかりとミスをしていたようですね、引き続き校閲をお願いします山中さん。」
生徒会書記「山中郁子(やまなかかおるこ)」。眼鏡をかけた如何にも委員長のような雰囲気で綺麗な字を書く。議事をしていないときは書類の校閲を担当しているが彼女も大概処理能力がおかしいらしい。
「石動くん、この書類の束を、職員室の教頭先生へ。」
「はい、ただいま!」
そして力仕事から巡回、備品確認など何でもござれの庶務を務めているのが翔馬で、彼らの長となるリーダーが生徒会長の愛奈である。この五人で構成されているのが生徒会。それとは別に監査など設けられているがここでは省く。
書類の束を抱え、翔馬は先ほどと同じように道を歩く。生徒会室を出た所で彼は何者かが走り去っていくのを目撃した。
「…何だったんだ?」
少しだけ金髪が見えたような気もするが彼は気にしていてもしょうがないと書類の束を抱えて生徒会室から職員室まで向けて歩いて行った。
そして書類の束をそれぞれの人に渡すと彼は一礼し、職員室を退室した。そんな彼に背後から声がかかった。
「よっ、お疲れさん。翔馬。」
「…大輝。」
そんな声に反応するように振り向いた翔馬はその男の姿に親しげに声をかけた。
「その様子だと忙しそうみたいだな。」
彼は翔馬のクラスメイトにして友人の、桐沢大輝(きりざわだいき)。あの業呪襲撃以来、一ヶ月で仲が良くなった友人だった。
「まぁな。でも俺は他の人に比べれば全然楽だと思うよ。」
「そうなのか?生徒会ってオレの想像する以上なのか…まぁいい。それにしても初めて聞いたときは驚いたぜ、まさかお前が生徒会に入るなんてな、しかも会長の推薦だろう?」
どんなマジックを使ったんだと彼はからかうように尋ねて来た。
「その反応はもう葵にされたよ。『あんたがねー』って何度も言われたさ。」
「ははっ、相変わらず立華さんとは仲が良いみたいだな。うらやましいよ。」
「…どういう意味なんだか…いやそれよりそろそろ戻るよ、まだ仕事が終わったわけじゃないからな。」
「おっと…引き留めちまってたみたいだな、オレはそろそろ退散するよ。じゃあまた明日な。」
「ああ、また明日。」
気さくに挨拶を交わす彼ら、まだ付き合いは一月だがやがて良い友人になるだろうということを誰もが予測する。
「…俺も戻るか…。」
翔馬は一度背伸びをし、階段を上って再び生徒会室を目指した。…そんな彼を見つめる影があることを彼はまだ関知してない。
―――――――
「…ん…。」
いつの間にか時刻は6時を回ってました東京聖城学院高等部生徒会執行部会長の冷泉寺愛奈です。長い。いつものクソ忙しい仕事を終わらせて他の人は帰ってしまったけれど俺はまだこうやって残って考え事をしている。
考え事は懸念だ。俺が好きに動いた結果、ここの世界の行く先は正直俺にも予想は付かないほど変わってしまった。というか主人公君は誰を攻略することになるんだ…?いやまあ間違っても黒幕側には行かないとは思うが。それ以上にそもそも俺がこんな本筋に介入していいのかってことだが…。
冷泉寺愛奈は『宵に踊る碧炎』のプレイパートではゲスト参戦のNPCとして登場する。そのゲスト参戦の時は操作不能の友軍だがぶっちゃけめっちゃ強い。主人公たちがまだ中盤だからかなり差がはっきりと分かるだろう。まぁそのゲスト参戦の後、イベントであっさりと死ぬんだが。
では俺の今の立ち位置はどうなるんだろうか。ぶっちゃけ物語の根幹にかかわってるし何ならメインキャラっぽい。NPCより多分PCと言われた方がしっくりくるが…それに関しては最早選んだ道である以上躊躇いは無い。そもそも関わらない道を選ぶと死ぬし。しかしここまで引っ掻き回してしまうと予想もつかない、これから先どう転ぶかがまだ懸念だ。
「やっぱりここは…いえ…元より博打…。」
そうだ、最初から博打の行動だ。どう転ぼうともなるようになるしかない。…いや不安なのは違いないが。だがそれでも運命を変えるのを選んだのは俺なんだ。あまり思い詰めていても仕方ない。
「…会長?」
…びっくりした。急に声をかけないでほしい。というか帰ってなかったのか。
「おや石動くん、まだ帰ってなかったのですね?」
「はい、少しやることがあって…会長は何をしていたんですか?もう仕事は終わったと思っていたんですが…。」
「仕事は終わっていますよ、少しばかり考え事をしていましてね。」
君が深く追及する前に俺が先手を打つ…
「常々、私は死なないようにと言っていますが…ええ。どうしても祓呪師というものであると何時死ぬかは分かりませんからね。どうすれば死ぬ確率を下げられるかなど考えることがあるのですよ。」
「…先輩もそう不安になることがあるんですか?」
当たり前じゃい。俺も人間だぞ。
「ありますよ、人である以上悩みとは絶対付き合わなければいけない人生ですから。だからこそ万全の対策をするわけですが…。」
じゅんびはだいじ おでしってる。
「ともあれ、石動くんが居れば私の目的はある程度は達成できそうですね、これは楽観ではなく確信ですよ。」
「俺が…ですか。」
君は主人公だからな、何とかしてくれるだろ!!
「さて、閉めましょう。そろそろ当直の先生が確認に来ますからね。」
「あ、はい…それじゃあまた明日に。先輩。」
「はい、また明日ですよ。」
そして翔馬は帰っていく。そうだ、それでいい。
「連続祓呪師失踪…調査してみる価値はあるか…。」